THE CENTRAL DOT

HAKUHODO Creators Bookshelf VOL.4
鈴木克彦

2019.05.16
#クリエイティブ

本棚を見れば、その人の人となりが見えてくる。 博報堂クリエイター達が「大切にしている一冊の本」を紹介する連載です。
第四回は、アートディレクター 鈴木 克彦です。

僕が選んだ一冊は、ニコラ・ド・クレシー『ル・ビバンドム・セレステ』です。

これはバンド・デシネ(フランス版の漫画)の最高峰と言われている作品で、内容は非常にシュール。主人公が松葉杖をついたアザラシだったり、物語の語り手はロンバックス教授という教授の“生首”だったり。「権力」をテーマにした作品で、物語を司る“語り手”が“権力の象徴”として描かれています。はじめ語り手であったロンバックス教授が、途中悪魔にその立場を奪われて…、と言っても、まったく意味が伝わりませんよね(笑)。
作者本人も、あえて物語がわからないよう攪乱させる描き方をしていると言っていますし、読む人が自由に想像して、自由に受け取ってもらえればいいと。だからこそ、読み返すたびにまったく違う発見があって、そこがおもしろいんです。

僕がこの本に出会ったのは、1994年の11月。旅行で初めてパリに行ったときに、書店のバンド・デシネのコーナーで見つけて一目惚れ。この本だけ圧倒的に存在感が違っていました。でもフランス語がわからないので、ずっと話を想像しながら見続けていました(笑)。2010年に和訳が出版されて、初めて日本語で読み直したんです。何となくのストーリーは理解していましたが、実際に何をしゃべっているかとか、犬はこんな言葉遣いをしていたのかとか、絵だけでは伝わらないひねりが利いていて、すごくおもしろかった。

この作品の何よりの魅力は、とにかくユニークというか、オリジナリティが半端ないこと。僕がこれまで見てきた中で、一番クリエイティビティや色々なものが詰まっていて、それらがほとばしるような本だと思います。水彩とかガッシュとかクレパスとか、ありとあらゆる画材を使って描いていて、クレパスのページの隣に水彩のページがあったり、普通だったら全然テイストが合わない絵が並んでいたりする。実験的にやりたいことをやり尽くしたと作家も言っていますが、その感じがひしひしと伝わってきて、クリエイターとしての熱量みたいなものを感じるんですよね。

実は僕、もともと漫画家になりたくて。保育園の頃から漫画を描いていましたし、中学生になる頃には、みんなが好きになるキャラクターはどんなキャラクターかを研究したりして。あとは、いろんなタイプの人を描き分けられるようにとか、モノの(目に見えていない)裏側まで360度描けるように訓練してみたり。そんな筋トレのような自主練を独学で積みながら、美大できちんと絵を学んだほうが、ちゃんとした漫画家になれるに違いないと思って、美大に進学したんです。

それで大学に入ってみたら、優秀な先輩方が広告会社に就職しているのを見て、だんだん広告に興味を持つようになって。一度広告会社に入ってみて、合わなかったら漫画家をやってみようかな、なんていう気持ちで入社したんです。そしたら思いのほかおもしろくて、いまだにずっと続けている感じ(笑)。今は、漫画より広告のほうがおもしろいと思っています。

アートディレクターって、みんなのアイデアを形にするのが仕事なので、ほかと似ない、one and onlyの世界観を表現しなくちゃいけない。商品やサービスが持っているユニークポイントや良さをちゃんと集約して、アートディレクターにしかできない形で表現することを自分の中ですごく大事にしているんですが、そういう意味で、バンド・デシネの中でひときわ独自性を放っている『ル・ビバンドム・セレステ』は、究極的な存在です。

あとは、表情の選び方とかつくり方もとても勉強になりました。同じように驚いたり、同じように苦しんだりするシーンも、カットによって描き方をまったく変えているんです。そういう表情の豊かさを引き出すために、わざとこういう話にしているんじゃないかと思うくらい。
僕、広告でもタレントがニコッと笑ってる、だけの写真は、嘘くさくてあまり好きじゃないんですよ。たとえ一枚の写真だとしても、その前後の出来事や時間の流れがわかるような表現ができたらいいなと思って。だから、どのカットを選ぶかというときも、表情にはとくにこだわります。そういう意味では影響を受けているかもしれないですね。

あと、一番この本に共感できるのは、チャレンジ精神。僕は入社した頃からずっと「階段を登り続けていたい」という気持ちがあるんです。

同じようなルーティンの仕事が来たとしても、毎回「今回はこれをやろう」と自分の中で新しいゴールを決めて取り組む。いまは自分一人ではなくて、みんなを巻き込んでチャレンジしています。モノをつくる人たちって、みんなおもしろいことをやりたがっている。だから、一緒に組むフォトグラファーや監督、デザイナーたちと新しいチャレンジが成功すると、ものすごく達成感があって、絆が深まるんです。そうすることで、同じ気持ちでモノをつくる人たちがつながっていく。そうすると、その人たちから刺激をもらえたりする。ニコラ・ド・クレシーは一人で挑んでいるかもしれませんが、僕はいろんな人の手を借りながら挑戦を続けている感じですね。

鈴木 克彦が選んだ一冊

天空のビバンドム(原題Le Bibendum Céleste)
ニコラ・ド・クレシー 著
飛鳥新社

鈴木 克彦(すずき・かつひこ)
クリエイティブディレクター/アートディレクター

1990年 博報堂入社。様々な課題に対して、「目に見えないデザイン(コンセプトデザイン)」と「目に見えるデザイン(アウトプットデザイン)」の両面から全体を構築して、アートディレクションを軸にしたコミュニケーションデザインによって最適なソリューションワークを導きだすスタイルで数々のプロジェクトを手掛ける。カンヌライオンズ、D&AD、One Show、AdFest、NY Fes、Spikes、日経広告賞、朝日広告賞など受賞多数。

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