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ポジティブな老後のつくり方 by QORC Vol.2 マギーズ東京 秋山正子さん / がんの支配から、 自分を取り戻す空間。

2017.10.18
#シニア#医療
2017年2月に立ち上がった活動・Quality Of Rōgo Challenge (QORC:コルク)。博報堂の30〜40代の女性プランナーとクリエイターなどを中心に、これからの老後を豊かにするための考察を重ね、具体的なアイデアに結びつけていく活動で、中心メンバーは、神長澄江(リーダー)・根本かおり・美田真知子・遠藤礼奈・こやま淳子の5人。連載第2弾は、がん患者やその家族がふらっと訪れ、相談支援を受けられる「マギーズ東京」の秋山正子さんのところへ伺いました。

秋山正子(あきやま・まさこ)

訪問看護師。看護大学を卒業後、訪問看護師として在宅ケアに関わり、2016年、英国発祥のがんケアリングセンター(マギーズセンター)の初めての日本版・マギーズ東京を設立。24歳で乳がんの経験をした鈴木美穂氏とともに共同代表を務める。『つながる・ささえる・つくりだす 在宅現場の地域包括ケア』(医学書院)など著書多数。

光と、庭と、水と、 「泣けるトイレ」があること。

QORC:はじめまして。私たち博報堂という広告会社のなかでQORC(Quality Of Rōgo Challenge)という活動をしています。介護や医療の専門家ではないのでまだ勉強不足ではありますが、だからこそ自分たちが老いたとき何があればハッピーか、自由に考えられるのではないかと。マギーズセンターもがんに影響を受けた方々が訪れる場所ということで、がんも「老い」のひとつの過程と考え、今回伺いました。どうぞよろしくお願いいたします。

秋山正子さん(以下、敬称略):よろしくお願いします。

QORC:入ってびっくりしましたが、すごく素敵な場所ですね。

秋山:ありがとうございます。マギーズセンターはイギリス発祥で、「建築・環境」と「ヒューマンサポート」が2本柱なんです。コンセプトは「病院と家の中間にある第2の我が家」。家のようにくつろぎながら、自分を取り戻す空間です。だから敷地面積も280平米程度という基準があって、それはイギリスの一般家庭の大きさなんですね。他にもいくつか条件があって、自然光が入って明るいこと。安全な中庭があること。セラピー用の個室があること。ひとりで泣けるトイレがあることなどです。

QORC:泣けるトイレ、いいですね。

秋山:トイレは広めにつくってあって、車椅子も回転できます。

QORC:実際そこで泣く方もいらっしゃるんですか?

秋山:泣いたお顔を整える方はいらっしゃいますね。話をしながら泣かれる方もけっこういるので、ティッシュペーパーがあちこちにあります。照明やクッション、ソファの高さなども、落ち着いて話せるよう計算してつくられています。

QORC:ただ素敵なだけじゃなく、話したくなるための設計なんですね。

秋山:一歩入った瞬間に「ここに来られてよかった」と、心を開いて話し出す方もいます。私たちは、環境に助けられてお話を聞けるんです。

元気を与えるんじゃなくて、 その人自身の強さを引き出すんですね。

秋山:別棟も見てみましょうか。ここに座って遠くを眺めると、別世界に来たような感覚になると、みなさんおっしゃいます。

秋山:がんと診断され、治療をして、つらくて、心配で、という状態で来たけれど、ここでふっと自分を取り戻すんですね。がんは自分の一部であって、自分は壊れていない。つらい中でもがんばっていたなとか、自分を認めるような作業をするんです。あそこの煙抜きの窓から青い空と白い雲が見えてほろっと涙がこぼれた、という人もいて、「久しぶりに青い空を見た気がします」と言われたことがあります。白黒の世界で生きていたけれど、カラー写真に変わったと。

QORC:最初は「なぜ豊洲に?」と思ったんですけど、ちょっと引いたところから街が見えるから、俯瞰して自分を感じられるんですね。自分がどうあっても街は変わらない。そんな風に客観的に都会を感じられる場所なんだとわかりました。

方法論はありません。 ひたすら根気強く話を聞いていくんです。

QORC:ここにいらした方には、具体的にどういう言葉をかけていかれるんですか?

秋山:方法論があるわけではなくて、ひたすら根気強く、寄り添って話を聞いていくんですよ。ネガティブな部分だけではなく、ポジティブな部分を、ご本人の言葉で引き出すように、質問をしていきます。

QORC:外から元気を与えるのではなく、その人のなかに埋もれている強さを引き出すんですね。

秋山:はい。それがマギーズ流のヒューマンサポートです。病院で教育を受けたプロの看護師でも、そういう聞き方をするのは非常に難しいんですね。病院の相談支援は長くて30分。それもテーマ、質問がはっきりしていないと予約が入れられない。たとえばお金の相談とか、副作用のこととか。そういうテーマが自分でもわからなく、「なんだか気持ちがモヤモヤして」なんていう場合には、「はっきりしてからきてください」と言われてしまうこともあるわけですが、でも患者さんは、そのモヤモヤを聞いてほしいわけですよ。
しかもここはカルテがないんです。データベースが全くない状態で、その人の気持ちに寄り添うというのは、実は専門職でも難しい。研修をして、感じ取る力や聞く力を、少し訓練した上で聞くことをしているわけです。

QORC:引き出し方は個々のやり方なんですか?

秋山:そうです。相談しながら、途中から相手の肩の力がふっと抜けたり、顔の表情や言葉が変わる様を日々見ているんですが、どこでそういうスイッチが入ったかは、わからないんですね。

QORC:そもそも、その力が入っている理由はなんでしょう?

秋山:それは「不安」です。不安で、自分らしさを失っている状態だと思うんです。がんに支配されているというか。もちろん病気とは闘う時期が必要だと思いますが、その闘う姿勢が解けないまま、誰にも言えずにいる。家族に言ったら心配するし、同僚からも距離を置かれた経験があったりして、自分で自分の身を守るしかなかった。そんなお話をたくさん聞くわけですよ。それは大変だったと。よく耐えてこられたと。その鎧のようなものをここでは脱いでいい。リラックスしていいんですよ。ただ、病院でちゃんと相談したほうがいい場合もあるので、それはちゃんとお伝えしますけれど。

QORC:結局、「助けてください」とすがってきても、必要なのはご自身の力なんですね。自分を取り戻せば、人って大丈夫なんだなと思いました。

患者さんが発想したものだからこそ、 こんなに魅力的なんでしょうか。

QORC:秋山さんは、このマギーズ東京を、どんなモチベーションではじめられたんですか?

秋山:私自身は、30年ほど前、姉を肝臓癌で亡くしています。余命1ヶ月と言われて、その時間をこどもと過ごさせてあげたいと、思い切って家に連れて帰ったんです。その頃は、がん末期の状態の人は病院で過ごすのが普通でしたけど。いろいろ工夫しながら生活したら、1ヶ月のはずが5ヶ月生きるんですね。その時間はすごく貴重だったと思うんです。
その経験から、これからは在宅医療の時代になると思い、研修を受け、平成4年から訪問看護の活動を始めました。けれど、がん患者さんに訪問できる期間って、あまりに短いんです。最期の一週間とか。がん患者ってギリギリまでお元気で、最後の方だけストンと具合悪くなる方が多いから。そうなってからつながって来られるんです。それまでは心配事があっても、相談できる場所がない状態です。

秋山:そんな状況をなんとかしたいと思っていたとき、イギリスのマギーセンターの方に出会ったんですよ。がんと診断された瞬間から、治療中、仕事や子育ての心配など、いろんな時期の相談をすることができる。予約不要で相談料は無料。そんな施設が、病院とは別の建物にあるのがすごいなと。私が訪問看護のなかで感じてきた疑問の答えだと思ったんですね。それですぐイギリスへ見に行ったんですが、本物でしたね。これはすごい。こんなことをやりたいと思いました。でももちろんすぐには実現できなくて、日本にマギーズセンターをつくる準備室も兼ねた「暮らしの保健室」という相談室を東新宿でやりながら、マギーズのことをあちこちで書いたり、SNSでつぶやいたりしていたところ、『暮らしの保健室』に鈴木美穂さんが訪ねてたんです。彼女は自分の闘病経験から、情報交換や相談できる場所が欲しいと思い、マギーズセンターを知り、私のことを知ったんですね。そんな風にいろんな力が結集して、ここができたんです。

QORC:30年前から高齢化社会と言われてきて、がんと診断されることが増えてきている現状って昔からあったのに、マギーズセンターのような場がイギリスにはあって日本になかったのは、どうしてなんでしょう。

秋山:イギリスはチャリティーの文化があって、しかもマギーズセンターも最初の数カ所は大きな財団が寄付するなどしています。日本の医療制度では、相談支援にお金がつかないし、だからといって寄付を募って立ち上げようという動きもありませんでした。ただ、10年前にがん対策基本法ができて、早期からの緩和ケア(身体的な痛みをとるだけではなく、心理的社会的な不安や問題も痛みのひとつと考えたケア)の推進もするようにはなったんですけど。

QORC:相談にあまり価値がおかれていないのはどうしてですか? 妊娠したときに思ったんですけど、お医者さんに行くほどでもないささいなことが、実は不安の8割くらいを占めるのに、きちんと聞いてもらえる場がないんです。それと同じだなと思いました。

秋山:日本では、医師主導のパターナリズムといわれる父権的温情主義…おまかせ主義の医療がずっと続いてきたんです。それは医師が悪いわけではなくて、おまかせしてきた我々の責任もあると思うんですけど。で、そろそろ変わり目なんですよね。市民主導にならないと、この超高齢社会は乗り切れないと思うんです。そこの変わり目に、このマギーズセンターもやってきたんじゃないかなと。

QORC:いま聞いていて思ったんですが、マギーズセンターは、患者さん自らが発想したものだからこそ、魅力的な場所になっているのかなと。私たちQORCも、介護する側ではなく、される側の立場で老後のことを考えれば、もっといい環境になるのではないかという発想から始まっているんです。高齢者のケアってサービスする側の都合でできているものが多くて、高齢者や認知症の方の声って、すごく弱いんですね。きっと家族や介護する方も大変なので、まずはそちらに尽力してきたからかなと思うんですが。でも実際、誰でも認知症になる可能性はあるし、自分たちが老いたときのために、いまのうちから考えようと。そういう意味では、マギーズセンターの考え方と共通していて、だから私たちここへ来たかったんだなと、改めてわかりました。

家族ではなく、 第三者が聞くことに意味がある。

QORC: いままで秋山さんが相談支援をされてきたなかで、特に印象的だった出来事を教えていただけますか?

秋山:数年前に腎臓がんと胃がんを患った70代の方がいまして。いままた状態が少し悪化して、「食事の相談をしたい」といらしたんです。で、栄養士と食事の話をしているんですけど、どうも本当の悩みが食事ではないように思って、後ろで聞いていたら、がんの最期は、ずっと痛いのか、波状的に痛いのか。どういう痛みだと聞かれるので、看護師が「いまいろんな種類の薬物が出ていて、調整して使えるから心配はいらないですよ」と言ったんですけど、どうも納得していらっしゃらないんですね。なので私が割り込んで、ひょっとしたら、心配しているのは最期の場面なんじゃないですかと。痛くてのたうちまわるとか、ドラマみたいに「うっ」となって死ぬとか、そういう場面を想像されるかもしれないけど、腎不全がある方だとぼーっとしてそのまま穏やかに、ということもあるんですよ。そこが心配だったんじゃないですかと言いました。そしたらはっと顔色が変わって、その通りだとおっしゃる。自分はどうやって死んでいくのか想像がつかない。食事ではなく、最期の状態が心配だったことに気がつかれたんですね。ひたひたと迫り来る死に対する不安や恐怖も、いままで口に出したことがなかったけれど、ここだから聞けたと。で、それほど心配するものでもなさそうだと分かって、まさに人がくるっと変わったみたいに、これからもっと緊張をゆるめて、楽しく暮らしてもいいのではないか、計画を立て直そうかなと言って帰られました。

QORC:それが2〜3時間くらいの間に起こったことですよね。

秋山:1時間くらいですね。

秋山:それから、ご主人を膵臓がんでなくした方がいらして、あのとき別の病院につれていけばよかったと悔いている方もいました。ネガティブな面だけを思い出されて、ずっと泣きながらしゃべっておられたのだけれど、私としては、これはそんなに悔いる必要はないと。まずその病院を選んだのはご本人ということでしたし、それにステージ4で、通常なら余命3〜4ヶ月しか生きられないと言われていたところを、8〜9ヶ月生きていらっしゃるんですね。きっと一生懸命看病したあなたに感謝しているだろうし、という話をしたんですよ。そしたら、そういえば、最後は緩和ケア病棟に移って、つきあいのあった部下やみなさんともお別れして、穏やかに亡くなられたと、ポジティブな部分を思い起こして語り始めたんですね。その後「今日は思いの丈を聞いていただいて」と泣いていた顔をお化粧直しして、晴れやかになって帰られました。後日いらした甥っ子さんに聞いたら、いまとても前向きに地域の活動に向かっていますとおっしゃっていました。

QORC:さきほどの話もそうなんですけど、1〜2時間でポジティブ変換しているのがすごいなと思って、逆に他の場では、ご家族も含めて、そんなにそういう話ができないということなんでしょうか。

秋山:そうですね。マギーズ流のヒューマンサポートもそうですが、この環境の持つ力は大きいと思うんです。

QORC:ご家族でも難しいわけですね。

秋山:第三者が聞くことに意味があると思います。

一人暮らしの認知症の方だって、 在宅で看取ることができる。

QORC:これまでオープンして半年の交流を通して、ちょっともどかしい部分とか、悔しかったことはありますか?

秋山:いま施策的には病床規制があって、病院のベッドを増やすより地域医療にシフトしています。一方で「看護師は人件費が高いから外来にはいらない。看護助手だけでいい」という病院が増えているらしいんです。手術の件数を増やせば収入は上がるから、ベッドが少なくなってもやっていけるという話も聞きます。つまり、病院というシステムの中では、手間のかかる医療に対して価値をおかない時代になっているんですね。
本来、治療をこじらせずに進めるためには、心配ごとをちゃんと話せて、サポートが得られていなくちゃ無理でしょうと思うんですが、残念ながらそういう流れになっていないんですね。

QORC:それで看護師さんたちがリストラされるとしたら、在宅専門になってほしいですね。在宅医療を求める人の数は、これから確実に増えていくわけじゃないですか。

秋山:いま地方は、高齢化が頭打ちになっています。亡くなる人のピークが2039年には約165万人、そのうち85歳以上の人の割合が6割にのぼると言われています。85歳以上で亡くなるということは、半数以上は認知症かもしれない。そういう人たちを、いったいどこで見送りますか? いまは病院でしか死ねないと思われていますが、そうもいかなくなりますから、もっと自然な形で、暮らしのなかで看取っていかなきゃいけない。訪問看護の現場では、一人暮らしの認知症の方だって、最期まで看ることは可能なわけです。ただ、そんな中でも、相談支援の部分はお金がつかないから、足りないままかもしれません。

QORC:もっとそういう体制を整えてほしいと思うと、寄付だけではなく、経済的にまわっていくシステムがないと厳しいですよね。

秋山:そうですね。そして、いろんな力をつなげて大きな力にしていく人も必要だと思います。なんでもひとりじゃできないですから。

QORC:いろんな課題もありますが、こういう場所があることをまずはもっと知ってほしいですね。今日はいいお話をどうもありがとうございました。

【ポジティブな老後へのTIPS】

マギーズを訪れる患者さんの中には、たった1時間で自分の悩みの本質にきづき、強さを取り戻して晴れやかに帰っていく人もいると伺った。なんて素敵な環境だろう。
落ち着いて温かみのある空間、泣けるトイレ、涙をすぐに拭けるように建物中に配置されているティッシュ、海沿いの街並みを引いた目線で眺められる立地や窓の高さ。そんな、思わず話したくなるような空間設計に加えて、静かに自分の話に耳を傾け、自分の中の強さを引き出すために、必要なときに必要な質問を投げかけてくれる第3者がいる、ということが「自分に戻れる」環境づくりの秘密らしい。
老いに向かっていくとき、ガンに限らずありとあらゆる不安に直面するだろう。
そうこうしているうちに、不安に取り付かれて知らず知らずのうちに自分を見失ってしまうかもしれない。そんなとき、自分を取り戻せる場所や人と出会っていたら、そんな場所や人が、いつでも自分を受け入れてくれるという安心感に常に包まれていれば、私たちは「未来への不安」に支配されずに「今を楽しむ」ことを積み重ねながら、ポジティブに老いることができるのかもしれない。(QORC 根本かおり)

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