【特別対談】立命館アジア太平洋大学(APU)× 博報堂生活総合研究所
AI時代に求められる「人間中心」のグローバルリーダーシップとは

AI技術が急速に発展し、瞬時に答えが導き出される現代。ビジネスや教育の現場で改めて問われているのが「人間」に対する深い洞察です。博報堂生活総合研究所(以下、生活総研)と立命館アジア太平洋大学(以下、APU)は、一見異なる領域にありながら、この「人間に対する眼差し」において共鳴しています。 本記事では、APU教学部長のパジャリー教授と生活総研の帆刈所長による特別対談を通じ、これからの時代に求められるリーダーの姿や、ビジネス・アカデミアの枠を超えた新たな知のあり方を探ります。 
(聞き手:生活総研上席研究員 伊藤祐子)

1. AIには見えないものを見つめる──APUと生活総研の共通哲学

伊藤:生活総研が掲げる「生活者発想」と、APUが目指す「グローバルリーダー育成」。一見異なる領域ですが、その根底にある「人間に対する眼差し」について、どのような共通点を感じていますか?

パジャリー: APUは高等教育、生活総研はビジネスや社会調査と、たしかに私たちは異なる業界にいます。しかし、私たちの間には「人間に対する深い敬意」という共通点があるように感じます。解決策に飛びつく前に、まず人々を理解することにコミットしているのです。 今はPCやスマホの電源を入れてプロンプトを入力するだけで、AIからすぐに答えが得られる時代です。だからこそ、より共感的で、好奇心旺盛で、人間の生活に対する深いインサイトを持つことが、教育機関や研究機関にとってさらに重要になっています。

帆刈: 生活総研の「生活者発想」とは、人々の幸せを中核に据える考え方です。生活者発想は「一人の幸せ」を何よりも最優先に追求するというもので、 社会の利益といった少し曖昧なコンセプトから出発するのではなく、一人の問題を解決することが、最終的に社会全体の幸せやビジネスの利益へと繋がっていくというアプローチです。

伊藤:パジャリー先生、APUの教育方針と、生活総研の「個々の生活者の幸せを追究する姿勢」について、どうリンクするとお考えでしょうか?

パジャリー: 帆刈さんがお話しされたように、APUも「people, planet, profit(人間、地球、利益)」という三つの繁栄の要素を共有しています。しかし、APUの基本理念である「自由・平和・人道」を振り返ると、個人の実際の生活とウェルビーイングから出発するという点で、生活者発想との共通点が多くあります。 現在、APUのキャンパスでは110カ国以上の学生が共に学んでおり、当然すべてが英語と日本語のバイリンガルで教育されるという、異文化共生と人間中心の学習の生きたモデルを提供しています。この多文化学習と、個人の生活への深い理解が合わさることで、複雑な社会的課題に対処し、社会に新しい方向性を形成できるグローバルリーダーの育成に繋がると信じています。

2. "Common Sense is Nonsense(常識は常識ではない)"──多文化だから見える新しい視点

伊藤:昨年のAPUでのプロジェクト※1では、学生たちが「別府における、外国人観光客と地元住人がwin-winになるビジネスアイディア」を創発しました。実際に別府の街をフィールドワークし、生活者の実態に触れた学生たちのアウトプットをご覧になっていかがでしたか?

※1 2025年11月に生活総研がAPUの学生を対象にしたワークショップを実施。
詳細はこちら:
https://www.hakuhodo.co.jp/magazine/007206/

パジャリー: ワークショップには対面とオンラインを合わせ、学部生や大学院生など16の異なる国籍を持つ約60名の学生が参加しました。キャンパスの外に出てローカルなコミュニティと関わることで、彼らは「人間や社会の課題は、これまで考えていたよりもはるかに複雑である」と気づくことができました。 特に印象的だったのは、彼らがAIに頼るのではなく、生活者起点の提案をステップ・バイ・ステップで構築していく、地に足のついたプロセスを心から楽しんでいたことです。今の時代の学生はAIにプロンプトを入力してアイデアをひねり出すことに慣れていますが、今回の実体験は「視野が広がる新鮮なワークショップだった」と高く評価していました。自身の日常の小さな行動が他者にどう影響を与えるかを内省するようになったのは、非常に強力な学びになったようです。

伊藤:生活総研から見て、多国籍なAPU学生たちが「生活者発想」を実践した際、「新しさ」や「可能性」を感じた場面はありましたか?

帆刈: ワークショップの前に学生寮を見学し、非常に感銘を受けました。寮のマネージャーを担う学生が、多様なバックグラウンドを持つ学生間の対立を自分たちでどのように解決しているかを説明してくれたからです。教室の中だけでなく、生活空間全体が本当の相互理解を達成する「実践的な学習の場」になっていました。 また、ワークショップを通じて「常識は常識ではない(Common sense is nonsense.)」ということに気づき合えたことも大きなポイントでした。別府の地元の人々にとっての常識は、留学生には奇妙に映り、逆もまた然りです。お互いに「ここでの常識は、他の場所では非常識かもしれない」と気づくこと。将来のビジネスリーダーにとって、このマインドセットを行動によって学ぶことは非常に役立つと考えます。

伊藤:教室での勉学に留まらず、こうした「実社会や生活者への洞察」を教育に取り入れることは、APUが掲げる「人間力」や「人を思いやる力」の育成にどう寄与すると期待されますか?

帆刈: 私たちも社内研修などをとおして、課題は私たちの日常の中にあるため、ビジネスと日常生活を切り離さず、オフィスの外に出て街の中で感じるギャップや違和感を発見しようと伝えています。

パジャリー: まさに、「行動による学習(Learning by doing)」ですね。ビジネス戦略においても、日本で機能したものが他国で機能するとは限りません。だからこそ、進行形で状況を分析し、途中で調整していく力が不可欠です。うまくいかなくてもそこから学び、次回に改善すればいいのです。 また、非常に多様な学生グループがいるからこそ、私はクラスで「正しい、間違っている、のジャッジメント(審判)を下さない」ことを徹底しています。大切なのは「なぜそう信じるのか」を共有することです。私は多数決になりがちな「合意 (Consensus)」という言葉よりも、「相互理解 (Mutual understanding)」という言葉を使います。「合意」では少数派の不満が残りますが、「相互理解」があれば、全員が共通の方向に進むことに納得できるからです。

3. 人間理解は、マーケティングと教育をどう進化させるのか

伊藤:パジャリー教授の専門分野またはAPUの方針に対して、生活総研の「生活者発想」のアプローチはどのような創発を与えられると思われますか?

パジャリー: アカデミアでは、問題を特定し、理論の枠組みを適用し、データ分析へ進むというアプローチが一般的です。しかし、生活者発想の考え方は、その数ステップ前にある「人々の日常生活や感情、価値観に深く注意を払うこと」の重要性を思い出させてくれます。 私はマーケティングを教える際、顧客の「舞台裏」を理解するよう伝えています。実は顧客自身も、なぜブランドAよりブランドBを選ぶのか分かっていないことが多いのです。だからこそ、彼らが「なぜそのような行動をするのか」というインサイトを見極める必要があります。このアプローチを教育に取り入れれば、学生は経済的な分析だけでなく、社会を深く観察し、個人に真に響く解決策を開発できるようになります。

伊藤:生活総研が持つ膨大な生活者データや独自の洞察手法は、アカデミアにおいて、教育・研究のあり方をどう変えていく可能性があると思いますか?

帆刈: アカデミアに対して私たちが提供できる価値は2つあると考えています。1つは「人間」に関する30年以上にわたる長期的な時系列データベース、もう一つは特定の学問領域にとらわれない「学際的(ボーダレス)」なアプローチです。人間のインサイトを理解するためなら文化人類学的アプローチや心理実験的アプローチなど、どんな手法でも取り入れる「手口ニュートラル」な姿勢ともいえます。 

パジャリー: 素晴らしいですね。フィロソフィーには寿命がありませんから、永く継続されるべきものだと思います。

4. 未来を切り拓くのは、問い続け、違いを面白がれる人

伊藤:「人間中心」の視点を持つAPUと生活総研として、これから手掛けたい新しいチャレンジや、期待する変化について教えてください。

帆刈: 人間中心のフィロソフィーがどのようにビジネスの成長を牽引できるかを実証するため、パジャリー先生が受け持たれているMBAのクラスで、博報堂をビジネスケーススタディする授業をさせて頂きたいと考えています。130年の歴史を持つ日本の長寿企業である博報堂が、グローバルな規模で成長し続ける「秘密のレシピ」を紐解きたいですね。

パジャリー: それは素晴らしいアイデアです!実は、開発途上国から来た多くのMBA生は、「日本の成功事例から学びたい」という理由でAPUを選んでいます。欧米の成功モデルをそのまま自国に適用することは難しいため、長い歴史や”KAIZEN(改善)”のプロセスを持つ日本のやり方から学びたいと強く望んでいるのです。このケーススタディは、APUと企業が教育を共に形成する素晴らしいモデルになるはずです。

伊藤:最後に、未来を創る学生に向けてメッセージをお願いします。

パジャリー: 人生は「学ぶ(learn)、学んだことを捨てる(unlearn)、そして学び直す(relearn)」の旅です。環境は常に変化するので、自分が満たされたコップだと思わず、過去の学びを捨てて学び直す柔軟性を持ってください。学生には「私が教室で言ったことを鵜呑みにせず、私に挑戦する好奇心を持ってほしい」とも伝えています。 自分にチャンスが訪れたときは、間違いを恐れず思い切って一歩を踏み出してください。同時に、「空気を読む力(限界を見極める力)」も忘れないでください。また、単に「なぜ」「どうやって」と問うだけでなく、「だとしたらどうする?(So what?)」「こうしたらどうだろうか?(Why not?)」と問いかけ、常識をひねって実現する方法を考え抜いてほしいと願っています。

帆刈: 私も「好奇心」が重要だと思います。仕事でも日常生活でも、「なぜこの人はこう考えるのだろう」「なぜ自分はこうしているのだろう」と興味をもって問い続けることです。人々の中にある違いを単に尊重するだけでなく、その違いを「面白い」と感じる力こそが行動に繋がり、未来の社会をもっと豊かにしていくと信じています。

伊藤: “Why not?”と”So what?”、そして違いを面白がる尽きない好奇心。これからの時代を切り拓くための、非常に刺激的で深いヒントをいただきました。本日はありがとうございました。

※肩書は取材当時のものです

帆刈 吾郎
博報堂 生活総研 所長

1995年博報堂入社。マーケティング職を経て、生活総研アセアン設立・所長を歴任。マーケティング戦略立案や経営コンサル事業立ち上げに従事し、2025年より現職。

アカラデシルンスリー パジャリー
立命館アジア太平洋大学(APU)教学部長、国際経営学部教授

専門は、戦略的マーケティング、新興市場、国際ビジネス、体験型学習、多文化環境におけるマネジメント教育。実社会を題材としたアクティブラーニングを通じて、大学・ビジネス・社会をつなぐ教育に力を注いでいる。学生が既存の前提を問い直し、多様な視点を取り入れながら、アイデアを社会にとって意味のある行動へと発展させることを重視している。

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