産学で描いた 「AI共創型インフラ」が支える未来社会像【未来洞察 共鳴ノート #02】

AIの急速な進展や地球規模の環境危機など、不確実性と非連続性がかつてないほど高まる時代。未来を予測し「正解」を求めることがますます困難になっています。その中で、博報堂 生活者発想技術研究所の「未来洞察」プロジェクト(以下、未来洞察プロジェクト)は、産官学民のみなさまと共に、組織や立場を超えて多くの人が「共鳴」し、共につくりたいと思える未来像とその共創関係を育むことに挑戦しています。 「未来洞察 共鳴ノート」シリーズでは、未来洞察プロジェクトの探究と実践の紹介を通して、「共鳴しあう未来」を生み出すためのヒントを紹介していきます。第2回は、株式会社IHI(以下IHI)、東京科学大学と共に取り組んだ2050年のレジリエンス社会のビジョン「AI-Powered Resilient Society 2050」を描いた共創のプロセスと、そこから生まれた未来社会の可能性をご紹介します。

 ▶レポートはこちら:未来洞察 Resonance Report #2

背景と目的:「3つの知」の掛け合わせ

2025年11-2026年3月、未来洞察プロジェクトの根本 かおり、杉本 奈穂、松尾 奈奈、伊藤慎之介は、 IHI、東京科学大学との協働プログラムとして、事業や研究開発の構想に活かすための未来社会ビジョン「AI-Powered Resilient Society 2050」の共創に取り組みました。
未来洞察プロジェクトと東京科学大学は、2025年に連携覚書を締結しています。これにより、お互いに連携して高度な専門性を基盤に「善き未来」を自ら構想し、そのビジョン共有を通じて国内外のステークホルダーと共創して社会を動かしていく「ビジョン構想・推進人材」の育成支援を進めています。本協働プログラムは、その第一弾としてIHIをパートナーとして迎え始動しました。
東京科学大学は、2025年4月に全学に新たな研究体制「Visionary Initiatives」(以下、VI)を導入しており、そのVIの一つである「Resilience-Tech Society(災害・パンデミックにレジリエントな社会を実現する)」の実現に取り組んでいます。この取り組みをベースに、博報堂が長年にわたり培ってきた独自の「未来洞察」「生活者発想」の知見、IHIのイノベーション創出に関する課題意識と技術開発の知見、東京科学大学のアカデミアの知見、を融合させながら、「ありたい未来」を具体的に描き、更にはそこから見出される「社会に対して提供する価値」を起点に新事業や技術開発テーマを創発することを目的に、21名のメンバーで約5か月間にわたる探求が行われました。

協働プログラムのプロセス

本プログラムでは、以下のプロセスで検討をすすめてまいりました。

1.    2種類の未来仮説である「未来事象」と「未来兆し」の作成:確実性の高い重要な変化の争点となる「未来事象」を抽出するとともに、博報堂の未来兆し情報集「Future Bookmark」を活用し、テーマにとって外部性の強い不確実で直感的な変化の兆しである「未来兆し」を抽出しました。
2.    未来アイデアの強制発想:「未来事象」と「未来兆し」を掛け合わせ、両者が同時に起こると仮定して未来社会の姿を強制的に発想し、「未来シナリオ」の種を作成しました。
3.    専門家・イラストレーターとの対話:東京科学大学の研究者へのヒアリングを通じて、シナリオを専門家の視点でブラッシュアップしました。さらに、イラストレーターと対話し、シナリオを一枚の絵として可視化する過程を経ました。

2050年の社会を描く、6つの未来シナリオ 

平時のレジリエンス 

 

「会話クッションAI」に守られた活き活きコミュニケーション 
人々の「感情」に着目し、AIがインフラとして人々の失言や誤解を瞬時に補足・訂正することで、孤立を恐れずに自信を持って感情表現ができる社会を描きました。

 

みんなの希望が見えて叶う、マイノリティという概念をなくすまちづくり 
AIを「自転車」のような当たり前のツールとし、無意識の偏見を検知・通知。少数派のニーズが尊重される環境を目指します。

備えとしてのレジリエンス 

 

家単位での分散型インフラ自給を可能にする「ブロックハウジング」
集中管理型から分散型インフラへの転換。水・電気・通信を各家庭で自給し、余剰分を地域でブロックのように融通し合うことで、自律的で災害に強い社会を目指します。

 

他者の痛みも喜びも生きる、倍速極限リアル体験
教育や訓練を体験中心にアップデート。災害時の極限状況や他者の経験を、AIを通じて安全かつ倍速で追体験することで、深い他者理解と有事への対応力を養います。

有事のレジリエンス 

 

五感デバイスによる心の防災
災害時のストレスを、バイタルデータを検知するウェアラブルデバイスの五感刺激によって低減。例えば、倒壊した家屋の視覚情報を、花畑など少しでも心安らぐものに変換するなどしてPTSDを防ぐ「心の防災」を提案しました。

 

個々の自分らしさが輝くAI支援型避難所
避難所における役割分担を、性別や年齢ではなく、AIが個人のスキルや心理状態に基づき最適化。貢献を通じて自己肯定感を持てるコミュニティを創出します。 

未来シナリオ作成の過程で生まれた「共鳴」

3者協働による未来シナリオ作成を経て、メンバー間に下記のような「共鳴」状態が生じたことが、アンケート結果から明らかになりました。

●博報堂、東京科学大学、IHIという業界的に相違点の大きい3者の人間が同じグループを組み議論する事で、非常に多角的に議論ができたと感じている。特にIHIの参加者は技術者ばかりであり、議論の方向性がどうしても技術よりで、実現可能性に対しシビアになりやすいと感じる。博報堂、東京科学大学との議論を経て、技術ではなく社会に視点を置いて議論する事がやりやすかったと感じた。〈IHI メンバー〉

●現実的な予測に対して、漫画で描かれているような空想を掛け合わせることで、あり得る未来と思わされるようなシナリオになったのは印象的だった。ただ、インプット情報によって結果が左右されると感じた。自社で今後この方法を持ち込むにしても、複数の視点からインプット情報が欲しいため、様々なバックグラウンドがある方に参加いただく必要があると思った。〈IHI メンバー〉

●IHIさんが色々な部署の方が集まっていらっしゃることと、ディスカッションでエネルギーに関するご意見があったので、興味の方向性がそこにあるのかなと思いました。ですので、東京科学大学の方の別の視点からのインプットを入れた方がよいと思い、VIや病院での実装や医工連携の観点から意見しました。〈東京科学大学メンバー〉

●個人でシナリオ案を作ってから議論していくのではなく、シナリオ案を作るところからグループでディスカッションを重ね、方向性などを決めていく過程に「共創」を感じられた。案や意見を出し合う過程で、おもしろい、そうなったら良いなどポジティブな未来像をグループで考えられたと思う。〈東京科学大学メンバー〉

未来像から広がる共創:「重工業からヒューマンインダストリー」へ

2026年6月に「未来像から考える共創の可能性」をテーマに活動報告会が実施され、作成したシナリオを起点としたディスカッションが行われました。
IHIのメンバーからは、未来シナリオから逆算された「汗の成分から感情を解析するセンシング技術」や「適切な刺激物質を調合する技術」といった具体的な技術アイデアが提示されました。さらに、これまで巨大インフラを作る「ヘビーインダストリー(重工業)」を担ってきた同社が、今後は一人ひとりに特化した「ヒューマンインダストリー」を目指すべきではないかという、新たな事業の方向性も議論されました。

当日の報告会の様子 

報告会では、各組織の代表者や参加メンバーから、本プロジェクトを通じて得られた気づきや今後の展望について熱気あふれるコメントが寄せられました。

東京科学大学 大竹 理事長
「提案の水準の高さに驚いた。ヒューマンインダストリーやコミュニティベースのアプローチはまさにこれからの方向性。『ブロックハウジング』や精神的ケアは火星探査などの極限環境でも応用できるかもしれない。今日は終わりではなく始まりです。自治体や他企業などと協力して次の一歩を踏み出せる可能性は大いにある」

株式会社 IHI 技術開発本部 技術基盤センター 津乗 所長
「2050年というさらに先の未来を見据える重要性を再認識した。大学の先生や博報堂の皆さんと議論することで、社内では出ない柔軟な発想が得られた。引き続き仲間として、共に未来を描いていけると嬉しい」

株式会社 IHI 技術開発本部 技術企画部 岩本 部長
「これまでのIHIはヘビーインダストリーとして大きなものを作ってきたが、今後は一人ひとりに特化した『ヒューマンインダストリー』を目指すべきではないかという議論も生まれている」

編集後記:「共鳴しあう未来」づくりのヒント

本取り組みは、「東京科学大学のアカデミアの知見」「IHI社の技術・事業開発の知見」「博報堂の『未来生活者発想』の知見」を融合させたシナリオ創発への挑戦でした。それぞれの組織の在り方や、成果物の活用・展開のイメージなど、はじめはバラバラな状態でしたが、コンセプトの切り口やアイデアのスクラップ&ビルドを繰り返す中で3者の共通項や未来社会への新しい意味付けを見出していきました。そのような試行錯誤の軌跡が「未来指向のレジリエンス社会の機会」の可視化につながったのではないでしょうか。(根本)

協働プログラムの全過程を通じて私が最も気づきを得たのは、最後に全員に記入いただいた「感想」を拝見した時でした。肯定的な声だけでなく、各プロセスにおける小さなモヤモヤや違和感の声も拝見できたことで、たとえばチーム組成の方法やご説明の仕方など、細かいところからもっとこういう工夫ができたはず、と反省をしました。共創ワークショップ形式で進行する博報堂の未来洞察は、率直なご意見からこそ学び一歩一歩改善を重ねることで、「共鳴しあう未来ビジョン」を生む確度を高めることができるのだと思います。(杉本)

今回「異なる背景を持つ者同士がお互いに触発し合うこと」の重要性を改めて実感しました。技術視点(IHI社)、アカデミア視点(東京科学大学)、生活者視点(博報堂)の3者の集合知により、互いの視点にハッとさせられたり共鳴が生まれた瞬間が多々あったのではないでしょうか。少なくとも私自身、技術やアカデミア視点で社会をまなざすことで「こんな見方ができるのか!」という驚きがありました。それが可視化され共通認識になったことで、より深い相互理解と共鳴に繋がったと感じています。(松尾)

東京科学大学のアカデミアの方や、IHI社の技術畑の方など、一般的に「お堅い」「堅実」といったイメージを持たれている方々が、普段から「発想」について研究している我々博報堂メンバーよりも「飛んだ」アイディアを出されることに正直驚き、大変刺激を受けました。科学や技術の現在地や限界について深い知見を持たれ、「確実性の高い未来」に誰よりも向き合われているからこそ、「不確実性の高い未来」、そして「共鳴しあう未来ビジョン」へと発想を飛ばすことが出来るのだろうと感じました。(伊藤)

今回のプロジェクトを通じて、産学の枠を超えた多様な知が交わり、既存の延長線にはない「ありたい未来」の輪郭が明確になりました。大竹理事長の「今日は終わりではなく始まり」という言葉の通り、未来洞察プロジェクトでは今後も、企業やアカデミア、そして社会の多様なステークホルダーと「共鳴」しながら、新たな共創の輪を広げていきます。今後の活動にもぜひご期待ください。

※肩書は取材当時のものです

根本 かおり
博報堂 生活者発想技術研究所 上席研究員/東京科学大学 特任准教授

未来洞察による事業・組織・社会デザイン事業に従事。モビリティ、脱炭素、街づくりなど産官学民で領域・組織を横断する未来像策定プロジェクトを企画・推進。

杉本 奈穂
博報堂 生活者発想技術研究所 上席研究員

未来洞察、女性の心身のウェルネス、次世代ブランディングなど複数のテーマを横断し、生活者意識の定量・定性調査スキルを活かして、企業やアカデミアと共に、研究知をよりよい社会をつくるためのビジネスに結びつける取り組みに従事。

松尾 奈奈
博報堂 生活者発想技術研究所 研究員

生活者調査や未来洞察・ワークショップ開発を軸に、若者・創造性(アート)・産官学連携プロジェクト等に従事。

伊藤 慎之介
博報堂 生活者発想技術研究所 研究員

マーケティング部門、クリエイティブ部門を経て、研究開発部門へ。若者研究、未来洞察、アートシンキングなどのプロジェクトに従事。

博報堂  未来洞察プロジェクト
25年以上に渡り、産官学民のみなさまと共に、博報堂独自の「未来洞察」の探究と実践を重ねているプロジェクトです。近年は、「タイムマシンに相乗りして、共鳴しあう未来をみつけに行こう」を合言葉に、組織や立場を超えて多くの人が「共鳴」し、共につくりたいと心から思える未来像と、その実現に向けた共創関係を育むことに挑戦しています。

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