快適な防災生活のために──女性視点で考えるメディア・エンタメの力

災害への備えは、もはや全ての生活者にとっての必須事項です。しかし、その備えは本当に「自分」に合っているでしょうか?特に女性は災害時に特有の困難に直面することが多く、ジェンダーの視点を取り入れた防災、「ウェルネス防災」の重要性が高まっています。メディアやエンターテインメントの力で、この社会課題へのアクションをどう喚起できるのか。専門家たちの議論から、そのヒントを探ります。

工藤 里紗氏
テレビ東京 プロデューサー

中島 千恵氏
マガジンハウス クロワッサン編集部

佐藤 翔輔氏
東北大学准教授

瀧川 千智
博報堂 生活者インターフェースビジネス推進局 企画クリエイティブ部長

大木 菜生
博報堂 テレビラジオビジネス局 テレビ5部

災害の大きさは「外力」よりも「脆弱性」が決める

佐藤
皆さんは「災害」と聞いて何を思い浮かべるでしょうか。地震の大きさや雨の量といった自然現象そのものをイメージするかもしれませんが、実は災害の大きさはそれだけでは決まりません。
私たちの分野では、災害の原因を二つに分けて考えます。
•    外力: 地震や大雨といった社会の外から加わる力(コントロール不可能)
•    脆弱性: その社会が持つ災害に対する強さや脆さ(改善可能)
災害という結果は、この「外力」と「脆弱性」が掛け合わさって生まれるのです。
2018年の西日本豪雨を例に挙げると、雨が最も多く降った高知県の死者数は3人だったのに対し、雨量がその3分の1程度だった広島県では114人もの方が亡くなりました。雨の量と被害の大きさは比例していません。これは、それぞれの地域社会が持つ「脆弱性」が異なったために生じた差だと言えます。

瀧川
自然現象である「外力」は変えられなくても、社会の「脆弱性」を改善すれば被害は小さくできるということですね。

佐藤
その通りです。この実態を男女別で見てみると、阪神・淡路大震災、東日本大震災のいずれにおいても、直接死・関連死ともに女性のほうが多いというデータがあります。また、避難生活における睡眠障害の割合や、DV・性暴力の被害も女性に集中する傾向が見られます。

瀧川
なぜ、それほどまでに女性の被害が大きくなってしまうのでしょうか?

佐藤
それは、女性のほうが「脆弱性」が高い状況に置かれやすいからです。
例えば阪神・淡路大震災では、一人暮らしの高齢女性が多く亡くなりました。その背景には、収入が少ないために耐震性の低い古い建物に住まざるを得ないという社会構造の問題がありました。これはジェンダーの問題とも言えます。
地球温暖化の影響で大雨の頻度は増しており、災害は頻発化しています。このような状況を乗り越えるためには、特に女性の脆弱性に目を向けた、女性に特化したアクションが不可欠なのです。

「自分ごと」として備える。ウェルネス防災3つのポイント

瀧川
続いて、2011年の東日本大震災をきっかけに『女性のための防災ブック』を企画し、以降ライフワークとして防災特集を手がけてきたマガジンハウスの中島さんにお話を伺っていきます。

中島
私は2011年の東日本大震災をきっかけに、anan編集部で『女性のための防災ブック』という本を編集し、これまで雑誌『Hanako』や現在所属する『クロワッサン』でも防災特集を手がけてきました。
防災の情報は常にアップデートが必要です。一回備えて終わりではなく、最新の情報を発信し続けることが大切だと考えています。その中で、特に女性の視点からお伝えしたいポイントが三つあります。

中島
① モノは備えるだけでなく「使ってみる」
非常用トイレを備えている方は多いですが、実際に使ったことがある人はほぼいません。非常時はパニック状態ですから、使い慣れていないものは使えないと思ったほうがいい。「備える」と「使う」はセットです。

② 自分に合ったものを「カスタマイズ」する
生理用品などの衛生用品は、個人の好みや肌に合う・合わないが大きく分かれます。被災時に配給されるものが自分に合うとは限りません。デリケートな悩みを抱えないためにも、普段から使い慣れたものを自分で備えておくことが、心身の健康(ウェルネス)を保つ上で非常に大切です。

③ 女性の困りごとを「男性にも知ってもらう」
お互いが何に困るのかは、想像だけでは分かりません。私が編集した防災ブックを読んだ男性から「こういうことに困っていたのか、やっと分かった」と言われたことがあります。相互理解があってこそ、より良い備えや建設的な会話に繋がります。

テレビメディアが女性の健康課題に取り組むのはなぜか

大木
最後に、テレビ東京プロデューサー工藤さんにお話を伺っていきます。これまで、『生理キャンプ』や『テレ東フェムテック委員会』など、生理や更年期といった、なかなかオープンにしづらい女性の心と体をテーマにした番組を数多く制作されています。こうした番組制作に至った背景を教えていただけますか?

工藤
私が20代のときに初めて通した企画が、まさに「普段は話しづらいけれど、実は気になること」をテーマにした番組でした。それ以来、自分自身の年齢や関心の変化とともに、さまざまなテーマに取り組んできました。

生理やフェムテックもそうですが、社会のさまざまな課題は、定期的に目にしたり、口にしたり、耳にしたりすることで、少しずつ可視化されていきます。そうすると、関連するサービスにも手が届きやすくなる。知ったり話したりすることで、周りが変わっていく。そのきっかけをメディアとして作っていきたいと考えています。

大木
番組では企業とのタイアップ事例も多いですが、広告とは違う、テレビ番組ならではのタイアップの魅力は何でしょうか?

工藤
番組ならではの強みは、「演出的視点」が入ることです。例えば、企業様の商品を、番組のディレクターが一定期間、実際に毎日使ってみる。その中で感じた便利さも、もしかしたらあるかもしれない不便さや課題も、ありのままを描きます。この「本音」の部分が視聴者に伝わることが、メディアという第三者視点だからこその発信力につながるのだと思います。

大木
「本音」もですし、企業様自身が気づいていない魅力を引き出せるのもテレビならではですよね。そして今回、「フェムテック防災」というテーマに取り組まれましたが、このテーマに着目したきっかけは何だったのでしょうか?

工藤
私自身、 中学校の時に阪神・淡路大震災を、妊娠中に東日本大震災を経験しました。その中で、被災された方々が抱える課題を目の当たりにしてきました。能登半島地震の報道に触れ、今なお多くの課題が残っていることを知り、「何か自分にできることはないか」と考えたのが始まりです。
地震をなくしたり、建物を強くしたりすることは私にはできません。でも、大変な状況にいる被災者の方々が、少しでも楽になれるような、ちょっとした手助けはできるかもしれない。これまで番組で取り組んできたフェムテックというテーマと防災を掛け合わせることで、災害時の女性の課題を啓蒙し、社会全体で考えるきっかけを作れないか。そうした思いから、「フェムテック防災」という言葉を提言し、番組で発信することにしました。

ディスカッション:防災を「日常」に、そして「ビジネス」に

瀧川
ここからは皆さんとディスカッションを進めていきたいと思います。まず、「なぜ今、防災なのか?」というテーマについて、佐藤先生いかがでしょうか。

佐藤
先ほどは「脆弱性」の話をしましたが、今度は「外力」の側面からお話しします。地球温暖化で雨の量が増えていることに加え、首都直下地震や南海トラフ巨大地震の発生確率が非常に高まっています。10年、20年前に比べて、雨も地震も起こりやすくなっている。だからこそ、「今」、防災に力を入れる必要があるのです。

瀧川
備蓄の仕方のコツとして、「ローリングストック」や「フェーズフリー」という言葉が聞かれますね。

瀧川
「ローリングストック」は、備蓄品をしまい込まずに普段から使い、使った分を買い足すことで常に一定量を備蓄する方法です。「フェーズフリー」は、日常時と非常時(非日常)というフェーズの垣根をなくす考え方。この二つを組み合わせると、「普段から使い慣れたものを少し多めにストックし、日常でも非常時でも使う」というスタイルが見えてきます。

工藤
備蓄というと、防災バッグを一つ買って「準備完了」としがちですが、自分に必要なものを考えることが大切です。100円ショップなどでも便利なものがたくさん見つかります。また、防災バッグに入れる服は、不要なものではなく、履き慣れたズボンなど、少しでも心地よいものを選ぶことをお勧めします。

瀧川
一方で、女性が非常時に特に苦労するのはどんなことでしょうか?

佐藤
ポイントは三つあります。一つは「プライバシー」。着替えや授乳など、人目のある場所では難しい。二つ目は「衛生面」。特に生理の問題は深刻です。そして三つ目が、根深い問題ですが「役割の固定化」です。食事の準備は女性、といった無意識の偏見が、災害時にはより顕著に現れてしまいます。

中島
まさにその通りで、避難所の運営に女性が入ることの重要性が指摘されています。運営が男性中心だと、例えば生理用品を男性から手渡しで受け取らなければならなかったり、更衣室が体育館の真ん中に設置されたりといった配慮に欠ける事態が起こり得ます。女性が運営に加わることで、そうした問題は大きく改善されます。

工藤
能登の取材では、生理用品をもらいに行くのが気まずくて、危険を承知で被災した自宅に戻ったという女性もいました。特に若い世代にとっては、言い出しにくいという現実があります。

瀧川
そうした課題を踏まえ、防災をより持続可能なものにしていくためには何が必要でしょうか。

佐藤
持続可能性を担保するには二つの要素が重要です。一つは「楽しい、かわいい、美しい」といった前向きな側面。防災が暗いイメージだと続きません。もう一つが「産業化・ビジネス化」です。社会の仕組みに乗っていなければ、活動は持続しません。防災がビジネスとして成立することが、社会全体で取り組む上で非常に大切だと考えています。

瀧川
最後に、この防災の仲間として、どのような企業に参画してもらいたいですか?

中島
「防災用に開発された商品」だけでなく、普段使っている食品や日用品の中に、実は災害時にも役立つものがたくさんあるはずです。「うちの商品も使えるじゃないか」という発見を、多くの企業さんにしていただきたいですね。

工藤
私も同感です。キャンプ用品のように分かりやすく防災とリンクするものだけでなく、私たちがまだ想像もしていないような分野の企業さんにも、ぜひ仲間になっていただきたいです。

瀧川
博報堂でも、防災科研(国立研究開発法人防災科学技術研究所)と多くの企業、団体やメディアとともにジョイントベンチャーを設立し、 「レジリエントライフプロジェクト」を進めています。
さまざまな企業がコンソーシアムとして参加し、メディアとも連携しながら、社会全体の防災力向上を目指す取り組みです。今後も、多様な企業が集まり、うねりを大きくしていくことが重要だと考えています。

いかがでしたでしょうか。災害時の被害や避難生活における困難は、社会の脆弱性やジェンダーの課題と密接に結びついています。だからこそ、女性の視点を取り入れた備えや、日常の延長線上にある「フェーズフリー」なアイテムの活用、そしてそれらを支えるビジネスやメディアの継続的な発信が不可欠です。本対談が、皆様の快適な防災生活や新たなビジネスのヒントとなれば幸いです。

※肩書は取材当時のものです

工藤 里紗
テレビ東京 プロデューサー

『生理CAMP』『シナぷしゅ』『フェムテック委員会』など著書『生理CAMP みんなで聞く・知る・語る!』(集英社)。2021 ACCではメディアクリエイティブ部門にて『生理CAMP2020』でブロンズを受賞。2023年東京国際映画祭エシカル・フィルム賞審査員。2026年4月より配信ビジネス局FAST事業推進部部長。

中島 千恵
マガジンハウス クロワッサン編集部

2024年よりクロワッサン編集部勤務。
2011年の東日本大震災をきっかけに、当時在籍していたanan編集部にて「anan特別編集 女性のための防災BOOK」を、当時書籍編集部に所属していた同期女性と2名で作成。2018年には防災士資格取得。
「Hanako特別編集 命を守る防災GUIDE」、クロワッサン「防災・防犯アップデート」特集担当をはじめ、防災バッグ、防災ポーチのプロデュースに関わるなど、防災コンテンツ作成をライフワークに。2018年配布、東京都制作「東京くらし防災」、および2023年配布「東京防災」、「東京くらし防災」編集・検討委員。

佐藤 翔輔
東北大学准教授
災害科学国際研究所・防災実践推進部門

新潟県生まれ。2004年に7.13新潟水害、新潟県中越地震を体験。その後、京都大学大学院に進学し、防災情報に関する研究に従事 。大学院を修了するタイミング(2011年3月)で東日本大震災が発生し、直後から東北大学に着任。東日本大震災の被災地を中心に、学術研究のみならず、実践的な復興のサポートを現在も継続。専門は、災害情報、災害伝承、防災・減災に関する啓発など。
令和3年科学技術分野の文部科学大臣表彰 若手科学者賞など。

瀧川 千智
博報堂
生活者インターフェースビジネス推進局 企画クリエイティブ部長

博報堂2005年入社。ストラテジックプラニング局、新聞雑誌局を経て現部門へ。雑誌編集部の知見を活用したソリューション「博報堂MATCH」や、社内プロジェクト「博報堂キャリジョ研プラス」、「WomanWellnessProgram」などに携わる。2021~2025年日経BPマーケティング広告賞審査員。2022~2023年ACCメディアクリエイティブ部門審査員。

大木 菜生
博報堂 テレビラジオビジネス局 

2021年入社。メディアプラナーを経て、現部門にてメディアプロデューサーとして広告枠・イベントのセールス/番組企画・進行業務に従事。社内プロジェクト「博報堂キャリジョ研プラス」「WomanWellnessProgram」加入後は、ジェンダーバイアスに関する大学講義や知見を活かしたフェムテック関連番組の企画・セールスを推進。

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