New Urban Guerrilla 連載第七回
「おいしそうな風景」が都市の本能を呼び覚ます
~フードスケーピングが変える、都市と緑と人の関係~

2017年に発足して以来、連載コラム「ヒット習慣予報」で新たな習慣の兆しを発信しているほか、生活者データを活用してさまざまな “ヒット習慣”を研究・分析し、新商品やサービス開発まで行う博報堂「ヒット習慣メーカーズ」。ヒット習慣を探る中で、現代の生活者が癒やしを求めていたり、幸せを模索していたりする兆候が見えてきました。
そんな中ヒット習慣メーカーズのメンバーで新たにスタートする企画が、「New Urban Guerrilla」。都市生活の可能性を探究するさまざまな活動体や官民を巻き込みながら、現代の生活者にとって本当に幸せな、豊かな都市生活とは何かを追求し、社会実装までを目指します。 本連載では、「New Urban Guerrilla」発足を記念し、メンバーがゲストと共に新しい都市の構想を語り合います。 今回のゲストは、都市の緑を「食べられる景観」に変える「フードスケーピング」を提唱するGreen Neighborsの篠崎様です。
スピーカー
Green Neighbors合同会社 代表
篠崎 ロビン 夏子 氏
博報堂 PR局
統合ディレクター/PRディレクター
ヒット習慣メーカーズ メンバー
村山 駿
シンガポールの屋上で出会った「おいしい違和感」
村山 プロジェクトのリーダーの中川とよく仕事をする中で、「コロナ禍を経て社会が変わっていくのに、都市や生活がまだ面白くなりきれていないよね」という話をずっとしていました。なにかこう、都市に対する「モヤモヤ」のようなものがあって。
僕はいちおう建築学科出身ですが、広告の専門家であって、都市の専門家ではありません。だからこそ、専門家ではない視点で新しい都市への関わり方ができるんじゃないかと思っています。 これまで睡眠やエンタメ、運動など、様々なテーマで対談してきましたが、そういえば「食」という人間の根源的なテーマで対談していないなと思いまして。食を起点に都市を面白くできないかと探していたところ、篠崎さんが推進さてている「フードスケーピング」という思想をたまたま知ることができました。今日はぜひ、その可能性について教えていただけるとうれしいです。
まず、篠崎さんが提唱されている「フードスケーピング」とはどういうものか、そしてなぜそこにたどり着いたのかを教えていただけますか。以前の記事などを拝見すると、「自然との関わりを作っていく取り組みだ」とおっしゃっていましたが。
篠崎氏 そうですね。私は母がシンガポール人で、国籍もシンガポールなんですが、育ちは大分県の別府市なんです。田舎の自然が豊かな山の中で育ちました。近隣住民が自分たちで育てた農作物を交換し合うのが日常で、食と自然が非常に近い環境にいました。 その後、大学進学で上京し、就職でシンガポールのテック企業に勤めたのですが、いわゆるコンクリートジャングルの中で働き詰めるうちに、心が疲弊してしまって。

村山 やはり環境の変化は大きいですよね。
篠崎氏 ええ。さらにコロナ禍になって、人にも会えない、ずっと家の中でリモートワーク……という状況で、心が重くなってしまうタイミングがありました。そんな時、シンガポール市内を散歩中にふと商業施設の屋上に行くと、そこにはマンゴーやパパイヤ、バナナといった「おいしいもの」が実っていたんです。その時、自分の心が求めているのはやっぱり自分の原点である「自然」だと気づいたんです。それが「フードスケーピング」との出会いでした。単なる屋上緑化ではなく、デザインされた美しい景観の中に、輝く「食べられるもの」がある。その光景にまず衝撃を受けました。
村山 「アーバンファーミング(都市農業)」とはまた違う感覚だったのでしょうか。
篠崎氏 そうですね。私が体験したのは、どちらかと言うと「屋上の上の公園」のような印象で、特に収穫を主目的としていないけれど、こんなに素敵なものが実っている。その「おいしそうな違和感」に感銘を受けたんです。 そこから興味が湧いて、現地の事業者のもとで修行させてもらいました。「日本にこういうのないな」という思いと、自分の九州での原体験である「自然と人が繋がること」を重ね合わせた時、自分が住みたい都市の姿が見えてきたんです。 いろんな美味しいものがなっていて、見た目も面白くて、自分で収穫して食べることもできる。そんな場所を作りたいと思って帰国し、活動を始めました。
村山 シンガポールでは、そういった風景は一般的なんでしょうか?
篠崎氏 実はシンガポールって建国60年ほどの国で、元々の農業従事者がいないので、フードスケーピングをやっている人たちもある意味みんな初心者なんです。でも、国策として「自分の住んでいるところから徒歩10分以内に公園を作る」といった動きがあり、その追い風もあって、食べ物と自然を都市に増やしていく動きが広まっていました。
村山 「フードスケーピング」という言葉自体はシンガポール発祥なんですか?
篠崎氏 初の概念ではないですが、似た言葉に「エディブル・ランドスケープ(食べられる景観)」があります。これは風景の中に食べ物がある状態を指しますが、シンガポールで見たフードスケーピングは、近隣の飲食店との連携が中心(収穫物を飲食で活用)となり、インタラクティブなムーブメントになっているのが特徴でした。 私は、フードスケーピングは「ランドスケープ×食べ物」の造語でありつつ、「デザイン」の観点が強いと思っています。
村山 デザインの観点、ですか。
篠崎氏 はい。美観を保つ、人の営みとしてのデザインです。フードスケーピングは、例えば夏野菜だけ植えると冬に枯れて寂しくなるので、一年を通じたデザインのバランスを考えて植樹します。つまり、都市を「美味しく、魅力的にデザインする」行為なんです。

「つつじの蜜」と都市のノイズ
村山 その話を聞いて、僕も小学生の頃の記憶が蘇りました。住んでいたマンションの敷地内にツツジが咲いていて、その蜜を吸いながら学校に行っていたんです。
篠崎氏 ああ、その感覚、わかります。
村山 あれって、ある意味、都市の公共の植栽なんですが、民家に侵入するわけでもなく、生活圏内にあるものを「今日は甘いな」とか「今日は味が薄いな」とか感じながら歩く。その感覚が、毎日のルーティンの中に「いいノイズ」として入ってくるんですよね。 デジタルで合理化された今の都市生活には、そういう五感を刺激するノイズやリズムが欠けている気がします。「あ、今日この花咲いてるな」という感覚が入るだけで、毎日が濃く、豊かになる。
篠崎氏 おっしゃる通りです。地元の田舎ではそれが柿やかぼすだったりして、近所の知り合いの大人から味見させてもらうとより季節を感じられました。東京の緑は「見るだけ」のものになりがちで、触れづらい。立ち上げ当初、メンバーとよく「東京の緑って触れづらいよね」と話していました。 フードスケーピングは、そこに「収穫する」「香りをかぐ」といった体験を取り戻すことで、都市への愛着を育む装置になり得ると考えています。
村山 街の緑に自分の「物語」が生まれる感覚ですよね。「この花は綺麗だね」だけじゃなく、「あそこの実は美味しかったね」という記憶が、その場所を自分ごと化させていく。
篠崎氏 ええ。それに、植物を通じて地域の歴史や文化を掘り起こすこともできます。 以前、川崎で実践した事例では、その土地古来の「のらぼう菜」や「万福寺人参(まんぷくじにんじん)」といった伝統野菜の種を守っている農家さんより調達させていただき、子供たちと育てました。ものによっては長さ1メートルにもなる人参なんですが、「この街にはこんなおいしい歴史があったんだ」という再発見が、コミュニティの再生にもつながっていくんです。
村山 食や景色を軸に、都市の埋もれた資産を掘り起こして再生させる。それによってコミュニティも再生されていくわけですね。
篠崎氏 そうですね。ある意味、元々あった「結(ゆい)」や農文化の再生であり、コミュニティの再生でもあると思っています。

犬の散歩のような「緩やかなコミュニティ」
村山 ただ、都市の中でコミュニティやつながりというと、今はちょっと敬遠されがちな部分もありますよね。
篠崎氏 そうなんです。だから、無理に「絆」を強めようとする必要はないとも思っています。フードスケーピングが提供するのは「緩い繋がり」です。 例えば、犬の散歩をしている人同士って、名前も知らないけど「あ、どうも」って挨拶するじゃないですか。
村山 ありますね、あの不思議な関係。その時間帯ならではの挨拶というか。
篠崎氏 あれと同じで、水やりや収穫をしている時に、通りがかりの人と自然発生的な会話が生まれる。例えば日を決めて集まらなくてはいけないというようなものではなく、あくまで自然な会話のきっかけになる。そういう選択肢があることが、現代の都市にはちょうどいい人との距離感なんだと思います。
村山 確かに。0か100かではなく、その狭間にある「名前も知らないけど挨拶する」くらいの豊かさが、今の都市生活者のメンタルには心地よいのかもしれません。 ちなみに、これまで実践されてきた中で、食以外の意外な広がりなどはありましたか? なにか予期せぬ「いいこと」があったとか。
篠崎氏 たくさんあります。私たちは最初から完璧に決めすぎず、「余白」を残すことを大切にしているのですが、そうすると面白いプレイヤーとコラボレーションの隙間が生まれるんです。 例えば恵比寿ガーデンプレイス(サッポロ広場)での活動では、摘みたてのハーブを活用したハーブティー作りをしたり、カフェがコーヒーかすを堆肥に提供してくれたり。ある時は音楽家ユニットといっしょに、「Music Plants」というワークショップを開催しました。
村山 Music Plantsですか?
篠崎氏 はい。フィールドレコーダーを持って、アロエのギザギザを触る音や、木を揺らす音など、植物ならではの音を集めて、その場で一つの楽曲を作るんです。
村山 食にとどまらず、音楽やアートにもつながっていくんですね。
篠崎氏 そうなんです。東京産のいちご苗の普及に取り組む活動家の方やパン屋さんなど、情熱を持った「マイクロ・アントレプレナー(小規模事業者)」や個人が、フードスケーピングという「場」を媒体にしてつながり、新しいカルチャーが生まれていく。都市の緑は、単に守るものではなく、もっとクリエイティブに活用できる「プラットフォーム」なんだと実感しています。
村山 田舎の里山は「守るもの」という意識が強いですが、都市の緑はもっとクリエイティブに共創の場として活用していくべきだと。大都市ほど、そのギャップが面白いですよね。ビル街にマンゴーがなっている違和感やハプニング性が、新しい豊かさを生む装置になる。
篠崎氏 おっしゃる通りです。都市の緑はもっとクリエイティブになれるし、人々の発想でもっと面白くなると思います。

企業活動と「フラットな緑」
村山 一方で、日本で進める上での課題などはありますか?
篠崎氏 管理面での懸念は強いですね。クライアントになり得る日本の企業様などは、新しいことにチャレンジすることに対するハードルが海外に比べてやはり高い。「本当に食べていいのか」「誰が責任を取るのか」といった声はあります。 ですので、まずは鑑賞から始めて、クラフト(工作)ならOK、次は簡単な加工ならOK、といったように、実績を作りながら少しずつ「楽しめる範囲」を広げています。
村山 そこは日本らしい慎重さですね。でも、僕は企業がもっと関わることが突破口になる気がしています。最近は企業もCSRだけでなく、自分たちのアセットをどう社会に還元するかを考えています。 例えば野菜ジュースのメーカーが、街中で本当に美味しいトマトを育てていたら、どんな広告よりも説得力があると思いませんか?
篠崎氏 本当にそうですね。
村山 「このジュースの原料のトマト、本当に美味しいんですよ」とCMで言うだけじゃなく、日常の風景の中にそのトマトが瑞々しく実っていて、実際に収穫して味わえる。そんな体験があれば、単なる社会貢献を超えて、自分たちの事業メリットにもちゃんと返ってくる。
篠崎氏 企業のCSR活動としてだけでなく、自分たちの商品を「苗」の状態から見てもらい、ストーリーを知ってもらう場として活用できると思います。オフィスの中に閉じこもらず、外に出て「クリエイティブラウンジ」のように地域と関わる場所にするのもいい。
村山 緑って、すごく「フラット」なメディアだと思うんです。広告だと少し身構えてしまいますが、緑を通じてなら、企業と生活者が対等に、幸せな関係でつながれる。そこに大きな可能性があると感じます。
フードスケーピングが作る未来の都市体験を考える
村山 ではここから、フードスケーピングを軸にどんな新しい都市体験が考えられるか、少しブレストさせてください。
アイデア①:企業の「アセット」が実るメディア
村山 例えば、日本橋のような場所にフードスケーピングエリアがあって、そこを期間限定で企業が活用するというのはどうでしょう。「今月はビールメーカーさんが麦を育てています」「来月は野菜ジュースメーカーさんがトマトを育てています」みたいに、企業のアセットを持ち込んで、顧客と濃く関わるメディアとして使うんです。
篠崎氏 素敵なアイデアだと思います。商品になる前のストーリーを知ってもらうことで愛着が湧きますし、都市の中には使われていない緑地帯や、暫定利用できる土地がたくさんありますから。相性はすごくいいと思います。

村山 企業の隠れた文化や魅力を掘り起こして可視化する装置にもなりますね。 他に、先ほどおっしゃっていた「インバウンド」や「教育」の話も含めて、どんな妄想が膨らみますか?
アイデア②:言葉を超えた「グローバル・キャンプ場」
篠崎氏 私のチームも多国での経験が豊富なメンバーが多いですが、海外の方と話すと「自分の国ではこの植物をこう食べる」といった食文化の話で必ず盛り上がるんです。例えば、都市の真ん中にフードスケーピングされたキャンプ場のような場所があって、そこで採れたものを一緒に料理して食べる。
村山 言葉が通じなくても「食」は共通言語になりますからね。観光地でただ完成された料理を食べるだけでなく、「植わっている状態」から一緒に収穫して調理する体験は、強烈な観光資源かつ交流の場になりそうです。
アイデア③:おいしい通学路と「ミクロな生物多様性」
篠崎氏 野菜がどう生産されているのかその現場を知らない子供は多いと思います。学校の通学路そのものをフードスケーピングして、登下校中に収穫し、それを給食で食べる、なんてことができたら最高ですよね。 あと、生物多様性というと難しく聞こえますが、葉っぱについた微生物を顕微鏡で見るような「ミクロな生物多様性」の観察も、子供たちにはすごく響くんです。
村山 「今日の給食のサラダ、あそこの道で採ったやつだ」となるわけですね。都市全体が教室になる感覚ですね。自分が住んでいる街で収穫ができるなら、そんな街に住んでみたいと思います。
アイデア④:バス停ヒーリングと「屋根の上の養蜂」
村山 バス停やちょっとした待ち時間のスペース。排気ガスや待ち時間でイライラしがちな場所に、香りの良いハーブや果樹があったらどうでしょう。車通りの多い場所でちょっと疲れるな、という場所にこそ、デザインされた美味しそうな風景があるだけで心が休まるんじゃないかと。
篠崎氏 ヨーロッパではバス停の屋根を緑化して、そこで養蜂をしてミツバチを呼ぶ事例もありますね。
村山 屋根の上で養蜂とは驚きです。
篠崎氏 なかなか養蜂まではハードルが高いかもしれませんが、バスを待つ間の「ウェルビーイング」を高めるスポットとして、都市の隙間を活用するのは非常に相性がいいと思います。
アイデア⑤:都市の牧場と「食のゲリラ体験」
村山 海外のニュースで見たんですが、海の上に牧場が浮いている「フローティング・ファーム」みたいな事例もあって。たとえば都市の中に、食の原体験がゲリラ的に存在するというのが面白い。
篠崎氏 そうですね。自然とは切り離せないものなので、いかにデザインして生活に取り込むかが肝だと思います。

都市の本能を「解き放つ」装置として]
村山 今日お話しして、フードスケーピングは単なる「緑化」でも「農業」でもなく、都市に眠っている歴史、人のつながり、そして人間の野生的な本能を「解き放つ」ための装置なんだと理解できました。
篠崎氏 ありがとうございます。都市生活では抑圧されがちな「何かを自分も育てたい」「実際に触れたい」「新しく味わいたい」という欲求を、クリエイティブに表現できる場がフードスケーピングだと思っています。 私たちは「Green Neighbors」という名前で活動していますが、造園や農業だけでなく、多様な専門性を持った人たちが集まる「ギルド」のような働き方を意識しています。既存の枠を超えて、異業種の方々と一緒に新しい「都市の味」を作っていきたいですね。
村山 博報堂DYグループにも「生活者、企業、社会。それぞれの内なる想いを解き放ち、時代をひらく力にする。 Aspiration Unleashed 」というグローバルパーパスがあるんですが、まさに内なる欲望を解き放つというか。
篠崎氏 そうですね。緑はすごい野生的なものですから、解き放たれる感覚があるかもしれません。
村山 まさに「New Urban Guerrilla」が目指す、野生的でクリエイティブな都市の未来図ですね。本日はありがとうございました。
※肩書は取材当時のものです

篠崎 ロビン 夏子 氏
Green Neighbors合同会社 代表
大分県別府市出身、シンガポール国籍。大学卒業後はシンガポールを拠点にグローバルテック企業にて勤める。在職中、現地のアーバンファームおよびFoodscaping事業に参画する中で、働く現代人にこそ緑がもたらす癒やしやつながりが必要不可欠であると実感。2022年、東京にてGreen Neighbors合同会社を設立。現在はFoodscapeの設計施工・維持管理といった実装から、ワークショップや企業研修・環境学習などの企画・運営まで、都市の中に緑を根づかせるトータルなプログラムを展開。リジェネラティブな働き方と暮らしの実装を、企業・地域と連携しながら推進している。

村山 駿
博報堂 PR局
PRディレクター/統合ディレクター
ヒット習慣メーカーズ メンバー
PR戦略局から、19年に統合プラニング局に異動、21年にふたたびPR局に異動。社会発想を軸にした統合コミュニケーション、情報戦略に携わる。毎日きまった街のきまった飲み屋に入り浸っていた生活を経て、知らない街の知らない店に飲みに行きたいなとリサーチ活動を実施中。