アルスエレクトロニカフェスティバル2025 博報堂レポート-アートシンキングで読み解く「多元的な未来」
【第三回】多元化する未来を「生活者」から問い直す—新ナレッジ「Foresight through Art Thinking」

未来の社会とテクノロジーを洞察するための刺激的な兆しが集まるアルスエレクトロニカフェスティバル。 今年のフェスティバルテーマは「PANIC yes/no」。決して楽観視はできないPANICに満ちた状況ではあるものの、怖れるだけではなく、PANICを自らを変容させる契機にするのはどうしたらよいか。いま世界では何が起きているのか。固定観念や既成概念を超えて考えるヒントに富むフェスティバルでした。 キーワードは「Pluriversal Futures(多元的未来たち)」。キーワードを手がかりに、フェスティバルの概要(第一回)、博報堂の生活者発想技術の展示(第二回)、今年のフェスティバルをきっかけに開発した未来洞察新ソリューション(第三回)について、シリーズでご報告・ご紹介します。

皆さんこんにちは。生活者発想技術研究所・アートシンキングプロジェクトの竹内慶です。前回までは、昨年のアルスエレクトロニカフェスティバルで見られた未来社会を示唆する重要な問い、また現地でのリサーチについてお届けしてきました。 第三回となる今回は、フェスティバルでの探究を経て、生活者発想技術研究所・アートシンキングプロジェクトが開発した新ナレッジ、「Foresight through Art Thinking(アートシンキングを通じた未来洞察)」をご紹介します。

2025年度フェスティバルの重要キーワード:「プルリバーサル・フューチャーズ」

アルスエレクトロニカフェスティバルは、未来の社会とテクノロジーに関する先端的な兆しが世界中から集まる場でもあります。私たちはフェスティバル期間中、リサーチ展示だけでなく、日本企業向けにアルスエレクトロニカと共同でガイドツアーを実施しています。アーティストの思考や課題意識に直接触れるこのツアーは、普段の業務に新たなインスピレーションをもたらす機会として、毎年多くの企業の方々にご参加いただいています。

2025年度ガイドツアー実施風景

昨年のツアー参加者の方々とともに、最も注目したキーワードが「プルリバーサル・フューチャーズ(Pluriversal Futures / 多元化された未来たち)」でした。
これは、2025年のプリ・アルスエレクトロニカ受賞作品展のステイトメント「プルリバーサル・フューチャーズへようこそ」に由来する言葉です。「プルリバーサル」とは、世界がひとつのルールや価値体系に収束していくという前提を離れ、「多様な価値観が自律して同時に存在しうる」と捉える立場を指します。

その世界観を象徴するのが、プリ・アルスエレクトロニカのArtificial Life & Intelligence部門でグランプリを受賞した作品『Guanaquerx』です。アーティストは、アイザック・アシモフのロボット三原則をアップデートし、ロボットを人間に従属させるのではなく、地球を修復するための仲間として見立て、地球を最優先としてロボットや人間の関係性を再構築しようというメッセージを発しています。世界を統一する、もしくは画一的に管理するためにテクノロジーやロボットを使うのではなく、特定の地域や文化におけるテクノロジーの調和的な共生方法を模索する作品です。

Guanaquerx / Paula Gaetano Adi - Photo: Pavel Romaniko

アートシンキングが導く「未来の別解」

「多元化された未来」のように、未来がひとつの正解へ収束するのではなく、価値観や前提の異なる複数の未来が同時に立ち上がっていくとしたら――。そうした状況の中で、企業や組織はどんな未来にコミットし、生活者・社会にいかなる価値を届けていくのかという主体的な選択が問われます。

アートシンキングの知見を活用し、クライアント企業の皆様と共に未来を構想するために開発したのが、「Foresight through Art Thinking」です。
本プログラムは、アルスエレクトロニカ・フェスティバルで得られた「未来の社会・生活に関する重要な兆し」と「着目すべきテクノロジーの進化・変容」を掛け合わせて、新たな未来社会像を発想・探索することを目的に使用します。
未来の社会・生活に関する重要な兆しとして「プルリバーサル・フューチャーズ」を取り上げた2025年版の「Foresight through Art Thinking」では、多元化していく「①人のこころとからだ」「②人と人のつながり・関係」「③人がつくりだすもの」「④人を取り囲む自然環境や時間」の4つの領域と、着目すべき先端テクノロジーの可能性を掛け合わせて、未来洞察を行いました。

多元化していく領域を人(生活者)を中心に据えた4分類で構成

例えば「①人のこころとからだ」の領域では、SNS上の複数アカウントやデジタルツインなどの事象の先に、生活者が自己の内的多様性を自覚し、調和のとれた「複数の自己」を織り上げていく営みに着目します。しかし、それは同時に、アイデンティティのゆらぎや、自律化したテクノロジーと組み合わさることで「私の知らないもう一人の私」が暴走する可能性といった負の側面も孕んでいます。ただ楽観的に発想するのではなく、暮らしを豊かにする可能性と、そこにあるリスクを冷静に見極めるという問題意識が、私たちのリサーチの根幹にあります。

未来を「予測」するのではなく「対話」を呼び起こす

「Foresight through Art Thinking」が目指すのは、単なる予測ではありません。複数の未来シナリオを通じて、そこに描かれた生活様式やルール、そしてなぜその社会が成立しうるのかという背景への思索を促し、共創に向けた対話を呼び起こすことにあります。

領域ごとに制作しているForesight シナリオの一部

ここで、開発したシナリオのひとつをご紹介します。

【Foresightシナリオ例】「分身が自律的に増殖する社会」

デジタル空間には複数のメタバースが並立し、世界はマルチバース化した。分身が生身の私の思考や判断の傾向を学習し、私の関与を待たずに自律的に動いている。様々な空間で、ある分身は副業を行い、別の分身は余暇を過ごし、また別の分身は新たなコミュニティと関係を結んでいる。
ある日、X空間に存在する「私」が窃盗罪の容疑で逮捕される。それは、私の深層心理にある「冒険心」という名の衝動を過剰に学習した分身だった。
眠っている間に増えるのは成果だけではない。自分の制御を離れた場所で、取り返しのつかない過失もまた、加速度的に増殖していく。

Foresightシナリオ「分身が自律的に増殖する社会」イメージ

この刺激的なシナリオは、私たちに本質的な問いを突きつけます。
・「責任」の所在:分身が本人に先行して行動する世界で、「責任」は誰に帰属するのか。
・「本人」の再定義:分身が自律的に動くとき、社会は「本人」をどう定義し直すのか。
・「人間らしさ」の行方:人間が不在でも社会が機能するなら、「人間らしさ」はどこに位置づけられるのか。
――私たちは、こうした未来が訪れないとは言い切れない時代を生きています。もしこれが現実化するとして、引き返すべきポイントはどこにあるのか。私たちはどう生きていくのか。投げかけた問いから新たな問いが生まれていくかもしれません。シナリオは、読み手の内側からこうした「主体的な意見」を引き出す装置として機能します。

おわりに:描きたい未来を掘り出すプロセス

現在アートシンキングプロジェクトでは、こうした未来の別解となりうるシナリオのバリエーションを、様々な視点から増やし続けています。テクノロジーと社会のあり方について、あえて正負の両面を揺さぶり、生活者の振る舞いをメタ視点で描き出す。それは、読み手自身の内側にある「本当に描きたい未来」を掘り出すためのプロセスになると考えています。

第一回でも記しましたが、不確実性が高まる現代、既存の延長線上にはない問いを立てる姿勢は、かつてないほど重要になっています。社会とテクノロジーの未来に対する刺激と示唆に富むメディアアートに触発され、生活者の視点からどのような可能性と選択肢を描き出せるのか。私たちは、アルスエレクトロニカフェスティバルを経年的に定点観測し、探求を続けます。
正解のない未来を、社会とテクノロジーの交点から、生活者視点で共に構想・洞察したいと思ってくださる方は、ぜひお問い合わせください。

竹内 慶(たけうち けい)
株式会社博報堂 生活者発想技術研究所 所長

2001年博報堂入社。マーケティング部門を経て、2004年よりブランドデザイン専門組織の立ち上げに参画。 約20年にわたり多様なクライアント企業のブランドづくりとイノベーション支援の業務に従事し、2024年9月から現職。「リベラルアーツ×ビジネス」「アートシンキング×デザインシンキング」など、領域横断型のアプローチを推進する。オーストリアを拠点とする文化芸術機関アルスエレクトロニカとの協働プロジェクトでは、博報堂側のリーダーを務める。 立教大学大学院ビジネスデザイン研究科 客員准教授 主な著書に『ブランドらしさのつくり方』(共著、2006年、ダイヤモンド社)。

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