アルスエレクトロニカフェスティバル2025 博報堂レポート-アートシンキングで読み解く「多元的な未来」
【第二回】未来をつくる“Small Voices-葛藤や矛盾も含め、声にならない声”を洞察する― People Thinking Labの実践
未来の社会とテクノロジーを洞察するための刺激的な兆しが集まるアルスエレクトロニカフェスティバル。 今年のフェスティバルテーマは「PANIC yes/no」。決して楽観視はできないPANICに満ちた状況ではあるものの、怖れるだけではなく、PANICを自らを変容させる契機にするのはどうしたらよいか。いま世界では何が起きているのか。固定観念や既成概念を超えて考えるヒントに富むフェスティバルでした。 キーワードは「Pluriversal Futures(多元的未来たち)」。キーワードを手がかりに、フェスティバルの概要(第一回)、博報堂の生活者発想技術の展示(第二回)、今年のフェスティバルをきっかけに開発した未来洞察新ソリューション(第三回)について、シリーズでご報告・ご紹介します。
皆さんこんにちは。フェス参加当時は生活者発想技術研究所に所属しており、この春から博報堂生活総合研究所アセアンの所属になりました、アートシンキングプロジェクトの劉思妤です。
第一回では、アルスエレクトロニカフェスティバル2025のテーマ「PANIC yes/no」を手がかりに、アーティストたちが提示した未来社会における重要な問いをご紹介しました。連載第二回となる今回は、フェスティバルの現地で、私たち博報堂生活者発想技術研究所が展開した実験的な取り組み「People Thinking Lab」の活動をお届けします。
未来を語り合う「Art Thinking Lounge」という実験場
People Thinking Labは、フェスティバル会場入口に設けられた「Art Thinking Lounge」の一角で展開されました。ここは、博報堂生活者発想技術研究所とアルスエレクトロニカの長年の提携から生まれた、対話と共創の実験場です。2022年より継続して展開してきたこのラウンジ(2023年まではTransformation Loungeとして実施)は、作品を鑑賞する場というよりも、来場者がくつろいだ空間で、未来について語り合う場として設計されています。

Photo: Bettina Gangl
People Thinking Lab:生活者の“葛藤や矛盾も含めた、声にならない声”を聴く
このラウンジの中で私たちが出展したのが「People Thinking Lab」です。博報堂は40年以上にわたり蓄積してきた生活者研究の知見を背景に、人々を単なる「消費者」という一面だけで捉えるのではなく、多様な社会の中で主体的に生きる「生活者」として多面的に捉え直す姿勢を大切にしてきました。その延長線上に、今回の展示では「生活者の葛藤や矛盾も含めた、声にならない声を聴く」というテーマを掲げました。
未来が不確実になればなるほど、強い意見や大きな声だけでは捉えきれない変化が、生活者の日常に現れ始めます。People Thinking Labは、そうした変化の兆しに触れるための、実験的な発想ツールキットを提示しました。その核となるアプローチ2つをご紹介します。

People Thinking Labのアプローチ①【Creative Questions for Dialogue & Small Voices Studio】
~創造的な問いを出発点に、生活者の隠された意志をすくい上げる~
●知のアーカイブとしての『問いブック』を制作
私たちは、生活者の葛藤や矛盾も含めた、声にならない声に耳を澄ますための知をまとめた『問いブック』を制作しました。例えば、コロナ禍において、「どうしても必要というわけでもなく、急いでする必要もないこと」は「不要不急」と言われ、遠ざけられました。しかし私たちの人生には、「必要だけど、緊急ではないもの」がたくさんあるのではないでしょうか。
何度も「必要」だと感じながら、続けられなかった「緊急ではない」もの。
いつかやりたいと思いながら、いざ向き合うと後回しにしてしまうこと。
こうしたいわば「繰り返す、三日坊主」のような身近なエピソードにまつわる問いを通して、生活者の日常の奥にある意識をすくい上げ、個人や社会の隠された意志を可視化していきます。


アートディレクター:竹内佐織、デザイナー:金澤芽依 浅川清、フォトグラファー:石川清以子
●日本での事前定量調査の実施とフェスティバル会場展示
ブックの中から厳選した問いについて、フェスティバル開催前の2025年7月、日本全国の15~69歳の男女1200名を対象に事前調査を実施しました(※1)。会場では、その結果をポスターとして掲示し、来場者は日本の生活者の生の声に触れながら、自らの考えを回答カードに書き加えていく形式としました。

アートディレクター:竹内佐織、デザイナー:金澤芽依
●Creative Questions for Dialogueリサーチ展示
ここで、会場でとりわけ来場者の関心を引いた一つのクリエイティブ・クエスチョンをご紹介します。
「あなたが、1日だけ人間以外になれるとしたら、何になって人間を観察したいですか?
その際、『ここがちょっと変だな』と思うことは何ですか?」
第一回でご紹介した、人間以外の環世界を想起させる作品『Phonos』にも通じる、脱人間中心主義の視座を促す問いです。この問いに対する日本とフェスティバル会場の回答を比較すると、いくつかの興味深い差異が浮かび上がりました。
帰国後に日本での事前調査とフェスティバル会場での回答を整理し、結果がこちらの図です。

まず、「一日だけ人間以外になれるとしたら、何になって人間を観察したいですか」という問いへの回答1~3位は、日本・フェスティバル会場ともに「鳥」「猫」「犬」でした。身近な存在を通じて、人間を観察し直そうとする視線が共通しています。また、「その際、人間のここがちょっと変だなと思うこと」の回答では、日本・会場ともに「多忙な生活」に言及されました。現状の加速し続ける社会に対して精神的負荷が高まっている現況に疑問をなげかけているのかもしれません。
日本で4位以下に挙がったのは「透明人間」「神」「空気」でした。透明人間や空気になりたいと思う前提には、万物に生命を宿すアニミズム的な観点が反映されているかもしれません。一方で、ここで想定されている神は、八百万の神というよりも、超越的・全能的な存在としての神であるようにも読み取れる節があります。「神」を選んだ回答では、人間に対して変だと思うこととして、「本音と建前が異なる点」が挙げられていました。直接的な言及を避け周囲に合わせる傾向にある日本人らしさが現れているのではないでしょうか。
対してフェス会場では、「木」「粘菌類」「雲」が並びました。先端的な思想やテクノロジー、アート作品が集まる場であることを考慮すると、「自然」から叡智を学び、「結束しないこと、個人主義になりすぎること」を批判的に眼差して、皆でともに未来を作ることを希求しているのかもしれません。
People Thinking Labのアプローチ➁【Techemography】
~進化するテクノロジーに寄せられる生活者のポジティブ・ネガティブな感情実態を可視化するリサーチ~
続いてご紹介するのが「Techemography(テケモグラフィー)」です。Tech(テクノロジー)+ emotional(感情)+ graphy(描く)を掛け合わせた造語で、進化するテクノロジーに向けられた生活者の感情を可視化する試みです。

フェスティバル開催前の2025年7月、日本全国15~69歳の男女600名を対象に調査を実施しました(※2)。画像生成AI、対話型AI、VRなど、現在注目を集めるテクノロジーについて、「このテクノロジーに対して、あなたはどのような気分でいることが多いですか?」と問いかけ、感情とその理由、具体的なエピソードを収集しました。定量的な感情量の把握に加え、自由回答やソーシャルリスニングからも実体験に紐づく声を抽出しています。
ここで扱うのは「利用後の感情」に限定せず、そのテクノロジーに向き合う際の生活者の感情を広く捉えることで、単なる機能や利便性の評価ではなく、生活者一人ひとりが抱くポジティブ、ネガティブな感情と共にあるテクノロジーの姿や具体的なエピソードを可視化しています。テクノロジーの進化を「生活者の感情」というレンズで読み解くことで、未来社会想像し、共に考えるための試みでもあります。

Photo: Bettina Gangl
現地では、日本での調査結果を元とする各テクノロジーに寄せられる感情の分布と具体的なエピソードをポスターで展示し、そこに来場者が自身の体験や感情を付箋で書き加えられる参加型の仕組みを設けました。異なる文化的背景や専門性をもつ来場者の声が重なり合うことで、テクノロジーに対する微細な感情の揺れが立体的に浮かび上がっていきます。会場で寄せられた来場者の声からは、いくつかの印象的な気づきが浮かび上がりました。
帰国後、フェスティバル会場で寄せられたコメントを整理・まとめたものが下図です。

例えば、AIを便利に使いたい気持ちを持ちながら、“どこまで情報を渡してよいのか”を慎重に確かめようとする姿勢が同時に存在していることです。「自分の現在の写真を子供時代の写真に変えてほしいと頼んだら、拒否された。少し安心した!きちんとした規制があるんだ、と感じました。(画像生成AI)」、一方で、「情報を出しすぎてしまう気がする。その使われ方がとても心配です。(対話型AI)」という不安も示されました。利便性と安心、拡張と制限。そのあいだで慎重に境界線を引こうとする感覚は、いまの生活者がテクノロジーと結ぶ関係性の特徴を象徴しているように思えます。
もう一つは、来場者はAIに“寄りかかる心地よさ”と、“寄りかかりすぎないための一線”のあいだを行き来している感覚が目立ちます。「仕事に関する私の長い不満を聞いてくれて、優しくしてくれるので、支えられていると感じ、理解されているように感じます。(レコメンデーションAI)」という声がある一方で、「他の人間から切り離されたように感じ、少し憂鬱になります。(画像生成AI)」という声も寄せられました。効率や慰めをもたらす存在であると同時に、孤立感や違和感をも生み出す存在として、AIは生活者の中で両義的に位置づけられていることがわかりました。

おわりに —— “葛藤や矛盾も含めた、声にならない声”から未来の輪郭を捉える
People Thinking Labは、未来の輪郭を形づくる生活者の声を起点に、対話をひらくための実験でした。
Creative Questions for DialogueとTechemography、この二つのアプローチを通じて、一般来場者に加え、海外の研究機関や技術系・AI開発企業の担当者からも多くの対話が生まれました。多様な業界のアーティストや研究者、市民が足を止め、問いブックを手に取りながら、それぞれの経験や問題意識を重ね合わせる姿が印象的でした。そして、「私たちは技術が何をできるかに偏りがちだが、生活者がどう感じるかを扱う視点は極めて重要だ。」「テクノロジーの未来を考えるうえで、生活者の感情データは欠かせない。」といった声も聞かれました。People Thinking Labは、生活者の声を可視化するひとつの研究アプローチとして、生活者インサイトと研究開発をつなぐ可能性を感じさせる取り組みとなりました。
次回第三回では、フェスティバルで得た知見を体系化した最新ナレッジ「Foresight through Art Thinking」についてご紹介します。フェスティバルで交わされた問いを、どのように未来洞察の方法論へと組み上げていくのか。ぜひ続けてお読みいただければ幸いです。
※1<調査概要>
〇調査名称:Creative Questions for Dialogue生活者調査2025
○調査手法:インターネット調査
○対象者:15~69歳の男女1,200名
※分析時は人口の性年代構成比に基づきウェイトバック(WB)集計を実施。数値はWB後を使用
○対象地域:全国
○調査時期:2025年7月25日~28日
〇調査機関:株式会社エクスクリエ
※2<調査概要>
〇調査名称:Techemographyテクノロジーに寄せられる生活者の感情実態調査2025
○調査手法:インターネット調査
○対象者:15~69歳の男女600名
※下記10種のテクノロジーのうち、5つ以上を認知しており、かつ1つ以上の利用経験があること。(画像生成AI、画像認識AI、対話型AI、音声認識AI、機械翻訳AI、レコメンデーションAI、音声合成ソフト、メタバース、VR、AR)
※分析時は人口の性年代構成比に基づきウェイトバック(WB)集計を実施。数値はWB後を使用
○対象地域:全国
○調査時期:2025年7月25日~29日
〇調査機関:株式会社エクスクリエ

劉 思妤(りゅう しよ)
博報堂生活総合研究所アセアン
リージョナル・ストラテジック・プラニング・ディレクター
2016年(株)博報堂入社。初任配属では日系企業のグローバル進出や外国企業が日本におけるビジネス展開に伴う、戦略立案やPR発信を担当。2019年より博報堂ブランド・イノベーションデザインに所属し、企業のインナー&アウターブランディングを強化するとともに、未来洞察を取り入れた事業開発プロジェクトを推進。2024年4月に生活者発想技術研究所へ。アルスエレクトロニカとの協働によるアートシンキングプロジェクトや、女性ウェルネスをテーマとした研究・実践に従事。2026年より博報堂生活総合研究所アセアンに加入。