「わかる」を目指すより、「想う」からはじめよう
―博報堂DYグループ Diversity Day 2025レポート Vol.3

博報堂DYグループでは、DE&Iの実現に向けて、一人ひとりの行動を促すことを目的にさまざまな取り組みを行っています。「あらゆる『生活者』を想像しなくちゃ、創造なんてできないぞ。」をスローガンにした社内向けイベント「博報堂DYグループ Diversity Day 2025」を、昨年度に引き続き開催しました。 第三弾は、作家の岸田奈美さんを迎え、インクルーシブをテーマに博報堂DYグループの社員と行ったトークセッションの様子をご紹介します。

岸田 奈美氏/作家
小澤 学/Hakuhodo DY ONE 総務局 業務オペレーション部
坪井 裕/博報堂DYアイ・オー 経営推進部 総務広報課 課長

ファシリテーター:
髙田 奈美/博報堂DYホールディングス サステナビリティ推進室

家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった(作家 岸田奈美氏)

髙田(博報堂DYホールディングス)
私たち博報堂DYグループのクリエイティビティの源泉は人です。多様な視点を持つ者が集まり、その違いが掛け合わさることで新しい価値が生まれます。本セッションでは、「『わかる』を目指すより、『想う』からはじめよう」と題し、違いを持つ者同士が集まり、互いへの想像力を働かせるためのヒントを皆さんと一緒に探っていきます。

最初に、ベストセラー『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』の著者で作家の岸田奈美さんにお話しいただきます。私も拝読したのですが、ご家族とのエピソードが楽しく温かく描かれていて、互いへの愛であふれていました。中でも、岸田さんや岸田さんのご家族が目の前で起こっていることを受け止めながら、それぞれが自分の道を進むために、互いを好きでいられる距離、岸田さんの言葉を借りると「愛せる距離を探る」というお話が印象的でした。愛せる距離という考え方にたどり着いた経緯をお聞かせいただけますか。

岸田(作家)
愛するという行動は、やはり自分が愛された経験から来るんじゃないかなと思うんです。私は物心ついた時から、両親に「お前は天才や。お前のことを愛してんねん、一番に」って言われてきました。弟はダウン症で知的障がいがあるのですが、学校の先生たちから「お姉ちゃんとして頑張らなきゃね」、「大変だけど強く生きなよ」って言われたんです。でも、父も母も「奈美ちゃんが一番大事やから。奈美ちゃんが幸せになるために、弟のことがちょっと面倒くさいなぁとか、面倒見たくないなって思ったら見んでいい」、「家のことなんか気にせんと、留学でも結婚でも何でもしたらええ。この家を出て行っても、それが奈美ちゃんの幸せやったらパパとママは応援するよ」と言われていました。だからこそ、弟にゲームを貸してあげることも本を貸してあげることもできましたし、許せました。私が女王という自覚があったんです。

ただ、勘がいい方は気づいていると思うのですが、両親は弟にも同じことを言っていました。「良太が一番、あんなお姉ちゃんアカン。良太が一番や。お姉ちゃんアカンアカン、乱暴や。お前は丁寧や」って。うちの両親は奇跡の二枚舌で、大人になるまで気づかなかったんです。すごく大胆な教育方針だと思ったのですが、今でも弟と仲がいいのは、そういう両親の愛があったからだと思います。

そのことがずっと頭の中にあるので、「私が楽しくて幸せなことが家族にとっての幸せである」ということを信じて疑わないようになりました。だから自分を犠牲にして何かをするとか、我慢して家族のために働くことといったことは一切なくて。「家族の距離がちょうどいいよね」、「しんどいことも笑って話して楽しそうだね」と言われるのですが、自分を大事に真ん中に据えるという考えが根底にあるからだと思います。

髙田
著書に、弟さんが小学校に入学された時の話がありましたが、その時もそのお考えが根底にあったのですか。

岸田
ありました。『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』というタイトルそのものなんです。弟がダウン症だからという理由で、一緒にいなくちゃとか、優しくしなくちゃということは一切なくて。ちょっと人よりは歩くのも遅いし、話すのも遅いし、勉強もできないけれど、でも“ええやつ”なんです。

弟は挨拶の達人なんです。母が、いじめられるかもしれないから「おはよう」「ありがとう」「ごめんなさい」、この3つの言葉だけは絶対に誰にでも聞き取れるように教えたんです。すると弟はいろんなところで挨拶を炸裂させていて。コンビニの店員さんにも、すれ違うおじいちゃんにも、すごく大きな声で挨拶するんです。人って挨拶してくれる人のことを嫌いになれないでしょう?次第に弟の仲間や味方が増えていきました。弟が学生の時に「コーラ買いたい」ってコンビニに飛び込んだことがあったのですが、お金を持っていないので買えない。でも店長さんが「いつもめっちゃ挨拶してくれる子やん」と言って、コーラをツケで買わせてくれたことがあったんです。コンビニでコーラをツケで買う弟ってすごい、日本のルールを飛び越えている……と。私が持ってないコミュニケーション能力があるし、人に好かれる力もあって、すごく尊敬しています。

小学校時代の弟に関する最初の記憶は、弟が入学する時のことです。先生が「岸田さんの弟には障がいがあって、岸田さんも介護が大変やから、みんなで助けてあげましょうね」って言ったんです。その時はすごく怒りましたね。

髙田
きっと先生も良かれと思っておっしゃったのでしょうね。その後、先生に『わたしたちのトビアス』という本を渡されたそうですね。

岸田
はい。スウェーデンの姉妹が書いた本で、1978年に出版され、2022年時点で70刷されているベストセラーです。弟のトビアスくんがダウン症であることを知ってから書き始めた日記で、障がいについての説明というより、「トビアスくんっていう自分たちの弟がどれだけ面白くて不思議でかわいいか」について綴られています。当時こういう手触りのエッセイ本があまりなかったんです。障がいに関する書籍というと、本当に専門的な学術書しかなく、私が抱いている弟への感情を説明してくれるものがなくて。そうしたら両親がこの本を買ってくれたんです。ここに書かれているお姉ちゃんのトビアスくんへの目線が私が伝えたいことの全てだったので、先生に怒りながら渡しました。そうしたら、先生もまた怒っていて。良かれと思って優しくしてあげたのにと。

ですが、翌日には他の先生も読んでいて、1ヶ月ぐらいかけて全ての先生が読んでくれました。結果、私と弟の登校の班が分けられたんです。お姉ちゃんにも弟にも、それぞれ違う先生・お友達がいるからと。学校でも弟のやりたいことをいろいろサポートしてくれて、かつルールも厳しく教えてくれました。

母からの依頼もあったと思いますが、この本を先生が回してくださったのもよかったのかなと思っています。自分の言いたかったことを代弁してくれる本って本当にうれしいんですよね。これがあるだけで伝わるので。ぜひ多くの方に読んでいただきたいと思います。

大切なのは、一人ひとりと向き合うこと

髙田
坪井さんは、障がいのある方の雇用を促進する博報堂DYグループの特例子会社、博報堂DYアイ・オーに所属されています。博報堂DYアイ・オーでは障がいのある方も健常者の方も常に対等だから、インクルーシブかどうかなんて考えたことがなかった、と以前お話しされていましたね。社内ではどのようにお互いを思いやりながら業務をされているのですか。

坪井(博報堂DYアイ・オー)
私は31歳の誕生日を過ぎてすぐに、ギラン・バレー症候群というちょっと珍しい病気を患いました。2年ぐらい入院し、社会復帰をしようと思った時に最初にご縁があった博報堂DYアイ・オーに入社しました。

博報堂DYアイ・オーでは、180名ほどの社員のうち、障がいのある社員が約100名働いています。私のように車椅子の社員もいますし、目が見えない、耳が聞こえない社員もいますが、特性によって仕事を分けることはしていません。同じ部署に耳が聞こえない方もいるし、精神障害がある方もいます。みんながお互いを知ることで、サポートし合いながらインクルーシブな環境をつくっています。

私は入社して17年目になりますが、なぜこんなに長く働けているのかなと考えると、周りが過剰なおせっかいを焼いてこないからだと思うんです。できることは本人にやらせるし、できないことはお願いすれば周りがサポートしてくれる。できることは自分でしたいという思いがあるので、それを実現できる環境が自分にとってはよかったと思っています。

髙田
小澤さんはHakuhodo DY ONEにて主に精神に障がいのある社員のマネジメントをしていらっしゃいますが、お二人のお話を聞かれていかがですか。

小澤(Hakuhodo DY ONE)
Hakuhodo DY ONEには障がいをもつ社員が50名ほどいて、私は彼らが所属する部署で、彼らが安心して業務ができるようサポートをしています。着任して2年ほど経つのですが、着任した当時のことを思い出すと、岸田さんに怒られるようなことをしていたと思うんです。わかろうとしていたなと。障がいのある方を「助けてあげないといけない」とか、「辞めないでもらうためにどうするか」ということばかり気にしていたところがありました。障がいを通してその人を見てしまっていたんです。

振り返るとすごく恥ずかしいのですが、ただ最初はそうするしかなかったとも思います。岸田さんの先生も、きっとそこからスタートするしかなかったんじゃないかな、と。当事者である岸田さんからちゃんと怒られたり、いい本と出合ったりしたことは、先生にとってすごく良かったと思います。私も障がい者の方々とたくさん話すことでようやく気づきました。

髙田
チームの方々とは、どのように関係性を築いてこられたのですか。

小澤
当初、“障がいを通してその人を見る”というような接し方をしてしまっていたときは、メンバーとの距離にちょっと違和感がありました。コミュニケーションを大事にするため、メンバー50人と、1人あたり月3回ほど面談を行っています。1か月の半分くらいはメンバーと面談しているような状況で、本当にずっと対話をしているのですが、そうすると、障がいを通してその人を見るだけでは立ち行かなくなる。時間をかけて、その人の“人となり”ときちんと向き合って話をする中で少し変わってきた感覚があります。

自分自身もその場では自分をさらけ出して、お互いに一人の人間として話をするようになると、今度は私が気にかけてもらえるようになるんです。例えば、私が会社で体調が悪そうにしていると、「小澤さん元気ないですね」と声をかけてくれたりして。たくさんの会話を通じて信頼関係が築けたという実感があります。

坪井
素敵なことですね。私も同じ部署に聴覚障がいのある方がいて、部下ではあるんですけれども、面談の際に私に課題を提示してきたんです。「コミュニケーションを取るために手話を覚えてください」と。立場は関係なく、同じ目線で会話をするためです。指が利かないので読み取りだけですが、さっそく手話の勉強を始めました。まず、指文字の「アイウエオ」を覚えるところからスタートして、マスターしたらカ行、サ行……と、少しずつ復習しながら覚えています。彼女は筆談もしてくれますし、当社ではそういったお互いの歩み寄りが定着していて、小澤さんのお話を聞いて共通点を感じました。

岸田
お二人ともいい関係性を築いていらっしゃいますね。話を聞き続けることでしかわからないことってたくさんありますよね。たぶん管理職の皆さんは、何らかの問題を相談された時、なんとなくこれぐらいで解決したらいいなと想定される時間があるじゃないですか。通常は1時間の面談1回くらいだと思うのですが、小澤さんの中に流れている時間はその何倍も長いんですよね。おそらく、1人の問題の解決のために、1年単位で考えていらっしゃると思います。1年、2年単位でその人のことを信じて待たないと、本当の意味でその人を理解することはできない。なぜならば、悩みや辛さは、本音で話しているつもりでも、実際の状況は全然違ったりするからです。

私の弟は特にそうで、ダウン症の人はうまく言葉にできないから、表面だけを見ていると、弟が言いたいことや本当に困っていることって全然違ったりします。弟は今グループホームで暮らしているのですが、コミュニケーションがうまくとれなくて、この前は冷蔵庫に入れていたプリンを取られて困っていると連絡がありました。
その時に、私はすぐに助けてあげたいと思って、じゃあ小さい冷蔵庫を弟の部屋に導入しようと考えてしまうのですが、それではまた別の問題が出てくるだけなんです。今度はジュースの取り合いになるとか、一番にお風呂に入りたいのに先を越されちゃうとか……。ずっと弟を見ていて、「あ、違う。弟は冷蔵庫が欲しいわけじゃなくて、ちゃんと喋りたいんだ。言いたいことを自分で伝えたいんだ」とやっと気づいた瞬間、待とうと思ったんです。弟が、身振り手振りで伝えられるようになるまで待つことが必要で、待つためにみんなを巻き込んでいかないといけないと思いました。

その結果、弟は1年ほどで、すごく意思を伝えられるようになって驚きました。弟の知的レベルは大体3歳児くらい。実家で暮らしていたときは、「なんか~、奈美ちゃん、○○・・・なぁ」という感じで。何を言っているか私でもわからない。ですが、先日私がちょっと咳をしたら、「あぁ、奈美ちゃん風邪かぁ。お風呂入ってゆっくりしときなぁ」って。グループホームでいろんな方と話しているうちに、どんどん言葉を覚えてきて、結果、弟の能力が開花したんです。
もし弟の言葉を表面的に決めつけて私が勝手に解決していたら、弟はこの先の人生も別のことで苦しむことになっていたと思います。でも、待つことってしんどいですよね。

小澤
目の前のことだけを解決する、というのはやはり違うんですね。私もメンバーと面談しているとき、プライベートな近況を話してくれることもあれば、すごく長い目で見てあげないといけない内容を話してくれることもあり、本音で話し合う必要性を感じています。

岸田
小澤さんはちゃんと受け止めてくれるということを相手もわかって、本音で話してくれるようになったんですね。半年、1年後にやっと、この人は本当はこういうことが嫌だったんだ、とわかることもあると思うので、すごいことをされているなと思います。障がいの有無にかかわらず、その人についてわからないという状態を長く続けるのは、とても不安でストレスがたまるはず。その状況を受け入れ続けるというのはかなり忍耐がいることだと思います。

インクルーシブな社会を実現するために

髙田
最後に、皆さんからメッセージをお願いします。

坪井
「相手を知り認め合う」
障がいの有無はもちろん、障がいの内容によっても相手に知ってほしいことは人それぞれ違うので、まずは相手を知ることから始めて、認め合う。さらにその先に、お互いの助け合いがある。博報堂DYアイ・オーの理想が社会にも広がっていくといいなと思っています。

小澤
「向き合う姿勢」
障がいがあるとしても、それは一つの側面、その人の一部分にすぎないので、その人をまるごと見て、向き合っていく姿勢が大事だと思います。

岸田
「ええやつ」でいてほしいなと思います。お二人の話を聞いていたら、もう“ええやつ”じゃないですか。勉強してええやつになるということではない。もちろん、いろいろ学んだりすることも、話を聞くことも大事ですけど、みんな自分の中に絶対ええやつがいるんですよ。それは子どものときに持っていた自分の優しさや余裕、自分のすぐそばにいたええやつへの憧れかもしれない。本気で自分が頑張ろうとか、自分の時間を削ってでもその人を助けようって思える相手って大体ええやつなんです。嫌なやつのためにすごく頑張れる人ってあんまりいないと思います。私は、小澤さんも坪井さんも“ええやつ”だなと。だからお二人が頑張っていることは応援したいし、力になりたいと思います。結果的に、お二人と一緒に働いている障がいのある方々と向き合い、助けることにつながると思うので。まずはええやつでいてほしいし、ええやつが報われる社会であってほしいなと思いました。
皆さん、ちっちゃなええやつになっていってください。身近なええやつを大事にして、そのええやつが困っていたら全力で助けてあげてほしいと思います。

髙田
ありがとうございました!
相手のことを理解する前に、想うことの大切さをあらためて感じました。それはDE&Iの本質であると同時に、人の心を動かすことを生業としている私たちにとってもとても大切なことだと思っています。

※肩書は取材当時のものです

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