博報堂が考える、生活者に支持されるコンテンツのつくり方と届け方【vol.3】
映画の宣伝ってどんな仕事? 作品の買付けから上映までの舞台裏をききました

メディアの多様化が進む今。一人ひとりのユーザーの心をつかみ、深く響くコンテンツの生み出し方、その届け方もまた多様化しています。メディア企業に限らず、事業会社を含めて多くの企業が事業運営の一環として“コンテンツ”の提供に取り組むなか、博報堂でもこのテーマを模索しています。
本連載では、博報堂DYグループのコンテンツ制作・発信における最前線を紹介。今回は、映画の買付けや配給、宣伝を行う博報堂DYミュージック&ピクチャーズの担当者に、映画コンテンツを盛りあげ、生活者に届ける「宣伝」の仕事についてききました。
博報堂DYミュージック&ピクチャーズ
コンテンツセールス本部 宣伝グループ
グループマネージャー
萩原 拓
調達・配給・宣伝が密に連携。作品の完成を待たずに買付けるケースも
――はじめに萩原さんの経歴を教えてください。
萩原:学生時代にアルバイトで小規模な映画を配給するアートハウス系の映画会社に入って、数社でキャリアを積んだ後2021年に博報堂DYミュージック&ピクチャーズに入社しました。映画が好きでこの業界に入って、ずっと宣伝の仕事に携わっています。
――映画の配給や宣伝という言葉はよく聞きますが、実際はどのような流れで仕事をしているのでしょう?
萩原:邦画と洋画でも異なりますが、洋画の場合はカンヌやベルリンのような国際映画祭にマーケットが併設されていて、そこで調達担当が作品の買付けを行います。すでに完成している作品もあれば、監督とキャストと大筋が書かれているだけのものも。事前にある程度の情報が入っているので、目星を付けて臨むのですが、現地で映像を見てから決める作品もあるため迅速な判断が求められますね。何十社と競合がいるなかで、人気の作品を勝ち取らなければならないので。
興行収入や配信などの二次利用でどれくらいの収益が見込めるか、宣伝にはどれくらいの予算をかけるかなど、各部門一丸となって試算を行い、現地の調達担当が交渉に臨みます。
――作品の完成形を見ずに買付けすることもあるんですね。
萩原:そうですね。コロナ禍以降作品数が減っていることもあり、監督名やキャスト名だけで売れてしまう作品もあって、なかなか競争が激しい世界です。映像はないけれど、脚本を読んで決めるというケースも。海外の作品では、脚本を翻訳している間に売れてしまったという話もよく聞きます。
買付けができたら、いつ公開するか、どの劇場を押さえるかなど配給・宣伝担当を中心にプランニングし、劇場との交渉をスタートする流れ。宣伝は、邦画・洋画、また興行収入の目標や公開規模によっても異なりますが、小~中規模の作品であれば、公開半年くらい前からプランニングをはじめて、3ヶ月前くらいにはチラシやポスターの掲出、予告編の上映がスタートすることが多いです。我々の仕事のゴールは、いかに劇場での興行収入をあげられるか。近年では公開初日からの3日間の動員が非常に重要になっています。そこで人が集められなければ、その後の上映館や上映回数が減っていってしまいます。なんとしても劇場に来ていただけるよう、作品と徹底的に向き合って、宣伝のプランを練りあげます。

宣伝の仕事は、作品のよさを引き出し、より魅力的にラッピングすること
――具体的にはどのようなプロセスで宣伝活動を行うのでしょう?
萩原:作品ごとに宣伝プロデューサーがついて、まずはこの作品をどう売っていくか、どのように見せていくか、コンセプトを策定します。どういった趣味嗜好を持った方に打ち出すかといったターゲットも定め、コンセプトに沿ってポスターのキャッチコピーや予告編の制作をスタート。やはりメインはポスターや予告編になりますが、そのほかにもSNS施策やタイアップ、オピニオン獲得、メディアプランなど、作品の特性に応じたプランを組んでいきます。クリエイティブからパブリシティまですべてを管理するのが宣伝の仕事になります。
――映画の予告編はどのようにつくられるのですか?
萩原:予告編は大体1ヶ月くらいの制作期間をかけてディレクターさんと綿密に相談しながら進めていきます。どのカットを入れるか、音楽や効果音はどうするかなど、宣伝コンセプトに合わせてひとつひとつ詰めていく作業ですね。ちょっと時系列を変えて編集したり、あえてミスリードを促してみたり、作品の力を引き出すための戦略を組み立てていきます。
繰り返しになりますが、とにかく劇場に足を運んでいただくことが第一。作品の魅力的な部分を最大限引き出して、もっとわくわくするようにラッピングしていくことが僕たちの仕事です。その思いを凝縮したものが、予告編であり、ポスター。たまに、本編より予告編の方がおもしろかったなんていう口コミを見かけますが、複雑な思いがある一方で反響があったことについては素直に嬉しいと感じますね(笑)。
最新の仕事は、1月9日(金)日本公開の『YADANG/ヤダン』
――萩原さんが宣伝プロデューサーを務められた作品にはどんなものがありますか?
萩原:直近では2026年1月9日(金)日本公開の韓国映画『YADANG/ヤダン』を担当しています。この作品は、韓国でR19指定でありながら2025年上半期の動員ナンバーワンを獲得した作品。もちろん買付けたのは公開前でしたが、韓国のノワールアクションは注目度の高いジャンルということもありチャレンジしたいと考えました。
「ヤダン」というのは、麻薬犯罪者と検察や警察の間で暗躍するブローカーのことで、韓国には実在するんですよね。でもこの映画が公開されるまで韓国でもあまり知られていなかったし、日本ではほとんど認知がない。この「ヤダン」という存在をいかに魅力的に、ダークヒーロー的に興味を持ってもらうかということをいちばんに重視しました。

――このポスターも宣伝コンセプトに沿ってプランニングされているということですね。
萩原:はい。韓国でヒットした作品であることを伝えながら、作品のいちばんの魅力は「どん底からの爽快な逆襲劇」だと考えて、キャッチコピーに反映しています。
さらに、「ヤダン」が実際に存在すること、あらゆる情報網や頭脳を使って国家と裏社会の間で暗躍する存在であることを伝えることで興味を持ってもらえるのではないかと考えました。さらに、類似の作品にはどんなものがあるのか、どんなジャンルが好きな方に届けたいかという要素がこのポスターのなかに詰め込まれています。
――認知のない「ヤダン」という言葉ですが、あえて副題などはつけなかったのですね。
萩原:そうですね。英題では『YADANG:THE SNITCH』と「密告者」という副題が入っていたんです。でも、チームで何百案も考えた末、つけないことに決めました。「ヤダン」という言葉自体にインパクトがありますし、なんだろう?と思ってもらいやすい。たとえば『ヤダンー麻薬仲介人』のように入れることもできるんですが、それだとなんだか、観る前にすべてわかったような気分になってしまうんですよね。
――副題で「観た気になってしまう」というのはわかる気がします(笑)。「ヤダン」の宣伝でほかに注力したことはなんですか?
萩原:韓国映画はやはりコアファンがいるコンテンツなので、来日イベントを行なってファンコミュニティから盛りあげてもらうというのは大切にしています。今回も公開日当日に、監督とカン・ハヌル、ユ・ヘジンが来日してイベントを行いました。やはり今は、一方通行のPRだけでは生活者に届きづらい時代。いっしょに応援したくなるムードを醸成することが求められていると思います。
――今回の来日イベントで、キャストのケアや発信で力を入れたことや気を付けたことを教えてください。
萩原:作品の魅力をキャスト自身の言葉で発信してもらうことはもちろん、来場者の満足度を高め、熱量の高い口コミ創出につなげることを意識しました。そのため、形式的な舞台挨拶に留まらず、ファンミーティングに近い構成とすることで、キャストと観客の距離感を縮め、参加意識や一体感を作り出すことを心がけました。

強いファンコミュニティを育てながら、劇場で観る「新しい体験価値」を提供したい
――作品ごとに最適な宣伝プランを打ち出すと思いますが、これまでで印象に残っているプロモーションなどありますか?
萩原:2025年に日本公開した『SKINAMARINK/スキナマリンク』というホラー映画でしょうか。低予算でつくられたすごく難解な映画なのですが、本国で公開された際に「まるで煉獄にいるようだ」という評判が広がって、北米で異例のヒットをした作品。この「煉獄」のような強い言葉が自然発生的に生まれたらいいなと思って宣伝グループで企画したのが、一晩中同じ映画を連続で観つづけるという耐久レースのような試写会でした。一見バカバカしいようにも思えますが、オールナイトで観つづけたお客さんのちょっとハイなテンションのコメントでバズが起きたり、話題化につながった企画だったと思います。やっぱり、SNSでの反響を見たり、初日のお客さんの入りを見るのがいちばんの喜びですね。

――やはりSNSの反応は重要ですよね。
萩原:SNSがこれだけ広がって、評判がすぐに伝播する時代ですからね。ネガティブな側面もありますが、逆にいい評価がつくとこれほど強いものはありません。昨年末に公開した『落下の王国 4Kデジタルリマスター』はまさしくその好例。僕らは「宣伝の手を離れる」と言うのですが、公開初日から自然発生的な盛りあがりをみせた作品でした。

日本では2008年に公開された作品のリバイバル。これまで一切配信されず、幻とされてきた作品で、カルト的なファンがいることでも知られています。日本公開の第一報を出した段階で「待ってました!」という反応をいただけて、Xのトレンド入りも。ニッチな作品ではありますが、これだけ反響があるのだと改めて実感しました。
―ちなみに、博報堂DYミュージック&ピクチャーズの独自性はこんなところ、ということがありましたら教えてください。
萩原:アニメから実写(邦画・洋画)まで幅広いIPに携わりながら、生活者視点でコミュニケーション全体を設計している点だと思います。ジャンルごとに異なるファン心理や情報の広がり方を踏まえ、メディア、クリエイティブ、PR、イベントなどを横断した施策を通じて、戦略設計から実行、改善までを一気通貫で担える環境があります。 また、ジャンルや手法に縛られず、「この作品にとっての最適解は何か」 を起点に、専門性の高いメンバー同士がフラットに意見を出し合えるカルチャーも、この会社ならではの魅力だと感じています。
――映画市場を取り巻く環境を踏まえて、今後チャレンジしていきたいことはありますか?
萩原:コロナ禍以降、劇場への来場者数は全体として回復しているものの、洋画については依然として戻りきっていないのが実情です。良質なドラマ、というだけではなかなか人が呼べない時代になってきました。そんななかでも、アニメのコンテンツや韓国映画、またホラーやドキュメンタリーなど特定のファンがいるジャンルは強いですね。お客さまに響くポイントを丁寧に見つけていくことも宣伝の大切な仕事ですが、強いファンコミュニティを育てていく施策も求められていると思います。
あとはやはり、配信が当たり前になった時代に劇場で観る意味を生み出していくことも我々の仕事。参加型のイベントを含め、新しい体験価値を提供できる仕組みをつくっていきたいですね。
やっぱり映画館のよさは、没入感が高いこと。家で観るホラーと映画館で観るホラーは怖さの濃度が違うと思いますし、『落下の王国』のような映像美は自宅のテレビでは再現できない。それも重要な「体感」だと思いますので、劇場で観たい!と思っていただける作品、そしてその仕組みを、これからもたくさんお届けしたいと考えています。


萩原 拓
博報堂DYミュージック&ピクチャーズ
コンテンツセールス本部 宣伝グループ
グループマネージャー
複数の映画配給・宣伝会社を経て、2021年に博報堂DYミュージック&ピクチャーズに入社。現在は実写・アニメを含むエンタメコンテンツを扱う宣伝グループにて、宣伝プロデュースおよびマネジメントを行っている。