書籍『カルチュラル・コンピテンシー』出版記念対談
|文化を知り、育てることで、強く持続可能なビジネスが生まれる
目まぐるしく変化する社会のなか、生産性や効率ばかりを追求するビジネスモデルに終止符をうち、持続的なサイクルを目指すにはどうすればいいか。その道筋を探るべく、SIGNINGの鷲尾和彦と、博報堂ケトルの花井優太が『カルチュラル・コンピテンシー』を上梓しました。20年にわたり世界都市をリサーチし続ける鷲尾、ビジネスとカルチャーをテーマに季刊誌『tattva』を立ち上げた花井の両氏が、さまざまな企業、団体への取材から見いだしたものとは?

「文化」のレイヤーから積み上げなければ、強い社会は生まれない
清水(司会):まずは出版おめでとうございます。構想から出版までどれくらいの期間で仕上げたのですか?
花井:ちょうど一年くらいですかね。
清水:これだけの事例を取材したことも考えると、かなり早いスピードでつくっていますよね。大変タフな仕事だったと思いますが、そもそもタイトルにある「カルチュラル・コンピテンシー」。これはどのように理解したらいい言葉なのでしょう?本のテーマをそれぞれきかせてください。
花井:まず「コンピテンシー」の話からしますと、普段「リテラシー」という言葉はよく使いますよね。理解する能力のような意味合い。コンピテンシーは、この本では「思考に基づいた行動能力」と書いています。たとえば、SNSのタイムラインに流れてくる情報を「理解する」ことは普段誰しもやっていることですが、そこから一歩進んで、フェイクニュースかどうかを考えながら読むとか、リツイートするかしないかといった、「情報に対して自分がどう考え、向き合って行動するか」というところがコンピテンスの重要なポイントになります。ビジネスの話でいうと、僕らは普段さまざまな理論や事例、ビジネスティップスをただ披露するのではなく、そこから個人個人がどう行動すべきかということまで深く議論される必要がある。もちろん、そのあと実際にどう動くか。この本では、さまざまな企業や団体の事例を掘り下げることで、持続的で強固な社会づくりのヒントを示したいと思いました。

鷲尾:クライアントや自治体などの活動や事業がもつ「価値」を見出すことが我々の仕事なのだとしたら、ここまで社会構造が大きく変わった今、その「価値」とは果たしてどのようにして見出すことが可能なのだろうか、またその「価値」はどのように実現できるのか。この本では、そのことをもう一度深く考え直しました。
イントロダクションでも書いていますが、ヒントになったのは、未来学者のスチュアート・ブランドが書いた「ペース・レイヤリング」という理論です。我々の社会は、自然、文化、統治、インフラ、商業、ファッションという順で、地層(レイヤー)のように積み重ねられている。それぞれの層が独自の変化の速度とその役割を持って動いており、互いに作用しあうことで「変化に柔軟で、危機に強い構造」が実現されるというものです。
最も深い層にあるのが、人知の及ばない「自然」の層。その「自然」の層のすぐ上にある「文化」の層が、人が手を動かせる最も根源的な営みです。そして、そこから積み上げるように社会をつくらない限りは、最上層にある商業やファッションも持続的でなく、変化に脆くなるという話なんですね。これはブランドのオリジナルというよりも、ランドスケープデザインや建築・都市計画の領域でもプランニングの基盤とされてきた理論です。

ポストコロナ時代に「経済」ってどう変わるの?という問いを考えるとき、この視点が非常に重要だと感じました。それを今、この日本において、僕らなりに検証するのがこの本のテーマです。
その意味では、「カルチュラル・コンピテンシー」というのは、自分達の暮らしている場所を掘っていく力とも言える。その場所の持っている価値を掘って、それをどう生かしていけばいいかを考える力。それが経済的な発展を生む力になるのではないかというのが僕らの考え方です。
効率だけでなく、偶然生まれる“バグ”や“遊び”も信じてみる
清水:おふたりの話をきいていると、情報を得た時にどうアクションするかという行動能力という文脈と、その土地を理解するというような深く掘り下げる思考のふたつの文脈があるように感じました。これらは別のものなのでしょうか?
鷲尾:別のものではなく、それを組み合わせることだと思います。本の中で紹介している無印良品が事例ですが、無印良品は「地域への土着化」を経営戦略に掲げて、基本的なものづくりのプラットフォームをもちながら、その土地に必要なものをその場所にいる人と探して生み出していくという個店戦略に舵を切った。いま世の中に必要なものを考えながら生み出していく仕組みと、文化の層まで深く掘って長く愛されるものにしていくこと、その両方を組み合わせている行為だと感じます。

清水:それは、同じフレームを使いながらローカルに合わせて言語を変えるとか、アダプテーションしていくという、これまでビジネスの世界でやられてきたこととなにが違うのでしょう?
鷲尾:「適応」や「調整」ではなく、生活圏の中のリアリティの中に巻き込まれるようにして入り込み、その中からその場所で本当に必要とされるものを見出していこうという姿勢です。それぞれの生活圏で暮らしている人たちと“共創する”ことで、予期せぬ新たな価値が見出され、いわば「使用価値」の高い商品やサービスを生み出そうとしています。
花井:コストパフォーマンスや効率性いった言葉が飛び交っていますが、それだけでは余分なものがなくなるので、誤配や贈与も起きにくいでしょう。カルチュラル・コンピテンシーという概念には、効率重視のスマートさにとらわれすぎず、偶然生まれてくる “バグ” みたいなものも信じてみようという姿勢が多分に含まれていますし、その “バグ” こそが発見かもしれない。文化という深い層まで掘り下げて眺めることで、原石を捨てずに育てていこうというスタンスが取れるんだと思うんです。
鷲尾: “バグ” とか”遊び”といった要素はすごく大きいと思います。もちろん効率を追求する局面も事あるけれど、結局、それを全面的に追い求め続けた数十年が現在の日本の経済や社会状況だとしたら、その発想が生み出してしまったのが何故か、冷静に見なければならないと思います。このまま続けて本当に大丈夫なのかどうかと。
「生活圏の中に巻き込まれる」ことで、その場が持っている可能性を見出そうというさきほどの無印良品の事業でも、その結果生まれてくるのは最初に企業をつくった人すら想像していなかった新しいプロダクトやサービスだったりする。生活圏の中に巻き込まれながら、そこでの新たな出会いに駆動されるようにして、価値が見出されていく。そこにチャレンジしない限り、新たなバリューは生まれないということに、もう多くの人が気づきはじめているんじゃないでしょうか。
異なる考えに触れ、認め合うことがエコシステムを強くする
清水:効率を追求した社会の行き詰まりに対するカウンターが必要、という背景はよくわかったのですが、一方で文化という深い層まで動かしていくのは時間のかかることですよね。いまの自分のスタンスやモードを変えないといけないと思うのですが、スピードが遅くなることで失うものはないのでしょうか?

花井:生活のリズムが変わるわけではなく、日々の選択が変わってくるという話だと思うんです。例えば、いま目立ちたいからこういう動画をアップしよう、でも5年後にそれで嫌な思いする人いるかもしれないからやめよう、とか。その選択ひとつひとつが変わっていくことで、結果その人の深いレイヤーの部分に影響を与えていくのではないでしょうか。
鷲尾:「文化」といえば、「変わらないもの」のように聞こえるかもしれませんが、実は日々の行動や小さな選択の蓄積でできるものです。毎日何を食べるかが結果として1ヶ月後の身体をつくっているのと同じこと。いわば、その土地の新陳代謝の結果が「文化」です。これは個人でも、会社でも、地域社会や国家でも同じです。
とは言っても、確かにビジネスパーソンを含め多くの人にとっていちばん怖いのは、「変われ」と言われることですよね。明日から習慣を見直せ、と言われてもなかなか出来ないものです。
そのとき大切なのは、自分一人だけで変わろうとする必要はないということだと思います。例えば、自分とは違う誰かの考えに触れてみることで、ちょっとだけ日々の行動が変化したりする。そういう小さな変化が大切だと思います。結局、人は他者という存在がいなければ、自分を変えることは出来ない。他者に開かれているかどうか。それが結果、大きな変化につながると思うんですよね。
清水:単一の価値観だけで突き進むと脆弱なものになるけど、自分が変わるだけでなくて、自分と違うものを持っている人達で集まって進むことによって強度も増すし、より深くアプローチしていけるということですね。
鷲尾:この本のなかで早稲田大学の秋野教授がドイツの文化経済政策の事例を紹介しています。ドイツは自動車産業などを含め世界的なデザイン産業が発展している国である一方、非常に文化政策を重視している国でもある。美術館や劇場など、文化や社会教育の施設は、立場を超えた人たちがフラットに出会い、対話をし、新しい創造性を見つけ合う機会として位置付けられ多くの人に活かされています。ビジネスパーソンや地方政治家もよく利用する。それは、自分たちだけでは解決できないことに新しい視点を与えてくれる機会だと捉えられているからです。自分とは異なる他者との関係性を大切にするとで、社会全体が伸びていく仕組みがあるんですよね。

カルチュラル・コンピテンシーの先にあるのは「小さな中心」が星座のようにつながる社会
清水:日本にも世界がうらやむ素晴らしい文化があるのに、それとビジネスがあまりにもかけ離れてしまってもったいない、という言い方もできるんでしょうか?改めて自国の文化を見つめ直すことで、文化を盛り上げるだけでなく、経済を強くすることにもつながる。日本という国のポテンシャルを生かせるのだという話のように思いました。
鷲尾:そう思います。実は、カルチュラル・コンピテンシーという言葉は、グローバル資本主義が広がる1980年代、既存の社会・産業モデルが大きく変わろうとしていた当時のヨーロッパで使われていた言葉でもあるんです。単一的な合理性だけで突き進んでよいのか。なるべく多様な合理性が共存できる社会にしなければ脆くなってしまう、それはまさしくサスナビリティの考え方です。
カルチュラル・コンピテンシーを取り入れた企業や自治体が増えた社会は、「小さな中心」がたくさんある社会だといえます。一人の統治者や大きなひとつのシステムだけが存在する社会ではなく、ひとつひとつの街は小さくても、ローカリティを大切にしながら互いに協力し合い、星座のようにつながりながら大きな宇宙を描く、それがヨーロッパ型の社会モデルです。この先日本はどちらを選ぶの?と試されているとしたら、僕は小さな中心がたくさんある社会の方が、日本には向いているのではないかと考えています。北から南までさまざまな自然の表情がある、その価値を生かすとなると、モノラルなワンシステムではなく、いろんな場所にいろんな面白いものが存在できるような社会のほうがイメージできますよね。

花井:本の中で京都大学の広井教授もおっしゃっていましたが、現在日本には神社と寺が約8万ずつ存在していて、明治の神社合祀前には神社だけで20万近くもあったといいます。お祭りがあり、学び舎の機能があり、遊び場にもなる。本当にいろんな役割を持ちながら地域の拠点として点在していたわけですね。それによって築かれていたコミュニティが、戦争と経済成長を目指す過程で解体されている。昔の日本がよかったと懐古するわけではありませんが、いま一度その土地の個性に合わせて人がつながり合う状況をいかにしてつくるかが問われていると思います。
清水:地域に合わせるのではなく、地域と一体となって生み出すことで、これまで見たことがないイノベーションが生まれるということですが、そこから生まれたものは、再び大きくエリアを越えて広がっていく可能性があるんでしょうか?
鷲尾:これまでの「グローバル」ではなく、「トランス・ローカル」としてある種のスケールを持った市場が生まれると思います。これまでの「グローバル」は、ワンシステムですべてを統治することでスケール感を出していくモデルのこと。でも今のコミュニケーション技術を使えば、小さくても世界に出て行ける可能性があるわけですよね?「小さな世界都市」の実現を目指して演劇のまちづくりを行なっている豊岡市が好例です。人口8万人の小さな町でも世界中から人を魅了する場所はたくさんある。大きな星座をつくる、小さな星になれるものを持っているところが強いんじゃないかと思うんです。それは国家という枠も超えていくわけです。

恵みが“漏れ出し”、互いに頼り合う社会へ
清水:なるほど。以前は人口的なポテンシャルがそのままビジネスの上限を決めていたけれど、いまは世界中とネットでつながって、言語を超えて価値観を共有できる。だからこそ、ユニークなものを生み出すことが世界で愛されるポテンシャルをはらむということですよね。いまのビジネスの行き詰まりに対してこれからどうサバイブしていくべきか。本質的に強靭で長期的なビジネスを構築していくためには、広い視野と深い思考が必要だということ。それがカルチュラル・コンピテンシーなのだというのがよくわかりました。最後に、この本をまとめたいま、おふたりが伝えたいことをお願いします。
花井:フランスにジョルジュ・バタイユという作家がいますが、彼は太陽の重要性を説いています。太陽は誰のために燃えているわけでもないのに、みんなが恩恵を受けているという話なんです。意図せず“漏れて”しまったものが、誰かにとって恵みになる。それってコスパじゃ絶対生まれない考え方ですよね。漏れるってロスだから。でももっと漏れ出していこうよ、というのが、この本の事例にたくさん込められていると思います。

鷲尾:近代産業社会化に邁進してきた日本では、「誰にも頼らず自分一人で立て」という教育がずっとされてきましたよね。でも、本当にそうなのかなって。もっと頼っていいと思うんです。花井くんのいう“漏れる”と一緒で、自分だけでやる必要はなくて、誰か違う人とやった方が面白いことってたくさんある。それがカルチュラル・コンピテンシーなんだと思うんです。一緒にやるからこそバグや遊びが生まれたり、面白いものができたりする。だから、お互いもっと頼り合っていいんじゃないかなって。


鷲尾和彦
株式会社SIGNING チーフ・リサーチ・ディレクター/株式会社博報堂クリエイティブ・ビジネス・プロデューサー
「文化経済」「生活圏」をテーマに、戦略コンサルティング、クリエイティブ・ディレクション、新規事業開発などで、産業界や地方自治体等との協働事業に数多く従事している。主な著書に『共感ブランディング』(講談社)、『アルスエレクトロニカの挑戦』(学芸出版社)、『CITY BY ALL ~生きる場所をともにつくる』(博報堂)等。近年の主な社会活動に、プリ・アルスエレクトロニカ国際コンペティション審査員、東京大学未来ヴィジョン研究センター「クリエイティブ・ジャパン」、Forbes Japan オフィシャルコラムニスト、多摩市総合計画審議会委員、等。

花井優太
博報堂ケトル キャンペーンプランニング・ディレクター/編集者 /季刊誌『tattva』編集長
1988年生まれ。カルチャー誌やウェブメディア、企業のブランドブック制作などを経験したのち2021年にブートレグからビジネス&カルチャーブック『tattva』創刊。同誌編集長。企業のコミュニケーション領域のプランニングでは、エディトリアルをバックボーンとしながら、世の中の文脈にフィットまたは先見性を持った戦略、クリエイティヴを得意とする。受賞歴に日経広告賞部門優秀賞、毎日広告デザイン賞準部門賞など。