ヒット習慣予報 vol.406『半径1mの表現者』
こんにちは。ヒット習慣メーカーズの平山です。
4月も下旬に入り、東京では街路樹の新緑がまぶしくなってきました。もうすぐやってくるゴールデンウィークに思いを馳せている方もいらっしゃるかもしれません。
この時期は、新年度をむかえ新しい環境で何かと気張っていた心身のペースが掴めてきて、ふと自分のための時間にも目を向けたくなるタイミングかと思います。
最近私の周りでは、起業や移住といった人生の大きな決断をするのではなく、今の生活の地続きで小さく実験的な挑戦を楽しむ人が増えているように感じます。彼らは、ごく身近な範囲で、自分のやりたいことを形にしています。
今回は、そんな日常の延長線上で自分らしさを発信し、小さく始めるライフスタイルを「半径1mの表現者」と名付け、3つの事例をご紹介したいと思います。
1つ目は「間借り営業」です。
飲食店を本格的に開業するには、多額の資金や退路を断つ 覚悟が必要です。しかし最近は、定休日のカフェやバーの空き時間を借りて、「月に1回だけ自分のこだわりのスパイスカレー屋を開く」といった、1日店長スタイルの営業が定着しています。
空き時間を活用するビジネス自体は以前からありますが、実際に間借り営業をしている友人に話を聞くと、利益を追求する副業というよりも、自分のこだわりを提供する「自己表現の場」としての意味合いが強いようです。カウンター越しにお客さんと直接言葉を交わし、自分の作ったもので目の前の人に喜んでもらうという、まさに物理的にも心理的にも半径1mの親密な空間で自己表現を楽しむスタイルへとアップデートされています。

2つ目は「ZINE(ジン)の制作」です。
自分の日記や旅行記、日々のちょっとした悩みなど、自由にテーマを決めて、個人的なことについて文章を書き、冊子の形で発信する動き(=ZINEの制作)が広がりを見せています。
私もよく様々な人のZINEを読みますが、自分と同じようなことを思っている人を見つけた時、まるで半径1mの距離にいるかのように、その人の体温をすぐそばに感じます。マスメディアやSNSのように広く拡散されなくても、自分のニッチな熱量を紙の束にして、同じ感覚を持つ誰かに手渡すこと。あえて物理的な紙を通じて行われる静かなコミュニケーションが、デジタル社会において、新鮮な自己表現の形として愛されています。

3つ目は「個人でポッドキャスト」です。
SNSでの不特定多数に向けたバズや動画配信を目指すのではなく、よりパーソナルでクローズドな発信手法として、個人でポッドキャストを運営する人が増えています。実際にGoogleトレンドで検索推移を見ても、近年ポッドキャストへの関心が継続して高まっていることが分かります。
私の知人は、パートナーと二人でポッドキャストを定期的に配信し、喧嘩話や悩みも赤裸々に語っています。このようにポッドキャスト配信者は、自分の言葉に耳を傾けてくれる数十人のリスナーに向けて、日常の気づきや変化を、日記のように語り残しているのです。イヤホンを通じてリスナーの耳元に直接届く音声メディアは、まるで同じテーブルでお茶を飲んでいるかのような半径1mの距離感を作り出し、配信者にとっても心地よい居場所となっているのではないでしょうか。

このように「半径1mの表現者」が広がっている背景には、主に2つの理由があると考えられます。
1つ目は、「手触り感への希求」です。
あらゆるものがデジタル化され、画面を操作するだけで効率よく多くの情報が手に入る時代だからこそ、私たちは「自らの手でプロセスを味わうこと」に価値を見出し始めています。近年、手作業が心に落ち着きをもたらす「クラフトフルネス」という概念がメンタルヘルスの文脈でも注目されていますが、これらの表現活動は、効率化された日常の中で失われがちな確かな手触り感を取り戻す行為なのだと考えられます。
2つ目は、「評価からの解放」です。
現代はSNSのいいねの数やアルゴリズムによる最適化など、常に他者やシステムの評価にさらされています。だからこそ、失敗してもリスクが少ない小さな規模で、誰かの視線や正解を気にせず「自分のために作ってみる」という余白が求められています。「バズらなくてもいい」「少数の気の合う人にだけ届けばいい」というスタンスは、他者の評価軸から自分を解放し、純粋な表現の喜びを取り戻すためのデトックスとして機能しているのではないでしょうか。
最後に「半径1mの表現者」のビジネスチャンスとして、下記のようなアイデアを考えてみました。
「半径1mの表現者」のビジネスチャンスの例
■ 個人の趣味をZINEやポッドキャストという形に落とし込むための、ノウハウ共有と伴走を行う「パーソナル編集者」サービス
■ カフェの壁や商店街の空きショーウィンドウなど、街中の1平米を個人の作品展示スペースとして週替わりで貸し出す「マイクロギャラリー」事業
■ 作ること自体を楽しむために、印刷機材や収録マイク、キッチンなどがコンパクトにまとまった「大人の図工室」のような時間貸しアトリエ
何者かになるための大きな挑戦も素敵ですが、自分だけの表現を手探りで形にしていくプロセスも、私たちの生活を豊かにしてくれます。
この春、私もまずは自分が最近気になっているテーマをまとめた、小さなZINEを作るところから始めてみたいと思います。
▼「ヒット習慣予報」とは?
モノからコトへと消費のあり方が変わりゆく中で、「ヒット商品」よりも「ヒット習慣」を生み出していこう、と鼻息荒く立ち上がった「ヒット習慣メーカーズ」が展開する連載コラム。
感度の高いユーザーのソーシャルアカウントや購買データの分析、情報鮮度が高い複数のメディアの人気記事などを分析し、これから来そうなヒット習慣を予測するという、あたらしくも大胆なチャレンジです。

平山はな(ひらやま・はな)
ストラテジックプラニング局 / ヒット習慣メーカーズ メンバー
2025年 博報堂入社。 写真を撮ることと、人の人生の話を聴くことが好き。 最近は、街や自然の中を歩きながら気になった音を採集しています。