アルスエレクトロニカフェスティバル2025 博報堂レポート-アートシンキングで読み解く「多元的な未来」
【第一回】アルスエレクトロニカフェスティバルから未来社会の選択肢をひらく

未来の社会とテクノロジーを洞察するための刺激的な兆しが集まるアルスエレクトロニカフェスティバル。 今年のフェスティバルテーマは「PANIC yes/no」。決して楽観視はできないPANICに満ちた状況ではあるものの、怖れるだけではなく、PANICを自らを変容させる契機にするのはどうしたらよいか。いま世界では何が起きているのか。固定観念や既成概念を超えて考えるヒントに富むフェスティバルでした。 キーワードは「Pluriversal Futures(多元的未来たち)」。キーワードを手がかりに、フェスティバルの概要(第一回)、博報堂の生活者発想技術の展示(第二回)、今年のフェスティバルをきっかけに開発した未来洞察新ソリューション(第三回)について、シリーズでご報告・ご紹介します。

皆さんこんにちは。生活者発想技術研究所・アートシンキングプロジェクトの田中れなです。
「アートシンキング」とは、メディアアートの視座を通じて未来の社会・技術・生活者の関係性を洞察し、より良い未来を構想する問いを立て、行動へとつなげる手法です。当プロジェクトではこの考え方を軸に、多様な領域で研究に取り組んでいます。

この活動を支える強力なパートナーが、メディアアート界を45年以上牽引し続けるアルスエレクトロニカです。2014年に始まった提携以来、私たちはAIやロボティクス、バイオサイエンスといった先端技術と、社会の境界領域を感性で揺さぶる最前線のメディアアートに触れてきました。この領域には、単なる技術予測を超えた、次代の社会像が常に先んじて現れています。
そのダイナミズムを最も象徴するのが、毎年9月に開催されるアルスエレクトロニカフェスティバルです。この世界中から鋭利な感性と学際的な知見が集結する場を、私たちは未来の実験場と捉えています。毎年フェスティバルでテーマアップされる課題を題材に、今後生まれうる課題を多角的に捉え、それを突破する新たな選択肢をどう描き出すか?と、未来社会、ひいては未来生活者に関する探究を深めています。

本連載では、昨年2025年のフェスティバルで交わされた議論を振り返るとともに、現地での私たちの活動についてのご紹介と、そしてフェスティバルでの知見を体系化した最新ナレッジ「Foresight through Art Thinking」について、全3回にわたり公開していきます。

アルスエレクトロニカフェスティバル2025テーマ「PANIC yes/no」

毎年異なるテーマが掲げられるアルスエレクトロニカ・フェスティバルですが、2025年のテーマは「PANIC yes/no」でした。

Festivalsujet 2025: PANIC – yes/no

気候変動・紛争・AI技術リスクといった制御不能な変化が重なり、グローバル規模で理解や行動が追いつかない現代の不安を「パニック」と一言で表現しています。また、社会や地球全体がパニック状態に陥っているかどうかを認識する前段階の、生活者一人ひとりが抱える不安や危機とどう向き合うかに目を向ける姿勢が含まれています。
会場では、パニックから生まれる危機・混沌を直球で表現する作品だけでなく、パニックに向き合うレジリエンスから希望を見出す展示やパフォーマンスも見られました。また専門知と市民参加の連携や、技術的な面だけでなく哲学、心理学などの観点から多角的にパニックを捉える議論がなされていたのが印象的です。パニックとは単に忌避する対象ではなく、未来を考えるきっかけにもなり得る。フェスティバル全体を通じて、そのようなメッセージが発信されていました。

ここからはフェスティバルで印象的だった作品と、それらが発する未来社会のあり方を考える上で重要となる問いをセットでご紹介します。

1. 望まぬデジタルツインへの準備はできているか?

XXXXX Machina / Erin Robinson (GB), Anthony Frisby (GB)

アーティスト自身のポートレートを元に、画像生成AIが無限にポルノ画像を生成し続ける作品です。再帰処理(生成した画像をさらに学習させるプロセス)を繰り返すことで、肉体が原型を留めないほどグロテスクに変容していきます。

写真:アーティストのErin Robinson氏, Anthony Frisby氏
Photo: vog.photo

この作品は、AIの生成技術が人間の欲望や本来の意味を置き去りにし、自律的に加速していく様子を浮き彫りにしています。一般的にデジタルツインは自分の分身としてのポジティブな側面が語られがちですが、本作は自らが望まない分身が量産される危機のメタファーです。「望まぬデジタルツインが現れる、その準備はできているか?」とアーティストが身体を張って問いかけてくる作品です。

2. 人間-AI複合時代の新たな言語・リテラシーとは何か?

Anatomy of Non-Fact /Martyna Marciniak (PL)

ローマ教皇が高級ブランドのダウンジャケットを羽織ったフェイク画像が拡散された2023年の実例を題材に、フェイクニュースがあたかも真実のように流通するプロセスを解剖してみせる作品です。
アーティストは、画像生成AI特有の描写のクセからフェイクを見抜く手法を提示するだけでなく、フェイク情報を受け取った人間が陥りやすい心理的反応も網羅的にまとめています。既にAIが日常に溶け込んでいる環境下で、私たちは何を根拠に物事を信じていくべきなのでしょうか。「人間とAIが共存する時代に必要な、新たな言語とリテラシーとは何か?」本作は、今私たちが直面している課題を鋭く突いています。

写真:「Anatomy of Non-Fact | Chapter 1: AI Hyperrealism」展示風景
Photo: vog.ph

3. 「最悪」を想像し、未来への「予防接種」とする

ディストピアランド/市原えつこ(JP), シビック・クリエイティブ・ベース・東京 [CCBT] (JP)

「PANIC」テーマ展の招聘作品であり、日本人の市原えつこさんによる作品です。本作は、現在の文明や文化が失われた未来の日本のパラレルワールドを舞台に、新たな新興宗教が勃発し、そこに政治的権力とテクノロジーのプラットフォームが結びつき、人々がそれに従属するディストピアを描いています。

写真:メイン会場POST CITYでの展示風景
Photo: vog.photo

未来というと華やかな姿を想像しがちですが、現代においてはそこにリアリティを感じることが難しくなっているかもしれません。アーティストは、最悪の未来を想像することが、未来への予防接種になると語ります。
「テクノロジーが加速する時代に、最悪を想像し一時停止できるか?」
今の社会のあり方は唯一絶対のものではありません。最悪のシナリオをどう上書きし、どう組み直すことができるか。本作は、既存の社会システムを疑い、別の可能性を模索する余地が我々の手にあることを示しています。

4. 人間中心の知覚を越え、未知の世界の存在をいかに受け入れられるか?

Phonos / Marc Vilanova (ES)

200個以上のスピーカーをリサイクルして用いた立体的なサウンドインスタレーションで、人が知覚できない超低周波音を各スピーカーから流し、音の振動を身体で感じ、スピーカーを覆う膜が波打つ姿を見るなど、聴覚の限界を意識させる作品です。

写真:メイン会場POST CITYでの展示風景
Photo: vog.photo

この作品は、人間であるがゆえに捉えられない音が、私たちの周囲に満ちていることを自覚させ、人間が知り得ない領域を含めて世界が成り立っているという実感を呼び起こします。その枠外の世界を知覚させるために人間が作り出したスピーカーというテクノロジーを用いる、といったクリエイティビティが光ります。
こういった視点を通じて、浮かび上がる問いは「人間以外の生命や異なる環世界の存在に対して、いかに感受性を磨いていくことができるか?」。
私個人としては、普段見過ごしてしまっているかもしれない豊かさを、どう未来につなげていくかという問いかけにも感じました。

フェスティバル全体から見るとごく一部の作品ではありますが、未来社会への選択肢という視点では、刺激的な問いを投げかけてくれる作品を紹介しました。アートという言葉を耳にすると、多くの方はビジネスとは遠い領域、あるいは直接的な結びつきが難しいものと捉えるかもしれません。しかし、AIを筆頭に技術革新が先行し、人間がそれを追走する現代において、私たちは本質的な問いに直面しています。
「この技術は、誰のためにあるのか」
「利便性の行き着く先にある『人間らしさ』とは何か」
「私たちは、技術とどのような関係を結んでいくべきなのか」
こうした、既存の延長線上にはない「問い」を立てる姿勢は、かつてないほど重要になっています。メディア理論家のマーシャル・マクルーハンは、アーティストを「未来の探査機」と表現しました。私たちがまだ言語化できていない社会の微細な変化を、アーティストの鋭敏な感性や時代に対して批評的な視点を持ったアートを通じて捉えることは、これからの未来を読み解く上で不可欠なプロセスと考えています。
ぜひアルスエレクトロニカフェスティバルのサイトを覗いていただいたり、日本でメディアアートに触れていただく機会を持っていただければと思います。

続く第二回では、フェスティバルで博報堂・生活者発想技術研究所が実施したリサーチの取り組みについて、プロジェクトメンバーの劉からご紹介します。

※肩書は取材当時のものです

田中 れな(たなか れな) 株式会社博報堂 研究デザインセンター 生活者発想技術研究所 上席研究員/イノベーションプラニングディレクター

2007年博報堂入社。アートシンキングを起点に、企業のイノベーション支援プログラムを多数提供。未来社会での課題発見のリサーチ・アクションプラン開発など、未来を構想するプログラム制作、アーティストと協働するコミュニティづくりに従事している。アルスエレクトロニカとの協働プロジェクトを2015年から推進。修士(政策・メディア)。

Xでシェア Facebookでシェア