第3回のゲストは、臨済宗建長寺派「林香寺」の住職でありながら、精神科医でもある川野泰周さんです。川野さんは、著書『「あるある」で学ぶ 余裕がないときの心の整え方』(インプレス)や講演活動などで、マインドフルネスの重要性を説いています。個人化する社会だからこそ、より人とのつながりが重要になる超ソロ社会において、何が必要になってくるのでしょう。自分と向き合う禅の中にそのヒントがあるのでしょうか。

現代人は、自分への慈悲の精神(セルフコンパッション)が足りない

荒川和久(以下、荒川):僕は著書『超ソロ社会 「独身大国・日本」の衝撃』の中で、人との関係性やコミュニティの在り様が、超ソロ社会の未来では大きく変わることを書いています。従来は、安定した「社会」としてのコミュニティがありましたが、今後はそれがどんどん個人化していく。それは、一見自由でもありますが、反面大きな自己責任を背負わされる世界でもあります。今回は川野さんに、そうした背景の中で我々ひとりひとりの未来の生き方についてお伺いしたいと思っています。

川野泰周さん(以下、川野):それは私もすごく興味を持っている分野ですね。一人という生き方を、より考えていかなければいけない時代だと思うんです。その背景には、パーソナリティの変遷がものすごく起きているというものがあります。
よく悪いものとして扱われるのですが、“自己愛”というものがありますよね。自分を支えるための自信や自分の存在価値への信頼度であって、自己愛は「あって然るべきもの」なんです。高度経済成長までは、“トランスパーソナル”な自己愛を求める傾向がありました。国のためにとか、会社のためにとか、個人を超えたという意味のトランスパーソナルですね。ところがバブルが崩壊してから、パーソナルな自己愛にどんどん集約されていったわけですね。ですから、今では、自分の肩書や家族という小さな単位や狭い世界で成功することで、充分に自己愛が満たされる人がとても多くなったと言われています。

荒川:なるほど。どんどん閉じているというか、内向きになっているということですか?

川野:これは禅の話にもつながるんですが、禅の修行では最初に「和合」という、皆で合わせて一つの集団単位だという言葉を徹底的に教え込まれます。つまり、個人的な考えや意見は一切言わず、規律を持って団体として美しく動く。掃除もお経も一糸乱れずに行いますし、一人が一畳分だけ与えられた畳が並んでいるお堂で生活します。だからお互いに配慮しながら関わらないと、喧嘩をしたり落ち込んだりして修行にならないんですね。

荒川:そうなんですか。修行って、どちらかと言うと他者は関係なく、自分の内面に向かうものだと思っていました。

川野:お釈迦様も、一人きりで修業したのは最後の七日か八日間だけなんですよ。修行には、「サンガ」という皆で寄り添いながら切磋琢磨していくことが必要なので、悟りを開くまでは六年間くらい、仲間とずっと一緒に苦行していたと言われています。

荒川:イメージと全然違いました。

川野:そうですよね。この、自分に向き合う禅の世界と和合がどうつながるのかと言うと、自分自身の中に入り込んで集中して瞑想をすると、最終的に自分は広い自然の中の一要素に過ぎないことに気付くんですね。周りの自然なくして自分の存在はあり得ないので、自ずと周りを大切にする慈悲の精神が生まれてくる。これがセルフコンパッションですね。
慈悲は他人に向かうものですが、根底には自分への慈悲や思いやりがなければいけない。現代の精神科の患者さんの多くがそうなんですが、自分への慈悲の精神が無くて「自分は無価値な人間だ」と思っている傾向があります。そういう人が、困っている人に手を差し伸べると本人も意識しないままに見返りを求めてしまうんです。感謝されないと自分がやったことに価値を見出せなくて、自己嫌悪になってしまう。これが現代人には非常に多いと言われています。

現代に求められるマインドフルネスと対話

荒川:そういった中で、海外の企業がマインドフルネスを取り入れたことが話題になりましたが、マインドフルネスを簡単に説明いただくと、どういうことなんでしょう。

川野:「今この瞬間に感じているこの感覚をそのままに受け止める」ということですね。否定も評価も価値判断もしない。よく勘違いされるのですが、マインドフルネスは瞑想ではないんです。

荒川:「マインドフルネス=坐禅」と思っている方は多いですよね。

川野:それは坐禅と禅をはき違えることと同じで、坐禅は足を組んで瞑想することですが禅は生き方ですね。食べる時もお茶を飲むときも、一生懸命その瞬間味わっていたらそれは禅です。だから茶道は喋らないですし、弓道も誰とも喋らずに一心不乱に弓を引きます。それと一緒で、マインドフルネスが瞑想なんじゃなくて、マインドフルネスを実践する方法の一つが呼吸瞑想ということになります。
会話自体にもマインドフルネスってあるんですよ。心情を読み取ろうとお話を一生懸命に聞いていたらマインドフルネスで、「次何を喋ろうかな」と思って聞いていたらマインドレスの状態です。

荒川:そうなんですか。対話に関しても勘違いしている人は多いですよね。「こういうことを聞こう」「伝えよう」とすることを対話だと思っている人が多いと聞きます。

川野:そうですね。対話はいかに相手を落とし込もうかと思って話すことではないですよね。精神医学の分野で今注目を集める治療法にオープンダイアログという手法があります。患者さん本人を入れた非指示的で非介入を原則としたミーティングを行う技法で、統合失調症など疾患で実際に有効性が示されています。聴いている側がことさらに働きかけを行うのではなく、相手の言葉にとにかく耳を傾けて、相手がどう思っているのかを聞いて、最後に短い言葉で「こんな風に思っていて、大変ですね」と返したら、充分対話なんですよ。

荒川:相手が言った事に賛成できなくても、相手の言った事がわかるということが対話なんですね。

川野:対話は人と共生していくために一番大事なことで、やっぱり自己愛が健全に満たされていない、セルフコンパッションが寛容されていないとできません。人の話に持って行かれちゃうんですよ。

荒川:持って行かれるというのは?

川野:誰かの悩みや苦しみを聞いた時に、傾聴するのではなく、一緒に泣いちゃったり悲しんだりして感情が噴き出すんです。

荒川:それは、よく女子会で起きていることですよね。

川野:そうですね。それですと、相談した側はある程度満足しても、悲しみは深まると言われています。もしくは、持って行かれるのが嫌だから「もうそういう話をしないで」と拒絶する場合もありますが、これでは相談側は満足できない。これらは自己愛が健全に育っていない人が傾聴する側になった時に起こりえます。でも、自己愛が健全に育っている人が「大変だったね」と対話で返すだけで、相手には納得感が生まれるんです。相談者は答えが出ないことは自分が一番わかっているから、ただ苦しんでいることを理解してもらいたい訳ですね。

荒川:それも、また女子会でありがちですね。「わかる~」とか言って。

川野:「わかる~」という言葉だけでは基本的には対話にはなっていなくて、理解できている根拠を言わなければいけない。「あなたはこういう風に感じたからつらかったんだよね」とサマライズして返してあげないと相談者は納得できないんですね。

現代の男性の非婚化は自己愛の裏返し?

荒川:男の場合は、解決策をあれこれ提示してしまって、相談者の女性の怒りを買うということがよくあります。相談者は共感して欲しいだけなのに…。

川野:それは、男性としてのある意味の劣等感かもしれないですね。劣等感は自己愛の裏返しですから、「自分は価値ある人間でなければいけない」としがみついているために、答えを出さないと無力感を感じてしまう。そういう人は今多いと言われています。
自分の無力さを認めるってすごく勇気がいるんですよ。「大変なんだね。でも自分は無力だから手助けできないよ」っていうのは、ある意味ではお手上げをしていることで、それを素直に言える男性が少ないということですね。だから、「これは俺的に言ったらこうなんじゃない?」と、自分の専門分野に持って行って説得を試みる人が多いんですよね。

荒川:なるほど。以前、自己肯定感と自己有能感の比較をした時に、未婚者は「俺はできる、頑張ってきた」という自己有能感がとても高かったんです。一方で「自分のことは好きじゃない」と自己肯定ができない。これが既婚者は真逆でした。「大したことないけど、自分のことは好き」と。

川野:セルフコンパッションと自尊心の違いですね。自尊心は有能感で、自分への慈悲が肯定感に近いと思うんですが、自尊心は人に評価され続けないと保てないんですよ。でも自分への慈悲や自己肯定感はライフスタイルや考え方で満たされます。自分への慈悲がある人は、社会的に認められていなくても自分を認めてあげられる。巨万の富を築いたにも関わらず「寂しい人生だった」と自分を認めてあげられない人もたくさんいます。

荒川:でも、どうして結婚して子どもを作ると自己肯定感が高いのだろうかと不思議でした。男女ともそうなんです。

川野:自分を認めてあげる力が弱い人は、異性とうまく付き合えない傾向があるのではないでしょうか。自分を認めてあげられないから異性と信頼関係を築けない。つまり結婚までいかないのかな。

荒川:確かに、未婚男性は、「結婚できない自分は何かが足りないのだ」と心に欠落感を抱きがちです。「結婚するつもりはない」と表面上は強がっていても、ずっと話を聞いていると「だって自分にはこういうところがある」と欠点をたくさん言うんですよ。自虐で安心しているのかと思うんですが。

川野:結局は、セルフコンパッションが十分に涵養(かんよう)されていないんでしょうね。自虐の心理背景は、人に文句を言われたくないんですよ。人に批判される前に言うことで自己防衛をする。だから、自分の嫌な所は痛いほどわかっているんです。

荒川:自分がわかっている欠点を、改めて人に指摘されるのが嫌なんですか?

川野:そうです。プライドが許さないから、怖いんですね。自己愛が健全な形で満たされている人はそんな恐怖は持ちません。自分の髪が薄いことに対して、人からの批判が怖ければ先に言いますよね。「ネタにしても良い」と許可をすることで、とっさに言われて傷つく自分を守っているんですね。そういう男性は非常に多いです。江戸時代は、独身も一つの生き方だと晴れやかに捉えていましたが、今は卑屈な思考の対象になっていて寂しい時代と言えますよね。

禅の理解は体験無くしてはあり得ない

荒川:江戸時代の庶民の長屋で暮らしていた人は、年齢や性別、職業、出身地に関わらず、多様性を認め合っていましたよね。いろんなものをシェアして助けあってもいたし、多少お節介なところはあったかもしれませんが、人とつながり、よく絡んでいくコミュニケーション能力もあった。

川野:コミュニケーションを楽しみながらも過干渉をしない、あとくされの無い関係っていう江戸っ子気質は、狭い江戸の長屋の暮らしで共存してゆく為の条件でした。でも、禅寺の中ってそうなんですね。禅寺も、警策でパチーンと怒られても次の瞬間から「はい、草むしりするよ」と切り替わる。行動を怒られてもその人の人格を否定はしないことが大事なんですが、現代人はどんどん人格を否定しています。

荒川:行動そのものではなく、「この行動を起こしたお前のここに問題がある」という怒り方をする人ですよね。

川野:これは、自己啓発本が流行っている歪みですね。現代人は心の中の根底にある自我が安定しておらず、自分の心幹が養われていないということに尽きると思います。

荒川:でも、特にビジネスマンは自己啓発本が好きですよね。それぞれに自己はあるはずなのに、定型化されたハウツーを欲したがる。おかしい気がします。

川野:そうなんです。心幹の養い方は人それぞれであるんですが、「成功する人は○○するだけ」といった確立化された習慣を取り入れることは、自然の摂理に反しているような気がするんですよね。でも生き方って、哲学や思想であって知識ではないんですよ。

荒川:ビジネスだと、アウトプットするには知識や教養のインプットも大事と言われています。禅の世界にもインプットはあるんですか?

川野:禅では、言葉を使わないインプットです。禅は、体験無くしてはあり得ません。お釈迦さまは、悟りを開いてから自分が体験して理解したことを、言葉では伝えようがないから、口を開かなかったそうなんですよ。でもそこに梵天が現れて、「皆に広めてくれ」とお願いをして、ようやく5人の仲間に法話を教えました。その法話の最初に出てくるのが、マインドフルネスなんです。言葉で表現するのは難しいことを、後の人が努力でなんとか言葉にしてきたことだから、やっぱり教本や経典だけでは禅は理解できないんですよ。
それよりも、一生懸命お茶や弓道をしたり、没入して何物にも囚われない心を受け止めていったりする方がよっぽど禅を理解していることになります。だから、講習会の講座や本を読むだけでは禅はわからないんです。大事なのは、禅の目線を持って生きて行くこと。怒られた時に「こういう時もあるさ」と受け止めることも、禅の在り方だと思います。

荒川:つまり、行動が先に来ているんですね。

川野:そうです。行いから入る、「行入(ぎょうにゅう)」と言います。対して哲学など理屈から入ることを「理入(りにゅう)」と言いますね。禅は行入の精神鍛錬の最大の方法であると言われています。

川野 泰周(かわの たいしゅう)

2004年慶応義塾大学医学部医学科卒業。臨床研修修了後、慶應義塾大学病院精神神経科、国立病院機構久里浜医療センターなどで精神科医として診療に従事。2011年より大本山建長寺専門道場にて3年半にわたる禅修行。2014年より臨済宗建長寺派林香寺住職となる。現在は寺務の傍ら精神科診療にあたっている。薬物療法や既存のカウンセリングなどに加え、マインドフルネスや禅の瞑想を積極的に取り入れた治療を行う。またビジネスパーソン、看護師、介護職、学校教員、青少年、子育て世代など、様々な人々を対象に講演・講義を行っている。著書に「あるあるで学ぶ余裕がないときの心の整え方」(インプレス、2016年)。監修多数。RESM新横浜睡眠・呼吸メディカルケアクリニック副院長。精神保健指定医・日本精神神経学会認定専門医・医師会認定産業医。

荒川 和久(あらかわ かずひさ)

博報堂ソロ活動系男子研究プロジェクトリーダー
早稲田大学法学部卒業。博報堂入社後、自動車・飲料・ビール・食品・化粧品・映画・流通・通販・住宅等幅広い業種の企業プロモーション業務を担当。キャラクター開発やアンテナショップ、レストラン運営も手掛ける。独身生活者研究の第一人者として、テレビ・ラジオ・新聞・雑誌・WEBメディア多数出演。著書に『超ソロ社会-独身大国日本の衝撃』(PHP新書)、『結婚しない男たち-増え続ける未婚男性ソロ男のリアル』(ディスカヴァー携書)など。