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法政大学西川英彦教授と深める、「ユーザー・イノベーション」の企業活用
〜イノベーティブな企業のユーザーの捉え方〜

2021.06.03
#イノベーション#博報堂ブランド・イノベーションデザイン
ブランディングとイノベーション創出を専門とする博報堂ブランド・イノベーションデザイン(BID)が考える、オープンイノベーションの考え方や注意すべきポイント、実践例をご紹介する連載です。
近年、企業ではなくユーザー自身が商品開発や改良を主導する「ユーザー・イノベーション」が注目を集めています。⽇本のユーザー・イノベーション研究の第⼀⼈者である法政大学の西川英彦教授と、博報堂BIDの⽶満良平が、オープンイノベーションとの違いやその可能性について議論しました。

法政大学経営学部・大学院経営学研究科 西川英彦教授
博報堂ブランド・イノベーションデザイン ディレクター 米満良平

「お客さんのアイデアをもとにつくる」 自身の実務経験が研究のきっかけに

米満
博報堂ではこれまで「博報堂ユーザー・イノベーション・プログラム」の開発などを通じて、企業のユーザー・イノベーション活用支援を進めてきました。昨年には、西川先生の研究室と共同で「USER INNOVATION LAB.」(ユーザー・イノベーション・ラボ)
という産学研究会を立ち上げて、ユーザー・イノベーションの研究と普及活動に取り組んでいます。
USER INNOVATION LAB.では、西川先生に共同代表を務めていただいて、私も企画運営をお手伝いしていますが、今日は先生とお話ししながらユーザー・イノベーションについて改めて整理し、深掘りしていきたいと思います。
まず、先生のご経歴を紹介いただけますでしょうか。もともとは実務家でいらして、今も企業の社外取締役などを務められていますよね。

西川
はい、研究室ではマーケティング論やユーザー・イノベーション論を専門に、日本マーケティング学会で副会長や「ユーザー・イノベーション研究会」のリーダーを務めたりする傍ら、複数の会社で取締役も務めています。
もともとはアパレルブランドに15年ほど勤めて経営企画やブランド・マネージャーなどを担当し、2000年から5年ほど無印良品に参画し、子会社でECや新規事業開発をしていました。博士号を取得したことを機に、2005年から学術領域に軸足を移しました。

米満
先生がユーザー・イノベーションをご専門にされたのは、これまでの実務の影響が大きいのでしょうか?

西川
「お客さんのアイデアをもとにつくる」というのは無印良品にいた当時からテーマとして挙がっていて、私もコミュニティを運営する中で興味を持つようになりました。当時、社長と一緒に、コラボレーションできそうな企業や日本を代表するクリエイターの方々にどんどんアポを取り、会いに行きました。自分たちと全然違う視点が入り、ディスカッションが進むと、自分たちだけでは生まれないアイデアが生まれたり商品が誕生したりしますよね。
同じように、お客さんとワイワイやりながらアイデアを模索すると、毎回新しいことに気付かせてくれる。それがおもしろいなと実務を通して感じながら、経営の博士課程で研究する中で、ユーザー・イノベーションという領域を知り、専門にしました。

当事者であるユーザーが中心にいるイノベーションの形

米満
改めて、「ユーザー・イノベーション」を西川先生はどのように捉えられているか、伺えますか?

西川
そもそも「イノベーション」は、企業のアイデアが起点となる革新です。企業が、過去にない変革を起こしていく。それに対して「ユーザー・イノベーション」は、ユーザーのアイデアが起点になることが、大きな違いだと考えています。
あくまで「自分たちが使うために、もっと良くしたい」というユーザーの発想が中心にあります。使う人が直面する課題を、使う人自身が自分たちのために改良や開発によって解決しようとする構図が、企業によるイノベーションとまったく異なっています。

米満
「オープンイノベーション」と「ユーザー・イノベーション」の違いについては、学術領域ではどう整理されているのでしょうか?

西川
オープンイノベーションも、自社ではなく、他社という違いはありますが、やはり企業のアイデアが起点となる革新です。こちらはたとえばスタートアップと大企業が組むような、企業間の話として扱われることが多いです。
なので、ユーザー・イノベーションは、アイデアの主体が違うことがひとつ。そして、ユーザー・イノベーション自体は企業が絡まなくても完結する、という特徴があります。たとえば車いすのユーザーの方が、自分の課題にフォーカスして「車いすに乗ったまま着られるコート」をつくったとします。それはユーザー・イノベーションで、イノベーションは完結しています。私の研究室が研究対象とし、また博報堂とのUSER INNOVATION LAB.で注目しているのは、企業が関与するユーザー・イノベーションですが、こうした切り分けを頭に入れておくことは大事だと思います。

米満
企業の立場からは、ユーザーに「イノベーションに関与してもらう」ことになるわけですが、なぜ今、ユーザーがそれほど重要なのでしょうか?

西川
ひとつは、実はユーザーが、無視できないくらいの規模で、企業が未対応の商品の改良や開発をしていること。少し前ですが2011年の論文(※1)で、何らかの形でユーザー・イノベーションを実現している人が日本には約390万人いて、その人たちがポケットマネーから出した金額を足し上げると、日本の消費財メーカーの研究開発費の13%もの規模であったという結果があります。しかも、単なるアイデアレベルではなく、実験や開発が済んで実際に使えるものになったものです。それにも関わらず、企業などの第三者に利用されているのは、わずか5%で、社会全体で、埋もれた資源になっています。企業起点のイノベーションだけでは限界がある中、埋もれたユーザーのイノベーションを企業が有効活用できることは重要です。
もうひとつの理由は、こうした量的な重要性だけでなく、質的な重要性があること。そうしたユーザーは、大量の使用経験を持った人です。“ユーザー”なので当然と思われるかもしれませんが、企業の開発者よりもその商品を使い込んでいて、開発者を超える使用知識をもっている可能性があります。さらに、そういった人たちは、ユーザーであると同時に、どこかの企業で働いていて「何らかの専門家」でもあります。イノベーションは、異なる知識の組み合わせで生まれるといいます。こうした使用知識や、異なる分野の視点から自社の商品を見てもらうことは、自社が解決できなかった、あるいは、気づいてすらいなかったイノベーションをもたらしてくれる可能性があるわけです。

米満
「ごく一般の人の意見を聞く」ようなスタンスでユーザーを捉えるのは可能性を狭めてしまうかもしれないということですね。

西川
もちろんユーザーも千差万別なのですが、研究領域(※2)では特に「先進性」と「高便益期待」を有する人を「リード・ユーザー」として重視しています。「先進性」とは、その商品分野をいち早く利用していたり、先端的な知見を持っていたりすること。そして、「高便益期待」を有する人は、商品が開発されることで自分に大きなリターンが返ってくることを期待していること。
ユーザーにもピラミッド型の構造があって、少数かもしれないが上部にいる「リード・ユーザー」が革新的な意見を出してくれたり、商業的に魅力ある商品を生み出せる可能性があるのです。

心強い味方となる「リード・ユーザー」をどう探すか?

米満
そうしたユーザーが、ピラミッド型の構造だという発想は、あまり知られていないことだと思います。

西川
そうですよね。先ほどの調査結果でユーザー・イノベーションに関わっている人が390万人とお話しましたが、それでも日本の人口の3.7%くらい。その中で分野が分かれますから、1000人に1人、商材によっては1万人に1人くらいしかリード・ユーザーはいないかもしれない。その結果、リード・ユーザーを見つけたいのに、特に条件もなく500人や1000人にアンケートを取って「参考になる声はなかった」と結論づけてしまう残念なケースが出てくるわけです。

米満
そういったケースもある中で、自社に新たな視点をもたらすリード・ユーザーには、どう出会えばいいのでしょうか?

西川
大きく2つの方法があります。ひとつは「リード・ユーザー法」という、企業側が主体的にリード・ユーザーを探し出す方法で、その中に「ピラミッティング」(※3)と呼ばれる手法があります。具体的にはリード・ユーザーによる紹介、その紹介、さらに紹介……という感じで、ユーザーの中でピラミッドの上部にいる人を探り当てていきます。ピラミッティングを活用した事例では、3Mが、外科手術で用いる感染防止用の商品を、長時間・高頻度で人の顔に接する舞台メイクの皮膚感染予防の知見をもとに開発した例などがあります。
もうひとつは「クラウドソーシング法」で、たとえばWeb上で「アイデアを募集します」などと呼び掛け、アイデアのあるユーザーに集まってきてもらう方法です。クラウドソーシング法は、LEGO社などが積極的に活用していますね。Webサイトでオリジナルデザインを募り、ユーザーからの支持が1万票を超えると商品化が検討され、実際に商品化されるんです。
もちろん、リード・ユーザー法やクラウドソーシング法を取り入れている企業のほとんどが、従来型の開発も続けています。

米満
リード・ユーザー法が一本釣りで、クラウドソーシング法が投網のような集め方ということですね。あと従来型の開発かユーザー・イノベーションを活用した開発か、ということではなく、複線型で走らせるというのも1つの導入のポイントになりますね。ちなみに先生が注目されている、最近の国内事例はありますか?

西川
ある作業服・関連用品の専門店では、ブログで熱く自社の商品の新たな用途や可能性について語っている純粋なファンの方を探して、一緒に商品開発などを進めているそうです。ポイントは、そうした共創の活動が、無償で行われていること。あくまでユーザー本人の興味や熱意に基づいて、対等な立場で取り組む。ユーザーも、仕事じゃないから忖度なく意見を言えるし、ブログでも思ったことを書き続けられる。結果、いい商品ができたら、その方の専門性や知名度も上がっていきます。

米満
“フォロワー数何万人”などで選ぶのではなく、一緒に取り組む方の熱狂度で選んでいる点が、良いユーザー・イノベーションにつながっているのかもしれませんね。

西川
あとは、どの部門が主導するかもかなり関係しています。以前調査(※4)をしたのですが、ユーザーと共創して商品開発や改善プロジェクトを進めていた企業のうち、マーケティング部が主体でPR目的が強かった企画は、うまくいっている事例がほとんどありませんでした。一方、開発部門が直接ユーザーやファンと向き合っていた企業は、うまく続いているケースが多かったです。PR目的ではなく開発目的でユーザー・イノベーションを捉えることが大事だと思います。

まずは「ユーザー・イノベーション」の知識をつけること

米満
今お話しいただいた、主導する部門もひとつのポイントかと思いますが、ほかに企業がユーザー・イノベーションを取り入れるにあたって留意すべき点、押さえるべき点はどういったことがありますか?

西川
第一に、知識をつけることですね。ユーザー・イノベーションという言葉では語られていなくても、20年近く前から実践している企業もありますし、具体的な方法や海外事例も蓄積されてきていて、論文などの資産がたくさんあります。まずはこの領域の変遷や好事例を学ぶといった外部の知識を取り入れることが得策です。

米満
それは、私自身もまさに実感しています。西川先生とのUSER INNOVATION LAB.の活動を通じて、こんなに論文や事例がまとめられていたのかと、学術領域の奥深さを知りました。

西川
私ももともと企業人なので、企業にいると研究領域にあまり目が向かないのはわかります。でも、これだけ先人が切り開いているのだから、学ばないのはもったいないですよね。
知識をつけた次には、自分のできるところから取り組むことが挙げられます。ゼロからの開発は重たいので、ユーザーに商品に改善の意見を言ってもらうなど、まずは小さく始められることを探すといいと思います。あるいは、商品名や商品コピーを考えてもらうのもいいかもしれません。

ユーザーと直接向き合い、仲間になって共創していく

米満
たしかに、いきなり開発はハードルが高いですね。小さなプロジェクトでも、ユーザーを巻き込んでいくのは簡単ではないと感じています。うまく共創するコツはあるんでしょうか?

西川
やはり、インタラクションが大事ですね。ユーザーから意見をもらったら、ちゃんとフィードバックする。主体となる企業がしっかり顔を見せて、自分たちの言葉で対応することが、ユーザー側も熱量を高めて取り組んでくれるかを左右するひとつの要因です。
たくさん意見がある中から「私たちはこう思うから、この意見を採用します」のように、もらったものをどう受け止めたかという返答をきちんとするほうがいいですね。

米満
とても大事な視点ですね。より良い価値を世の中に送り出すことを目指して、ユーザーとフラットに向き合っていく。そのためには企業側がビジョンやパーパスを掲げることも大事になりますし、思いを共有できる場づくり、関係づくりがカギになると、お話ししながら改めて思いました。

西川
そうですね。お客さんだからといって必要以上におもねることもなく、また素人の意見だからと見下すこともない、同じ仲間のような立場になれるといいと思います。
商品開発や改善のサイクルが長いカテゴリだと、コミュニティ運営の難しさもあるので、使用頻度が高い消費財のほうがユーザー・イノベーションには向いていると言えますねまた、高度な専門知識が必要なものより、一般の生活者もある程度の知識や語れることがあるような商材が適していると思います。例えば、自動車のように専門性が高い商材で取り組むなら、モノ自体ではなく「車内の快適さ」みたいなテーマ設定をすれば、フィットすると思います。

理論と実践を掛け合わせていく「USER INNOVATION LAB.」

米満
モノ自体を考えるのは難しくても、テーマの設定次第で、ユーザーと共創する可能性は広がるわけですね。
先生と共同で取り組んでいるUSER INNOVATION LAB.では、こうした学術的な知見をシェアしていただいたり、参加企業の20名強の実務家の方々から実例を報告していただいたりしていますが、私自身、毎回とても刺激を受けています。研究側と実務側のお互いがフラットに議論を交わせること自体、とても貴重な場になっているのではないかと感じています。

西川
“理論と実践を融合する”ことは、博報堂と産学連携の取り組みを始めた理由のひとつです。ユーザー・イノベーションの領域はまだまだ発展の可能性がありますが、そのためには研究の側から体系的に知見や知識をお伝えし、実務家の方にはそれを活かしてどんどん実践していただくことが大事だと思います。USER INNOVATION LAB.では皆さんの貪欲に学ぼうとする姿勢、少しでも動きだそうとする気概を感じているので、今後が楽しみです。
一方で、先にみたようにユーザー・イノベーションを活用できている割合はわずか5%ほどなんです。これはとてももったいないので、ぜひ知識をつけて、取り組んでいただけたらと思います。

米満
95%とそのほとんどアイデアは顕在化せずに、ユーザーの中に眠ったままになってしまっているわけですから、これを有効活用しない手はないですよね。今日は示唆に富んだお話、ありがとうございました。私たちもラボの活動に一層力を入れていきたいと思います。

【参考文献】
(※1) von Hippel, E., Ogawa, S., & de Jong, J. P. J. (2011). The Age of the Consumer-Innovator. Mit Sloan Management Review, 53(1), 27–35. http://web.mit.edu/people/evhippel/papers/SMR%20art%20as%20pub.pdf
(※2) 本條晴一郎(2016). 「リードユーザー」『 マーケティングジャーナル』35(4), 150-168. https://www.jstage.jst.go.jp/article/marketing/35/4/35_2016.021/_article/-char/ja/
(※3) エリック・フォン・ヒッペル(サイコム・インターナショナル訳) (2005). 『民主化するイノベーションの時代』ファーストプレス.
(※4) 荒井隆成・秋田康一郎・大伴崇博・清水秀樹・橋本和人・持田一樹・西川英彦(2015).「消費者参加型製品開発の継続要因」『日本マーケティング学会ワーキングペーパー』1(1). https://www.j-mac.or.jp/wp/dtl.php?wp_id=1

西川 英彦教授
法政大学経営学部・大学院経営学研究科 教授 博士(商学)

ワールド、ムジ・ネット株式会社取締役、立命館大学教授を経て現職。ブランド・ジャパン企画委員、ユナイテッドアローズ社外取締役、碩学舍 代表取締役、日本マーケティング学会副会長。著書『1からの商品企画』(編著、碩学舎)、『1からのデジタル・マーケティング』(共著、碩学舎)等多数。

米満 良平
博報堂 ブランド・イノベーションデザイン ディレクター

マーケティングリサーチ会社を経て2009年博報堂入社。共創を推進する事業会社VoiceVisionにコミュニティプロデューサーとして参画。様々なステークホルダーとの共創から、地域・地域創生、新商品開発・ブランディング、産官学連携オープンイノベーション、コミュニティづくりなどのプロジェクトを担当。2020年より博報堂Brand Innovation Design 所属。

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