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「チーム企業型事業創造」―博報堂流の事業開発アプローチとミライの事業機会(博報堂「ミライの事業室」JMAセミナー前編)

2020.03.26
#ミライの事業室
2019年4月、新規事業開発を推進する組織として「ミライの事業室」が博報堂社内に発足しました。「事業創造を通じて、ミライの新しい生活をつくる」ことが組織ミッションであり、それを実現するための方法論が「チーム企業型事業創造」です。
去る2月7日、ミライの事業室が主催する講座が日本マーケティング協会のアカデミーホールで開催されました。当日は、ミライの事業室が考える博報堂流の新規事業の生み出し方と、「コマース」「サプライチェーン」「スマートシティ」の各領域における事業の可能性について、所属するメンバーが登壇して解説しました。その内容をご紹介します。

Ⅰ.「ミライの事業室」は何を目指しているのか(博報堂ミライの事業室長 吉澤 到)

2019年4月に発足した「ミライの事業室」は、新しい博報堂を象徴する社内組織です。ビジネスデザイナー、ストラテジスト、クリエイティブディレクター、社内起業家など、さまざまなバックグラウンドをもつメンバーが30名ほど所属しています。

「ミライの事業室」のミッションは、ひと言で言えば新規事業を生み出すことです。新規事業は依然として成長領域であり、多くの企業において、売上高に占める新規事業の割合が増加傾向にあります。一方、事業開発手法のコモディティ化も進み、誰でも事業を作れるようにもなってきている。その中で、いかに博報堂ならではの事業を生み出していくべきか。考え続けて、私たちが行き着いたのが「チーム企業型事業創造」という独自のアプローチです。

広告会社として取り組むべき新規事業とは何か──。実は、その発想自体に罠があります。新規事業とは既存の事業領域を拡張することではなく、提供する“価値”を拡張すること。私たちも「広告会社として」という前提から離れて、根源的な「Why」や「パーパス(社会における自分たちの存在意義)」にさかのぼり、自分たちが新たに提供できる価値は何だろうかと考えました。
博報堂の根源的なフィロソフィーは「生活者発想」です。それは「生活者への共感」「生活の中の意味の創造」「生活者の幸せの追求」などを含む思想です。それらをクリエイティビティによって事業として実現していくことが博報堂の役割である。そう私たちは考えました。

生活者発想が今ほど求められている時代はありません。気候変動と環境悪化、データプライバシーの問題、モノを持たない人々の出現、貨幣に代わる信用経済の勃興──。私たちを取り巻く状況は、モノの大量生産を前提とした社会経済システムが限界となっていることを示しています。今こそ、データやAIといったテクノロジーを活用して「人間らしさ」を回復していかなければなりません。それはまた、生活者を中心に社会システムを再構築していくということでもあります。

しかし、システムは一企業のみで変えられるものではありません。システムとは相互につながったものだからです。必要なのは“コレクティブインパクト”、すなわち大学や行政、企業などが、今後あるべき社会の姿や未来の生活についての共通のビジョンのもとに集まり、業種や分野の枠を超えた“チーム”を組むことで、より大きな仕組みを作っていくことができる。それがすなわち、私たちが考える「チーム企業型事業創造」という形です。

その「チーム」の中で私たちができることは、クリエイティブ・リーダーシップの発揮だと考えています。博報堂のクリエイティブ・リーダーシップは3つの要素からなります。「Visioning」、すなわち「生活者のなりたい未来からバックキャストで構想する力」、「Teaming」、すなわち「利害関係の異なるステークホルダーを大きなチームにまとめ、リードする力」、そして「Exploring」、すなわち「前例のないことに果敢にチャレンジし、実現する力」です。
また、事業創造に取り組む領域を選択する際には、3つのキークライテリア(判断基準)を活用します。「Will=内発的動機」「Can=自社とパートナー企業のケイパビリティとリソース」「Should=社会変化による市場機会」。これらの円が重なるところが、私たちが事業創造に取り組むべき領域です。

ミライの事業室は、「実行は小さく、スピーディに。インパクトは大きく」「ビジネスモデルそのものから発明する」「共感で仲間を集める」といった方針を大切にしながら、新規事業創出を推進しています。ここからは、ミライの事業室が重点領域として取り組みを進めている領域の中から「コマース」、「サプライチェーン」「スマートシティ」のミライの芽をご紹介していきます。

Ⅱ.コマースのミライ──ビジネスの新たな潮流とビジネスチャンス(ミライの事業室 ビジネスデザインディレクター 岩嵜博論)

価値の源泉が「モノ基点」から「サービス基点」へと大きくシフトしようとしています。サービスを価値創出の基盤であると捉える考え方、サービス・ドミナント・ロジックへの転換です。例えば自動車会社は車両というモノだけでなく、さまざまなサービスで付加価値を生み出そうとしています。これは、サービスのデザイン、体験のデザインがますます重要になるということを意味しています。

いま海外では、プラットフォーマーや金融機関がデザイン会社をM&Aする例が相次いでいます。デザインの力によって顧客体験を磨き上げ、イノベーティブなサービスを生み出し、店舗での新しい体験を創出していく──。多くの企業がサービスデザインを重視し、着々と新たな取り組みを実現しています。

日本においてもさまざまな事例がありますが、今日は新しい流通サービスのデザイン事例として、「やさいバス」の取り組みを紹介します。我々博報堂も本格運用に向けたサービスデザインのお手伝いをさせていただきました。このたびミライの事業室として、資本業務提携も行ったところです。

「やさいバス」とは、地域の生産者と利用者をつなぐ共同配送システムです。「バス」というのは地域を巡回する野菜運搬用の冷蔵トラックのことで、それが毎日決まった地域内のルートを巡回していて、生産者を指定して野菜を注文すると、その日のうちに近くの「バス停」と呼んでいる専用スポットに野菜が届きます。この仕組みによって配送日数が短縮され、物流コストを削減することが可能になります。実際、通常の宅配便ではひと箱当たり700円から季節によっては1200円ほどかかるところを最大350円に抑えられ、生産者と利用者の双方に新しいメリットをもたらしているサービスです。

サービスデザインのプロセスには3つの構成要素があります。「Empathy=共感」、「Synthesis=結合」、「Prototype=試行」というプロセスです。やさいバスのサービスデザインにおいても、この流れで進めました。
まず「Empathy=共感」とは、そのサービスをとりまく「文脈」を深く理解し、共感することです。エスノグラフィ調査と呼ばれるフィールドリサーチなどを活用します。やさいバスでもデザインチーム全員で直接農家さんやレストランの方を訪ねて、その方々がどういうことをしたいのかを詳しく聞き、それぞれの思いに共感し、要望や課題を明確にしていきました。これは生活者発想と言うことができます。
「Synthesis=結合」とは、異なる要素を結合させて創造すること。クリエイティビティで実行する部分です。いろいろなステークホルダーの思いを共通のゴールにまとめていきます。やさいバスでも課題解決アイデアのブレインストーミングを行い、たくさんの案の中から実現可能性と重要度で実装する機能を絞り込んでいきました。
最後に大事なのが「Prototype=試行」、試行錯誤しながらサービスとして定着させていくプロセスです。ユーザーインターフェースのデザインや、それに対するユーザーフィードバックテストなどを行います。やさいバスでもフィードバックをもとに改善を重ねながら、最終的なUIへと落とし込んでいきました。

私たちはやさいバスを、物流とECとSNSが合体した「新しい地域OS」だと捉えています。このOSをいろいろな地域にインストールしていくことで、地域経済を活性化することができる。別の物流ネットワークとつなげることも可能ですし、ECは新しいインフラになり、そこで生まれるコミュニケーションは取引される物の価値も高めていきます。
今後博報堂はやさいバスと協働して、チーム企業型での新規事業開発に取り組んでいきたいと考えています。私たち博報堂が窓口になって、やさいバスと企業、行政、コミュニティをつなげていくことで、新しい地域経済圏をつくっていく。農産物に限らず、加工食品や地域の商材もこのプラットフォームに乗せていくこともできるかもしれません。いろいろなエリアで、地域ごとの経済圏づくりを探索していきたいと思っています。

Ⅲ.サプライチェーンのミライ──共創モデルで生活者に価値を届ける(ミライの事業室 ビジネスデザインディレクター 井手宏臣)

企業間、あるいは企業内の組織間の共創を実現するための橋渡し役として最近注目されている「バウンダリー・スパナー」。共創の触媒となって新結合をデザインしていく人材です。自分たちの経営資源を価値として可視化し、共創相手が持つ価値とすり合わせ、権利の主張合戦にならないようにプロジェクトに参画するステークホルダー全体での価値最大化を設計します。私はいま社内外においてそういった仕事をしています。今日はこの触媒としての視点から、サプライチェーンの新しい形について考えてみたいと思います。

米国では、歴史ある消費財のビッグブランドの市場シェアが継続的に新しいスモールブランドに奪われ続けているという見方があります。一方、それに対抗する動きとして、大手企業が自社ブランドを縮小し、D2C(製販統合)ブランドをポートフォリオに組み込む動きも見られるようになっています。しかし、それによって失ったシェアを取り戻せているわけではないようです。

投資会社の中には「コーズキャピタルカンパニー」という新しいスタイルを打ち出す企業が現われはじめています。人々の健康を促進する、環境に寄与する、商流の民主化を推し進めるといった「コーズ=大義」に対して中長期的な視点で投資をする企業です。その投資会社が人もお金も出して、中長期的に自らD2Cを育成しようという傾向が強まっています。

生活者が既存の大量生産品に概ね満足してこれ以上の期待をしなくなっている一方で、生活者にとっての意味のあるスモールブランドに期待と安定資金が集まり、その成長が加速されていく。今後、そのような動きはより進んでいくでしょう。大企業にとっても、D2Cのような挑戦者にとっても、来るべき未来に対応する競争戦略の一環として、サプライチェーンのデジタルトランスフォーメーション(DX)が必須科目になろうとしています。

サプライチェーンの起点となる「機会探索」のDXとして着目すべきは、生活者がソーシャルメディア上で行う発信、発言、共有といった自然な行動のデータから、ブランド、素材、テーマなどを機械的に観測し、「兆しの大量収集・分析」を人と機械の協働で実現できるようにする仕組みです。「予兆データ」の活用によって、半歩先の未来を定量的に予測しながら企画・開発や既存商品のリブランディングを仕掛けていくことが可能になります。

「開発・製造」のDXとしては、小ロット製造のデジタルネットワークが生まれはじめていることに注目すべきだと思います。それを活用することによって、企業は大規模な製造設備を持つことなく既存ブランドを生かしながら事業領域を拡縮したり、新たなブランドを高速で立ち上げていくことが可能になります。その現象の一つがD2Cであり、最小限の生産量で生活者の反応を見極めながらブランドを育て、スケールアップしていくことができます。

「販売」のDXも起こっています。5分で登録が終わるような簡単にECサイトを立ち上げられるサービス、越境ECの仕組みをすぐにつくれてしまうサービスも登場し、短期間、低コストで直販ECをつくれるようになり、リテールサービスにコンテンツホルダーやBtoB企業など、さまざまなプレーヤーが参入し始めています。

このように、現在、サプライチェーンの各段階で同時多発的にいろいろなDXが起きています。必要なのは、サプライチェーンをこれまでのような「バトンパス」や「受発注」のモデルとして捉えるのではなく、統合された一つの塊として捉え直し、さまざまなプレーヤーと協業しながら、時代に合わせて集合・離散が可能な企業間チームとして再構築することではないかという仮説を持っています。

博報堂は「生活者の代理店」だと私は思っています。このサプライチェーンのDXも、生活者を主語に据えた価値提供のあり方を考え、社会に実装していく取り組みであると考えています。豊かなミライの生活を実現するために、広告やマーケティングの領域を超えて、社会に分散する可能性の種を「生活者インターフェース」として束ね直し、最適な形で届け続けること。それが博報堂のミッションの一つだと考えます。私自身も引き続き、サプライチェーンのミライをつくる構想を皆様とともに進めていきたいと思っています。

Ⅳ.スマートシティのミライ──生活者を中心にしたスマートシティの可能性(ミライの事業室 ビジネスデザインディレクター 大家雅広)

既存の産業の枠に収まらない領域、新たなモデルが確立していない未来の領域の一つがスマートシティです。現在、産官学のさまざまなプレーヤーがスマートシティへの取り組みを進めていますが、プレーヤーごとに問題意識が異なります。自動車メーカーはモビリティサービスの実装、家電メーカーはスマートホームやエネルギーマネジメント、通信会社は5Gのユースケース開発、地方自治体は行政サービスの効率化などと、それぞれ注力ポイントは異なりますが、これを単体のサービスだけではなく、「都市全体」という視点でどうデザインしていくかがスマートシティづくりの重要なポイントとなります。

2019年11月にスペインのバルセロナで開催された世界最大のスマートシティイベント「スマートシティエクスポ」では、5つのテーマが掲げられました。「デジタルトランスフォーメーション」「都市環境」「モビリティ」「行政と金融」、そして「インクルーシブ&シェアリング」です。とくに最後の「インクルーシブ&シェアリング」は、欧州らしいユニークでかつ重要な視点だと思います。会場には、企業だけでなく世界中の自治体のブースが用意され、行政の人々が自国のスタートアップをセールスしているのが印象的でした。出展者数は988、計418のスマートシティソリューションが展示されていました。出展を行った国は34カ国に上ります。

注目すべき都市の事例としてまず挙げられるのは、「世界一のスマートシティになる」というビジョンを掲げるストックホルムの取り組みです。「市民の生活の質の向上」を中心に置き、その周りにファイナンス、エコロジー、社会、民主主義のそれぞれのサステナビリティ実現を目標として配置しています。

一方、ドバイが掲げているのは「世界一幸福な都市になる」というビジョンです。それを可視化するために「ハピネスメーター」というアプリによってドバイ内のあらゆる活動や経験の幸福度を3段階で評価する仕組みをつくっています。また、行政主導により、あらゆる都市サービスを統合したスーパーアプリ「ドバイナウ」も開発しています。

2018年度に「世界スマートシティアウォード」を獲得したシンガポールの取り組みや、街づくりのスタートは「哲学」であるというコンセプトを掲げるパリの「ノースゲートプロジェクト」にもスマートシティづくりのいろいろなヒントがあります。

先進国では、2030年までに人口の80%が都市に住むようになると言われています。今後、環境、経済、社会文化、民主主義などさまざまな視点を包括して都市を発展させていくことが求められるようになるでしょう。重要なのは、「技術ドリブン」ではなく「市民ドリブン」の視点で、「効率」よりも「幸福」を実現できるスマートシティをつくることです。

欧州の先端的都市では、市民と政府が合意を形成し、持続可能なビジネスモデルを設計し、都市の社会的クオリティを向上させていくという視点でのスマートシティづくりが進んでいます。今後は日本においても、日本の抱える人口減少などの社会的背景や、行政・民間企業・生活者の特性に合った形での持続可能なモデルの構築が必要になってきています。「生活者の幸せを実現するスマートシティ」、「スマートシティを実現するための、スマートシチズンの育成」が真に実現されていくことを願います。私たちミライの事業室としても、さまざまなパートナーと協働しながら、その実現を目指して事業開発を進めています。

博報堂 ミライの事業室 http://mirai-biz.jp/
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