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商品ありきではなく、生活者体験価値からのブランド開発。
味の素 (株) Z世代事業創造グループの「粥粥好日®」誕生の背景に迫る

2024.03.06
#BX#ブランド・トランスフォーメーション
これからの事業変革は、「生活者にとっての価値」を中心に置くことが重要になる。博報堂は、事業変革・事業成長の鍵は「ブランド」にあると捉え、生活者発想で事業を変革することを「ブランド・トランスフォーメーション(BX)」と定義。本連載では、BXを具体的なケーススタディを通じて紐解いていきます。
今回は、味の素(株)のカップお粥「粥粥好日®(カユカユコウジツ)」を取り上げます。Z世代事業創造グループを立ち上げ、既存の社内組織とは異なる発想で生み出された「粥粥好日®」。開発を担当した齋藤仁氏と博報堂の担当者に話を聞きます。

味の素 食品事業本部
マーケティングデザインセンター マーケティング開発部
Z世代事業創造グループ
齋藤 仁 氏 (中央)

博報堂 マーケティングプラニングディレクター 舟橋 一晃 (左)

博報堂 ビジネスプロデューサー 中根 朋紀 (右)

既存の社内組織とは異なる発想で誕生したZ世代事業創造グループ

ーまずは味の素(株)の「Z世代事業創造グループ」について教えてください。

齋藤:当社は日常的に料理をする人にとっては認知も高く、愛着を持っていただいています。一方で大学生や社会人になったばかりで、料理をしはじめたという人が多いであろう若年層からのエンゲージが低いことを課題に感じていました。そこで、若年層、Z世代に特化してアプローチをすることをミッションとして、2021年4月に立ち上げられたのがZ世代事業創造グループです。
通常の組織では製品やブランド、提供する価値ごとに事業部が成り立っているのですが、Z世代事業グループは年齢層を軸にしており、提供するものが製品なのかサービスなのかも決まっていない状態でスタートしています。グループのメンバーはグループ長と私を含めた現場社員が3人の、合計4人で構成されています。拠点は渋谷スクランブルスクエア内にあるシェアスペース「SHIBUYA QWS(渋谷キューズ)」においています。
渋谷キューズの利用者属性は、企業や自治体もいれば、起業家やそれを目指す学生など、さまざまです。単なるシェアオフィスとは異なり、利用者同士のコミュニケーションが生まれることを前提に利用されていますし、それを促すマッチング的な仕組みもあるので、社内にいるよりも新しいことに挑戦するには合った場所だと考えています。

中根:博報堂はZ世代事業創造グループ立ち上げのタイミングでお声かけいただいて、事業サポートを続けてきました。初期の打ち合わせでは「BEYOND味の素」を合言葉に、新しい組織を立ち上げる意義やその挑戦への意欲を話していただいて、味の素(株)×博報堂がワンチームとなり、新しい事業創造にチャレンジしました。

ーまだ提供する製品もサービスも決まっていない段階で博報堂と組んだのはなぜだったのでしょう。

齋藤:まずはZ世代が何を考えているのか、どんな価値観を持っているのかを探るところからスタートしました。博報堂にはその深掘りの支援を期待しました。定量的な部分にとどまらず、しっかりとインサイトと呼べる根本の部分をとらえることが大事なので、日頃から生活者インサイトを研究されている博報堂が頼りになるのではないかと考えました。

舟橋:私たちもまずはZ世代の価値観やライフスタイルを360度探索しましょうというフェーズからプロジェクトをスタートしました。事業のアウトプットは製品にとどまらず、サービス体験など幅広く検討することがミッションでしたので、Z世代のライフスタイルを深く掘り下げ、Z世代との共感が生まれる事業・サービス開発を進めました。そのためのアプローチ方法として、広い対象への調査に加えて「トライブ(先進的価値観をもつ生活者)リサーチ」により、一人のZ世代と深く向き合いながら「その人の、なぜ?なぜ?なぜ?」を深く掘り下げることを行いました。

舟橋:博報堂は生活者発想を大事にしていて、「人」にどれだけ迫れるかを重視してプラニングしています。Z世代事業創造グループは「Z世代」の生活者にとことん迫ることにこだわった組織なので、私たちも食品に限らず生活全体を徹底的に、それこそZ世代の24時間365日にダイブして本音の部分を探ることを意識しました。

満たされた世の中に隠されたニーズを探すため、徹底的にターゲットインサイトを掘り起こす

ーグループが提供するものは何も決まっていなかったということですが、それがなぜ「お粥」になったのでしょうか。もともと齋藤さんはお粥のご担当だったのですか。

齋藤:あくまで生活者発想で結果的にお粥にたどり着きました。もちろん、私がお粥の担当であればお粥を若年層むけに開発しようという流れもあると思いますが、全く違う発想でたまたまお粥だったという感じです。

中根:今回大事にしたのは「義憤」です。マーケティングを行うときは、生活者が欲しいものは何かというニーズを追い求めます。ですが、今の日本社会ではほとんどのニーズは満たされているのではないかと思います。そこでさらに奥の気持ちのトリガーに迫ろうと考えたとき、「ここまで便利なのに、なぜこれはできないの?」という憤りや情動をとらえることができれば生活者に深く刺さる商品開発につながるのではないかと考えました。Z世代が「こうすればもっと世の中が良くなるのに」という義憤を感じるものは何かを知るために「なぜ?なぜ?なぜ?」を繰り返していきました。

ー義憤を掘り下げることでたどり着いたのが「ギルトフリー」というキーワードと「お粥」というアウトプットなんですね。

齋藤:そうですね。まずは「義憤」。近年は仕事でも副業解禁などの流れもありますし、趣味の面でもスマートフォンやウェブを通じてできることの幅が広がりました。そうなると「食事」にかける時間は短くなります。そこで若い人が何を食べているかというとカップ麺や菓子パンだけ、いわゆる髙脂質、高糖質でバランスの悪い食事が多くなっていました。
食生活や健康への課題意識を強く持つZ世代はそれほど多くはないのですが、毎日そのようなバランスの悪い食事が続くなるとさすがに気になる。そこにあるのは「なぜ、食事って時間と手間がかかるんだろう?」、「なぜ、心を癒す食事ってないんだろう?」という気持ちから生まれる「義憤」です。そんな「義憤」に応えるコンフォートな食を提供できないか、と考えました。
また、SNSの分析などから見えてきたことが2点ありました。まず、「お粥」について。実は、世界では「ポリッジ」、「コンジー」といってお米や穀物を粥状にして食べる文化があって、それをヘルシーフードとして注目されるトレンドがあります。このトレンドは近いうちに逆輸入されるのではないかと考えました。
2点目が「ギルトフリー」です。「義憤」視点でSNSを分析してみると、食生活改善の一手としてお粥が食べられていました。食事に対する罪悪感を解消、軽減する回答としてお粥があるのではないかということがビッグデータから見えてきた。

舟橋:日本では「お粥」というと病気のときに食べる療養食のイメージですが、北米などではウェルビーイング潮流のなかで健康美容の栄養食として食べられています。トッピングのバリエーションも豊富で、SNS的な「映え」もある。お粥は日本でも知られているので、お粥を毎日のウェルネスなライフスタイルのための食べ物としてパーセプションチェンジを実現できれば、それが「お粥2.0」としてポジショニングできれば新市場創造のチャンスがあるのではないかと。この発想がブランド・トランスフォーメーションのポイントになりました。

ー今回の開発ではブランドの開発支援を行う「ドットミー」と協業されています。

齋藤:グループとして21年4月の組織立ち上げから、初年度の終わりには何か実績を残すという目標がありました。そのためにはこれまでの社内の開発フローだけでは難しいと考え、アジャイル開発ができるパートナーが必要だと考えて一緒に取り組むことになりました。

中根:開発の過程で、開発中の商品を生活者の方に試してもらって意見を聞き、改善する。SNSや動画を使って新しい食べ方を発信して、その反応を開発チームで吸収して商品に還元する。そうしたアジャイル開発はドットミーさんとの共同開発事業でスピードアップできたと思います。

小さなコミュニティから攻める。SNS世代の拡散手法を活用

ーデザインやカラーリングも特徴的です。

舟橋:コンセプトのベースは、中国や韓国、台湾など東アジアのカルチャーがZ世代に受容されていたことを背景に、現代風に再解釈する「ネオアジア」をキーワードにブランドの世界観を規定しました。
開発チームで話をしていたのは、決してお粥を売りたいわけではないということ。Z世代にとって、私たちのチームが開発するものを通じて新しいライフスタイルを提案することにこだわりました。その結果生まれたのが「粥粥好日®」で、だからお粥(もの)だけでなく食器やTシャツなどのライフスタイルを彩るグッズも提供しています。

中根:食品会社において緑のパッケージはあまりないと言われています。今回あえてグリーンにチャレンジしたのもZ世代を意識したからです。Z世代には「GenZグリーン」、「GenZイエロー」のように、グリーンやイエローが世代を表すキーカラーになっています。それを採用いただき、味の素(株)にとっても大きな決断だったと思います。

舟橋:このチームには「いままでの常識を超えるチャレンジをしたい」という思いがあったと感じています。特に市場やカテゴリーに対する知識があると、「既存のバイアス、このような提案は受け入れられるわけがない!」という先入観を知らず知らずのうちに持ってしまいますが、そのバイアスをブレイクできるか、チーム一丸となって、Z世代の生活者とも会話を繰り返しながらプランニングできたことがブランド・トランスフォーメーションを実現できたポイントですね。

ー「粥粥好日®」はテスト販売を経て本格販売をされています。どんなことを実施したのですか。またそこでの気づきはどんなことだったのでしょうか。

齋藤:テスト販売期間は本格的な販売時のオンライン販売を視野に入れながら、オンラインとオフラインを行き来できるように設計しました。渋谷のスクランブルスクエアでポップアップショップを開き、商品に触れて、体験してもらう機会を作りました。

テスト販売時のポップアップストア

テスト販売でわかったのは、アパレルとは少し違って若い世代が食品のような消費財をオンラインで買うことにはハードルがあるなということでした。食品のEC化率もまだそれほど高いわけではないので、オフライン側でどう接点を作っていくかが大事になるとわかったのは気づきでした。
SNS関連では「界隈」と呼ばれる小さなコミュニティへのアプローチをポイントにしました。明確にセグメンテーションできるわけではないのですが、例えばポップアップストアのスタッフでも渋谷界隈でインフルエンサー的に発信力、影響力のある学生や、ちょっと友達の多い人気者を採用して、その人たちには仕事中にもSNSで投稿してもらいコミュニティ内での拡散を狙いました。スタッフの人選に関してはキューズにいる人の人脈を活用しました。

舟橋:商品面では、体験いただいた方の意見を反映して豆乳の旨みを強くしたり、火鍋のダシ感をしっかり効かせたりといった形で味を少し改善しました。本格販売時にオンラインだけではなく、リアルのチャネルとして雑貨店やバラエティショップで展開したのもテスト時の声を参考にしました。

ーZ世代事業創造グループや「粥粥好日®」の今後の展望は。

齋藤:「粥粥好日®」ブランドはD2C、オンラインを中心に、Z世代の生活者動線に接点をたくさん作っていきたい。雑貨店やバラエティショップへの展開にとどまらず、スポーツジムやオフィスにもアプローチして、そこで手に取ってもらうようなことも考えていきたいですね。
グループとしては、他の事業部とも協業しながらZ世代向けのアプローチやサービスインのようなこともチャレンジしたいですね。Z世代に特化したコミュニティや所属している場所にアプローチして、会社やブランドへのエントリーを獲得したい。「粥粥好日®」もしっかり育てながら、それ以外のことにも取り組んでいきたいです。

中根:私たちは広告会社として、これまでも商品開発に関わらせていただくことはありましたがモノづくりはメーカーさんに戻してコミュニケーションのタイミングで再び一緒に取り組ませていただくことが多いです。その点、今回のようにコンセプトメイクから製品開発、製造、販売までを一気通貫して取り組むような形は貴重な体験となりました。今回、味の素(株)と博報堂、ドットミーがワンチームで「粥粥好日®」を立ち上げることができたことは大きな刺激になりました。お粥といえば白粥に梅干しのイメージが定着していた伝統食を、令和の時代にアップデートして商品を食卓に届けることができたことは、「別解」として、食のイノベーションを示すことができた認識です。D2Cについても有効な一手として、競合に先がけて着手できたことも大きいと感じました。
味の素(株)が推進する生活者がワクワクするような食の価値の広げ方のチャレンジに少しでも貢献できればと考えています。

舟橋:味の素(株)という企業だからこそできる、社会に食の楽しさやワクワク感を広げていくチャンスは、まだまだたくさんあると信じています。その「楽しさ」や「ワクワク」を生み出すためには、生活者その一人の人の気持ちをどう動かしていくかが鍵になる。生活者、お客様のこと徹底的に知り、人間まるごと向き合うクリエイティビティをもって、これからも価値を作る仕事をご一緒できればと思います。

【編集後記:ブランド・トランスフォーメーション(BX)の観点から】

お粥といえば体調を崩したときの療養食。そんなイメージを打破しようとしているのが「粥粥好日®」というブランドです。Z世代の「手軽に栄養も満たしたい」という声と、栄養食としてのトレンドを組み合わせ、お粥カテゴリー全体のトランスフォーメーションを実現しようとしている点が、とてもダイナミックな挑戦だと感じます。オンラインとオフラインの双方のチャネルを最初から持っている点もユニークです。消費者の反応をダイレクトに感じながらも、大企業の強みである流通力を発揮することで、変革のスピードを早める可能性が高まります。大企業発ならではのBXの好事例だと感じました。

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