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企業の姿勢そのものがビジネス。「LIFULL HOME’S FRIENDLY DOOR」が示す新たなブランドコミュニケーションの形

2023.12.13
#BX#ブランド・トランスフォーメーション
これからの事業変革は、「生活者にとっての価値」を中心に置くことが重要になる。博報堂は、事業変革・事業成長の鍵は「ブランド」にあると捉え、生活者発想で事業を変革することを「ブランド・トランスフォーメーション(BX)」と定義。本連載では、BXを具体的なケーススタディを通じて紐解いていきます。
第2回で取り上げるのは、LIFULL(ライフル)の不動産・住宅情報サービス「LIFULL HOME'S」が提供する「LIFULL HOME'S FRIENDLY DOOR」(以下、「FRIENDLY DOOR」)。差別や偏見を持たれていることで、賃貸物件が借りにくく、住まいの選択肢が制限されやすい「住宅弱者」。この社会課題を解決しようと立ち上げたのが、不動産会社と住宅弱者をマッチングする「FRIENDLY DOOR」です。一社員が個人的な体験に基づいたパーパスにより誕生したというこの事業が、世間にどのような影響を与え、企業にどのような価値をもたらしたのでしょうか。
LIFULL、博報堂の各担当者に話を聞きました。

(左から)
龔 軼群氏
LIFULL HOME'S 事業本部 LIFULL HOME'S ACTION FOR ALL / FRIENDLY DOOR 事業責任者

山﨑 博司
博報堂 クリエイティブディレクター / コピーライター

個人の体験に基づいた「パーソナルパーパス」が事業へと発展

ー外国籍や高齢、LGBTQの方々など、住宅探しにハンデを持たれやすい「住宅弱者」問題に着目したサービス「FRIENDLY DOOR」を運営されていますが、サービス概要や立ち上げの経緯について教えてください。

龔(キョウ):当社は不動産・住宅情報サービス「LIFULL HOME'S」を運営していますが、その中で住宅探しに苦労されている「住宅弱者」と呼ばれる方々に対してサポート体制のある不動産会社とマッチングさせるサービスが「FRIENDLY DOOR」です。
「LIFULL HOME'S」のトップページに設けたリンクから「FRIENDLY DOOR」に遷移すると、「外国籍」「LGBTQ」「高齢者」など9つのカテゴリから自分に該当するものを選択し、地域ごとに不動産会社を探せるというものです。

9つのカテゴリに該当する方々は、抱えている事情はさまざまでも、共通しているのは家探しにとても苦労されている点で、不動産会社を訪問して事情を話すと断られることが多いのが実情です。私は中国出身で5歳で来日しましたが、日本に移住する際の家探しで家族が苦労しましたし、自分の身の回りでも、中国から日本に留学してきた従姉妹が部屋探しをした時にも不動産会社にことごとく断わられてしまい、とても苦労しました。こうした経験から日本の住宅問題をどうにかしたいと常々考えていて、当社に入社した直後に外国籍の人向けの住宅探しを支援するサービスを新規事業として提案しました。そこから数年を経て、2019年にこの「FRIENDLY DOOR」を立ち上げたのです。

提案から立ち上げまでの間に、生活困窮者を支援するNPOにプロボノで協力して当事者に直接関わる経験をすることで、家探しで問題を抱えているのは外国籍の人だけではないと分かり、住宅問題に関する知識も増えました。サービス立ち上げに際しては、培った経験や知識、人脈を活かしてカテゴリを増やしたり、各カテゴリに該当する方々にインタビューを実施して、サービス内容を提案時よりブラッシュアップさせていきました。

ーLIFULLは社会課題解決企業として「住宅弱者」いう課題に着目され、「FRIENDLY DOOR」を立ち上げることで不動産マーケットに一石を投じられた。それも収益モデルを構築して事業化されたと。その功績は大きいですね。

龔:収益モデルは既存の「LIFULL HOME'S」の仕組みを応用した問い合わせベースでの課金ですので、その点はどの不動産会社もスムーズにご理解いただけました。「FRIENDLY DOOR」に掲載するには、管理画面内に設けた住宅弱者向けの対応カテゴリにチェックを入れるだけなので、ごく簡単です。全加盟店の中の一部で対応が難しいと導入を見送る店舗があったものの、立ち上げ時は約400店舗に参加いただけました。そこから徐々に参加店舗を増やしていき、今年は5000店舗にまで増え、今も数が伸びています。昨年には黒字を達成して「FRIENDLY DOOR」単体で収益を上げられるまでに成長しました。

このサービスにはビジネスチャンスが大いにあると考えています。入社後に配属された営業部門で直面した空室問題に、このサービスも十分に貢献できる可能性があると。住宅弱者の方々は、家探しに苦労した経験があるので、引っ越す回数も一般の方に比べると少なく、定住率が高い傾向にあります。例えば卒業と同時に引っ越しをする学生の方などと比較すると、よりオーナーさんにとってメリットが大きいのは定住率が高い方ですから、ネガティブなイメージを少しでも払拭しようと、啓蒙活動にも力を入れています。

具体的には、不動産会社やオーナーさん向けの勉強会、ラジオなどメディアを通じた広報活動を展開しています。よく高齢者の方の入居に抵抗があるオーナーさんは、大概が孤独死等をリスクに挙げられます。しかし、今はそれを防ぐ手段やツールがたくさんあるんです。そうした情報を、勉強会を開いて共有することで、住宅弱者に対する理解を深めてもらうこともこのビジネスにおける大事な活動だと考え、実行しています。

パーパスをアクションに落とし込むフレームワークづくりで具現化を後押しする

ー「FRIENDLY DOOR」の事業化に対して博報堂はどのようにサポートしたのでしょうか?

山﨑:僕たちのチームは、LIFULLのブランドパートナーとして、ブランドアクションを作りながら、一緒にサービスを開発しています。「FRIENDLY DOOR」はLIFULL HOME'Sの事業活動「ACTION FOR ALL」の傘下に属するサービスの一つで、そこからご一緒させてもらっています。これは社会課題解決のための取り組みを社内的にも対外的にもコミュニケーションしていきたい、そのサポートをしてほしいというご相談を受けて、社員皆さんのパーパスに基づいて活動するための母体があるといいのではということで提案したものです。

「FRIENDLY DOOR」では、ネーミング開発も担当させていただいており、ポジティブな言葉になること、そして不動産会社のドアに貼られることも想定し、気持ちよく住まい相談ができるサービス名を考えました。そして「住宅弱者」という言葉に光を当てることをしました。すでに世の中にあった言葉でしたが、コミュニケーションする上でもその「住宅弱者」問題を顕在化することが必要だと考えたからです。そこで、サービスローンチのキャンペーンとして広く不特定多数にメッセージを届けようと、2020年に屋外広告を渋谷で実施しました。渋谷は、都内でもいち早く同性パートナーシップ制度を取り入れており、「ダイバーシティの街」として知られています。そうした場所で、住宅弱者が直面している問題をダイレクトにキャッチコピーで表現したポスターを、駅構内や区内数カ所に掲示しました。

※キャッチコピーはLGBTQ、外国人籍、高齢者などのカテゴリに潜在する住まいに関わる問題を浮き彫りにした。

龔:この問題は根が深く、根底にある偏見から、当事者は辛い経験や思いを吐き出す場がないんです。そのため一般に知られる機会が少ないという現状があって。私がこの活動で最もやりたかったことは問題の可視化でした。それを山﨑さんのチームが言語化したり、グラフィックにして表現してくださったんです。一連のキャッチコピーはどれもすごく心に刺さって、共感できるものでした。

山﨑:SNSでは、当事者の方からは「こんなサービスが欲しかった」という声をいただき、一般の方からは「こんな問題があるとは知らなかった」と関心を持っていただけて。僕たちの狙い通り問題提起となる広告施策となりました。

龔:この施策でサービス認知が一気に広まり、2022年にはACCのマーケティング・エフェクティブネス部門でグランプリも受賞しました。採用においても「FRIENDLY DOOR」の取り組みを知って入社したいと応募してくれる学生が増えて、ブランドイメージも上がり嬉しい限りです。

パーパスから生まれた事業は社会と企業の両方に価値をもたらすCSVへと進化

ー「FRIENDLY DOOR」は個人のライフパーパスを起点とした事業化であるという点が非常に特徴的ですが、立ち上げ当時は珍しい事例だったのではないでしょうか。

山﨑:今でこそトレンドとなりさまざまな企業が取り組み始めていますが、当時はパーパスをマーケティングや経営に取り入れるという手法はほとんど知られていなかったと思います。LIFULLはもともと「あらゆるLIFEを、FULLに。」というパーパスを掲げていることから、この「FRIENDLY DOOR」は自然発生的に誕生したサービス。“あらゆるLIFE”には当然、社員の皆さんも含まれており、社員一人ひとりの思想を大事にする文化が企業に根付いている。また、そんな理念に共感する人たちが集結しているのがLIFULLという企業なのです。だからこそ、一般的にはマイノリティとされている、住宅弱者の方々を対象にした事業化に対する理解が社内でスムーズに得られたのではないかと思います。

龔:当社には利他主義が根付いていて、困っている人や、何かに挑戦したいなど、他者を必要としている人を支えようという文化があります。これをビジネスフィロソフィーの軸として中期経営計画に落とし込んで策定するにあたり、博報堂の皆さんには多大なご協力をいただきました。私たちの思いをしっかりと汲み取っていただき、発展性の高い事業へと導いてくださったおかげで、社会貢献とビジネスを融合させてCSVにシフトしていったという、当社にとって象徴的な事業となりました。

ーブランド、ビジネス、社会貢献性…と、どの切り口においても価値の高い「FRIENDLY DOOR」を今後どのように育てていきますか?

龔:まだまだ認知に課題を感じています。最近シングルマザーの方にインタビューさせていただいたのですが、「FRIENDLY DOOR」のことはご存知なくて。チャネルを開拓するなどして一般の方にも、当事者の方にも、今よりもっと認知を広めていきたいです。

その課題解決に取り組みつつ、次のステップとして、現場(不動産会社)での接客・相談対応のクオリティ向上などを目的とした「ユニバーサルマナー検定(不動産)」を株式会社ミライロと共同開発し10月31日から申し込みを開始しました。ちなみに今期は、AIを活用したカスタマーサポートも設けて、一次対応はChatGPTが24時間いつでも対応できる体制を整えるという、先進的な技術も導入してサポートしていこうと取り組んでいます。
個人的には「FRIENDLY DOOR」に共感して集まってきた後輩に、プロジェクトで培ったノウハウや資源を共有しながら育てていきたいですね。

山崎:志の高い人たちが集まっているLIFULLだから、第2、第3の「FRIENDLY DOOR」のような事業の誕生に期待が持てますね。博報堂は、LIFULLの中期経営計画の内容を元に「LIFULL アジェンダ」を作りをサポートさせていただきました。このアジェンダが示す指標を活用いただくことで、社員皆さんのパーソナルパーパスを具現化し、新たなプロジェクトや事業を起こす一助となったらとても嬉しく思います。

【編集後記:ブランド・トランスフォーメーション(BX)の観点から】

住宅弱者に対応したマッチングサービス「 FRIENDLY DOOR 」。一見すると、儲けを度外視したCSR活動にも見えるこのサービスですが、ACCマーケティング・エフェクティブネス部門でグランプリを受賞したように、しっかりと事業成長につながっています。また、「あらゆるLIFEを、FULLに。」というパーパスを掲げる LIFULLという企業のブランドを大きく変革(トランスフォーメーション)させていると言えるでしょう。

ではなぜ、このような変革が生まれたのか。その背景を、BXフレームを使って分析していきたいと思います。BXフレームは、中心に生活者価値をおき、6つの視点でブランド変革を考えるワークフレームです。

LIFULLの場合は、既に「あらゆるLIFEを、FULLに。」という企業パーパスが定められていました。そこに加えて、龔さん個人の経験から、「日本の住宅問題を解決したい」というパーソナルパーパスが起点となっているのが特徴的です。そこから生まれた新サービスが「FRIENDLY DOOR 」ですが、パーソナルパーパスを具現化できた背景には、困っているひとを支える利他主義的な組織文化が、LIFULLという企業に根付いている点にあります。また、本サービスが社会課題の解決だけでなく、定着率の高い新規顧客の開拓というビジネス課題の解決につながっている点も注目です。
そして、新サービスを実施する上で欠かせないのが、不動産会社やオーナーさんといった貸す側のコミュニティを巻き込むこと。不安を払拭する勉強会などの実施などもあり、一気に5000店舗まで広がっています。最後に、多様性の町渋谷で、当事者以外の生活者をも共感させたコミュニケーションの展開です。これらを通じて、借りる人はもちろん、貸す人や、共に住む人が、多様性を認め合う社会作りに参加していることになります。多様性のある街からは、新しい文化が生まれることでしょう。そのような生活者価値を実現している点が、この「FRIENDLY DOOR」の最も魅力的なところだと思います。

ブランドの変革は、パーパスだけの変更や、広告コミュニケーションだけの変化では実現しません。生活者への価値を中心に、多様な要素の組み合わせから生まれるものだと思います。ぜひこの視点を活用していただけたらと思います。

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