生活者主導型経済の時代が到来している。従来と同じ方法で企業が成長し続けるのは難しい。今、求められているのは進化するIT(情報技術)を活用した、消費者との直接対話であり、マーケティングの再生だ。

 

<このコラムについて>

「価値創造責任者が企業を伸ばす」ando

イ ンターネット時代を迎え、ICT(情報通信技術)と融合するなかで、マーケティングは新たな時代を迎えて、企業の成長を左右するものとしての重要性を増している。マーケティングの世界で今起こっている変革と、新たな時代を勝ち抜くためのCMO(最高マーケティング責任者)の重要性を説く。
(2012年6月~7月に日経ビジネスオンラインにて連載された内容です)

著者:安藤 元博(あんどう もとひろ)
博報堂 エンゲージメントプロデュース局 局長代理
エグゼクティブマーケティングディレクター

第1回「マーケティングは死んだのか」上・下
第2回「2つのSが取り戻す『マーケティングの本来』」
第3回「『ビッグデータ』で何ができるのか―ここにあるマーケティングの未来」

 

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6.「下請けマーケティング」から、マーケティングの本来へ

筆 者は昨年の秋から、日本マーケティング協会で研究会をコーディネートさせていただいている。企業の経営レベルの方から事業部の現場リーダー、メディア や広告会社の研究所の方まで幅広く集まっていただいて、次世代マーケティング・マネジメントを進めるにあたっての課題や、ブレイクスルーのためのポイント を議論してきた。

テーマの1つに、「マーケティング」とは何か、がある。日本マーケティング協会の正式な定義は「企業および他の組織がグローバルな視野に立ち、顧客との相互理解を得ながら、公正な競争を通じて行う市場創造のための総合的活動」となっている。

肝 要なのは「顧客との相互理解を得ながら」の部分だ。相互理解とは、こちらがいいたいことをうまく相手に刷り込んだり、説得したりする、ということでは ない。余談になるが、こういう意味では、最近ネット業界などで一部で話題になった「ステルス・マーケテイング(ステマと略したりする)」といったものに 「マーケティング」という言葉が使われているのは、違和感がある。

ここで記してきた文脈に基づいてマーケティングの意味を真摯に考えるなら 「企業と生活者が、市場を通じた情報交換により、共に新たな価値を生み出す行為」くらいにとらえるのがいい。価値はあらかじめ企業にわかっているものではないが、生活者もはっきり意識できているわけではない。

価値は実践を通じた対話により生まれる。そして、価値創造こそが企業活動の根幹をなすはずだ。

研究会のアドバイザーをしていただいている、一橋大学商学研究科の神岡太郎教授は「日本の企業ではマーケティングとは何か、定義されていないのではないか」と指摘されている。

同 時に、日本企業のマーケティングの現状に対し、敢えて「下請けマーケティング」になっていないか、と警鐘を鳴らされている。モノをつくって売りの現場 に流すことはできていても、マーケティングがこれらのいわば附属物、事後的な調整ごとに堕してしまってはいないか、という問題である。

 

7.生活者との対話を本気で考える時代

研 究会で交わされているテーマの一例に、同じ会社でも、いわゆる事業部タテ割りの慣習によって情報のヨコへの流通は限られるという課題意識がある。本気 で生活者と価値を共創しようとするなら、ある業務で得た知恵や情報を自社の他サービスで活用しようと試みないほうがおかしい。

自分の担当事 業で顧客とみなしている生活者は、隣の部署の事業でも潜在顧客になり得る。事業が縦割りなのは作り手の勝手な都合であって、生活者(顧客) を中心に考えるなら、自社のサービス全体を顧客がどのように使っているか、総合的にとらえてアプローチするのはごく自然なことだ。

実際、ITサービスや通販の企業であれば当然のごとくやっている。だが、当たり前のはずのことが、実際どれだけの企業でできているのか。

できてないとすればなぜか。必要がなかったからだ。市場には限りないフロンティアがあり、前述したように情報は企業が先行して優位に占有していた。

情報を順次提示することで市場は確実に開拓できた。だが、国内市場のフロンティアは消失し、生活者との対話を本気で考えるべき時代がやってきている。

自社と生活者との接触は、従来マーケティングと考えられていた場面を超え、バリューチェーン上のさまざまな部分で得られる、あるいは逆に待ったなしで迫ってくるようになっている。縦割りは、好むと好まざるとにかかわらず、いわば外圧によって崩される。

ソー シャルメディアを使うならば、仮に目的が担当ブランドの広報や宣伝の領域に限られていたとしても、結果をその意図のもとにコントロールすることは必 ずしもできない。 これまでなら営業のフロントラインが処理していたような流通や販売の現場で生まれる情報や、あるときにはお客様相談センターが対処し、ある局面では他事業 部がコストをかけて調査していたかもしれない商品への感想が、ソーシャルメディア上に混然一体となって現れてしまう。

 

8.必要性増す「価値創造責任者」

そ れだけではない。これまで戦略の立案と、施策への反応、それを含めた生活者の市場における行動、セールスは、必ずしも計量化されて系統的に分析されている とはいえなかった。だがデジタル化が進展した結果、Web上の行動を中心にさまざまな種類のデータをこれまで不可能だったレベルで統合できる、あるい はされてしまうようになっている。

これらのデータを組み合わせて、飛行機の操縦室のコックピットのように俯瞰することで自社の現状と今後の指針を的確に導き出そうとする動きも活発化してきた。「マーケティングダッシュボード」という。

マーケティングにかかわる種々のデータを一覧しつつコントロールするという思想は決して新しいものではない。だが、「できたらいいな」と考えることと実際にすることとは違う。デジタル化の進展によって、好むと好まざるとにかかわらず情報は統合されてしまうのだ。

企業は生活者とともに、その渦に巻き込まれる。

このとき、状況に対して受け身にならずに主体的に立ち向かい、実践を通じた広い意味での生活者との対話で価値を創造し、自社全体に敷衍していく役割が必要になる。いわば「価値創造責任者」だ。

「価 値創造責任者」とは、このような概念を説明するための造語になる。生活者と自社のさまざまな接点で主体的に関与することで生まれる大量の情報をベー スに価値を創造し企業のバリューチェーンに組み込んでいく機能のことを指す。デジタル化の進展により急速に必要性と可能性が増してきた。

これは情報化社会でのマーケティングの本来を担う機能だ。そして、顧客が企業との接点によって生まれる価値を認めることこそが事業を継続させる原動力である以上、役割は企業経営にとっての核心である。

 

9.融合するCMOとCIO

CMO(Chief Marketing Officer=最高マーケティング責任者)という言葉がある。周知のようにグローバル企業では常識的である一方で、日本企業では未だ稀なポジションだ。

これは日本企業の「必ずしも本気ではない」顧客志向、生活者志向のあらわれとはいえないだろうか。顧客との相互関係としての本来のマーケティングを統括し経営の中心に置こうとしていないから、CMOという機能が必要とされていないのではないかという見方もできる。

情 報技術の進展にともなってCIO(Chief Information Officer=最高情報統括責任者)と呼ばれる機能があらためて脚光を浴びている。こちらは、企業経営にとっての基幹情報を統合するシステムをつかさど る役職として日本企業にも浸透し始めている。

CIOは従来、管理系としての戦術的捉え方が主流であったが、近年は情報を梃にビジネスに積 極的に関与し、価値をあらたに生み出すという戦略的な役割を 担いはじめている。企業の革新をリードするという意味で、CIOをChief Innovation Officerと読みかえていくむきもあるようだ。

前述の神岡教授は、CMOとCIOが接近していく動きに注目している。ここまで見て きたように、デジタル化の波は、企業にとってのいわば外圧のような形で待ったなしですすんでいく。

マー ケティングサイドから情報統合の進展を受け入れ本質をまっとうするのが早いか、逆に情報統合がマーケティングを覆い尽くすか。これまでは別だった マーケティングの世界と情報の世界が、デジタル技術の進展により1つになる。そして、変革を担う新たな役割こそが「価値創造責任者」である。

 

10.よみがえるマーケティング

それはマーケティングの変質ではなく、むしろマーケティングそのものだ。自社に足りないものがマーケティングだとしたら、自社の事業を成り立たせる根幹の不在が、生活者主導経済のもとに浮上したということなのだ。

「価値創造責任者」は企業にとって、現在すでに重要性が明示的に認識されている「CFO(最高財務責任者)」や「COO(最高執行責任者)」と並んで、企業にとっての本質的な役割を果たすべき存在になる。

「価値創造責任者」は必ずしも一人の役割である必然はない。グローバル企業では特定の個人に役割と責任を集中させる傾向にあるが、日本の多くの企業ではその文化的背景から必ずしもトップダウンでの機能集中はなじまない。

ここで述べてきた価値創造という機能も、特定の個人に集中する必要は必ずしもなく、むしろチーム組織、あるいは複数組織に属する構成員によるタスク フォースのようなあり方も十分に考えられる。「価値創造責任者」は「価値創造責任機能」あるいは「価値創造責任チーム」と考えてもいい。

本連載では、「価値創造責任者」にまつわるさまざまな動きを見ていく。この過程で、形骸化し死んでしまったかのように見えた「マーケティング」が改めて企業の経営にとって本質的なコンセプトとしてよみがえり、企業が成長を牽引するさまを明らかにしたい。

 

⇒「価値創造責任者が企業を伸ばす」(2)2つのSが取り戻す「マーケティングの本来」

 


初出:「日経ビジネスオンライン」連載「価値創造責任者が企業を伸ばす」2012年6月25日
第1回 マーケティングは死んだのか
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20120620/233591/