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【博報堂 マーケティングスクール】 (生活者研究講座)アジアトライブセミナー「旬な生活者」からアジア市場攻略の方法を学ぶ

2018.09.28
#マーケティングスクール
このページでは、2018年7月27日(金)に行われた「【生活者研究講座】アジアトライブセミナー「旬な生活者」からアジア市場攻略の方法を学ぶ」の模様をお届けします。

博報堂DYグループの公募型ビジネス育成プログラムから2015年に生まれた社内ベンチャー、SEEDATA。企業のイノベーション創出支援を手掛けるそのSEEDATAのアナリスト・林直也が、アジア市場攻略の方法を現地の「旬な生活者=トライブ」から見出す「トライブリサーチ」の考え方や具体的な手法について講演しました。

スポーツ飲料はなぜ売れなかったか

私たちは、アジアの旬な生活者を「アジアトライブ」と呼んでいます。アジア市場攻略の方法を現地のトライブに見出し、既存の商材をアジア各地で成功させるために、「意味」をデザインする。それが、私たちが提唱しているトライブリサーチの手法です。
まずは、その手法を一つの具体例で紹介していきましょう。スポーツ飲料のインドネシア市場進出の例です。
1980年代に日本で発売され人気を博していたあるスポーツ飲料が、インドネシアでも販売されるようになったのは89年のことです。商品のコンセプトは「体の乾きを癒す飲料」。スポーツの後、風呂上り、あるいは二日酔いのときに適した飲みものとして日本市場では人気を集めていました。
しかし、そのコンセプトのままインドネシアで商品を発売したところ、売れ行きはまったく伸びませんでした。なぜか。それは、インドネシアには日本のようなスポーツ飲料利用シーンがなかったからです。
インドネシアは熱帯の地なので、日常的にスポーツをするという習慣が当時はほとんどありませんでした。また、入浴は湯船につからずシャワーで済ませるので、「風呂上り」というシチュエーションがそもそもありません。また、国民の9割が飲酒を禁じられているイスラム教徒なので、「二日酔い」という生理現象自体もほぼないのです。
そこで飲料メーカーは、現地の生活者に目を向けました。注目したのは、イスラム教の断食行であるラマダンです。ラマダンが終わったあと、人々はスイカやティムンスリ(ウリ科の果物)を食べます。胃に刺激を与えずに、栄養と水分を効果的に摂取することができる果物だからです。そこで、メーカーが考えたのが、スイカやティムンスリに代わるものとしてのスポーツ飲料を提案するというものでした。ラマダンに注目することで新たに生まれた発想です。つまり、「スポーツや入浴後の体の乾きを癒す飲料」というコンセプトを、「ラマダン後の体の乾きを癒す飲料」に変換したのです。これは、現地の生活者の行動を「解釈」し、商品の「意味」を変えるというアプローチです。
海外市場進出には、大きく3つのアプローチがあると考えられています。既成品に変化を加えずに進出する「拡張」、現地の市場特性や文化に合わせてローカライズする「適用」、そして現地向けの商品を現地で開発する「革新」です。スポーツ飲料のケースは、2番目の「適用」に該当します。
「拡張」には、開発コストはかからないが、現地の生活者に受け入れてもらうのが難しいという問題があります。逆に「革新」には、現地の生活者の支持が得られるが、開発コストがかさむという問題があります。その点「適用」は、商品の仕様を変えずに「意味」だけを変える手法なので、大きなコストをかけずに現地で受け入れてもらうことが可能なのです。

トライブの行動に「意味」を見出す

ところで、そもそも「意味」とは何でしょうか。『消費大陸アジア』『アジア市場のコンテキスト』といった著書のある関西学院大学商学部の川端基夫教授は、「意味」とは「消費者がその商品を買いたくなる合理的理由」であると説明しています。しかし、これまでその「意味」の見つけ方には明確な方法論がありませんでした。そこで私たちは、意味を見出すための一つの方法論としてトライブリサーチを提唱しました。
トライブとは「旬な生活者」のことであり、旬な生活者とは新たな「意味」を求める人たちのことです。これまでにない「意味」を求めるので、彼・彼女らは一般的な生活では満足できず、ときに特異な行動をします。
例えば中国には、汚染された空気を極度に嫌う人たちがいます。私たちはその人たちを「エア・セレブ」と名づけました。エア・セレブは、デオドランドシートでひっきりなしに顔や首を拭きます。汗ではなく、PM2.5を顔や首から拭きとるために使うのです。つまり、デオドラントシートの「意味」を「汗を拭き取るためのシート」から「PM2.5を拭き取るためのシート」に変えたわけです。このような人たちを見つけ、「意味」を捉え、それを商品の新しい「意味」にしていくのがトライブリサーチの方法論です。

トライブリサーチの3つのステップ

トライブリサーチには、「調査」「分析」「発想」という3つのステップがあります。トライブを見つけてインタビューをし、その内容を分析してファインディングス(発見)を得て、さらにここからミーニング(意味)を発想するという流れです。
トライブを見つけるためには、現地の生活者から情報を収集したり、デスクリサーチをしたり、具体的な場所を視察したりすることが必要です。私たちがエア・セレブを見つけたきっかけは、「高性能マスクが売れている」「美容と空気の質の関係に着目したアンチポリューションコスメが売れている」「空気のいい土地を訪れる“洗肺旅行”が流行している」「体内の不純物を排出するデトックスが流行している」といった事象に着目したことでした。
中国の生活者は「汚染された空気は、健康のみならず美容にも悪影響を与える」と捉えるようになっていると私たちは考えました。そこで私たちは、そのトライブが使っている商品を洗い出し、該当者5人を選定し、デプスインタビューを実施しました。インタビューで聞いたのは、「日常生活と消費行動について」「大気汚染と美容と健康の関係性について」「中国人女性にとっての理想的な美について」「中国人女性にとっての理想的な健康について」といった内容です。

ファクトを主観的に解釈する

ここから「意味」を見出すまでの流れは次のようになります。まず、面白い、新しいと思った「ファクト」(発言や行動)に着目し、それを主観的に解釈することで「ファインディングス」を得て、そこから「意味」を発想していきます。
どのようなファクトを面白い、新しいと感じるかは人それぞれです。例えば「一般の中国の生活者と比較して違うから面白い&新しい」という視点もあるし、「日本の生活者と比較して違うから面白い&新しい」という捉え方もありうるでしょう。
ファインディングスで重要なのは、あくまで主観的、個人的な解釈です。ファクトをファクトとしてそのまま受け入れるのではなく、そのファクトが面白く、新しいと感じられる主観的な理由を考えるのです。必要なのは、経験に裏打ちされた「解釈力」です。解釈力とは、重要なファクトを見落とさずに、そこから「意味」を抽出できる技術と言ってもいいでしょう。
例えば、「コンビニに行く時は必ずマスクをつけるが、 基本は宅配してもらうので、外にはほとんど買いに行かない」というファクトがトライブのインタビューの中で明らかになったとします。ここから得られるのは「家の中でなるべくすべての行為を済ませることが、 アンチポリューションの最適な手段だと考えている」というファインディングスです。
これを、仮に不動産というカテゴリーにおける「意味」に変換していくとどうなるでしょうか。日本において人気のある物件は「駅に近くて、広くて、住みやすい家」です。一方、中国では「空気がきれいで住みやすい家」がいい物件ということになるでしょう。
ECの領域ではどうでしょうか。日本におけるECの価値とは「荷物を運ぶ必要がないので、楽をすることができる」ことです。一方、中国においては「PM2.5を避けることができる」のがECの大きな価値になるという意味づけができるでしょう。

アジアのトライブたち

さて、ではアジアには具体的にどのようなトライブが存在するのでしょうか。
フィリピンでは、「生まれ持った茶色の素肌が美しい」という価値観を持つトライブが増えています。これを私たちは「プライド・スキンズ」と名づけました。
中国では、個人の信用度をスコア化する「芝麻信用」というアプリが浸透しています。このアプリを使っているのは、「資産ではなく、人からの信用を重視する」という価値観を持つトライブです。このトライブを私たちは、「クレジット・スコアラー」と呼んでいます。
韓国では、細い針で眉に毛を一本ずつ描いていくマイクロブレーディングと呼ばれるアートコスメが流行しています。数年間、完璧な眉を維持したあとで元に戻るこのコスメは、新しい美容と整形の価値観を反映したものと言えます。このコスメを施している人たちが「半永久コスメ族」です。
タイでは、砂糖税が導入されたことがきっかけになって、糖分の少ない健康食の宅配サービスに人気が集まるようになりました。健康食の定期宅配を利用するタイのトライブが「ヘルス・パッカー」です。
インドネシアでは、バイクのライドシェアサービスである「GO-JEK」が普及しています。このサービスを活用して、さまざまなものを配送するビジネスが広がっています。例えば、マッサージ師を家に呼ぶことも可能です。ありとあらゆるものを配送してもらうインドネシアのトライブを私たちは「デリバリーラバー」と名づけました。
最後に、トライブリサーチのポイントをまとめておきたいと思います。
トライブリサーチでは、まず新しい「意味」を重視するトライブを調査します。その結果明らかになったファクトを、自社商品に使える「意味」にするには、独自の「解釈」が必要です。また、トライブリサーチはいわゆる「問題解決型アプローチ」ではありません。困りごとを探し、それを解決する商品やサービスをつくるのではなく、トライブの行動の背景にある価値観を抽出し、そこに意味づけのヒントを探す手法です。
人口増加と経済成長が続くアジアを攻略するための手法として、トライブリサーチは今後ますます力を発揮していく。そう私たちは考えています。

講師プロフィール

林 直也(はやし なおや)
株式会社SEEDATA(博報堂グループ) アナリスト

同志社大学商学部卒。慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(KMD)修了。
Royal College of Art(王立美術院)、Pratt Instituteにてデザインエンジニアリング、インダストリアルデザインを学ぶ。2015年よりプランナー兼アナリストとしてSEEDATAに参加。現在は国内外の先進的な生活者の調査、及びコンサルティング業務に従事。

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