毎年9月にオーストリアのリンツにて開催されるメディアアートの祭典、「Ars Electronica Festival(アルス・エレクトロニカ・フェスティバル)」。
博報堂とアルス・エレクトロニカが3年前より共同実施しているFuture Innovators Summit(フューチャー・イノベーターズ・サミット)について、ファシリテーターとして参加しているVoiceVision(博報堂グループ会社)の田中和子と、博報堂クリエイティブ人材企画室の田中れながレポートいたします。

フューチャー・イノベーターズ・サミットとは

最先端の科学技術と人間社会の関係性を探るアルス・エレクトロニカが近年、その存在意義として打ち出しているのが「未来へのアジェンダ」をつくること。そして、そのための対話の場を設置することです。

(お待たせしました!)ここで人間大好き、おしゃべり大好きな博報堂人材の活躍が期待されるわけです。

3年前より博報堂とアルス・エレクトロニカが共同実施しているFuture Innovators Summit (以降、FIS)がその対話の場です。世界中の若手アーティスト、研究者、起業家、社会活動家から厳選されたメンバーが集い、未来へのアジェンダと成りうる問いかけCreative Question(クリエイティブ・クエスチョン)を生み出すセッションを3日間繰り広げています。ある事象を開発するには課題へのソリューション(解決策)が必要とされます。しかし、果たしてその課題の設定はどれだけ幅広い視野で考え抜かれているかが本当のイノベーションの鍵ではないか、との思想でクリエイティブ・クエスチョンづくりを進めています。

例えばこのようなことが「クリエイティブ・クエスチョン」になります。隣人との情報共有方法をテーマにクエスチョンづくりをシナリオ化してみましょう。「隣人との情報共有をよりスムースに行えた方が便利ではないか」という課題設定があったとします。しかし、この課題設定は、それを設定した人間が生きて来た30年、40年、50年の経験範囲と、そこで培われたきた価値観を源泉として考えられています。同じ問いかけを全く異なる文化背景を持つ人同士で語ると、一方は「緊急時対応としても、もっと密な連絡手段を」と言い、もう一方は「隣人には興味が無い。別に話しかけようとも思わない。」とまで言い切る人もいる。そこで気付くのです。例えば、隣人と交わしたいのは「情報」でも「生存確認」でもなく「存在感をかすかに感じさせる温もり」だったと。するとこのような問いかけが出来上がるかもしれません。『隣人の温もりを得たいときにだけ感じられるような防御壁とは?』ここでのポイントは、必ずしもすべての人が情報共有を良しとしていないという価値基準と、それでも人間にはコミュニティが必要であるという本質的思想です。最初の課題設定では「便利」が基準になっています。しかし、必ずしも「便利」が全てではないし、文化の差によって「便利」に期待することも違うのです。固定観念から離れて、人のこれからの生活に必要な本質をついていくための問題提起がクリエイティブ・クエスチョンです。

フューチャー・イノベーターズ・サミットにて。フェスティバル会場の中心エリアで開催される。―般来場者が通行しても全く意に介しない集中力でクリエイティブ・クエスチョンを捻り出しているイノベーター達。
フューチャー・イノベーターズ・サミットのファシリテーション・ボード。またたく間にボードがメモで埋まっていく。

世界中のイノベーターが集結

どんなに専門性高くても、意外にわたしたちは既存概念に汚染されているものなのだな、と毎回FISに関わる度に思い知らされます。

今年のFISは世界中のイノベーターたち24名が集結し、未来の人間性、教育、コモンズをテーマに5つのチームが結成されました。各チームには博報堂のファシリテーターが入り、聞き役を担い、この多様性の極地を体現したチームをまとめていきます。

ヨーロッパ、アラブ、アフリカ、アジア、アメリカ、男性、女性、トランスジェンダー、生物学、ロボッティクス、遺伝子工学、都市設計、ファブラボ、コモンズコミュニティ、音楽プロデューサー、教育者、スペキュレイティブ・デザイナー。挙げたらキリが無い多様性空間の中で、共通認識として「人間」の明日の危機と希望を語らい、クリエイティブ・クエスチョンに導くのは壮大な旅のようものです。どこに行ってしまうのだ、この人達?と不安にかられることも幾度とありながら一つにまとめていく難解突破はファシリテーター冥利につきますが、実はこの混沌は子どもを相手にした対話に通ずるものがあるのです。

みなさんから名刺や立場、会社、世間体を取り除いてみてください。そこには何が残りますか?FISは国籍も人種も宗教、ましてや過去の栄光などの威力を全く消し去る場です。だからこそ、真剣勝負に純粋な不安や希望を未来に向けてぶつけ合わせることができるのです。社会からのレッテルがまだ空欄の子ども達が、「なぜ?なぜ?」と純粋な質問を投げかけてくるのに似ています。そこに最も必要とされるファシリテーション能力は「聞く力」なのです。

世界中の個性的な人達の集まりの中で日本人がファシリテーターとなることは可能なのか?と問われることもありますが、私は自信を持って言い切ります。日本人が適していると。第二外国語だからこそ一生懸命に耳を傾けますし、イノベーター達もファシリテーターに分かるように話そうと言葉を慎重に選び続けるからです。

この場を作り出し、人選及び吸引力となっているのがアルス・エレクトロニカであり、この3日間をまわすエンジンとなっているのが博報堂。そんなコンビネーションが非常にバランスとれたチームです。

3日間で導き出された3つのクリエイティブ・クエスチョン

あまりにも多様な人々の共通項として最終的に合致されるクリエイティブ・クエスチョンは時に茫洋としていることもあります。ただ、そこに至るプロセスにはハッと息を飲むような気付きを必ず与えられます。
ここにはご参考まで、3日間で最終合致したクリエイティブ・クエスチョン(以下CQと表示)のみ記します:

●テーマ:Future Humanity 未来の人間性
CQ:How to grow the empathy? 我々はどのように共感力を育てられうるか?
CQ:How do we become more human? どのようにしたら、一層人間になれるか?

●テーマ:Future Education 未来の教育
CQ:How can we re-map the order of knowing? 知るという行為の順序をどのように再設計することができるか?

●テーマ:Future Commons 未来の大衆主権
CQ:What is sense of human being in the future? 人間としての感性は未来どのように定義されるか?
CQ:What platform is required to define AI commons in the future? AIによる市民性を定義するためにはどのようなプラットフォームが必要とされるか?

FISに参加して感じたこと

参加したアーティストでさえ、ここまで人間生活の本質を他人と話し合ったことはない、と言っていたほど、人間であることを再認識しながらテクノロジーとどう向き合うかを探求した3日間でした。同じ専門領域、文化的バックグラウンドから切り離された環境で、敢えてこのような哲学的問答に投げ込まれたことを「非常にアンコンファタブル(居心地が悪い)」と嘆いていたアーティストもいました。でも、もしかしたら、この「アンコンファタブル」な状態を作ることが、今まで気付かなかった新たな発見を導くのかもしれません。

アルス・エレクトロニカ・フェスティバル公式サイト:http://www.aec.at/radicalatoms/en/fis/

最終日、プレゼンテーション後の集合写真。参加したイノベーター達とファシリテーター。フューチャー・イノベーターズ・サミットは、これからのアート、テクノロジー、社会を担う若手人材を集めることも目指して、アルス・エレクトロニカ及び博報堂からの推薦及び一般応募でメンバーを構成している。

田中 和子(たなか かずこ)
(株)VoiceVision エグゼクティブ コミュニティ プロデューサー
博報堂リーママプロジェクト リーダー

1998年博報堂入社。外資系クライアント担当営業職などを経て、海外先端マーケティング企業との協業事業などに携わる。自身の出産育児経験から働きながら育てることを提唱する「博報堂リーママ プロジェクト」を2012年立ち上げる。企業で働くママたちと今までに50社500人以上との「ランチケーション®」を慣行。2014年、生活者共創を専業とする(株)VoiceVision の設立に参画。約30,000人が参加する「はたらくママの声を届けよう!プロジェクト」Facebookでの声から、働き育て生活することの新しい文化を提唱。2016年4月には、世界的クリエイティブ機関「Ars Electronica(在オーストリア)」のデジタルコミュニティ部門審査員。共著「リーママたちへ 働くママを元気にする30のコトバ」(角川書店)2男1女の母。

田中 れな(たなか れな)
博報堂クリエイティブ人材企画室
クリエイティブプロデューサー

2007年に博報堂入社。営業職として、様々な企業の広告制作、新商品開発、戦略ブランディング、メディアプランニングなど、ブランドのコミュニケーション設計に携わる。その後、アイデアからビジネスを生み出すワークスタイルに興味を持ち、現職。

アルス・エレクトロニカ アーカイブ

【アルス・エレクトロニカ Vol.1】奇才異彩な人々との共創空間—Ars Electronica Festival