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【コラム】「価値創造責任者が企業を伸ばす」(2)2つのSが取り戻す「マーケティングの本来」 (博報堂 安藤元博)

2012.09.12

スマートフォンとソーシャルメディアは、消費者の行動を変え、企業との関係を変える。2つのSを使えば、従来のマーケティングでは不可能だった本来の力を取り戻せる。

<このコラムについて>

「価値創造責任者が企業を伸ばす」

インターネット時代を迎え、ICT(情報通信技術)と融合するなかで、マーケティングは新たな時代を迎えて、企業の成長を左右するものとしての重要性を増し ている。マーケティングの世界で今起こっている変革と、新たな時代を勝ち抜くためのCMO(最高マーケティング責任者)の重要性を説く。
(2012年6月~7月に日経ビジネスオンラインにて連載された内容です)

著者:安藤 元博(あんどう もとひろ)
博報堂 エンゲージメントプロデュース局 局長代理
エグゼクティブマーケティングディレクター

第1回「マーケティングは死んだのか」上・下
→第2回「2つのSが取り戻す『マーケティングの本来』」
第3回「『ビッグデータ』で何ができるのか―ここにあるマーケティングの未来」

マーケティングのみならず経済・社会をにぎわすキーワードの筆頭に「ソーシャルメディア(Social Media)」とスマートフォン(Smart Phone)」の2つのSを挙げることにあまり異論はないだろう。片や全世界で9億人もの登録者数を誇るサービスが存在し、「米大統領選挙」や「アラブの春」を語る上でも欠かせないといわれる新しいメディア。もう一方は経済を力強くひっぱる売れ筋カテゴリーだ。タブレットを含めたスマートデバイス (Smart Device)と言い換えてもいいだろう。

だがことマーケティングにおいては、将来的にはともかく現状では未だ限定的な役割しか認めない、という向きも多いのではないか。新しいものだから何らかの「対応」はしなければならない、それは認めよう。だがあくまでも機能は限定的だ、という見方だ。

ソーシャルメディアはひょっとすると広報や調査か何かで使えるのかもしれない、だが他の手段でも既にできていることで、緊急の課題ではない。そもそも下手に手を出して「炎上」してはいけない。スマートフォンに至ってはただの機器、道具の話だ。普及すれば使えばいいが、マーケティングの戦略やプランニングが変わるなんていうことはあり得ない。

こんな感じだろうか。共通するのは「仕事の仕方は変わらない(変えてはいけない)、変わったのは道具だ、道具に振り回されてはいけない」という思考だろう。筆者も共感するが、こうした考え方には重要な点で見落としがある。

スマートフォンとソーシャルメディア」はマーケティングを変えるものではない。むしろ逆にこれら2つは、今までできていなかった「マーケティングの本来」を実現するものなのだ。

1.不完全だったマーケティング

マーケティングとは何か。

有名な経営学者の故ピーター・ドラッカー氏は「マーケティングとはセリングを不要にすることである」と喝破した。マーケティングは、あらかじめ決めてい る送り手側の価値を一方的に消費者に押し付けることではない。広い意味での消費者との対話を通じて互いに何が価値かを発見し、創造し、分かち合っていく行為だ。

理屈で言うのはたやすい。だが、目の前の具体的な課題に追われて案外、現場では忘れているものだ。筆者も実務家の一人としてよくわかる。

こういう時は、初心に戻ってシンプルに考えるに限る。仮に、目の前に一人の消費者がいると考えてみよう。

手元には商品がある(商品自体から作り直す、ということはとりあえずここでは除外する)。あなたはどうするだろうか。

最初は「いいものがあるんですよ」と相手の気を引こうとするだろう。相手が関心を示したら、詳しく説明する。ここで半ば強引に売り込めばセリングと変わらないが、目の前に人がいれば必ずしもそうはならない。相手が本当に欲しがっていること、喜ぶことは何だろうか、と探りたくなる。

相手と対話しながら、自分が持っている商品を「ちょっと触ってみてください」などと語りかけるのではないか。食べ物ならば「ちょっと食べてみますか」、服ならば「ちょっと着てみませんか」、自動車ならば「ちょっと乗ってみませんか」。そして相手が何に関心を示すか、何をいいと思うのか、反応を見る。相互行為の中で初めて「価値」が生まれる。

「価値」は送り手によってあらかじめ決まっていて、一方的に伝えるだけというのはセリングだ。送り手と受け手との接点で、それまで自分たち自身も気付いていなかった価値が見いだされ、より広い生活者や、新たな商品やサービスにつながっていく。これが本来のマーケティングだ。

もちろん最後には買ってもらうために、他の商品と比較したり、「今だけ少し安くしますよ」といったことを言ったりするかもしれない。そして、クロージングとなる(図A)。

このうち「相手の気をひく」は例えばマス広告、「買うかもしれない人の後押しをする」はセールスプロモーションの領域として顕在化していた。だが、少なくともマスマーケティングでは必ずしも十分にできなかったことがある。

2.欠けていた「プレ体験」「プレ体験」「つなげる」「循環させる」

一つは「ではちょっと使ってみてください」の部分だ。「プレ体験」といってもいいだろう。自分にとってどのような価値を商品が持っているのかは、自分自 身が体験してみないとよくわからない。マーケティングの施策上、試用、試飲、試食、試着などが効果的なことは以前からわかっていた。

だが開放流通のマスプロダクトで、全体の売り上げに量的な影響を与えるレベルで実施しようとすると、膨大なコストがかかる。だから対面販売が主流の特定カテゴリーなどを除いては、広告や販促に比べ、プレ体験の手法は補完的にしか使われないケースが多かった。

もう一つ、なかなか実現できていなかったのは、同一人物への継続的なコミュニケーションだ。

コミュニケーションの企画書ではよく「カスタマージャーニー」というものを書く。ターゲットとなる生活者がどのような情報接触を経て商品の購入に至るかのステップを、売り手の企業が設計する作戦図のようなものだ。

だが現実には、生活者は設計図どおりに行動するわけではない。一人の生活者の行動をつなげてガイドするような施策は実際には存在せず、カスタマージャーニーは想像上の理想図として描かれていただけだ。本当に、消費者の行動をガイドできるなら、相手が商品のことをいいと思った気持ちそのままに購買に誘うことができる。

最後にもう一つある。商品に接していいと思ったり、実際に買って満足して使ったりしている人、これらの人の声を、まだ商品を知らない人や買う気になっていない人に「循環させる」ということだ。

想像してほしい。新しい消費者の目の前に、商品を好んで使っている人を大勢つれてくる。商品の良さを自分の意志、自分の言葉で生き生きと伝える。

これが力を持つことは言うまでもない。誰にだってわかっている。だが、やりようがなかった。

どんな商品にだって、自分にとっての良さを見つけて使ってくれている人がいる。消費者によって「発見された価値」はマーケティングで最大の力を持つはずだが、「循環させる」ことができなかった。

「プレ体験」「つなげる」「循環させる」、筆者はこれらを「マーケティングの3つのミッシングピース」と呼んでいる(図B)。

冷静に考えるなら、マーケティングでこれらの要素が欠かせないものだというのは誰にでもわかるはずだ。業種、業態によってはむしろ基本動作になっている場合も少なくないだろう。

だが特にマスマーケティングの世界にでは、必ずしも十分に顧みられていなかった。そして人は、できないことは最初から考えなくなる傾向にある。できていないこと自体を忘れてしまうのだ。

だが「デジタル」の普及は状況を一変させる。一見、マーケティングの上では周辺のように見える2つの事象――スマートフォンとソーシャルメディアの台頭が、3つのミッシングピースを埋める本質的な役割を果たす。

3.さまざまな施策が「つながる」スマートフォン

筆者が所属する博報堂DYグループの「スマートデバイス・ビジネスセンター」は、定期的にスマートフォン利用者の実態調査を実施してきた。最新の結果は、スマートフォンでマーケティング上のさまざまな施策が「つながる」ことを如実に物語っている(図C)。

まず、これまでのメディア機器とは異なり、他のものと同時に使うことが常態化しているのに注目すべきだ。「TVを見ながらスマートフォン」「PCを見ながらスマートフォン」は、スマートフォン利用者の多数派なのだ。

これまでのメディアで、例えば「新聞を読みながらTV」「TVを見ながらPC」といった行動は、それほど自然なものではなかっただろう。これに対して、 スマートフォンは他のメディアと併用することに意味がある、このことにユーザーは気付いている。「TVを見ながらスマートフォンで気になったことを検索する」がほぼ3人に2人の割合に上ることからも明らかだろう。

番組やCMを見て、気になったことがあれば、すぐに検索する。その場でより豊かな情報に接し、ビビッドな体験が可能になる。面白いと思ったらすぐにソーシャルメディアを使ってシェアする。過去に存在しなかった「つながる」メディアとしてのスマートフォンの姿が現れている。

「店頭でスマートフォン」という行動がごく当たり前のものになっていることにも注目しなければならない。気になった商品が置いてある店までナビゲートされたり、クーポンを獲得したり、買う際にもう一度商品の性質や、いろんな人の評判を確かめ直したりすることもできる。「買う」という行為にまで、「つながる」メディアなのだ。モバイルという特性がここに生きている。スマートフォン上のECサイトで直接購買できるのは言うまでもない。

「気になった」らその場ですぐに興味を深めてもらい、そのまま売り場まで動線をつなげて「買ってもらう」。これまでのどんなメディアでも不可能だった新たな行動が、可能になり始めている。

4.「プレ体験」をつくるスマートフォン

スマートフォンの特徴は何か。「美しい画像表現」「位置情報の活用」「AR(拡張現実)機能によるリアルな世界との自然な融合」「タッチパネル(指先の 微細な動きに反応する機能)や加速度センサー(振ったり傾けたりする動作に反応する機能)によるビビッドなインタラクション」などが挙げられる。「つながる」だけでなく、これまでになかった新しい利用者体験を提供している。

「広告」でスマートフォンの機能を使った事例を見てみよう。

まずは電気自動車の事例だ(図D)。この電気自動車の場合、生活者には「どの程度の距離を走行できるのか/途中で何度も充電しなくてはならないのではないか」「いざ充電しようとしても、あまり充電スポットがないのではないか」という不安があったと思われる。だが実際にはフル充電すれば200kmを走行でき、充電スポットも数多くある。

スマートフォン上の広告では、「まず充電体験させる」「車を地図上でバーチャルに走らせて、結果、自分が今いる場所からどの程度の距離まで走れるか体験してもらう」「その道すがら、充電スポットとどのくらい多く遭遇するかを同時に体験してもらう」という仕組みで、自然に理解できるようになっている。

次は航空会社の例だ(図E)。こちらは、スマートフォンを使えば簡単に予約できるのに、生活者の習慣になっていない、という課題があったと考えられる。

この広告では、スマートフォン上であたかも本当にチケットを取り、飛行機に乗って現地にいったかような体験が手軽にできる。一連の流れの中であっという間に手続きが進んでフライトに至り、到着した目的地の景色が現れる仕立てで、スマートフォンを空に向けてかざすと、気持ちよく飛んでいく飛行機の姿が見える、というお楽しみつきだ。利用者は、スマートフォンを使った簡単なフライト予約を気軽に、バーチャルに体験できる。

商品やブランドのことを知ってもらいたいと考えた時、「知らせる/気にしてもらう」の後に、本来ならぜひともやりたかった「プレ体験」。スマートフォンの機能を使えば、かなりの程度まで実現できるようになっている。何より、リーズブルなコストで量的なインパクトを確保できることで、「プレ体験」が補足的な役割でなくマーケティング上の主要施策に位置付けることができる可能性が出てきた意味は大きい。

スマートフォンは「つながる」「プレ体験する」という、マーケティングの重要なミッシングピースを埋める。これまで企業が必ずしもできていなかった「気にしてもらう(広告)」から「買ってもらう(販促)」までを一連のストーリーとしてとらえ、そこで生まれる価値を一元的に扱うことを可能にする(図F)。

スマートフォンが、マーケティングの本来の姿を実現する役割を果たそうとしているのは明らかだろう。

5.ソーシャルメディアは「新しい領域」ではない

ソーシャルメディアの急速な普及については、改めて言うまでもないだろう。だが企業としては本格活用に至っていないところも少なくないのではないか。無視できない存在であることは認めつつも、こと自社のマーケティングにとっては付加的な役割を果たすにすぎない、という見方だ。

先に述べたように、ソーシャルメディアはマーケティングを「変える」ものではなく、むしろ現状で不足していた部分を補い、本来のマーケティングを実現するものだ。注目したいのは、3つのミッシングピースのうち残る1つの「循環する」である。

ブランドや商品への興味や体験の人から人への伝達、いわゆる口コミが購買に与える影響については、少し調査してみればすぐにわかる。いや調査などしなく ても、自分自身のことを考えてみればいい。「誰かがいいといっていた」「誰かが使っている」ということをきっかけに、商品の購入を検討するのは日常茶飯事 だろう。

ならばマーケティングに生かしたい。こういう要望は今に始まったことではない。だがこれまでは、やりようがなかった。

人から人への情報の流れが重要なのはわかっていても、ある程度まとまった量でコントロールする術がなかった。リアルな口コミ誘発の施策、Web上でのインフルエンサーやブロガーへの施策は、量的なインパクトではマスコミュニケーションに匹敵しないことが多かった。

ソーシャルメディアが、こうした状況を変えようとしている。もちろん、企業の活用はまだ発展途上ではある。ユーザーから見た「企業アカウントのフォロー率」は、ソーシャルメディアそれぞれにつき1~3割であるという博報堂の調査結果がある。低いとは言えないがむしろこれから、という見方が妥当だろう。

6.企業に先行する生活者

だがある意味で、生活者は既に企業よりも先を行っていると言えるかもしれない。ソーシャルメディアでの、商品・サービスに関する口コミの閲覧率は企業アカウントのフォロー率よりも高く、4~5割に上る。他人の体験、あるいは他人を介した情報といった、「企業発信でない企業の情報」を、人はソーシャルメディアでやり取りしている。

買おうかどうか迷っている商品がある。そこに、その商品を使ったことがある人がいてその良さを(ヤラセ色が一切なく)語る。あるいは、同じく買おうかどうか迷っている人がいて、引かれているポイントを話し合う。

その過程で自分にとっての「価値」がくっきりと像を描き購買に至る、という道筋が浮かび上がる。問題は、どのようにして自社のマーケティングに意図的に取り込んでいくのか、ということになる。

そもそもWeb上に発信している企業情報を消費者が見に来る場合、一般的にはいわゆる「カタログ情報」にアクセスすることがが多い。その企業の商品や サービスにまつわる情報が網羅的に記されている場所だ。では、生活者の声、生活者が発見した価値をわかりやすく見せてあげて、自社発信の情報と組み合わせることはできないか。いわば「生活者がみんなでつくるその商品のカタログ」である。こういう発想でできた「ソーシャルカタログ」というサービスがある(図 G)。

商品のスペックそれぞれについて生活者がソーシャルメディアを通じて発した「いいね!」や「ツイート」を組み込んで可視化し、「いいね!」が多ければ多 いほどスペックの紹介面積が大きくなる、という仕組みだ。自然に起きている商品への好意的な声を、スペックという自社発信の最も“カタイ”情報に結び付けることができるようになっている。

ここでは、ある人の声が直接ほかの人につながるという事例を取り上げたが、ソーシャルメディア上で自然に語られている感想や意見に耳を傾け、企業サイトとしてそれをさまざまな施策に生かしていくことが、マーケティングで重要であるのは言うまでもない。

可視化されていなかった情報の流れが見え、扱うことができるようになる。このことで、従来は欠けていたマーケティングの大切な要素が満たされる。

7.2つのSと「価値創造責任者」

以上の考察をまとめたのが図Hだ。「つながる」「プレ体験する」「循環する」の3つのミッシングピースが、スマートフォンとソーシャルメディアの普及により埋まっていく。

これは何を意味するのか。

生活者と企業との接点は、これまでばらばらに扱われる傾向にあった。生活者にとって重要な情報体験の場を、企業がカバーしきれていないことも多かった。

マーケティングにとって本質的な価値のある情報は不可視あるいは分断されていて、一貫した活用は十分にはできていなかった。だがスマートフォンとソーシャルメディアの台頭がこれを可能にしている。そしてそれこそが「本来のマーケティング」の姿でもある。

スマートフォンもソーシャルメディアも、企業の特定の部署のみがかかわるべきテーマではない。そこで生まれる生活者との情報を、研究開発、生産、流通、 広告宣伝、広報といった企業のバリューチェーンの中で一貫して活用し「価値」を生み出すという、「マーケティングの本来」を実現する環境が今、整い始めているのだ。

従来型の縦割りの組織と習慣の中でチャンスを見過ごせば、企業の成長の可能性を狭めてしまう。生活者と自社とのあらゆる接点で生まれる価値を統合し、企業活動全体に敷衍させていく機能としての「価値創造責任者/チーム」の役割が2つのSで浮き彫りになってくる。

(続編は近日掲載いたします。)

初出:「日経ビジネスオンライン」連載「価値創造責任者が企業を伸ばす」2012年7月2日
第2回 2つのSが取り戻す「マーケティングの本来」
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20120628/233890/

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