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キャッシュレス化がもたらす生活者体験の変化とは?【第4回】 「いくら分でも決済」でほしい分だけ消費する

2019.09.18
博報堂金融マーケティングプロジェクトでは、「キャッシュレス化が進展した先にどのようなサービスが生まれ、生活者体験が変化していくか」を洞察するために、日本に先行してキャッシュレス化の進むアジアや欧米圏の国々のキャッシュレスサービス事例を収集・分析しています。
本連載では、プロジェクトメンバーである3名から、事例収集を通じて見えてきた生活者体験の変化の可能性について、全4回にわたってご紹介します。

第1回
第2回
第3回

鉄道運賃改定に見るキャッシュレス化のメリット

キャッシュレス化の進展で変わりゆく生活者体験を考える本連載。前々回は常廣から「いつでも決済」、前回は水上から「どこでも決済」をテーマとして取り上げさせていただきました。最終回となる本稿では、第一回も担当した馬場にもどり、「いくら分でも決済」というテーマで考えていきます。
まずは、鉄道運賃の改定の事例をもとに、「いくら分でも決済」とはなにか、ご説明します。
2014年4月に消費税率8%への引き上げに合わせて、鉄道運賃が改定され、交通系ICカードでの運賃が“1円刻み”、切符では“10円刻み”と異なる設定の運賃となりました。この運賃ギャップは、切符券売機で1円のおつりを切らさず用意する手間を避けるため、切符は運賃の端数を四捨五入した設定になっていたために発生しました。つまり、交通系ICカードの利用というキャッシュレス決済を前提にした場合、おつりを用意する必要がなくなった結果、“1円刻み”で運賃設定が可能になったということになります。
博報堂金融マーケティングプロジェクトでは、こうした自由な価格設定という、一見メリットが事業者側にあるようにみえる決済金額の自由化を、すなわち「いくら分でも決済」と読み替えることで、生活者側のメリットとしても捉えられるのではないかと考えています。詳しくは、もう一つの事例とともにご説明していきます。

「いくら分でも決済」が価格への納得感を高める

ドイツでは公共団体の主導により、路上駐車のスマート化が進んでいます。すでに「EasyPark」や「ParkNow」などの複数のアプリが採用しているスマートパーキングの仕組みでは、アプリから駐車の開始と終了が申請できます。
アプリで空き状況を容易に確認できたり、駐車券を発券する必要がないといった利便性の高さが素晴らしいサービスですが、ここで注目したいのはその価格設定です。実はこのサービス、日本のような30分や1時間単位ではなく、1分単位で駐車代が請求されるのです。これは、支払いをアプリ経由でキャッシュレス化していることで可能になっています。もし精算機等での現金決済を可能にしてしまうと、鉄道運賃同様、おつりの補充などの手間が発生してしまうところを、キャッシュレス化によって1分単位の細かい金額での決済を可能にしているのです。
例えば35分の利用でも1時間分の料金が発生してしまい、なんとなくもったいないという気持ちになることがなくなり、使った分だけの金額に対して支払う納得感が生まれます。ほかにも、なんとか30分以内に収めようとして、手前の用事や移動を急ぐことをしなくて済むなど、細かい部分でのサービス体験が期待できます。ひるがえって、事業者にとっても、ユーザー満足度につながる料金設定が実現できるということになります。実は、日本でも1分単位での利用が可能なスマートパーキングサービスは展開されており、今後はこうしたユーザー体験が一般化する可能性もあります。

出典:EasyPark

「いくら分でも決済」でほしい分だけ消費する

ここまで見てきた「いくら分でも決済」の特徴をもとに、大いに空想も交えた、未来の生活者体験を考えてみました。
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新しくできた複合レジャー施設に友達とやってきたAさん。
話題の施設に期待しながら、事前に専用アプリで発行したQRコードをかざして入場しました。

「まずは、どこ行こうか?」
そういいながら、アプリを見るAさん。アプリ画面上には、ゲームセンターやカラオケ、マンガ喫茶など様々な娯楽がフロアごとに配置されていて、それぞれの空き状況と金額が載っています。
この施設では、すべての娯楽をアプリから利用予約ができ、利用料金は空き状況に応じて変化します。

午前中で空きが多く安くなっていたカラオケフロアから楽しむことにしたAさんたちは、さっそく部屋を確保し、歌い始めました。ひとしきり楽しんだあと、続いてシアターフロアに向かいました。
「この映画は見たかったから人数分予約しといたんだよね。」
そういったAさんは、友達にもチケットをシェアします。その時の空き状況だけでなく、需要予測に基づいた価格で事前予約もできる仕組みになっています。

「……ちょっと期待外れだったな。ごはんでも食べようか。」
残念そうな顔で映画の上映中に出てきたAさんたち。すべてのフロアは1分単位で利用料金が発生する仕組みのため、映画が期待はずれだったなら、途中で出てくれば見た時間分以上の金額を支払う必要はありません。

続いて、レストランフロアにやってきました。食事はもちろん飲み物に至るまで、すべてグラム単位で料金が発生しており、どれだけ盛ったかをアプリで確認しながら、食べたい量だけとって食事を済ませます。
その後も、空いているところを中心に夕方ごろまで楽しんで、退場したAさんたち。

結果的にかかっている金額自体は、それぞれの施設で楽しむのと大きくは変わりませんが、自分たちが楽しみたい分だけ楽しんだという実感とともに、満足度の高い休日を過ごすことができたのではないでしょうか。
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細かい単位での課金だけでなく、需要状況に応じたダイナミックプライシングまで実現すると、生活者にとっても事業者にとってもますます最適な価格での取引が成立することになります。よりよいサービスがよりよい価格で世の中に流通する、キャッシュレスはそんな社会を実現するツールの一つであるともいえるのではないでしょうか。

冒頭の鉄道運賃の話は、2014年の消費増税に伴い生まれた事例でした。奇しくも2019年10月1日より2014年以来の消費増税が予定されており、ますますキャッシュレス化が進んでいくと考えられます。それに伴い、様々な生活者体験の変化も生まれてくるのではないかと思います。博報堂金融マーケティングプロジェクトでは、今後ともに活性化が予想されるキャッシュレス領域において、引き続きクライアント企業の課題解決をサポートしていきます。

馬場 郁実
博報堂
CMP推進局 ストラテジックプラナー
金融マーケティングプロジェクト メンバー

2016年博報堂入社。入社以降、マーケティング職としてデータ・デジタルマーケティングを中心にクライアントのマーケティング課題解決に従事。金融系のクライアントを長年担当していることから、2018年に金融マーケティングに参画。キャッシュレス領域中心に、金融領域のマーケティングに関するナレッジ収集・案件支援も行う。各種スマホ決済サービスに少しずつチャージが残っている状況をどう解消するかが最近の悩み。

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