日本では2020年にむけてインバウンドが盛り上がっています。2018年に日本を訪れた訪日外国人は3000万人を超えましたが、世界に目を向けると海外旅行をする人の数は、推定で14億人(国連のUNWTOの統計:到着ベース・一泊以上の旅行者)。2030年になると、なんと、18億人もの人が海外旅行をするようになるそうです。
10年前にはAirbnbもUberもまだサービスがはじまったばかりでした。旅の仕方も、好みも、どんどん変化していきます。2030年には「旅」というものはどうなっているのでしょうか?
旅を通じて国境を超えた交流がどんどん活発になる時代。
さまざまなジャンルで活躍する人たちにの人に「2030年の旅(いまからだいたい10年後)」の旅ってどうなってるか?「その時に、大事な人に旅を贈るとしたら、どんな旅をつくる?」という話をwondertrunk & co.代表の岡本岳大がお伺いします。

左からwondertrunk & co. 岡本岳大、福島大学 マクマイケル ウィリアム先生。

学生にはこの旅で人生観を変えてほしい。

岡本
本日はありがとうございます。この連載は、今からだいたい10年後の2030年、「ちょっとだけ未来」の旅の形、旅のありかたについて考えてみようという企画です。この10年でLCCが飛んだり民泊ができたりと、旅の形はダイナミックに変わってきていて、これからもきっとすごく大きく変化していくはずです。そこには一体どんな可能性があるのか、何かワクワクするような未来の話をしていけたらと考えています。
今回が第1回に当たるわけですが、やはりこういうのは初回がすごく大事だと思うので、どなたにお話を伺うのがよいかとずっと考えていたんです。

マクマイケル
何かすごいプレッシャーですね(笑)。

岡本
まず福島という地は、僕ら旅人にとっても、“未来のことを真剣に考える場”であると思うので、やはり最初のテーマは福島にしたかったのと、マクマイケル先生の取り組みがとても素晴らしく、感銘を受けたということがあります。別にデータや論拠がなくてもよくて、とにかくフラットに、旅人としてこうできたらいいよねとか、こんな体験ができたら楽しいよね、といったお話ができたら嬉しいです。

マクマイケル
わかりました。ではまず私自身の取り組みについてお話ししますと、2012年から福島大学で、世界約40カ国から集まった学生に対して福島を案内するという「福島アンバサダーズプログラム」を実施しています。東日本大震災直後は諸外国が日本に対して渡航禁止令を出していて、それが解除された2012年6月からスタートさせました。

福島大学ホームページより

岡本
どのような経緯で、福島アンバサダーズプログラムは実現したんですか?

マクマイケル
震災直後の2011年5月に、私の出身地であるカナダのバンクーバーで教育学会があったんですね。そこは世界中から国際教育に関わる大学が集まり、大学のPRや留学先のパートナーを探すような場で、私ももともと福島大学の留学協定先を探すために参加予定でした。
それが3月の震災によって、一気に福島が世界中の注目を浴びるようになり、わずか2カ月後で参加しないという選択肢もありましたが、“福島はへこたれていない、助け合いながら前に向かって進んでいるよ”ということを伝えたくて、あえて行きました。
学会では、「福島市はゴーストタウン化している」など大きく誤解されていることに気付きました。そして、こんな時だからこそ、国際交流を通して今の福島をきちんと知ってもらい、そこから学生が学べることはたくさんあるのではないか、と考えたのです。

そうして2012年、米・テネシー州にある協定先の大学の協力を得て、初回の「福島アンバサダーズプログラム」を実施しました。当時はアメリカでも福島に関するデマが流れていて、人が集まるか不安でしたが、ふたを開けてみると10人の枠に130人くらいの学生が応募してくれました。皆さん非常に優秀で、メディアではあれこれ言っているけど、本当の福島の姿を自分の目で見て確かめたいと思ったようです。ただ、彼らが福島を訪れることがニュースで紹介されると、今度は激しいバッシングが起こりました。

岡本
「なぜ行かせるのか」と……。

マクマイケル
はい。ネット上では本当にひどいバッシングでした。でも10人の学生は誰一人キャンセルせず、「こういう状況だからこそ行くべきだ、自分たちが本当の福島の姿を知り、彼らに伝えないといけないんだ」という使命感を持ってくれていた。非常に感動しましたね。4日間くらいにわたって、福島県相馬市の仮設住宅でホームステイをしたり、ボランティア活動をしてもらいました。

岡本
それが第一回目だったんですね。

マクマイケル
僕自身、震災直後に相馬でボランティアをしていたという思い入れもあり、地元の人たちと生活を共にし、津波被害などで大変な思いをされた方々の気持ちにも寄り添いながら、深いところから福島の本当の姿を学んでほしかった。学生たちのホームステイの受け入れ先を募集した際も、仮設住宅にいるたくさんの家庭が応募してくれて感激しましたね。

岡本
先生がもともとボランティアで行かれていたからこそ、地元の方とも信頼関係が築けたんでしょうね。

マクマイケル
そうかもしれませんね。僕は福島大学の赴任前に3年間勤務した国際交流協会で、国際理解や人権などの出張講座を福島県各地でやっていました。行く先々で地元の人の優しさや情の深さに触れてから、もう福島を離れられなくなり筋金入りの福島大好き人間になっていたんです(笑)。
だから福島大学赴任時は、若い世代が国際経験を積むお手伝いをしたいと強く思い、震災後は海外の報道内容を知って悔しい思いをしました。それと同時に、自分が恩返しできるチャンスなのかもしれないと心の底から思いました。

岡本
もともと福島の地で携わられていた国際交流とか異文化理解に関する活動があり、そこへたまたま震災が起きたということだったんですね。

マクマイケル
そういうことです。私がよく例えるのが「カツカレー」。フランスのカトレット、インドカレー、日本の白米が出合ってカツカレーという最強のメニューが生まれた。 つまり“違い”は豊かさになるんです。国際交流協会で福島の人に“違い”は豊かさだと伝えたいというところから始まり、次は海外の人に、福島の人の強さとやさしさ、すごさを伝えたいと思った。

プログラムに参加した子たちとはずっと連絡を取り合っていますが、福島大学の子がプログラムに参加した海外の大学へ留学に行くと、知らない人でも「福島から来たんだったらもうファミリーだ」と迎え入れてくれたり、福島を自分の故郷よりも故郷のように感じるという子もいる。たった1週間の滞在なのに、彼らにとっては人生観も変えるほどの体験だった。やってよかったと思うし、これからも続けなくてはいけないと思います。この取り組みは完全にライフワークですね。

互いに話をし、触れ合い、感じることで見えてくるものがある。

岡本
僕自身のことを話させていただきますと、震災直後、日本はいかに風評被害を払しょくするかに注力していて、観光まわりのプロモーションがストップした状態でした。そういう状況下で、当時の僕の仕事面も大変でしたが、海外のクリエイター仲間が「こういうときこそ頑張らないと」と元気づけてくれたんです。それで、2010年くらいに制作したテレビ番組のリバイバル企画として、2011年に同じ出演者が同じところを再び旅して、震災で大変だったけど、その後こんなふうに頑張っているよ、といったことを紹介する企画を続けたんです。

その時思ったのは、そこで生まれるものは何人来たとか、いくらお金を使ったとかとは全く別次元のものだということ。たとえば一度現地に行って交流しても、互いが離れたままだったら、その後メディアやネットに溢れていた不確かな情報に惑わされたり、情報不足からおかしなイメージができてしまったりと、負の連鎖が起きていくこともあったと思う。でも旅には、それを変える力がある。

そう感じた時に、これは一生の仕事にしてもいいかもしれないと思ったんです。そして2016年から、博報堂グループでwondertrunk&co.という旅をテーマにした会社をやることになりました。ですから、マクマイケル先生が震災前から今に至るまで続けられている活動には、すごく共感できます。

マクマイケル
その場に行かないとわからないことって本当にたくさんありますよね。一つの事実に対する温度差もそうですが、人の表情、匂いなど、何もかも現地に行って初めて理解できることと言える。

岡本
はい。それから、僕が博報堂でインバウンドの仕事を始めた2010年頃は、アジア地域が少し緊張状態にありました。でも何かニュースがあるたびに、海外の仲間は「政治は政治。でも旅は旅だからやろうよ」と言ってくれた。それが僕らのチームの原体験なんです。互いのことをすべて知ることなんてできないけど、話をし、触れ合い、何かを感じることで具体的に見えてくるものもある。そうすると、離れていても相手を思えるようになると思うんです。

マクマイケル
本当にそう。ずっとつながっていくことができるんですよね。福島で言えば、“福島を応援したい”というよりも、“福島で会ったあの人を応援したい”という感じになる。顔が見えるようになるというか、やっぱり、自分の一部になるんです。

最近は、すでに何年間も福島について学ぶ専門性の高い学生もプログラムに呼んでいて、彼らは何かしら貢献できることがあると考えて臨んでくる。でも福島駅に到着した瞬間、「自分は何も知らなかった」と言うんです。当たり前なんですけど、普通にビルがあって、普通に生活があって……感覚として、実際に来てみるまではわからないんですね。そして帰るときには、福島にたくさんのことを教えられたと言います。これまで192名がプログラムに参加してくれましたが、中には1年間の交換留学で戻ってきた子や、永住を決めた子もいる。それくらいこの旅が、彼らの心を動かし、生き方を変えるほどの体験になっていたんですね。

岡本
先生として、このプログラムを重ねていく先に見えているものって何でしょうか?
教育者としてこのプログラムをさらに拡充させたいとか、学生たちと未来の福島を一緒につくっていきたいとか、いろいろあると思いますが。

マクマイケル
強く思うのは、このプログラムをきっかけに、私のような福島大好き人間がもっと福島に来て、新しいカツカレーじゃないですけど、何か変化のインスピレーションが生まれていけばいいですよね。まずは自分がガイドとなって福島の素晴らしいところを伝えていき、福島に興味を持ってくれる人との橋渡しができるといいなと思います。

もう少し教育的なところで言うと、実は震災後1、2年は、福島についての誤解を解きたいというのが一番の目的としてありました。しかし3、4年経ってくると、少し趣旨が変わってきたんです。というのも福島はさまざまな先進的な取り組みを行っているし、SDGsの面でもとても面白い挑戦をしている人がいる。そのポテンシャルに気づいてもらいたいと思うようになりました。テーマが「福島を学ぶ」から「福島から学ぶ」に変化していったんですね。

福島大学ホームページより

たとえば福島県南相馬市にある小高ワーカーズベースの和田智行さんは、地元小高でベンチャーを立ち上げ、人口減少が続く地域で新しい形の街づくりに挑戦しています。そういう姿を見てもらって、学生が論文のテーマにし、今度はその研究結果が実際の地域づくりに活かされていく……そういうことがあってもいい。正直大学ってぼんやり勉強している子も多いと思うんですが、ここに来てもらうことで、自分が今勉強していることはこういうところで活かせるんだと知り、目的意識をもって学ぶようになれば、結果的に福島の復興に貢献してもらえるかもしれない。
実際、福島の研究をするために大学院に行くという学生にアドバイザーを頼まれたり、ここ2年で推薦状を何十枚も書くことになったりしているんです。大変ですが(笑)、プログラムを通してアカデミックな場に仲間が増えつつあるのはとても嬉しいです。

岡本
福島というフィールドでの経験があることで、みんな、自分が何をすべきか、何ができるかを真剣に考えられるようになるんですね。

マクマイケル
実はチェルノブイリでも同じようなことが言われていて。現場へ行き、ほかの人が見ていない世界を見たことによって、新しい考え方ができるようになった人、それを周りに伝える役割を持った人を「サブライム(卓越した)ツーリスト」と呼んでいるんですね。福島の場合も、旅と同じくらい、それを伝承することが大事になってきます。実際に地元の人と触れ合い、心と心の交流をし、深く理解した人たちが話すことはやはり説得力がありますから。

そういえば夏のプログラムでは、参加者の半数を日本人学生にしていますが、彼らにとっても人生観が変わるような旅であってほしいと思っています。自分たちが伝える側になってみて、伝え方の難しさや、伝わったときの嬉しさを体験してもらいたい。
プログラムを通して言葉の壁もなくなり、自信もついて、そこから留学する学生も多いんですが、留学先のアメリカやスコットランドで同じようなことをやってもらえたら、と思っています。あるいは、プログラムに参加した学生同士で共同研究が生まれたりしてもいい。福島という共通のテーマがあることでそれも可能になる。まさに国際教育の神髄ですよね。

おかげさまで世界中の大学から「福島アンバサダーズプログラム」は注目されていて、学生たちの評価も高いです。グローバル教育なんて東京の私立大学に任せればいいじゃないかという考えもあるかもしれないけど、こうした尖ったことって、福島だからこそできることだと思っています。

<後編へつづく>

■プロフィール

マクマイケル ウィリアム
福島大学 経済経営学類 助教
国際交流センター 副センター長
福島県 あったかふくしま 観光交流大使

カナダ出身、2007年8月に来日後、福島県国際交流協会にて国際交流員として2010年8月まで勤める。2010年9月からは福島大学に特任専門員(国際交流担当)として雇用され、海外校との協定や、海外向け短期プログラムの計画など、福島大学における国際化推進業務に携わっている。東日本大震災では、震災直後から被災地での支援活動に関わり、留学生の防災支援など、国内外で東日本大震災に関する積極的な情報発信活動を続けている。

岡本 岳大
株式会社wondertrunk&co. 代表取締役共同CEO

2005年博報堂入社。統合キャンペーンの企画・制作に従事。世界17カ国の市場で、観光庁・日本政府観光局(JNTO)のビジットジャパンキャンペーンを担当。沖縄観光映像「一人行」でTudou Film Festivalグランプリ受賞、ビジットジャパンキャンペーン韓国で大韓民国広告大賞受賞など。国際観光学会会員。