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アートシンキングはメソッドではなく未来のコンパスである
アルスエレクトロニカ×博報堂

2019.08.28
#アートシンキング#アルスエレクトロニカ
ビジネス環境の移り変わりが激しく、先行きが不透明な昨今におけるアートシンキングの役割は、ますます重要なものとなっている。本稿ではオーストリアのリンツ市に拠点を置くアルスエレクトロニカの小川秀明氏と久納鏡子氏、博報堂ブランド・イノベーションデザインの竹内慶と田中れなが、アートが社会にもたらす影響と両社の協業の意義について語り合った。

アートを応用させる社会貢献を10年間模索してきた

――博報堂とアルスエレクトロニカのコラボレーションは、どのようなきっかけで始まったのでしょうか?

田中れな(以下、田中): 2010年に開催されたTokyo Midtown DESIGN TOUCHで弊社から小川さんにコラボレーションの打診をしたのが始まりでした。その後、いくつかのプロジェクトを経て、本格的な共同プロジェクトであるFUTURE CATALYSTSが2014年から始まります。当初は博報堂の新しいクリエイティブを探すという視点でコラボレーションをしていたため、主管部門がクリエイティブ人材企画室でしたが、だんだんと企業からのお問い合わせが増え、博報堂ブランド・イノベーションデザインに主管部門を移管し、Ars Electronica Tokyo Initiative(AETI)を立ち上げました。

竹内慶(以下、竹内):それまでも毎年9月に開催されるアルスエレクトロニカ・フェスティバルに日本のクライアントをお連れしたり、フェスティバル以外の「通常期間」にアルスエレクトロニカのR&D部門であるアルスエレクトロニカ・フューチャーラボ(以下、フューチャーラボ)に行ってワークショップを開催してきました。東京でも一緒に取組みができるようにと2017年に設立したのがAETIで、翌年2018年5月にはFuture Innovators Summit TOKYOを開催しました。

小川秀明氏(以下、小川):我々アルスエレクトロニカは、40年間アート×エデュケーション、アート×シティ、アート×サイエンス、アート×インダストリーといった、掛け算をしてきました。アートを応用させることで、どのように社会に貢献できるのかという模索です。

10年くらい前から、特に日本の大企業の人たちの間で、インダストリーという領域における哲学やビジョンを一緒に議論していける仲間を探していきたいという要望が出てきました。そのような社会的なニーズに伴って我々もさまざまな取り組みをしてきました。

アルスエレクトロニカのフューチャーラボはメルセデス・ベンツとの共同研究で自動運転が実現させる未来を構想していましたし、ドローン群を夜空に上げるプロジェクトSpaxelsなど、アート×テクノロジーを目に見える形で社会に展開しています。そういった背景もあり、近年はアートと産業のコラボレーションの事例が増えてきているのだと思います。

田中:このコラボレーションに注目が集まっているのは、企業のイノベーション疲れも要因のひとつだと思います。「イノベーションを起こせ」と経営層から言われた企業の人たちが、そうは言われても何をしていいのか分からず、色々と模索はしたけど、なかなかうまくいかない。そういった切実な課題を持つ人が増えていったことも相まって、ソリューションへの糸口となりそうなテクノロジー×アートに関する分かりやすいコンテクストが求められるようになったのだと思います。

アートシンキングが求められる背景には、企業のイノベーション疲れがある

――かれこれ10年近いお付き合いになりますが、博報堂としては、このコラボレーションに対してどのような思いがありますか?

竹内:かねてより小川さんと久納さんからは、アートの役割は問いかけることで、それに応えて社会に実装していくのは企業側の役割だというお話を伺ってきました。その意味でもこのコラボレーションには大きな意味があると考えています。アーティストがその作品を通して表現する事柄は未来の先行指標でもあるし、エッジの利いたジャーナリズムでもあります。企業がそれに応える形でビジョンを描くことで、大きな社会的意義のあるイノベーションやブランド構築のチャンスを多く得られると思います。とりわけ今の社会においてはAIやバイオテクノロジーをふくめたテクノロジーと切り離してビジネスを考えることはできません。そのような側面においてもアルスエレクトロニカには先端的な知見が集まっているので、そこから得られる刺激は計り知れないものがあります。

――アルスエレクトロニカとしては博報堂と組むに当たって、どのような期待があったのでしょうか?

久納鏡子氏(以下、久納):40年の歴史を持つアルスエレクトロニカがリンツの町で実践してきたことは、アート関係者のみならず市民の間にも浸透させていったことでした。それを日本で実践させる際に博報堂のような企業がコミュニケーションにおいて、大きな力になってくださると思いました。

小川:博報堂とのコラボレーションを通して実践したいことは2つあります。1つ目は、このコラボレーションを通じて自分たちが何者なのかというのを知りたいということです。アルスエレクトロニカは文化機関であり市の非営利組織団体なので、商用機関ではありません。リンツの文化イニシアティブとして取り組んでいることがグローバルにおいては、どのような意味を持つのか。博報堂は、掛け算をしながらそれを実践するためのパートナーだと考えています。

2つ目は、より良い社会のためにクリエイティブを活用することを模索し啓蒙することです。博報堂とのコラボレーションを通し、クリエイターやリサーチャー、ビジネスパーソンと対話をすることで、21世紀のクリエイティビティとは何か? それに必要な学びを実践していくこととは何か? ということを探求していきたいと考えています。というのも、博報堂とは“Art for education/society”という部分で共通認識を持てると感じるからです。

――今の日本の産業ではアートシンキング的なプロセスが求められる場面が増えていると言われています。実際にクライアント企業からは、どのような要望や期待、あるいは先方が抱えている課題があるのでしょうか?

田中:先ほど「企業のイノベーション疲れ」と言いましたが、これまでもデザインシンキングがトレンドとなり、メソッドとして取り入れてきたものの、なかなか思うような結果にはつながらないという課題がありました。また、未来ビジョンを描くため、20●●年の未来において自社が社会においてどんな存在になり得るかを探求したいというクライアントもいらっしゃいます。その時に問題になるのは、未来で起こりうる事象に対して自分がどう接するかではなく、社会にどう資するか? ということが問われるということだと思います。

小川:この20年間で日本の経済は僕たちが自覚している以上に下降しています。日本は80〜90年代にかけて、その時代を象徴するイノベーションが提示されてきたことで、経済の調子も非常に良かったのですが、この10〜20年は、過去に出来上がったモデルから抜け出られない状態のまま、デジタルレボリューションがすごい速度で進み、それに乗り遅れています。特に大企業の方は、過去のモデルから抜け出ることが難しい側面があると思うのですが、むしろそういう大企業からこの協業に関心を寄せていただいています。

久納:今スタートアップでやっている人たちは、すでに自分たちで近いことを実践していると思いますが、大企業も10年くらい前から、我々のようなアーティストに声をかけることが増えてきました。単なるコミッションだけではなく、もう少し踏み込んで一緒にものを作っていこうとする動きが出てきています。その時に一番関心を持って頂けるのは、そこに至る考え方のプロセスと方向性が間違っていた時の戻り方、つまりアーティストにとっては「問いの立て直し方」でした。

田中:縦割りで考えてしまいがちな大きな組織では、アートシンキングは役割を越えて意見を出し合う良い場にもなると思います。ですから部門部署の横断プロジェクトとしてご提案することも多いですね。

アートシンキングは方法論ではない

竹内:僕たちがアートシンキングプログラムで目指しているのが、大きくいうと次の3つです。1つ目が、次世代の企業や事業を担うイノベーティブな組織や人材を一緒に開発すること。2つ目が、そこから生み出したものを実際に形にして世に問うていくプロトタイピング。3つ目が、そのプロセスもふくめた、新しいブランドのプロモーション。つまり、組織・人材開発とプロトタイピング、ブランドコミュニケーションやパブリックリレーションを、三位一体で回していくのがアートシンキングの理想形です。

小川:具体的には、アートシンキングツアー、アートシンキングスクール、アートシンキングプロジェクトの3ステップを考えています。アートシンキングツアーに関しては、アートの読み解き方もふくめ、アートシンキングが何かを知るエクスペリエンスを得ることがテーマです。2つ目のアートシンキングスクールは、アーティストがどう考えているのかを知り、実際に手を動かすことを通して学んでいくというものです。それらをふまえて、アートシンキングプロジェクトに参加して形にします。

アートシンキングをどうプログラム化するかが一番重要です。これはいつも言っていることなのですが、アートシンキングは方法論ではありません。プログラムを通して何ができるかというと、心構え、アティテュード(主体的な姿勢)ができるわけです。

――デザインシンキングは、それを学びさえすれば、自分たちの抱える課題がすべて解決できると誤解されていたように思います。同じようにアートシンキングもメソッドだと思ってしまう人が比較的多いようです。改めてここで、アートシンキングとは、どういうアティテュードなのかをお話しいただければと思います。

小川:アーティストから見た視点として話した時、アートシンキングをムーブメントとして捉えることもできます。日本ではアーティストが作った作品は産業などの社会的な活動になかなか結びついていきませんでした。おそらく日本ではメディアアートがすごく色々な所とつながりやすいことにみんな気付いているはずです。久納さんはplaplaxというユニットとしてアーティストたちで起業をして活動してきたので、アートの役割の変化に気がついているかと思いますが、いかがでしょうか?

久納:アートシンキングツアー、アートシンキングスクール、アートシンキングプロジェクトに参加していくなかで、アートが現代社会について考察するための手段のひとつに過ぎないと理解していただけると思います。そして、アートにおいては問いを立てることが重要です。というのも、今の社会に生きている私たちが何に注目をして何を言いたいのか、どういうトピックに着目するのかがアートの根本にあるからです。そこを理解していただけると、アートへのイメージが大きく変わると思います。さらに問いを作るプロセスを共有することで、アーティストとそうでない人を問わず、一緒にディスカッションができるようになります。

小川:アートシンキングをするということは、未来のコンパスを一人一人が持つということです。そのコンパスを作るためには、世の中の色々なものを見る必要があります。とかく日本では、アートといえば過去の作品を想起しがちですが、美術史をひも解くとアーティストたちが常に問いを立てながら既成概念を越えていく仕事をしてきたことが分かります。未来の風景を作るのはアーティストです。

未来のコンパスを持つという作業は、未来のさまざまな方角を360度見渡して、色々なリファレンスとしてアーティストの活動を見ることから始まります。やがて未来の風景が見えてくると、シナリオが見えてきます。そのシナリオを見る際にアーティストから得られるものは、セカンドオピニオンのような視点です。企業などのディシジョンメーカーやガバメントが「こっちだ」と言った時、今までと違う選択肢を提示し、より良い判断を促す力というのを持つことができるのです。

この形にするのが一番勇気のいる作業です。実際にアクションに移せる人はごく僅かです。僕がアーティストたちに敬意を抱くのは、一市民としての責任を持って必ず形にしていくということです。その力を感じて学びとっていただければと思います。アートシンカーとなるだけでは不十分で、やはりアートドゥアー(アートの実践者)になっていただきたい。アートシンキングプログラムは実践者を生み出すプログラムだと僕は考えています。

久納:確かにアートシンキングはメソッドにはならないと私も思います。最終的には何か形にするのが到達点ではあると思いますが、アートシンキングという考え方を学ぼうとした時点で、自分の頭を使って自分で問題を発見し、自分から動いて実践していかないと、考え方自体すら理解できないと思うからです。やはり自分でコンパスを持って自分の脚で歩くことがベースになると思います。

田中:自分で問いを立てるということは主体性がないとできません。私たちとしてはステップを用意できますが、それをどうするかは企業や参加する人次第です。

竹内:スキルやノウハウではないことを前提に参加していただきたいですね。

一個人がアーティストマインドを持てる世の中へ

竹内:企業の創業者はアーティストに近い感性があると思います。色々な方向を考えた上でこれだと決めて、会社という作品を社会に対して投げ出してプロトタイプしていく。一組織の中の一個人が、創業者と同じようなアーティストマインドを持てるかがこれからの時代に問われていきますが、やはり体験を通じて何を感じるかが本質的に大事になっていくでしょう。その体験は強烈であればあるほど良いと思います。アルスエレクトロニカが考えるアーティストの三要件は、クリティカルシンキング、ストーリーテリング、ダイアログだと伺いました。今ある現実をいかに前向きに批判的に疑い、作った作品を通じてストーリーテリングをする。それを通じて社会とのダイアログを生むということです。それを実践できる組織や個人が生まれることへの期待があります。

小川:アートシンキングという心構えを、色々な人たちが持ち始めた時、本当に少しでもいい世の中が出来ると期待したいですし、それを広めていく際に博報堂との連携が非常に重要な役割を果たすと考えています。

――アルスエレクトロニカと博報堂のコラボレーションの今後の展望はいかがでしょうか?

田中:これからの社会をどう良くしていくかということを、さまざまなステークホルダーの人たちと考えていくコミュニティを作ることをミッションとしているので、それをより具体化し、実際に感じられる場やアクションを作っていきたいと考えています。ツアーに参加いただくのであれば、アートを消費して見るのではなく、アートと自分自身の価値観の対話を作る場として活用していただきたいと思います。そして、未来に向けて自分たちの所属する企業が何をするべきかを判断するファーストステップに使っていただければと思います。

竹内: AETIには「東京は未来のためのラボである」というコンセプトがあります。ツアーやスクールで築いたことを日本の企業と一緒に、東京というラボで実証実験をしていくエコシステムを、ヨーロッパと日本の間で作っていければと思います。

小川秀明(おがわ ひであき)
Ars Electronica Linz Gmbh & Co Kg、Director of Ars Electronica JAPAN

2007年にオーストリア・リンツに移住。Ars Electronicaのアーティスト、キュレーター、リサーチャーとして活動。2009年にオープンした新Ars Electronica Centerの立ち上げ、企画展・イベントのディレクションをはじめとした国際プロジェクトを手がける一方で、アート・テクノロジー・社会を刺激する「触媒的」アートプロジェクトの制作、研究開発、企業・行政へのコンサルティングを数多く手がける。アーティスト・グループh.o(エイチドットオー)の主宰や、リンツ芸術大学で教鞭をとるなど、最先端テクノロジーと表現を結びつけ、その社会活用まで幅広く活動を展開している。

久納 鏡子(くのう きょうこ)

アーティスト、リサーチャーとしてArs Electronica Futurelabで活動。
これまでインタラクティブアート分野の作品を手がける一方、公共・商業空間での演出や展示造形、大学や企業との研究開発など幅広く行なう。

竹内 慶(たけうち けい)
博報堂 ブランド・イノベーションデザイン局 ブランド・イノベーションデザイン一部長

2001年博報堂入社。マーケティングリサーチ、コミュニケーション戦略、商品関発等の業務を
担当した後、博報堂ブランド・イノベーションデザインに創設期から関わり、2004年より所属。
「論理と感覚の統合」「未来生活者発想」「共創型ワークプロセス」をコンセプトに、
さまざまな企業のブランディングとイノベーション支援を行っている。
ARS ELECTRONICA TOKYO INITIATIVEでは、博報堂側リーダーを務める。
著書に『ブランドらしさのつくり方』(ダイヤモンド社/共著)等。

田中 れな(たなか れな)
博報堂 ブランド・イノベーションデザイン局 クリエイティブプロデューサー

2007年博報堂入社。営業職として、様々な企業の広告制作、新商品開発、戦略ブランディング、メディアプランニングなど、ブランドのコミュニケーション設計に携わる。現在は世界的クリエイティブ機関・アルスエレクトロニカとの共同プロジェクト「ARS ELECTRONICA TOKYO INITIATIVE 」を推進し、企業のイノベーション支援プログラムを多数提供している。

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