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【別解が生まれた瞬間 #2】クリエイターの情熱から生まれた別解 ~コピーライター 宇佐美雅俊「SOUND HUG(サウンドハグ)」プロジェクト

2019.08.01
博報堂のクリエイティビティには、「別解」を生み出す力がある、と考えます。論理的にたどり着く「正解」では解決できない課題が増え続ける社会において、常識を打ち破る「別解」で課題を突破し、新しい価値を生み出していく。すでにさまざまな別解の芽が生まれ、未来を切り拓く挑戦が始まっています。
このインタビューシリーズでは、クリエイティビティで別解を生み出し、その社会実装に取り組む社員たちに「別解が生まれた瞬間」を尋ねていきます。第2回は「SOUND HUG」に携わった宇佐美雅俊です。

ひとつのツイートを見つけて

―― 宇佐美さんは落合陽一さん(ピクシーダストテクノロジーズ株式会社 代表取締役CEO / メディアアーティスト / 筑波大学准教授)と共同で、「SOUND HUG(サウンドハグ)※1」という音楽を身体で感じるデバイスを開発し、日本フィルハーモニー交響楽団(以下日本フィル)と組んでコンサートを開催しています。まずは「SOUND HUG」について教えてください。

宇佐美
SOUND HUGは大きな風船のような形をしていて、抱きかかえると体に直接音楽の振動やリズムが伝わる仕組みになっています。また、音程に合わせて色が変わる発光体でもあり、触覚と視覚で音楽を楽しむことができます。耳の不自由な方たちに音楽を楽しんでもらえるのはもちろん、耳が聞こえる方にも新しい音楽の楽しみ方を体験してもらうことができます。
2018年4月にSOUND HUGを使った初めてのコンサート「耳で聴かない音楽会」を開催しました。

画像左:SOUND HUG / 画像右:「耳で聴かない音楽会」の様子(主催・演奏:日本フィルハーモニー交響楽団)

―― どうしてSOUND HUGの開発に携わることになったのですか?

宇佐美
そもそもの始まりは2017年に、落合さんと一緒に開発した「LIVE JACKET(ライブジャケット)」でした。音楽は全身で楽しむものだ、という発想から、数十個の超小型スピーカーを仕込んだ「音楽を着る」洋服を作りました。

すると、それを知った日本フィルの方から僕に連絡があって、すごく興味を持ってくださったのですが、その時はお互いにいつか何かの形でご一緒できたらいいですねとご挨拶しただけで終わっていました。ところが、その数日後に、ひとつのツイートを見つけたんです。

仲井さんのツイート

それは、つくばで開催されたイベントでライブジャケットを体験したデフサッカー(聴覚障がいのある人のサッカー)選手・仲井健人さんのつぶやきで、「耳の聞こえない僕ら皆、気づいたらリズムに乗ってしまってました」「音楽に親しみのない僕らは欲しいなって始終言い合ってたとさ」という内容でした。

―― ツイートを見た宇佐美さんは。

宇佐美
すぐに日本フィルさんに連絡を取りました。ライブジャケットを使うことで、耳の不自由な人たちも一緒に楽しめるコンサートの可能性があるのではないか、と。落合さん、日本フィルの方々と僕で、具体的なコンサート企画が始まりました。当初はライブジャケットを全員に着用してもらおうと考えたんですが、それだとコストが掛かりすぎて現実的ではない、もっと簡易的に似たような体験をする方法はないかと議論を重ねる中でたどり着いたのがSOUND HUGという形でした。

SNS社会だからこそ実現できたプロジェクト

―― ジャケットが風船に。とても大きな発想の転換だと感じました。

宇佐美
風船型なら表面積が大きいので体に密着して振動が伝わりやすいし、抱きかかえると温かい気持ちになれる。しかも、風船なら安価です。でも柔らかすぎると振動を再現できないのでもうちょっと硬い素材で作ろうとか、いろいろと工夫を凝らしてプロトタイピングが進みました。

SOUND HUGを開発するにあたって落合さんがこだわったのは、「耳の不自由な人たちが、本当に楽しめるものをつくりたい」ということでした。ですからツイートをしてくれた仲井さんや聴覚の不自由な学生たちにも何度も協力してもらって、精度を高めていったんです。こうして細かい振動の強弱まで吸い取って音楽のリズムやメロディを伝えることができるSOUND HUGが出来上がりました。

僕自身がこだわった点は、一枚絵としての強さ、でした。ただ丸いだけではなく光る球体にして、低音なら青、高音なら赤と、音の高低によって色が変わる設計を加えていきました。それによって、視覚でも音楽を楽しめるものになりました。

画像左:打ち合わせ風景 / 画像右:打ち合わせ時のラフスケッチ

―― コンサートで、たくさんの光る風船が、抱いている人の動きに合わせて揺れる様子は壮観でした。

宇佐美
おかげさまで「耳で聴かない音楽会」は様々なニュースで取り上げられて、一般の方々にも知られるようになりました。今年の8月20日(火)にも「耳で聴かない音楽会2019」を日本フィル主催で開催されることになっていて、定着に向かって進んでいることはとても嬉しいです。

SOUND HUGって、激しい音楽ももちろん楽しめますが、実はクラシック音楽にすごく向いてるんですよ。振動を静かに感じてもらえる曲だと、ますますSOUND HUGの良さが活きるんです。
そのことを本当に実感した場面があって。耳の不自由な方々にSOUND HUGを抱えてもらって、ジョン・ケージが作曲した「4分33秒」(※4分33秒にわたって無音が続く楽曲)を聞いてもらったんですね。SOUND HUGは静寂の中の咳や洋服がこすれる音などのちょっとしたノイズも集音し、微かに光り、振動します。終了後に参加者の方が、「楽しい音楽が演奏されるのかなって思っていたら、とっても静かな音楽で、こういう音楽もあるんだなって思いました」という感想を言われていて、「まさにジョン・ケージが言いたかったことだ!」と落合さんが感動していたのは印象的でした。

―― テクノロジーの可能性をあらためて感じます。

SOUND HUG自体もそうですが、プロジェクトのきっかけがたったひとつのつぶやきだったり、コンサート資金の大半をクラウドファンディングで調達していたり、主催する日本フィルさんと一緒に動き出せたことなども、デジタルテクノロジーが進化した今だからこそ実現できたプロジェクトだなと思いますね。

別解で課題を突破する

―― このプロジェクトに“別解”が生まれた瞬間があったとしたら、それはどこだったのでしょうか?

宇佐美
このプロジェクトを実現するためにはたくさんの別解が必要だったと言えますが、特に大きなターニングポイントになったのは、コンサートができるほどの人数分のライブジャケットはコスト的に用意できないという課題に直面し、ローコストで作れる方法はないかと考える中で、SOUND HUGの形状を思いついた瞬間かなと思います。

―― プロジェクトで苦労したことは何でしたか?

宇佐美
SOUND HUGは補助デバイスではなく、「音楽の新しい楽しみ方のためのデバイス」だということ。耳が聞こえる人たちもSOUND HUGで音楽を楽しんでみたいと思えるものにしたかったんです。耳の不自由な人も耳が聞こえる人もみんなで一緒に楽しめる音楽会というところは、日本フィルさんの当初からの強い願いでもありました。

「耳で聴かない音楽会」

エネルギーは「情熱」から生まれる

――この取り組みは宇佐美さんにとってどういう意味がありましたか。

宇佐美
僕は博報堂のクリエイティビティというのは「実現力」だと思っていて、SOUND HUG開発の中で、その力の大きさと重要性を思い知りました。アイデアだけなら誰でも考えられる。でもそれをどうやって実現するかという答えを見つけられるのがプロなんです。

僕も一人のプロとして、これまでに自分が培ってきたクリエイティビティを社会に還元したらどうなるだろうと考えながら取り組みました。博報堂の人間として、企画も営業もPRもやって、「耳で聴かない音楽会」というコンサートタイトルも自分で考えて。そうして、日本フィルさんや落合さんと一緒に実現させたものが、大きな反響を生み出したことは、純粋に嬉しかったです。

博報堂の中には“未来を発明する”というビジョンがあるんですが、この仕事も博報堂の未来のショーケースの一つになればという思いもありました。

―― そこまで宇佐美さんを突き動かす原動力は何なのでしょうか?

宇佐美
情熱ですね。情熱がないと実現させられない。「今までなかったものを作りたい」とクリエイターなら誰でも考えますが、新しいことへの挑戦には不安も困難もある。そんな時、目的にたどり着くために必要なエネルギーや体力は、情熱がなければ生まれないと思います。別解を生み出す原動力も同じなんじゃないかと。人間の情熱って、枯れることのないエネルギーだと思うんです。このプロジェクトも大変だったんですよ(笑)。ひとりでやっていることならではの難しさもありました。実現まで持っていけたのは情熱しかないです。

―― 最後に、宇佐美さんにとって別解とは?

宇佐美
「解決と開発」です。解決は、正解を出すこと。開発は、発明すること。その両方を兼ね備えたものが「別解」なのではないかと。解決もしているし新しい発明にもなっている、それが別解だと僕は思います。そして、それをちゃんと実現させるということですね。

※1 「SOUND HUG」は、ピクシーダストテクノロジーズ株式会社の商標です。

「SOUND HUG」スペシャルサイト:https://pixiedusttech.com/soundhug

「耳で聴かない音楽会2019」概要:https://www.japanphil.or.jp/concert/23719

プロフィール

宇佐美雅俊
TBWA\HAKUHODO Disruption Lab コピーライター
2009年博報堂入社。2018年より、TBWA\HAKUHODO。Ars Electronic(アルスエレクトロニカ)やSXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)に出展するなど広告領域を超えて幅広く活動を行う。また、日本マーケティング大賞をはじめ、電通賞、文化庁メディア芸術祭など国内外アワードの受賞歴多数。直近では、Cannes Lionsブロンズを受賞。

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