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鷲田祐一氏×博報堂 岩嵜博論 デザイン経営とイノベーション
ーAI・IoT時代にこそ求められるデザイン起点の戦略設計ー

2019.06.25
デザインを経営戦略の起点に据え、イノベーション創出や課題発見に活用する「デザイン経営」が世界的な潮流になりつつある。しかし、日本では未だにデザインが「かたち」の領域だけにとどまり、デザイン経営の潮流に乗り遅れている現実だ。
政府の「産業競争力とデザインを考える研究会」座長を務めた一橋大学鷲田祐一教授と、博報堂ミライの事業室ビジネスデザインディレクターであり、ビジネススクールにおいてデザイン・クリエイティブ教育に取り組む岩嵜博論が、日本におけるデザイン経営の課題と可能性を探った。

デザイン経営に出遅れる日本。価値創造を経営課題として認識すべき

岩嵜 経済産業省・特許庁の「産業競争力とデザインを考える研究会」が2018年5月に発表した報告書『「デザイン経営」宣言』は、大きな反響を呼びました。「デザイン経営とは、デザインの力をブランドの構築やイノベーションの創出に活用する経営手法」、「その本質は、人(ユーザー)を中心に考えることで、根本的な課題を発見し、これまでの発想にとらわれない、それでいて実現可能な解決策を、柔軟に反復・改善を繰り返しながら生み出すこと」というデザイン経営の定義も極めてドラスティックで、研究会において非常に前向きな議論がなされたのだろうと感じました。
そこで、同研究会の座長を務められた鷲田祐一先生と、改めてデザインと経営、マーケティング、イノベーションとの関係性やクリエイティブリーダーシップの可能性などについてディスカッションしたいというのが今回の対談の趣旨です。
まず、『「デザイン経営」宣言』がこのタイミングで発表された経緯や背景を簡単に教えていただけますか。

鷲田 第四次産業革命が進展し、AI(人工知能)やIoTが本格的に普及した社会において、人間が担うべき本質的な役割とは何か、そこで求められるであろう創造的な人材像とはどんな資質・能力を備えるのか、……という問題意識が出発点です。前身となる「第4次産業革命クリエイティブ研究会」の時代から、さまざまな分野の有識者や実業界の方々をお招きして議論した結果、人材像に最も近いのが「デザイナー」ではないか、という結論に収斂していったのですね。と同時に、「デザイン」という語の意味合いやその課題も明らかになりました。

岩嵜 日本において「デザイン」が指し示す領域が、非常に限定的だということですね。

鷲田 その通りです。中国語ではデザインを「設計」と訳しているように、海外では設計・開発から意匠までを含んだ創造的活動全体を「デザイン」と呼ぶが一般的です。日本の場合、「設計」と「意匠」の2つに完全に切り離され、モノの見た目やかたちを意味する後者だけをデザインと呼ぶ発想が根強い。おそらく明治の産業政策まで遡ると思うのですが、理系人材が工業図面を書くような活動を「設計」として殖産興業のために非常に重視し、それ以外の部分をデザインだと定義してしまったのでしょう。

岩嵜 一方で海外では、デザインの領域はもっと拡張していますね。10年ほど前、来日した米イリノイ工科大学のデザインスクール学長が「デザインの領域は『かたちの創造』にとどまらず、『課題解決』や、さらには顕在化されていない新しい『opportunity』(機会)の発見にまで拡張している」と講演で語っていて、強く印象に残っています。しかし日本の場合、未だにデザインが「かたち」の領域だけにとどまっている。

鷲田 そこで我々は、デザインの定義を3つに分けて議論しました。つまり、色やかたちを対象とする「①狭義のデザイン」、UX(ユーザーエクスペリエンス/顧客体験)やビジネスモデルの創出、課題解決などまでを対象とする「②広義のデザイン」、さらに経営全体をデザイン思考でマネジメントする「③デザイン経営」です。なかでも①と②、どちらを重視すべきかは委員会でも見解が大きく分かれ、活発な議論がなされました。潮流としては、これからの競争力のカギは課題解決にあり、それを対象とする「広義のデザイン」にシフトしていくべきとの主張が強まっています。しかしその一方で、日本の競争力の源泉であるはずの「狭義のデザイン」の力が失われつつあり、そこを強化すべきだという意見も根強い。
ただ少なくとも「価値創造やイノベーション創出が重要な経営課題になっている」という認識では一致していました。そのことをまずもって経営層が認識し、経営者一人一人がそのために経営を刷新していかなくてはならない。それを提言する意味合いで『「デザイン経営」宣言』というかたちで発表したのです。

岩嵜 報告書で提案されている「デザイン経営」の概念は、非常に意欲的な内容だと思いました。本来、価値創造もイノベーションも経営者の仕事であるはずなのに、そう捉えている方は極めて少ないのが現状です。AI時代に人間のできることが価値創造であるならば、それを経営課題として経営者が認識することが第一歩。こうした意識改革が求められている今のタイミングで、価値創造型、課題解決型の「デザイン経営」の概念が提唱されたのは、大きな意義があると思います。

求められるクリエイティブリーダーシップ。デザイン起点の戦略設計へ

岩嵜 デザイン経営の潮流をグローバルで見ると、最近は大企業も、外部のデザインファームをM&Aによって積極的に取り込む例が増えています。あるいは、社内のデザイン組織をマネジメントするエグゼクティブ人材を外部からハイヤリングして強化したり。明らかに、こうした企業は「広義のデザイン」の力を経営の中核に取り込もうとしていますが、日本は大幅に出遅れていると感じています。今回の提言を踏まえて、日本企業はどのように変革していくべきでしょうか。

鷲田 そもそもデザイン人材が少なすぎるという現実的な問題があります。大手電機メーカーでは、社員の8割程度がエンジニア出身という例が珍しくない。製造部門の現場で働く人材が多いとしても、冷静に考えて多すぎでしょう。ここを変えていくべきで、エンジニアの半分ぐらいはデザイナーにすべきだと本気で思っています。もちろん、いろんなタイプがあっていい。絵が得意なデザイナーもいれば、絵は描けないけどビジネスモデルは描けるデザイナーもいると。
同時に求められるのが、従来型のデザイン組織の抜本的な見直しです。製造業を中心に、日本の大手企業の多くがインハウスのデザイン部門を持っています。その職務をどう再定義していくかが、経営上大きな問題になっているからです。

岩嵜 ものづくり企業が重視してきた、プロダクトデザインのスキルセットを中核とする「狭義のデザイン」が機能しなくなりつつあるということですね。

鷲田 私は、やはり経営に「広義のデザイン」がもっと関与すべきだと考えています。現状ではデザインが関わるのはビジネスの下流工程だけで、最上流の戦略設計を担っているのは経営者とエンジニアというケースが多い。つまり日本の場合、経営の戦略決定において、まず技術の話が関わってくるのですね。現時点でどんな技術があって、どれぐらいの収益が見込めそうか、という話になりがち。そうではなくて、これからどんな未来が訪れ、どんな課題が起こるのか。生活者は何を求めるのか。経営者とデザイナーとの対話が戦略の起点となっていくのが望ましい。

岩嵜 デザイナーのようなクリエイティブなマインドセットをもったリーダーシップは、今後の日本企業の経営にどう貢献していくのでしょうか。

鷲田 デザイナーはあまり経営には直接関係ないと思われがちですけど、そもそも彼らは「論理的に考えること」と「直感で捉えること」、「演繹的思考」と「帰納的思考」の両方ができる人たち。その意味でイノベーション創出に欠かせない存在ですし、経営者の戦略設計にとって大変重要な人材のはずなんです。
例えば問題提起型のビジネスを開発するには、まず「こういう問題領域があるよね」と発信することが重要です。今はネットワーク効果が大きい時代なので、先行した企業ほど優位になる。だからリーンスタートアップで、サービス自体は完璧ではないけれど問題領域を指し示すタイプのビジネスをいち早く提案する。そこではデザイナーが非常に強力な武器になると思いますね。

岩嵜 最近では、デザイナーを含んだマネジメント集団としてスタートした企業が、問題提起型のビジネスを生み出している例も出てきていますよね。

鷲田 報告書にもありますが、そのためにはCDO(Chief Design Officer)やCCO(Chief Creative Officer)といったデザイン責任者の職位とそのためのキャリアパスを確保して、デザイン人材が経営に参画できるようにすることが求められます。私自身はもっと直裁的に、デザイナーやクリエイターをどんどん取締役に就任させるべきだと思っています。

デザイン教育とsynthesisの重要性

岩嵜 CDOやCCOのようなエグゼクティブ人材を生み出す教育プロセスも重要ですね。
私は2018年に開講された新しいビジネススクールで、価値創出の手法としてのデザイン思考の講座を受け持っているのですが、そこでの課題が「synthesis」をいかに理解してもらうかです。デザイン思考は、

①empathy……共感的に理解する
②synthesis……統合によって新しい概念を創発する
③prototyping……プロトタイプを通じて検証する

という3つのコンポーネントから成りますが、一番難しいと言われるのが②です。無関係のAとBを結合させて、まったく新しいXを生み出す「synthesis=統合」は創造性の基本であり、イノベーション創出に欠かせない概念です。例えば、スマートフォンは携帯電話とコンピュータが結合して生まれたものと言えます。このように、要素と要素を結合させて新しい意味や価値を生み出すのがsynthesisですが、なかなか体感的に理解されない。
鷲田さんも現在、ビジネススクールでデザイン・クリエイティブ教育に取り組まれているそうですね。

鷲田 はい。たしかに価値創造にとってsynthesisをいかに連続的に生み出すかは重要です。また課題解決を生み出すために、社会がこれからどう変わるのかを考えることも必要です。
そこで、手法としては「未来洞察アプローチ」を扱っています。社会がどう変化するか未来のシナリオを仮説的に考え、これを現在直面している課題群と結びつけてsynthesisを強制的に生み出し、新たなアイディアを構想するという手法ですね。synthesisらしきものを体験してもらうことで、生産性ではなく創造性というものが何なのか、わかってもらえるのではないかと。

岩嵜 なるほど。

鷲田 未来洞察は、現在の延長線上から切り離した未来シナリオを描いていく試みなので、synthesis行為自体は比較的体験しやすい。しかし半面、prototypingが難しい面があります。デザイン思考はprototypingがしやすいかわりにsynthesisがなかなか実感を持てないのかもしれません。
このほかにも新しいアプローチが登場しているので、そのうちいい方法が出てくると期待しています。いずれにせよ機会を提供していくことが重要で、いろいろと取り組んでいるところです。

デザイン経営とマーケティングの革新

岩嵜 鷲田さんはデザインと経営の融合を図ると同時に、マーケティングの領域もドラスティックに変わるべきと言われていますね。

鷲田 STPや4Pなどに代表される狭い意味でのマーケティング活動は、すでに行き着くところまで行き着いて、大きな発展性は期待しにくいでしょう。同様にブランディングも岐路に立っている。

岩嵜 そんななかで可能性があるのが、イノベーション領域だと思います。マーケティングがイノベーションの領域を取り込んでいく、あるいはマーケティングとイノベーションが融合していくということでしょうか。

鷲田 そうですね。そもそも市場性のないものはイノベーションにならない。市場との対話の中で新しい価値を生み出すマーケティングの活動とイノベーションは本来、表裏一体のものです。この10年ほどのイノベーションブームは、マーケティングをかたちを換えてもう一度強化しているということでしょう。

岩嵜 従来型のマーケティングがイノベーションを取り込む上での課題は何でしょうか。

鷲田 日本の場合、「イノベーション=技術革新」という誤解をやめるべきですね。技術の領域で、理系の人がやるものだと思われていたけど、それは違うと。多くの日本の経営者たちもそれに気づいているので、「イノベーションとはマーケティングである」という姿勢を明確にしてほしい。

岩嵜 「新しい価値をどう創造するか?」という営みにおいてマーケティングがイノベーション領域に広がっている。あるいは互いに融合して、イノベーションとマーケティングが同じような意味合いを持ち始めている。今後この傾向はビジネスのデジタル化によってさらに加速すると考えられます。製品・サービスなどのイノベーションとマーケティングはデジタルによって一体化し、その垣根は一層なくなっていくでしょう。デザイン経営とは、まさにイノベーションとマーケティングが融合した価値創造の時代における重要な経営イシューだと言えるのではないでしょうか。

対談を終えて(岩嵜 博論)

いよいよデザインが経営のイシューになるタイミングが来た。昨年デザイン経営宣言が経済産業省と特許庁から出されたときに直感的にそう感じた。

実はこれまでもデザインが政策立案やビジネスに関わる役割について、度々議論がなされてきた。その際も意匠という従来の意味を超えてデザインの持つ可能性が検討されて来たが、その検討はなかなか定着しなかった。まだまだ日本社会では、デザイン=意匠という引力が強かったのだろう。

その間に、グローバル社会におけるデザインの活用は、意匠領域に留まることなく、デジタル領域やイノベーション領域に大きく拡張し、ビジネス的な成果も生み出すようになった。デザインの活用において日本社会とグローバル社会とのギャップは広がるばかりであった。

今回のデザイン経営宣言は、このような状況の中、鷲田さんを始めとした各界の識者が議論を重ね、改めてデザインの拡張と活用についてその役割を世の中に問うたものだ。議論の過程において、Design for Brandingと、Design for Innovationが個別に議論され、それらを束ねるものとしてデザイン経営、つまり、デザインはブランディングとイノベーションを束ねる経営のツールだという明確な宣言がなされたことは画期的だと言える。

なぜ、今デザインなのだろうか?対談の中でも触れたSynthesisはデザインに特有の概念だ。未来を洞察するために既存の課題と仮説を強制的に結びつけるのも、既存の概念同士を組み合わせ新しい概念を創出するのもすべてSynthesisの効果だ。先がある程度想定できる時代のビジネスにおいては、既存の選択肢を分析的に比較して意思決定するだけで十分だったのかも知れない。一方で、不確実性の時代において、既存の選択肢そのものを疑い、新たな選択肢を創出することが求められる。

このような状況において、デザイン特有の知のあり方であるSynthesisが果たす役割の重要性が認識されつつある。分析的思考だけではなく、Synthesisに代表されるデザインの知、創造的な思考をマネジメントの対象とする時代が到来しているといえる。そういう観点ではデザイン経営という言葉はとても示唆的であり、行動誘発的だ。デザイン経営という概念のもと、企業がデザイン経営を実行できているかどうか、企業の組織やプロセスがデザイン経営に即しているかどうかが問われ続けることが、未来の成長に向けた企業の変革につながるのではないだろうか。

Profile

鷲田 祐一(わしだ ゆういち)
1991年に一橋大学商学部経営学科を卒業。博報堂に入社し、マーケティングプラナーになる。その後、同社生活総合研究所、研究開発局、イノベーション・ラボで消費者研究、技術普及研究に従事。また2003年~2004年にマサチューセッツ工科大学メディア比較学科に研究留学。2008年に東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻博士後期課程を修了し、博士(学術)となる。ハイテク分野において、いわゆる「イノベーションの死の谷」現象がなぜ発生するか、克服には何が必要か、という視点から、ミクロ視点での普及学を研究。その延長としてユーザーイノベーション論、シナリオ構築による未来洞察手法、デザインとイノベーションの関係なども研究している。

岩嵜 博論(いわさき ひろのり)
博報堂において国内外のマーケティング戦略立案やブランドコンサルティングに携わった後、米国シカゴのデザインスクールを修了。現地デザインファームでのインターンを経て、帰国後は製品・サービス開発や新規事業開発のコンサルティングに従事。現在は、博報堂の新事業開発部門にて事業開発をリードしている。イリノイ工科大学Institute of Design修士課程修了、京都大学経営管理大学院博士後期課程修了、博士(経営科学)。著書に『機会発見―生活者起点で市場をつくる』(英治出版)、共著に『アイデアキャンプ―創造する時代の働き方』(NTT出版)など。

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