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なぜkyuなのか?

2019.04.15
「kyu」とは、世界的なデザインイノベーション会社であるIDEO、Sid Lee、SYPartnersなど、いずれも最先端でユニークな専門性を有する10社をネットワークに持つ、21世紀型クリエイティブサービス企業集団。博報堂DYホールディングスの戦略事業組織でもあります。当インタビューシリーズでは、kyuの様々なリーダーが「ストーリーテリング」や「トランスフォメーション」などの概念について、それぞれの実践に基づいて語っていきます。シリーズ導入回である今回は、kyuのCEOであるマイケル・バーキンがkyuを立ち上げたきっかけや意義について語ります。

──kyuとはどのような組織ですか?

kyuは、2014年5月に組成された、博報堂DYホールディングスの戦略事業組織です。世界的なデザインイノベーションファームであるIDEOをはじめとして、クリエイティブ&マーケティングエージェンシーのSid Lee、経営変革コンサルを手掛けるSYPartners、デジタルマーケティング専門のKepler Group、行動経済学を軸としたコンサルティングを提供するBEworksなど、2019年4月現在で10社、11のサービスブランドを有しており、欧米を中心に2,000人を超える従業員が働いています。

kyuの目的は「経済と社会を前進させるクリエイティビティの源」となることです。私たちは意図的に「ブランド」という言葉も「企業」という言葉も使っていません。これは何も、ブランドや企業の仕事はしたくないからではなく、クリエイティビティで達成できることの範囲を広げたいと思っているからです。

私たちはクリエイティビティを、最も広く遠大な意味で捉えています。商品やサービスをどのようにデザインし、開発するか、組織をどのように変革するか、ブランドをどのように再構築するか、社会インフラをどのように整備するかといった意味でのクリエイティビティです。私たちは最初から、このアプローチを受け入れ、協力できる個人と企業を集約してきました。

同様に、私たちは「探究者」である企業も探しています。それは、過去にこだわらず、未来に目を向けている企業、新たなプラットフォームを誰かに渡さず、自社で活用するために構築することを望む企業、ディスラプションの進む市場でパワフルな新規参入者に勝つためには、ディスラプトされる側ではなくディスラプトする側に回らなければならないことを理解する企業です。「ディスラプトする側に回る」とは、でき上がった構造に強制されるのではなく、パートナーシップを通じて活用できる新たな、異なるスキルを受け入れることを意味します。

このパートナーシップの精神をkyuでは「コレクティブ」と呼んでいます。つまり、各社がフラットな構造のもとで、その専門性と先進性をいかんなく発揮できるような企業のグループという意味です。当然のことながら、適切なコントロールは必要であり、kyuの財務管理は多くの点で、他のグループと似通っています(但し、より人間的なものにするという希望はあります)。しかし、グループのDNAは異なっています。メンバー企業と個人が自発的にコラボレーション(協力・協働)することで、起業家精神を維持しながらよりインパクトの大きい活動が可能になるからです。

あらゆる世代が新しいアイディアを生み出します。その中で、本当に続くものはわずかしかありません。それでも、私たちの業界は現在、急速な変化を遂げつつあります。デジタル化が従来型のサービス提供者に真の影響を及ぼすには、ほぼ25年を要しましたが、その影響はもう浸透しています。

──kyuの構想は主に、業界のどのような動向から生まれたのですか?

世界でデジタル化が進む中で、私はマーケティングにも本質的な変化が生まれていることに気づき始めていました。

この変化は何よりも、デジタル技術を通じた個人、すなわち生活者のエンパワーメントに端を発しています。デジタル化については、多くの議論がありますが、その根底にあるものはシンプルです。デジタルの世界では、個人がかつてないような形で、自分の世界をコントロールできるということです。確かに、新しいパワフルな組織が台頭し、旧来の組織に代わっていますが、それだけではなく、携帯電話を介して数十億の新たな世界が作り出されています。私が自分の世界の中心にいると同時に、あなたも自分の世界の中心にいるということです。人類が進化する中で、私たちは自分たちが出来事をコントロールする世界と、出来事によって自分たちがコントロールされる世界との間の果てしなく続く戦いを目の当たりにしてきましたが、今この戦いの行方を左右する力が働いていることに間違いはないでしょう。

マーケティングにおいては、最初の変化は「製品中心」の思考から「体験中心」の思考へのシフトとなって表れました。これによって生まれたのが、生活者と企業の共創によって特徴づけられる「価値主導」型のマーケティング・アイデアです。言い換えれば、生活者が企業に対し、製品や利益以外のものを期待する中で、企業はもっと社会的な価値を創造できる新たな機会を得ています。企業も、各業界も、そして経済全体も、新たな課題を解決し、新たな機会を掴むことに目を向け始めたのです。コンサルタントやエージェンシー、サービス企業が、顧客企業の抱える異なる問題の解決に、異なるレベルで異なる種類の貢献をし、異なる結果や成果をもたらせるチャンスが出てきたのではないか、と私は感じていました。例えばIDEOのデザインシンキングのように、クリエイティブな問題解決の思考法そのものが国境を越えて広がり、受け入れられる時代になってもいます。

博報堂DYホールディングスの戸田社長も私も、同様な考えを持っていたため、意見交換を進めるうちに、数百社の会社を買い、その構造自体によりストレスを抱えてしまう古い企業戦略によって、メガエージェンシーを目指すのではなく、クリエイティビティを軸に、唯一無二の企業を集めた運動体にしようということで意見が一致したのです。

私たちの戦略は、その名前自体に表れています。kyu(kは常に小文字)は、「球」と数字の「9」にかけて名付けられました。ちなみに英語でCloud Nineは「完全に幸福である状態」を意味するのです。しかし、それは9社だけ買収するという意味ではなく、コレクティブ全体で理念を共有するために、丁寧に、丹念にキュレーションされた、限られた数の会社をコアとした共同体を作っていこうという考えです。

──コレクティブの側面の一つがコラボレーション(協力・協働)と先ほど伺いましたが、現時点でどのようなコラボレーションが発生していて、将来的にどのようなコラボレーションの形を望まれていますか?

企業のニーズに合わせて、kyuコレクティブ内の特定の会社を紹介したり、ひとつの企業に対してkyuのいくつかの会社が協働し、統合的なサービスを提案したりします。ピッチに勝ち、動いている案件もすでにいくつかあります。特に中東での案件が活発化しているところです。このように企業の課題を原点として協働するということも考えられますが、一方で社会の課題を原点として協働していくというやり方もあるのではないかと思っています。過去にも北米におけるエイジングをテーマとした取り組みを展開した事例がありましたが、今後コレクティブとして、社会に存在する様々な課題に、クリエイティビティに根ざした思考法で挑戦していくということは増えていくと思います。

協働という意味では、kyu独自の取り組みもあります。例えば、kyuの本社があるニューヨークでは、「kyuスタジオ」という協働専用のスペースを開発しました。空間自体の方向性については、数ヶ月ごとにローテーションで担当を一社決め、その会社が自身で選んだテーマに沿ってスペースを作っていきます。

2019年最初に担当するのはSid Leeで、活動は2月から始まりました。彼らは、日本よりも北米でより一層激しさを増しているはずの「人材獲得」をテーマとします。kyuスタジオ・プロジェクトは、人材確保のベストプラクティスや、新しい手法の提案のほか、ダイバーシティ、インクルージョンなどのテーマにも取り組んでいきます。

また、この空間の新しい活用法も色々と考えています。ここはkyuの異なる会社のメンバーが集まって一つの企業に向けた提案を作り上げる場であってもいいし、課題解決のためにワークショップをする場であってもいい。特定のテーマについて、内外に向けたトークセッションを開催する場であってもいいでしょう。このプロセスはすでに始まっており、kyuという存在の「見える化」によって生まれる機会を、私たちは今から楽しみにしています。

最後に、2017年よりkyu MARUという人材交流プログラムも開始しました。これは、kyuの会社から特定の社員を別の会社に出向させる取り組みで、受け入れ先の会社のことをより深く理解することにもなりますし、人間的なつながりも広がります。参加者は受け入れ先で、自分と同じ業務や違う業務にどのような別視点から取り組んでいるのかも体験できるでしょう。参加者のスキルや知識を広げることで、創造性を刺激するきっかけになれば、と思っています。

──kyuの5年間を振り返って、最も印象に残っているエピソードを一つ上げてください。

kyuのこれまでの5年間で最も印象に残っている瞬間を挙げるとすれば、Sid LeeとIDEOを迎え入れられたことに触れずにはいられないでしょう。この2社は多くの意味で、私たちが目指す姿のバックボーンを形成しているからです。両社とも、私たちが話を持ち掛ける前に、数多くの誘いを断っています。私たちに信頼を寄せてくれたことに、感謝しています。

しかしSYPartners、特に会長のキース・ヤマシタとCEOのスーザン・シューマンなしに、kyuを語ることはできません。2014年に彼らに話を持ち掛けるまで、私たちの頭にはぼんやりした考えしかなく、しかも彼らには、別の魅力的な誘いもかかっていました。2人はすぐに博報堂DYグループの思想やコミットメントを信頼し、kyuに独自の目的意識をもたらしました。それは今でも変わっていません。

買収成立後、私はキースやスーザンと「kyuのビジョンをどのように定義するか」について話し合うことになりました。その事前準備として戸田社長に考えを聞いたのですが、その返答は、「自分は『クリエイティブ資本論』(リチャード・フロリダ著)という本に注目している。しかし、何事にも囚われず、全く自由に考えてくれることを望んでいる。」というものでした。この本を読み、その内容があまりにも自分の考えに沿っているのでとても驚きました。そこで、キースとスーザンとの初会合でも、冒頭にクリエイティブ資本論の序章を20分近く朗読したのです。

リチャード・フロリダの主な論点は、知識や情報を用いて構築されるクリエイティビティこそ、社会に生産的に働きかける競争優位の源泉だというものでした。最もインパクトの大きい変化を引き起こす刺激となるのは、クリエイティブな思考と行動です。つまり、クリエイティブ・クラスを養成できれば、人類の成果もそれだけ大きなものになる、ということです。

読み終わると、キースとスーザンはニコニコと笑って、「我々は自分達の主張をプレゼンテ―ションするために、十分な用意をしてきたけど、その必要が無くなってしまった。何故ならば、マイケルの朗読の中に、その大事な部分が殆ど含まれてしまっているから」と言ったのです。

kyuは誕生した時から独自の目的意識と精神的一貫性を備えていたのです。

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