博報堂が発刊している雑誌『広告』は、1948年に広告文化の創造と発展を目的に創刊された季刊誌です。博報堂の社員が中心となって編集制作を行い、数年に一度、編集長の交代とともに全体テーマや装丁、編集体制の一新を図っています。
2019年より、博報堂のプロダクト・イノベーション・チーム「monom(モノム)」代表の小野直紀が雑誌『広告』の編集長を務めます。リニューアル号発行特別企画として、新編集長による平成の歴代編集長10人へのインタビューを随時公開していきますので、ぜひご覧ください!

雑誌『広告』新編集長 小野 直紀
博報堂monom代表/クリエイティブディレクター/プロダクトデザイナー

1981年生まれ。2008年博報堂入社。2015年に博報堂社内でプロダクト・イノベーション・チーム「monom(モノム)」を設立。手がけたプロダクトが3年連続でグッドデザイン・ベスト100を受賞。社外ではデザインスタジオ「YOY(ヨイ)」を主宰。その作品はMoMAをはじめ世界中で販売され、国際的なアワードを多数受賞している。2015年より武蔵野美術大学非常勤講師、2018年にはカンヌライオンズのプロダクトデザイン部門審査員を務める。2019年より雑誌『広告』の編集長に就任。

広告からいちばん遠い世界へ

雑誌『広告』歴代編集長インタビュー|第1回 木原 龍太郎

平成以降に雑誌『広告』の編集長を務めた人物に、新編集長の小野直紀がインタビューをする連載企画。第1回は、平成29年1月~平成30年10月に編集長を務めた木原龍太郎に話を聞きました。
「野生の直感を大切にするアナログ発想マガジン」をテーマに掲げ、編集委員が一丸となって突撃取材を敢行した2年間。広告会社らしからぬスタイルを貫き通したのは、なぜだったのでしょうか。

まずは全力で逆走してみる。

小野:木原さんの『広告』を初めて見たとき、「なんだこれは!」と思ったんです。見たことがないテーマ設定とビジュアルの掛け算が斬新でした。

木原:予測通り実売部数は下がったけどね(笑)。『広告』っていうタイトルの雑誌なのに、まったく関係ないことしか書かれてないわけだから、“タイトル詐欺”に近い。

「この雑誌にマーケティングや広告に役立つことは書かれてないな」って去っていった読者のみなさまは多いと思いますよ。でも、一部の人たちが「こういう雑誌もありじゃないか」って熱狂的なファンになってくれた。多くの人になんとなく支持されるより、少なくとも熱狂的に支持されたことがいちばん嬉しかったね。

小野:確かに、いままでの雑誌『広告』っぽくないですよね。

木原:最初にアートディレクターと話したのは、「大人のための少年誌を作ろう」ってことだったんだよね。小野が言うように、雑誌『広告』っぽい世界観って確かにあったし、もっと言うと、広告会社で働くアドマンがいかにも作り出しそうな世界観ってのもあると思うんだ。

俺みたいに頭にタオルなんぞ巻かず、腕を組んで小難しい横文字を連発して必要以上にカッコよく演出しちゃう、みたいなね。でも実際さ、俺らの頭の中にはやんちゃでガキっぽい部分がある。むしろ、バカバカしいことばかり考えていたりする。もう、その頭の中に住む少年的な部分をそのまま剥き出しにしちゃえ、って考えたんだよな。

木原 『広告』のテーマは裏切りだった!?

小野:そもそもなんですけど、なぜ「野生の直感を大切にするアナログ発想マガジン」というテーマで雑誌を作ろうと思ったんですか?

木原:今の時代はさ、ありとあらゆるものが整理整頓され最適化されて、検索すれば簡単に欲しい情報だとか行きたい場所に最短距離でたどり着ける。たしかに便利なんだけど、一方で面白味を感じないんだよね。

紙の雑誌をパラパラめくる楽しさって、新しい町を訪れてフラフラと迷う感覚なんじゃないかと思ってさ。海外の見知らぬ土地で偶然出会ったナイトバザールをさまよう感じだな。路地を曲がるごとに見たことがないような風景が広がるように、ページをめくるごとに「なんだこれ!」って驚きがある。もちろん読み物としても楽しんでほしいんだけど、めくって眺めるだけでもちょっとした緊張感があって楽しい。目指したのは、そういう雑誌かな。

小野:木原さんの『広告』には、ステートメントに必ず「広告からいちばん遠い世界へ」と書かれていました。これももうひとつのテーマですよね。

木原:要するに、わかりやすい広告業界的なテーマとは逆に行こうっていう話。実はさ、最初に偉い人にお願いしてみたんだよ。『広告』っていう雑誌名は変えられないと思うから、小さく「脱」ってつけていいですか? って。『脱・広告』ね。まぁ、ダメだと(笑)。

小野:広告の反対に向かうって、相当な裏切りですよね。

木原:そうだね。時代を先読みする力、コンセプトワーキング、ストーリーテリングとか、そういったものがアドマンの持つスキルだとしたら、それをひとつひとつ違う方向にリプレイスしていく。脱・広告に近い。新・広告なのかもしれない。ごちゃごちゃしたカオスの中からもっと違うものを生み出す。結論づけないおもしろさや、過程のおもしろさを大事にしたかった。
だから、取材に行くとタイトルのイメージと誌面のギャップに驚かれたね。「どうも、雑誌『広告』です」って見本誌を見せたら、「え、これですか?」って(笑)。

小野:「思ってたのと違う!」と(笑)。

木原:そうそう。「博報堂ってあの博報堂ですよね?」って。何度も念押しされたよね。

編集方針は、自分の体を張ること、自分で迷うこと。

小野:企画ひとつひとつを見ていくと、木原さんをはじめ編集委員みんなが体を張って取材してましたよね。

木原:自分で体験して苦しんだり、試行錯誤しながらなにかを模索したりすることこそおもしろいって思ったからね。リニューアル1号目に「全力迷走の世界」って特集を組んだんだけど、もう初っ端から意味不明でしょ? 「なに、この特集?」って編集委員もポカンと口を開けてたくらいだから。どう企画を立てるか、手がかりさえつかめないんだな。でも俺は、「そう、その調子!」「とにかく体を張ってなにかに迷ってきてくれ」と現場に直行させた。それ以来、体を張って行動しないとなにも始まらないんだ、ってみんな認識していったんだよね。

小野:企画はどうやって決めていったんですか?

木原:編集会議は1回もやらなかったなぁ。もちろん特集テーマは俺から編集委員に振り出すんだけど、「あとはみんながそれぞれ考えてくれ」って。編集会議をやっちゃうとさ、みんな同じ方向にまとまっていっちゃうでしょ。そうじゃなくて、みんなの考え方や捉え方の違いを生かして、収集がつかなくなるくらいに企画を散らかしていく。編集の“編”は編むって書くけど、俺たちは“変”を集める“変集”だった。誌面に一体感とかストーリー性が生まれるはずもないよね(笑)。

小野:一体感はないかもしれないけど、世界観はすごくありますよね。“変集”スタイルは、雑誌のあり方への挑戦でもあったわけですか?

木原:挑戦ってほどのことじゃないよ。俺らは雑誌のプロじゃないし、編集長も編集委員もクリエイターとしてまだまだ無名なわけだよ。そんな人間たちが集まって作るのに、「編集長の言うことは絶対だ!」って俺がトップダウン式でやってもいいものは生まれない。全員がボトムに生息する住人であることを認めて、汗をかきながら作っていかなきゃダメだと思ったんだよ。

でも蓋を開けてみたら、俺も含めボトム同士でお互いの足を引っ張りあうもんだから、言ってみれば“ボトムダウン”みたいな感じだったかな、実際は。ボトムからさらに下に突き進んでいく。たとえば、「北海道で昆布採ってこい!」って編集委員にパシられる企画があったんだけど、いきなり編集長である俺がいちばんの汚れ役だからね(笑)。

小野:原稿もすべて社内の編集委員が書いてたんですよね。

木原:絶対に自分で書かせたね。プロのライターさんにお願いしたり、寄稿で誌面をつくることはほとんどしなかったな。ほぼ100%内製を目指した。「誰、お前?」って言われようが「バイネームで書け」と。

広告会社の人間のクセなのかもしれないけれど、みんなちょっと目を離したら、「時代は~」とか「世代は~」とか主語を抽象化していくでしょ。そうじゃなくて、文章の主語はいつも「僕は〜」「私は〜」でいけと。雑誌作りのプロからは「稚拙だ」って言われたりもしたけどね。日記じゃないんだからって。でも、隠れてなにかを偉そうに伝えるんじゃなくて、自分でこんなことやってこんなことを感じた、っていうのを大事にしようと。

その弊害で、どの企画も過程ばっかりで結論が書かれてないけどね(笑)。「こんなことやって苦しかった」とか、「結局わからなかった」とか。でも、そういう結論なき企画ってすごくおもしろいし、誌面から伝わる熱量も格段に大きいと思うんだよね。

逆に、最初から「こういう結論を導きたいんです」って編集委員が出してきた企画には「そんな探偵みたいなことやめちまえ!」ってNGを出した。やってみて初めて結論が見えてくる企画とか、取材の過程に苦しみとか試行錯誤がある企画の方がおもしろいから。「結論なんて見えてなくていいから、とりあえず現場に行ってこい」と。取材が成立しなかったなら、「企画が成立しなかったってことを書いてくれ」って。

渾身の一冊、イチオシの記事。 狩りに近い「狩材」スタイルの確立。

小野:木原さんは2年間で8冊の『広告』を世に送り出したわけですけど、その中で渾身の一冊とオススメの企画を教えてください。

木原:渾身の一冊…か。実はさ、俺らの中で、4号目の特集「奇々怪々の世界」はかなり洗練された完成度の高い号ってことになってるんだよ。「うまくまとめられて雑誌っぽくなってきたよ」なんて声かけられたりしてさ。普通だったら、このままどんどん洗練させていこうってことになるんだけど、俺は「これはヤバい」って思った。異国のナイトバザールのはずが、近所のショッピングモールみたいになっちまう、って。で、全力で振り出しに戻ろうとしたわけだ。
その号が特集「奇抜な情熱」。サブタイトルが「場外ファウルボールをかっとばせ!」。せっかくいいとこまで行ったのに、またしても何のことやら意味不明。「よくなってきたね」って褒めてくれた人たちはがっかりしたと思うよ(笑)。「戻っちゃったよあいつら。バカじゃないの!」って。だから、渾身のバカっていう意味で、俺らっぽい一冊は、この号かな。

木原元編集長が選んだ“渾身の一冊”は、平成30年(2018年)の冬に発行された『広告』vol.409 特集は「奇抜な情熱 〜場外ファウルボールをかっとばせ!〜」
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小野:それ、すごくおもしろいですね。洗練されたものを壊して作った号が渾身の一冊っていうのが。一度壊してから得られたものってありますか?

木原:自分たちのスタイルが確立された感じはするな。取材ってさ、材料を取るって書くでしょ。でもこの号から、俺たち編集部にとって取材の「取」は狩猟の「狩」になった。ただ取りに行くんじゃなくて、こっちもリスクを背負い、捨て身で狩りに行く。「狩材」だよね。たとえば静岡の浜松で「全国デコチャリ青年団」のふたりを取材した企画ね。

小野:デコチャリ?

木原:デコチャリってのは、デコトラみたいにデコレーションした自転車のこと。彼らはそのデコチャリに情熱を捧げているんだけど、この時は俺も100円ショップの材料で「百均丸」っていうデコチャリを作って取材に行ったわけ。なぜかって、彼らの心の奥底で燃えている情熱を聞きたいと思った時にさ、広告会社っぽくスーツを着て“取り”に行く取材をやっちゃったら、本当の「奇抜な情熱」の部分を話してくれないと思ったんだよ。それっぽく整理された情熱なら聞けるかもしれないけど、それじゃ意味がない。
そう考えた時、俺も自分でデコチャリを作って彼らに会いに行かなきゃダメだと思った。現場で取材前にパーツをいじってたらさ、「わかるわかる。俺たちも最初はこうだったよな」なんてふたりで話してるんだよ(笑)。デコチャリの後輩として俺のことを見てくれて、やっぱり話も弾むんだよね。

小野:友情に近いものが芽生えてくるというか。

木原:そうなんだよ。あとさ、この号は浜松取材の後に京大の学生を取材する企画があったんだけど、なぜか「浜松から京都までデコチャリこいで会いに行ったほうがいいんじゃない?」っていう流れになった。まったくデコチャリに関係のない企画だよ。まぁ、その過程もページにしたんだけどね。でもやっぱりさ、「デコチャリで走って会いに来たぞ!」ってなると、みんな「なんか変なヤツが来た」ってザワついてくれる。初対面なのに、考えていることの深い部分が引き出せるようになるんだよ。

小野:じゃあ、この号でいちばん思い入れがあるのは、デコチャリで学生を訪ねた企画ですかね。

木原:そうなるかな。とくに浜松から京大の学生を訪ねていく企画は「狩る取材」と「ボトムダウン」の2つがブレンドされた最たる企画だから。

国内外を巡った取材の数々、そして風評被害。

小野:それにしても、編集部のみんなが国内外を飛び回って楽しそうでしたよね。とくに木原さんが率先して編集費を使い倒して楽しんでるって噂になってましたよ(笑)。

木原:それは風評被害だね。取材が楽しいなんてとんでもない。どれも苦行だったよ。

小野:苦行? 本当ですか?

木原:みんなに羨ましいって言われたけど、スリランカ取材(『広告』vol.410 特集「こども無重力発想」)なんて脱水症状になって死にかけたからな。子どもの警戒心を解くために灼熱の中でずっと着ぐるみ姿だったのが原因なんだけどさ。

あと、中国の黄河まで行って「登竜門」の語源になった峡谷をカヤックで遡上する取材(『広告』vol.406 特集「変名感字の世界」)とか、デコチャリで220㎞を走ったのもそう。「何やってんだ俺は!」って涙流しながら歯を食いしばる企画ばっかりだったから。

辛かったよ、本当に。いま振り返ると、なにかタチの悪い熱に浮かされていたとしか言いようがないね。木原『広告』がまだ続いてたら、みんなタダじゃ済まなかっただろうなぁ(笑)。

もし、もう一度『広告』の編集長をやるなら。

小野:最後に、編集長の任期を終えたばかりの木原さんに聞くのも恐縮なんですが、もしもう一度編集長をやるなら、なにをやりたいですか?

木原:雑誌はもちろんだけど、YouTube的な動画メディアと連携した雑誌が作りたいね。俺らの企画ってすごく動画向きだったのよ。取材中って誌面じゃ伝えきれない変なことがたくさん起こるからさ、それを映像で伝えれば臨場感が伝わると思うんだよな。動画で伝えられることは動画で伝えて、思ったこと、考えたことは文章にして雑誌で伝える。同じ企画なんだけど、メディアの特性にあわせて切り取る部分が違う「雑誌×動画メディア」に挑戦してみたいかな。

小野:その「雑誌×動画メディア」のテーマは?

木原:なんだかんだ言って、おもしろいのは人間なんだよね。中には「なんでそんなことやってんの?」って常人には理解できない人もいる。その人と向き合って何かを引き出すのも重要だと思うけど、その人と同じ方向を向いていっしょに行動することがもっと重要なんだよ。いっしょに体験することで伝えられることの深さが違ってくるし、その人の本当の姿が見えてくる。やっぱり人間を伝えたい。しかも、まだまだ注目されてない変人がいいかな。

でもさ、いざ終わってみるとまたやりたくなるもんだよ。今だって「次の特集、なんにするかな」って気づくと考えてるから(笑)。恋愛特集とかやっときゃよかったな~。

撮影:中嶋久美子
木原編集長の任期終了まで、雑誌『広告』の編集スタッフとして活躍。前職はフォトグラファーで、その腕前を見込まれ編集のみならず撮影にも駆り出され、木原編集長とともに過酷なロケ現場を駆け回った。インタビュー中に出てきたスリランカ取材、デコチャリ取材にも同行。現在は会社を離れ、カナダで活動中。

インタビュー:小野直紀 文:編集部

平成29年1月~平成30年10月編集長: 木原龍太郎

平成11年、博報堂入社。マーケティングプラナー、PRディレクターを経て、キャンペーン全体の戦略・企画立案を行う統合コミュニケーションディレクターに。マーケティング戦略、CM企画、販促施策、情報戦略に至る全領域でのクリエイティブディレクションを手がける。平成29年1月に雑誌『広告』編集長に就任。平成30年10月まで8冊の『広告』を世に送り出した。

雑誌『広告』HP https://kohkoku.jp
雑誌『広告』note https://note.kohkoku.jp

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