商品が売れなくなっていると言われる現在、企業には新しい形のマーケティングが求められています。では、そのマーケティングを支えるためには、どのような人材が必要なのか──。そんな問いから生まれたのが、博報堂のマーケティング人材育成プログラムです。これまで4年にわたって取り組みが続いてきたそのプログラムの趣旨や成果について、キーパーソンの3人が語りました。

写真左から)博報堂経営企画局 千田 勝義、同局 神部 昌彦、第一プラニング局 土屋 亮

マーケティングと広告会社の役割の変化

──企業のマーケティングの課題をどのように見ていますか。

土屋 「商品の良さが伝われば売れる」時代ではなくなってきている点が課題だと感じています。以前は、クライアントの宣伝部と「いかに伝えるか」を考えればよかったと言えます。しかしながら、いま、商品の性能の違いはますますなくなってきており、製品の良さを伝えるだけでは、生活者が商品を買ってくれなくなりました。従来の延長線上ではないところで、市場を定め、どのような商品が求められるのか、徹底的に考えなければ、生活者は手に取ってくれません。それが現在のマーケティングの難しさであり、面白さだと思います。

神部 商品をまずつくって「あとは宣伝よろしく」というスタイルではもう売れないわけです。だから、商品開発、営業、宣伝、マーケティングなど、従来はばらばらだった企業内の機能を有機的に結びつける必要が出てきているということです。

千田 一方で、デジタル化が進み、顧客データが共有できるようになったことで、部門間で連携しやすくなっているということもあります。データによってバリューチェーンを川上から川下まで一気通貫でつなげることができるようになっています。

土屋 クライアントのトップの方々とお話をすると、従来の縦割り型組織を壊したがっている方が非常に多いことが分かります。同時に、クライアントが広告会社に求めるものも変わってきています。われわれの調査(※2013年博報堂調査)では、77%の企業が狭義の「広告」以上のものを広告会社に求めているという結果が出ています。

神部 これまでは、バリューチェーンの後工程を担うのが広告会社の役割だったわけですが、もっと上流の工程を含めた広い意味でのマーケティング全般に関わってほしいというニーズがあるということですよね。

千田 もう一つ重要なのは、新市場を開拓する際には、トータルなマーケティングの視点が求められるということです。国内の既存市場の伸びが期待できない中で、海外に出ていく。あるいはまったく新しい市場をつくる。その場合、戦略を一から立てなければなりません。そこで、すべてのバリューチェーンを総合的に捉えることができるマーケティングが求められるわけです。

学習と実践がプログラムの2つの柱

──マーケティング人材の社内育成プログラムを始めたきっかけは何だったのですか。

神部 われわれ3人は博報堂の経営企画局で自社の中期経営計画(以下、中計)の策定に携わりました。現在の中計では「世界一級のマーケティング・カンパニー」になることを目標に掲げています。その目標を達成するためにまずやるべきことは人材育成である、というところはすぐに合意できました。では、これからのマーケティング人材に必要とされるものは何か。それを3人で徹底的に話し合った結果生まれたのがこのプログラムです。
念頭にあったのは、フィリップ・コトラー氏の言葉でした。彼はこれまで、「日本では、まだマーケティングの理解が進んでいない。マーケティングをプロモーションとだけ捉えている。」といった指摘をされてきました。ならば、われわれがマーケティング人材を育成することでその見方を覆してやろう。そう考えました。

土屋 コトラー氏が考えているマーケティングとは、企業がつくりたいものをつくって売るのではなく、生活者が潜在的に欲しいと思っているものを見極めて、そのニーズを満たすような商品やサービスを生み出すことだと捉えています。それは、博報堂が経営理念として掲げている「生活者発想」とほとんど同じです。「世界一級のマーケティング・カンパニー」を目指し、それを実現させるマーケティング人材を育成する取り組みは、これまでの博報堂の延長線上にあり、また、競争戦略的な活動でもあると言えます。

神部 マーケティングがバリューチェーンを貫く活動になると、クライアント側の意思決定者は上位層になります。われわれが育成しなければならないのは、そういった方々ときちんと仕事ができる人材であり、次世代のリーダーになる人材です。

このプログラムでは、営業、クリエイティブ、マーケティングの各担当役員が、次世代を担う社員を指名しています。プログラムの柱は大きく二つです。一つは、MBAのコア科目の中のマーケティングおよび関連する科目の学習で、外部講師を招いて講義をしていただいています。もう一つは、われわれが「プロジェクト実習」と呼んでいるもので、この3人がメンターとなって、受講者に自主プレゼンテーションの企画をつくってもらいます。実際にクライアントへのプレゼンを実施するケースも少なくありません。

千田 いわば座学と実践ですが、座学といっても半分以上はケーススタディで、そこで学んだものをプロジェクト実習に生かしていくわけです。プロジェクト実習の狙いは、プレゼンの企画書をつくることではなく、クライアントの課題解決のための対話のスキルを身につけることです。

土屋 座学には、マクロ経済、会計、ビジネスモデルなどの学習も含まれています。一見、業務と関係の無さそうな科目を入れているのは、受講生の視点を広げることで、クライアントの経営層と対話ができるようになることを目指しているからです。受講生は、最初のうちは「なぜこんな勉強が必要なの?」と感じるかもしれませんが、学習を進める中で、知識がつながり、クライアントとお話をする際に、「あ、ここで、こういう話ができるんだ」という驚きを実感することができます。これは、われわれがまさにビジネススクールで感じたことでもあります。受講生にもこの感覚を体験してほしいので、「なぜマクロ経済を学ぶのか」といったことを、敢えて説明しないようにしています。

マーケティングにおける「面白さ」とは

──このプログラムを受けた人たちにはどのような変化があらわれますか。

神部 商品をどの側面から見て、どの価値にフォーカスして伝えていくか。それを考えることが、従来の広告会社の仕事でした。広告会社の社員の発想も、「どうやったらこの商品を買ってもらえるか」というところにかたよりがちでした。しかし、このプログラムを体験すると、「クライアントのリソースと競争環境を考えた場合、どこに有望な市場があるか」という広い視野での発想ができるようになります。

土屋 もちろん、発想の転換は簡単ではありません。極論すれば、これまでは「How」しか考えてこなかった人たちが、「What」を考えなければならないわけです。「What」を考えた結果、「広告はやるべきではない」という結論になる可能性もある。それでも、そんな柔軟な考え方ができるようになることが大事だと思っています。

千田 クライアントの立場に立てば、一番の課題は「どれだけ売れるか」「どれだけ利益が出るか」ということであって、「既存の小さな市場の中で商品をどう見せるか」ではありません。そういう視点をもってプレゼンができるようになれば、一つの成功と言えるのではないでしょうか。

神部 博報堂社員には最初から施策のアイデアを出したがる人が多いという傾向があります。それは素晴らしいことですが、反面、アイデアがまずあって、それに合わせてあとづけ的に企画のストーリーをつくろうとする。それはよくない傾向で、この研修ではそれを「逆上がり」と名づけています。「逆上がり禁止」がこのプログラムの原則です(笑)。

千田 広告会社の社員はあとづけが上手なんですよね(笑)。でも、実はあとづけでつくった企画は事業視点で読むとすぐにわかります。今回の研修ではそれは許しませんでした。

──一方で、面白いアイデアが出せないと広告会社である意味がないとも言えそうな気もします。

千田 「面白さ」の意味を考えることが必要ですよね。これまでは、「伝えることの面白さ」を考えることにクリエイティビティがあった。しかし、これから求められるのは、例えば「市場セグメンテーションのクリエイティビティ」です。その市場の切り取り方は面白い──。クライアントからそう言っていただけるようにならないといけないのだと思います。

土屋 「勝ち筋の面白さ」もあります。以前は、ビジネスの勝ち筋はクライアントが決めていたのですが、事業環境が変化し、先が見えない時代になっており、勝ち筋の発見が難しくなっています。いま、広告会社が一緒になって、勝ち筋を考えるケースが増えてきています。クライアントが考えもしなかった勝ち筋を発見することも、われわれのクリエイティビティのひとつです。

神部 セグメンテーションや勝ち筋のロジックがなければだめで、逆に言えば、しっかりしたロジックの組み立てがあった上で、面白い広告施策があればいいということです。

日本企業のマーケティング力を向上させたい

──プログラムをつくり、運営する中から見えてきたことはありますか。

神部 このプログラム自体が、市場機会の発見のための汎用的なフレームワークになった。それから、マーケティング企画づくりの基本プロセスが一つの方法論として成立した。その二つが大きな成果であると感じています。これまでは、セグメンテーションもマーケティング企画の立て方もベテランが若手に個別に伝授していくという傾向がありました。その一子相伝的なスキルが形式知化されたと言えると思います。

土屋 プログラムのカリキュラム構成も、4年間の試行錯誤を経て、完成されたものになっていると自負しています。MBAの科目を学び、それを企画に取り入れてプレゼンし、社内の役員やクライアントからのフィードバックを貰う──。そういうプログラムは、ほかにあまりないのではないでしょうか。

──これからの見通しをお聞かせください。

千田 マーケティングのコミュニケーションだけではなく、トータルな視点でマーケティングを考えることができる人材が博報堂にはいる。その認知をもっと広めていくことが今後は必要だと思います。

土屋 博報堂がこのような人材育成の取り組みをしていて、これまで以上にさまざまなクライアント課題を解決できるようになっている。そのことをクライアントの方々が実感してくれると嬉しいですね。

神部 博報堂は「広告・宣伝のパートナー」から「マーケティング全体のパートナー」になれる。そのことを知っていただいて、日本企業全体のマーケティング力を上げるための支援をしていきたい。そして、いつかコトラー氏に日本のマーケティング力の高さを認めてもらいたい(笑)。そう考えています。

<終>

神部 昌彦
経営企画局
局長代理 兼 組織制度グループ グループマネージャー

95年に博報堂に入社後、マーケティング部門にて消費財、耐久財、サービスなど20社超の企業に対しマーケティング計画、商品開発、企業ブランド構築等の戦略立案及び実行支援を行う。その後、経営企画部門にて中期経営計画の立案・推進、企業ブランド構築、事業開発、組織設計業務に従事、現在に至る。その間、自動車メーカーに出向しグローバルブランディング業務を遂行。また、自らリードした買収案件が成立後、PMIとして取締役副社長に就任、経営管理本部を統括した経験を持つ。
ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院修了(MBA with distinction)。
東京工業大学特任准教授。

千田 勝義
経営企画局
事業開発グループ グループマネージャー

大手通信会社にて大規模法人向けシステムコンサルティング業務に従事後、2002年に博報堂へ入社。ストラテジックプランニング部門、コンサルティング部門、博報堂コンサルティングへの出向を通じて、主に、得意先企業のマーケティング戦略策定の支援、新規事業立ち上げの支援、海外事業進出の支援に従事。13年より経営企画局にて、グループの経営戦略策定、領域別事業戦略策定、M&A実務に従事。

土屋 亮
第一プラニング局
シニアマーケティングディレクター/部長

97年に博報堂に入社後、営業局、経営企画局を経て、ペンシルバニア大学ウォートンスクール修了。クライアント業務に携わった後、12年に経営企画局に戻り、博報堂グループの中期経営計画や経営ビジョン「未来を発明する会社へ。~Inventing the future with seikatsusha~」の策定に従事。現在は、プランニング部門で、食品、飲料やトイレタリーを中心に、クライアントのマーケティングプラン策定や新規事業開発を支援。