買物、それはかつてワクワクするイベントでした。しかしこの情報過多時代、もはや買物は人々にとって苦痛なものとなろうとしています…!
博報堂買物研究所の著書「なぜ 『それ』が買われるのか?」は、そんな逆境の中、モノやサービスを売る側の方々に役立つヒントや事例が満載です。著者の山本泰士に、話を聞きました。

豊富な情報/選択肢の中で、「選ぶこと」に疲れ始めた生活者

Q.山本さんが所属する「博報堂買物研究所」とは、どんな活動をしているのですか?

博報堂買物研究所(以下、買物研)は2003年に設立されたのですが、その背景に、日本が成熟社会を迎えて物欲の時代が終わり、「モノより体験」になり、それに伴って“買物プロセス”が重視されるようになってきたことがありました。

当時、北欧やアメリカの大型ショップのエンターテインメント性の高い買物スタイルが日本に紹介され、商品の良しあしだけでなく「買い場」自体が、驚きや楽しさを提供するようになってきました。あらかじめネットで下調べしたうえで、大型スペースにあふれんばかりに陳列された商品にわくわくしたり、都心から離れたアウトレットに出かけていって掘り出し物を探す→そしてSNSで情報をシェアする、といった体験全体に、生活者はすっかり魅せられていたんです。

じゃあ物欲以外を求める生活者が買いたくなるツボ=買物欲を刺激する体験とかプロセスってどうしたらつくれるんだろうっていうことを専門に研究するためにできたのが買物研だったんです。得意先の「買い場」を徹底的に調査して新提案をしたり、レポートを発表したり、出版活動をしていました。

Q.そして15年たった今、状況は一変したわけですね?

変わりましたね、大きく。四六時中情報のシャワーを浴びている状況の中で、あらためて人々の買物欲について昨年調査をしたところ、「買物欲があっても物を買えないという経験がある人たち」は、全体の生活者の約8割を占めるという衝撃の発見がありました。買物イコール単純に楽しい時代が終わったんです。

Q.「買物が楽しくなくなってきた」理由はなんなのでしょう?

著書に詳しく解説してある『情報量の膨大化』『商品の膨大化』『自分の役割の膨大化』の三大要素があるのですが、スマートフォンの普及が根底にあると思いますね。2010年頃には一気に普及が加速し、スマホが介在したショッピングが生活の一部になってきました。この習慣を取り入れるとストレスなしにするすると事が進みます。
この便利なネット体験が、リアルな日常生活の中にもはいりこみ、何かを苦労して“選ぶ”という買物体験に対しに、なんとなく嫌気がさしてきた人々が増えてきたのかな、と僕は思うんです。

さらに、豊富な情報はPCなど開かなくてもスマホでいくらでも閲覧できるのだから、「まず比較しろ」「賢く買え」とプレッシャーをかけられる。後で、もっと安くていいものがあった、最初からこのお店に行けばよかった、と知って後悔する。そんなことを繰り返しているうちに、すっかり疲れてしまったんじゃないかな、と。仕事、子育て、親の介護とマルチタスクの慌ただしい毎日を送っている人などは特に。
買物って実は「選ぶ」行為そのものなんですよね。スマホは、人間の選択行動を変え、人間の生活意識そのものも変えたんです。

「枠づくり戦略」と「生活者先導欲マーケティング」が重要

Q.買物が嫌いになったというより “選ぶ”行為が、すっかり面倒くさくなったということでしょうか?

そういうことです。買物をする楽しみはまだ捨てきれないんです。でも選ぶ時間と労力を最低限に抑え、なおかつその人にとって魅力的なサービス、商品を用意して、吟味する楽しみも同時に提供するというお膳立て、つまり生活者の好みをセグメントし、センス良く絞った「枠づくり戦略」をしないと、もう選べない。だから買ってくれない。なんだか少々虫のいい話に聞こえますが(笑)。

たとえば、例としてこの本で取り上げたドイツのチボーっていう雑貨店は、ほんとに洋服から家電からお皿からリネンからコーヒーまで揃えているんですが、毎週、テーマを変えて40商品を投入するんです。夏なら「青い夏」、秋なら「みんなで野外ごはん」といったように。そこに月1回行けば、トレンドを反映したいい感じの商品と出会えて、自分が実現したいライフスタイルと出会えるっていう巧みな絞り方、枠づくりをして勝った例です。

さらに、買物の入口で「これを買うと生活を変えてくれるかも」という予感やヒントを与える“フューチャーアウト”の要素を提供することもとても大切です。
たとえば、高性能のトースターを「ふつうの食パンでも、このトースターで焼くと毎朝が高級ホテルの食パン体験が可能です!」と提言して売る。ふつうの生活者は「自分は毎朝、高級ホテルのパンが食べたいのである」などという欲求を、ゼロから強く持つことって無いでしょ。でも、そう提言されると、あ、なんかもやもやしてたけど、そういう生活すごくいいかもな、と、突如ライフスタイルを描けるわけです。ちゃんとイメージさせてあげて初めて、3万円のトースターに価値を感じ、購入してもらえる。そうすると、この家電メーカーはいつもそういう新しい発見をくれるから、商品が出たら興味を持ってみよう!となる。
このように生活者の潜んだ欲求を先回りして、提示すること、それが「生活者先導欲マーケティング」です。

読者の方に、この「枠づくり戦略」と「生活者先導欲マーケティング」について理解していただくことがこの本のゴールです。

好みにあった絞込み=ブランド力になる時代

Q.そうすると、その商品が持つ世界観に憧れて、それを共有したいから買うという「ブランド論」は、既に古くなっているのでしょうか?

ブランドっていうものが、世界観や憧れというより、もっと機能的なものになってきていると感じます。例えば本の中でも述べていますが、「アマゾンで買えばもういいよね。」的な発言を最近よく聞きます。ここで買えば間違いない、という機能性がもうブランドなんですね。楽に安心して買物できるってことが絞り込みの装置になり、枠になっている時点で、ブランドのとらえ方が変わってきています。

旧来のブランド論ももちろん有効な領域・商品はあるし、意義もありますが、これだけ情報がたくさんあってみんなが頭ぱんぱんになってる状況の中で、買う側のエネルギーを省力化し、なおかつ良いモノにめぐり合わせるという「買物体験」という視点を、これからのブランドづくりにも含めていくことが重要だと思います。

Q.この本は、売る側ではなく買う側が読んでも役にたちますか?

はい、買う側で悩んでいる方々にも参考になると思います。
最近、買物研で行った調査でも「時間や労力をかける買物とそうじゃない買物を、効率的に分けメリハリをつけている」と答えた人ほど、生活の幸福度が高いんですよ。逆に、2つを一緒くたにしちゃってる人ほど低い。
じっくり吟味して選ぶ商品と、時間をかけずにさくっと選ぶ商品を、自分の中でプライオリティをつけられている人ほど買物から得られる満足度が高く、それが生活のクオリティアップにつながっていると考えられます。生活者にとっても「頭の整理」にたいへん役立つ本になっていますよ。
企業のブランドマネージャーの方々は逆に、自分たちの商品が、生活者にとってどちらの選ばれ方に属するのだろう?といま一度冷静な目でご判断いただくことから始めていただくのがいいかと思います。

なぜ「それ」が買われるのか?
情報爆発時代に「選ばれる」商品の法則
著者:博報堂買物研究所
定価:790円+税発行:朝日新聞出版かつてないほど情報量が増加し、商品も溢れ、新たな買い方が生まれる今。賢く情報収集しなければいけないというプレッシャー。もっと安い商品、得なショップがあったと知る後悔。しまいには、比較選択に疲れ果て、何が本当に欲しいものなのかわからなくなる ――そんな買物に疲れ果てた現代人にどうやってモノを売っていくのか。豊富な事例に基づき、企業に必要な戦略を提言します。
モノ・サービスを売るマーケティング活動に関心をお持ちの、すべての方々にお読みいただければ幸いです。購入はこちらから!→ amazon