“そのプレゼンテーションスライドの一枚目に、たった一言、こう書いたのですー『辞表』”
こんなシーンで始まる「会社を使い倒せ!」には、転職でもない、起業とも違う“第三の道”についてのヒントが詰まっています。著者で、博報堂のプロダクト・イノベーション・チーム 「monom」(モノム)の代表を務める小野直紀に話を聞きました。

―博報堂では異色のプロダクト開発専門チーム「monom」立ち上げの経緯をおしえてください。

小さい頃からものを作ることが好きで、大学では建築を専攻していました。博報堂では建築とは関係のないクリエイティブの部署に行きたかったのですが、初任配属が空間プロデュースのセクションだったので、ちょっと落ち込みました。
ただ、配属先の局長が面白い人で、新人の僕にも気軽に声をかけ、色々な話をしてくれたり、意見を聞いてくれたりしたんです。そして印象的だったのは「広告は過渡期だ。広告の時代は終わる。」と、繰り返し言っていたこと。その言葉のおかげで僕は、常に広告以外の領域に目をむける問題意識が根付きました。

それでもモヤモヤしていた入社3年目、自主的に応募していた外部の広告賞で実績を作ったことがきっかけとなり、「カンヌ広告祭(現カンヌ国際フェスティバル・オブ・クリエイティビティ)」の28歳以下対象のコンペ日本代表に選ばれてカンヌに行き、現地で優れた海外作品に触れました。そこで言葉=コピーがいかに人の心を動かすか、その重要性を肌で感じ、職種転換してコピーライターとなりました。

そんな経緯で広告づくりに着手したのですが、併行して友人とデザインスタジオ「YOY(ヨイ)」をつくり、個人活動としてモノづくりを始めました。
照明や椅子などをミラノサローネで発表したところ、各方面から高い評価をもらい、商品化されたものもありました。コピーライターとしての業務と両立させながらだったので多忙を極めましたが、順調にいっていました。
それ以来毎年ミラノサローネで作品を発表し、最初は地元イタリアの新聞やメディア、そのうち日本のメディアでも取り上げられるようになった頃、「小野って会社辞めるんでしょ?」「いつ辞めるの?」などと社内で会う人から次々に聞かれるようになったんです。

(※毎年4月にミラノで開催される世界最大規模の家具見本市「ミラノサローネ国際家具見本市」の通称。1998年から事前審査を通過した若手デザイナーによる自主展示会場が設けられ、以降ユニークで意欲的なデザイナーの登竜門的存在となっている。)

―その時、辞めるという選択をしなかったのはなぜなのでしょう?

新しいことをやったり実績がでたりすると、すぐ「辞めるんでしょ?」となるこの感じに、違和感を感じたんですよね。ああ、そうなるわけね、と。

それに、僕は仕事から離れたモノづくりの結果を世に出すことが自分の最終ゴールじゃなかった。もっと新しい機能や体験を提案するものづくりをしたいと強く感じ始めていたんです。
広告の仕事は面白かったし、自分の「コピーライティング」と「プロダクトデザイン」を掛け合わせることでもっと面白い仕事が生まれる気がしました。なにより、博報堂という会社に、僕は大きなポテンシャルを感じていたんです。
会社を辞めてひとりでモノづくりに専念することは簡単なことでしたが、博報堂にいながらにして生み出した何かより、おもしろいものになるはずはない、という確信がありました。

さらに自分の性格もあったと思います。実は「一度始めたことは滅多にやめない」ところがあるんですよね。建築領域には進まなかったわけですが、今でもたくさんの建築物を観にいきます。そして学生時代から始めた陶芸もずっと継続しています。
好きになって取り組んでいた何かを完全にスポッとやめて、なかったことにすることがイヤで、自分が蓄積した資産と新たなものを掛け算していきたかったんです。

かなり悩みながらも「自分のやりたいことは、広告会社にいながらモノづくりをすることだ」という結論に達した僕は、入社から7年目で社内に「monom」を立ち上げることにしました。この本でいうと、「辞表」と書いた企画書を持って役員に直談判するくだりになるわけですが(笑)。

クリエイティブ担当の役員に、「広告会社が持つ、人の気持ちを動かす力と、モノをつくる力が組み合わさると、世の中に新しい広告会社の姿を提示できるんじゃないか」と訴えたところ、「面白い、やってみれば?」と応援してくれることになりました。

―monomのメンバー構成や、活動実績についておしえてください。

以前から僕が、社内で面白い仕事をしているな、と思って声をかけたプロダクトデザイン、テクノロジーリサーチ、ビジネスデベロップメントなどに強みを持つメンバー(プランナー、デザイナーなど)11名が所属しています。全員が他部署と兼務で、予算や採算に束縛されすぎない自由な活動体でいられるよう、正式部署ではなくプロジェクトと位置付けました。
そして2016年、「家の中で使えるBtoCプロダクト」を目指して第三弾目に開発した、ぬいぐるみをおしゃべりにするボタン型スピーカー「Pechat(ぺチャット)」が、育児を楽しくアシストする次世代アイテムとして大ヒットしました。

モノをつくって、価格を決めて、販売して、お客様からの反応をいただく。その声を元に改良を重ね、また販売する。この過程のすべてがマーケティングだと改めて感じます。
モノづくりが博報堂の主体になることはないけれど、マーケティングカンパニーを標榜している博報堂にとって“モノづくり”は欠かせない重要なエレメントだと思います。

―小野さんのように、やりたいことが見つかったらといって、すぐに会社を辞めることを考えるより、まずは会社と対話する方法もありますよね。

はい。やりたいことがあるのならば上司に臆せずに言ってみるといいと思います。その際、当然ですが、自分がやりたいことを主張するだけではだめ。未来を見据え、会社の成長にとって中長期的にこんなメリットがあるということを伝えられなければ会社の中で始める意味がないと思います。
そして、可能であれば“緻密な企画書”より、“実績”を示せるといいです。
僕は、monomで作っていたプロダクトの試作品や、既に巻き込んでいる人々について説明し、「既に走り出しちゃっています。」と伝えました。
そうすると、プレゼンを受ける方たちは安心するようなんですよね。あと、「認めてもらえなくてもやりますよ」という自分の本気度を示すこともできます。

徹底的に対峙してみて、それでもだめだった時に辞めればいいと思うんですよ。どうせ辞めるのだったらまず、言えばいいのにと。その労力を億劫に感じる人もいると思うけど、結局、会社をとび出して一人で何かやるときにだって、とてつもない労力が必要ですよ。

そして一番大切なのは、実は「独立してやる or 社内でやる」の二択ではなく、自分のやりたいことがはっきりしていることです。それを実現する手段は、どちらに見出してもいいことですから。

―この本は、広告会社に限らず、さまざまな企業に勤めている方にも参考になりますね。

はい。今は様々な事業や働き方の在り方をどの企業や組織も模索している時代です。
たとえば公務員の方にだって参考になるかと思います。

自分が今いる場所で辿ってきた足跡、つくってきた人脈を活かしながら、やりたいことをやる。多少回り道したってかまわないと思うんです。ひとりでやるより、会社とがっちり組ませてもらった方が新しいものが生まれることだってあります。
自分が身を置いている企業の性質を見極める必要はあるけれど、自分がやりたいことに情熱を持ち、会社のメリットもきちんと考えていることを示すことができれば、上の人が聞く耳を持たない、という企業はいまや少ないはずです。
会社を辞めるというチョイスももちろんアリですが、“会社を使い倒す”ことにトライしてみるのはいかがでしょうか?

「会社を使い倒せ!」
著書:小野直紀
仕様:四六判・並製・218ページ 定価: 本体1,400円+税
発行:小学館集英社プロダクション
購入はこちらから⇒amazon

ぬいぐるみをおしゃべりにするボタン型スピーカー「Pechat」(ペチャット)などを開発・販売する博報堂のプロダクト・イノベーション・チーム 「monom」(モノム)の代表である小野直紀の著書。「広告会社でモノづくりをする」というプロジェクトを実現し、成功に導いた経験を元に、会社を辞めて転職するのでもなく、起業するのでもない、「会社を使い倒す」という第3の選択肢、その攻める働き方を実践的なエピソードと共に紹介しています。
・「会社でやりたいことができない」と悩んでいる人
・起業、または転職をしようか迷っている人
・会社で何か新しいことをやりたいが、具体的にどうしたらいいかわからないという人
そんな悩める方々に役立つヒントが詰まった一冊です!

小野 直紀(おの・なおき)
monom代表/ クリエイティブディレクター/プロダクトデザイナー

1981年生まれ。2008年に博報堂入社。2015年に博報堂社内でプロダクト・イノベーション・チーム「monom(モノム)」を設立。手がけたプロダクトが3年連続でグッドデザイン・ベスト100を受賞。社外ではデザインスタジオ「YOY(ヨイ)」を主宰。その作品はMoMAはじめ世界中で販売され、国際的なアワードを多数受賞している。2015年より武蔵野美術大学非常勤講師、2018年にはカンヌライオンズのプロダクトデザイン部門審査員を務める。