博報堂は、全国の各地域で、地域が抱えるさまざまな課題解決のサポートをおこなっています。その中心となっているのが、2015年に誕生した「地域創生ビジネス推進室」です。
本連載では、地域創生ビジネス推進室を中心に地域創生に携わるメンバーがリレー形式で登場、それぞれの活動内容や地域の魅力、大切にしている想いなどについて語っていきます。

10回目に登場するのは、博報堂九州支社の中村圭。400年の伝統を持つ肥前地域の焼き物をPRする施策「ヤキモノメイク」についてや、今後地域の仕事において挑戦したいことなどについて聞きました。

九州支社への転勤で、本格的な地域の仕事に初挑戦することに

僕は2007年にコピーライターとして博報堂に入社、最初はひたすらコピーの修行を積むという3年間を過ごしました。そして4年目に入りTBWA\HAKUHODOに出向。そこでは海外賞を積極的に狙い、コピーライターの僕にもメディアにとらわれないアイデア出しが求められました。その後、博報堂のエンゲージメントビジネスユニットに異動。今度はデジタルや最先端技術を活用して新しい広告ビジネスの可能性を追求するという業務に携わりました。そんな体験を経て、九州支社への転勤となったのが2016年のことです。それまでも社内横断プロジェクト「スダラボ」などを通して地域の仕事にはある程度なじみがあったのですが、僕にとっては初めてとなる“本格的な”地域の仕事への挑戦がそこから始まりました。

ハロウィンイベントから着想を得たヤキモノメイク

九州に来てから携わったさまざまな案件のなかでも、特に自分のなかで大きな意味を持っているのは、肥前地域の焼き物をPRするという仕事です。肥前地域は、佐賀県唐津市、伊万里市、武雄市、嬉野市、有田町、長崎県佐世保市、平戸市、波佐見町という、全国に名を馳せる数々の焼き物の街を擁する一大窯業圏で、400年の歴史を誇ります。この地域は常にある程度の観光客を集めてはいるのですが、今後はさらに多くの若年層を取り込んでいかないことには、確実に先細りする未来が見えている。そこで、得意先である地元の「肥前窯業圏」活性化推進協議会からいただいたのが、“若者をターゲットに焼き物の魅力をPRする”というお題でした。

そのアイデアを練っているタイミングで、偶然福岡で行われていたハロウィンのイベントに参加し、ふと例年よりメイクが派手になっているなあと感じたんですね。なぜだろうと考えたところ、数年前といまでは写真の撮り方が変わっていることに気づいた。少し前なら、友だち同士数人で、自分たちの仮装した服装全体が入るように撮る人が多かったのが、そのときは多くが女性2人組で、自分たちの顔にクローズアップして自撮りしていたんです。つまり衣装全体ではなく顔を中心に自撮りをするから、血のりだったりゾンビメイクだったり、よりインパクトのあるメイクを好むようになったのではないかという気づきがありました。彼女たちがそうやって撮影した自撮り写真をSNSにアップすれば、「かわいいね」というコメントがついたり「いいね」をもらえたりする。そんな画像がイベントがあるごとにSNSに溢れているわけです。そこから、そうやってSNS上に大量に生まれる彼女たちの顔、つまり、「女性の顔を新しいメディアにできる」のではないか、と思い至りました。

400年の伝統技術を新しい地域活性化の基軸に。絵付師の協力で実現したアイデアとは

では具体的にどうやって、彼女たちと肥前地域の焼き物を結びつけるか。肥前の焼き物と言えば繊細な絵柄が象徴的ですが、その絵付けを担う「絵付師」の皆さんに協力していただけないだろうか?と考えました。400年の歴史を持つ絵付師の技術で美しいメイクを施してもらう、ヤキモノメイクのアイデアはそうやって誕生しました。実際、絵付師さんの仕事の現場に赴くと、絵筆の持ち手は意外と太く、それでも何とも細かく美しい絵柄を描き上げる技術に感動します。ただ、それを通常のPR施策のようにきれいに動画にまとめたところで、若い方々はなかなか自分ごと化できないでしょう。だったら自分たちの顔にメイクをしてもらうことで、SNS上で発信し、「いいね」をもらう……そういう装置にしてしまえば、面白がってもらえるのではないかと考えました。

最初に行ったのは、絵付師の方にマスカラからブラシからさまざまなメイク道具を試していただくこと。その中から「これなら」というものを選んでいただき、肥前地域で頻繁に開催される焼き物関連のイベントに出店、ヤキモノメイクのサービスを提供するという形を取りました。このヤキモノメイクの派生サービスとして生まれた、絵付師さんにネイルをしてもらうヤキモノネイルもお陰様で好評ですし、時間がなくてもすぐに楽しめるよう、シール状になったヤキモノメイクシールや、指を差し込むとネイルをしてくれる自動ネイルのサービスも誕生しました。
昔と違い、今は広告は一度つくったら終わりというわけにはいきません。息長く育てていくために、九州のインスタグラマーのネットワークなどを活かして、随時、実際に体験し投稿してもらうということも続けています。いずれにしても、絵付師の方々にも「自分たちの伝統技術がこんな風に展開できるんだ」ということを楽しんでいただけていますし、さらにこれを基点に地元の方々を巻き込んで、ヤキモノアクセサリーだとかヤキモノファブリックなどの新しい展開も生まれている。地域は確実に活気づいていると感じますし、この施策には非常に手ごたえを感じているところです。
(※「ヤキモノメイク」は2018年ACC TOKYO CREATIVITY AWARDS 2018メディアクリエイティブ部門でACCシルバーを受賞しました)

九州だからこそできる、伝統技術×クリエイティブの可能性を追求する

そもそも僕は九州に来た当初は、その直前に東京で携わっていたスダラボのように先端技術と広告の掛け合わせのような施策ができればと考えていました。でもヤキモノメイクを通して思ったのは、何も先端技術にこだわる必要はない、この地域にある豊かな伝統技術と広告を掛け合わせていけばいいのではないかということ。広告って、新しい視点、切り口があればそれだけ効果を発揮するもの、そこに伝統の技術を使うといいのではと。若い方に地元の伝統技術の素晴らしさにもっと目を向けてもらいたいという想いもあります。
ヤキモノメイクに関していえば、伝統工芸の世界では突飛と思われるアイデアですから、「協力してくれる絵付師さんを探すのは難しかったのでは?」とよく聞かれます。ただ、地方での仕事の利点として、非常にコンパクトな形で人的ネットワークがつながっているので、知り合いの知り合い……と辿っていくと、大抵つながっていたりするんです(笑)。それで、協力してくれる絵付師さんも見つかりました。
ほかにも決定権者との距離が近いという点もあって、東京での仕事に比べると圧倒的にアイデア突破がしやすい環境にいると実感します。さらに言うと、地元の方の人柄に助けられている部分も大きいかもしれません。東京から来て何か斬新なことをやろうとすると、ある程度の地元の抵抗があっても仕方ないと思えますが、ここでは皆さんおしなべてポジティブで、新しいことに積極的にチャレンジしようとしてくれる。これは実際に九州に来るまではわからなかった発見でした。

プロデューサー的視点をもってこれからも実験を続けたい

僕自身はコピーライター、そしてプランナーであるという意識なので、「地域プロデューサー」という呼び名が当てはまるかどうかはわかりません。ただ今の時代、クリエイターであろうと、同時にプロデューサー的視点も必要だと思っています。何か新しいものを一からつくり出すためには、アイデアを出し、実現させるまでが仕事になっていきます。そのためには人的ネットワークも自分からどんどん広げ、深めていかなくてはいけませんし、その中で、どの人と一緒に組めばうまくいくだろうか?ということを探る必要がある。それはやはりプロデューサー的視点なのだと思います。幸い博報堂九州支社では、ベンチャー企業や大学も含め地元のさまざまなプレイヤーとの共創を推し進めているので、僕もすんなりと今のような動き方ができました。支社では、営業からクリエイター、メディアなど異なる職種の6~7人のメンバーでぱっと集まり、部門の垣根を超えたアイデア交換、スピード感ある動き方が可能ですし、東京博報堂本社とのネットワークも活かしつつ、地元のメリットも活かせる。新しい視点でアイデアを展開できることが非常に面白く、僕にとって地域の仕事の大きな魅力になっています。
ヤキモノメイクはまだ育成途中の施策なので、地元の名物のようなものにするべく、これからもじっくり育てていけたらいいですね。さらに今後も、とにかくたくさん実験をしていきたいなと考えています。伝統×クリエイティブのアイデアを発展させることもそうですし、いずれは東京に真似されるくらいの、新しいアイデアや仕組み、九州でしかできないクリエイティブを追求していけたら。変化の激しいこの時代、決して失敗を恐れることなく、この環境を最大限に活かして、これからもたくさん実験し続けたいと思います。

■プロフィール■

中村 圭
博報堂九州支社 MD局クリエイティブ部
コピーライター/プラナー

2007年、博報堂入社。TBWA\HAKUHODO、ID局などを経て、2016年より、九州支社へ。カンヌ金賞、アドフェストグランプリ、ACCゴールド、鹿児島広告賞グランプリなど国内外70以上の賞を獲得。
九州の自然を愛し、酒を愛し、熱い人々を愛す。
コピーライティング、CM企画はもちろん、デジタル、イベント、商品開発まで、360度さまざまな企画を考えるのが好き。いい影響を与え続けてくれる九州に、どんなカタチで恩返しができるかを常に考えている。