政治、行政、大手企業などのスピーチライターを務め、「言葉の潜在的なちから」をテーマに子どもからビジネスマンまで読める著作多数。
明治大学をはじめ様々な教育機関で熱弁をふるう博報堂スピーチライターひきたよしあきが、企業経営における言葉のちからを綴る。

文学は、実学。

小学校の頃から算数が苦手でした。
高校1年までは、なんとかついていったけれど、
2年になると脱落。
「数学」と書かれた背中が、遠くに走り去って
いくのをみるばかりでした。

人間、嫌いなものがあると、
それを覆い隠したいばかりに好きなものを
無理やりつくるもの。

私の場合、それが「文学」でした。
数学についていけなくなった時期と、
ドストエフスキーやスタンダールを
読み出した時代が重なります。
長くて小難しそうな古典を読むことで、

「俺は理数脳じゃなくて、文学脳だから」

と言い訳をしたかった。
それで私大文系に入るのに一年浪人
したのだから、文学脳も大したことは
ありません。

数学オンチの私が、
「マーケティング・エグゼクティブ」に
向けてコラムを書く。
当初は気が重い作業でした。

しかし、救う神は必ず現れてくれるもの。
東大数学科を卒業された得意先の
大先輩が、お酒を飲みながら
こう語ってくれたのです。

「ひきた君、『文学は、実学』なんだよ」

聞き間違いかと思いました。
好いた惚れた、生きた死んだ、
裏切られた、恨まれた、と、
心のひだひだばかりを追いかけている文学。
これが実用に重きを置く学問、実学には
到底思えません。

「景気は、人の気分なんだよ。
けして科学的なものじゃない。
感情なんだ。
それを読む力は、文学なんだよ」

と言われる。

「経営で動かすものは、数字じゃない。
人の心だろ。人の心を動かすものは
なんだ? 言葉じゃないか。
人の心にぴたりとはまる語彙をもち、
ひざをポンと打たせる物語を語る。
これは数学じゃできない。
文学なんだ」

そう念押しされているうちに
私の中にふつふつと力がわいてきました。
数字に詳しくなくても、経営者の
スピーチを書く生業が、自分には
あっているように思えてきたからです。

顧客の心の流れを想定し、
シーンメイキングをしていく。

「交渉」という友情形成を通じて、
得意先を同志へと変えていく
ドラマを描く。

プラトンのいう理性と気概と欲望と、
サン=テグジュペリがつぶやいた
夜間に前進する力。
それらをまとめて、太古から存在
する物語にしていく。

なるほど、「文学は、実学」です。

思えば、偉大な経営者は皆、
数字を残した人ではない。
先に続いていく人へ、言葉を
残した人たちです。

「商売とは、感動を与えることである」
(松下幸之助)(※1)

「進歩とは、反省の厳しさに正比例する」
(本田宗一郎)(※2)

「誰もやっていないこと、
やってみないことをやるのが進歩」
(佐治敬三)(※3)

これらの言葉は、「経営」という枠組みを
はるかに超えて、未来に語り継ぐべき
「文学」だと思うのです。

「文学は、実学」

これを実感するには、目の前の経営者の
言葉にじっと耳を傾ければいい。

本物か、偽物かの試金石になるはずです。

(※1)PHP研究所「松翁論語」(松下幸之助 述・江口克彦 記)より
(※2)学陽書房「本田宗一郎の名言」(梶原 一明 編著)より
(※3)新潮文庫「やってみなはれ みとくんなはれ」(山口瞳、開高健/著)より

<経営のコトダマ>
第1回 あなたの会社が終わるとき
第2回 徹底的に戦いを省け
第3回 サービスとホスピタリティ