日本企業がグローバル市場で戦っていくには、何が必要なのか──。日本企業がアメリカ市場へ打って出た80年代以降、グローバルの定義は時代に応じて変化を続けてきた。では、現在のグローバル市場において、日本企業はどのように戦っていけばいいのだろうか?
博報堂初の女性役員として、グローバルビジネスを牽引する中尾文美。これまで20年にわたり、文化や言語、国境を越えたグローバルブランディング業務を担当してきた視点から見た、日本企業のグローバル戦略における強みと、いま取り組むべきことについて語った。

デジタル化が変えた、グローバル市場

──中尾さんから見て、現在、日本企業はグローバル市場をどのように捉えていると思われますか?

中尾 業種によって様々ですが、日本を代表するような企業では、グローバルと言えば、これまではアジアフォーカスで、国内での成功事例を“横展開”して、東南アジアや中国に進出していくという形が多かったかと思います。ただ、最近のプライスウォーターハウスクーパース(ロンドンを拠点とする世界最大級のコンサルティングファーム)等の調査リポートを読み解くと、アメリカでの成功を意識する日本企業や、CEOが増えてきていることが分かります。
日本企業の多くは、過去の経験から、グローバルプレーヤーが多いアメリカ市場で戦っていくことの難しさを、よく理解していると思います。それ故に、最近では現地企業としっかりとしたパートナーシップを結びアメリカ市場で戦っていく、いわばハイブリッド日系企業がどんどん増えてきています。また、多くの日本企業は、次世代のリーダーはアメリカ市場での経験を持つ者にしたいと考えており、企業トップを育成する場としてもアメリカ市場の重要性は増していると感じます。

──そもそも、中尾さんから見たアメリカ市場はどのような特徴がありますか?

中尾 やはりパワーとスケーラビリティがあります。そして、色々な面で先端で、面白い。ミレニアル世代の影響力も大きいですし、購買力も含め、アメリカと中国という2つの市場は、やはり注目すべきだと思います。この市場で生き残れないプレーヤーがグローバルのトップになるということは……断言はできませんが、ほぼあり得ないのではないでしょうか。

──アジアにフォーカスしていた日本企業の目が、80年代、90年代の志向としてあったアメリカ市場に再び向いているのはなぜでしょう?

中尾 デジタル化が進めば進むほど、日本企業にとってアメリカ市場の重要性は高まると考えています。その背景にはデジタル化が進むことで、よりローカル単位で攻略していかなくてはならないことがあります。今まで「グローバル」というと、どこか漠然としていて、具体性に欠ける印象がありました。しかし、デジタル化が進行し、プラットフォーム化されることで、データアナリティクスに基づいた克明な生活者情報が手に入り、それぞれの生活者がどのような特性によって行動するのかまでの分析が可能となりました。そんなターゲット情報に細かく、スピーディに対応していくためには、「ローカル」単位で対応していくことが求められます。「ローカル」をしっかり捉えた、土地に根差した新しい「グローバル」の形です。だからこそ、世界最大のローカル市場でもあるアメリカ市場からは目が離せないのです。
もうひとつは、生まれた時からデジタルに接しているミレニアル世代の存在が大きいと考えています。
ものが溢れた時代に育ったミレニアル世代は、どの世代よりもマーケティングにシビアで、ギミックを嫌う。グローバルでもあり、一番ダイバーシティを肌で感じて育ち、重視している世代だと思います。彼らのフィルターを通して見る日本は、80年代の「ハード」を背負った日本ではなく、クールでクリエイティブな「ソフト」、文化を背負う日本です。多くの企業はそんなミレニアル世代を大きなターゲットポテンシャルとして注目しています。

“Why”を追求する、日本ブランド独自のクリエイティビティ

──具体的に、ミレニアル世代が注目する日本企業のクリエイティビティとはどのようなものでしょうか?

中尾 ミレニアル世代は、とても恵まれた環境の中で育っています。そんな彼らが注目するのは、WhatやHowではなく、“Why”なんです。モノが溢れている時代に、“なぜ”存在しているのだろうという存在意義「パーパス」が何よりも大切なのです。本質的な部分を追求される時に、かつての日本が掲げていたクオリティーファースト、テクノロジーファースト、バリューフォーマネーといった商品としての「ハード」だけでなく、ものづくりの根幹にある思想、文化、精神性といった「ソフト」が注目されている。オーセンティシティーを何よりも重視するミレニアル世代からは、そんな日本の「ソフト」面がとても評価され、憧れられる。そこにこそ日本固有のクリエイティビティがあるのだと思います。

──世界が憧れる日本のクリエイティビティは、どこから生まれていると考えられますか?

中尾 日本のものづくりの思想のスターティングポイントとして「機能美」があると思います。ものが果たすべき機能を実現するためにデザインが施されている。スタイリングしたものではなく、削ぎ落としていった結果、それが無駄のない機能美になっているのではないでしょうか。
西洋ではクリエイティビティのスターティングポイントが聖書や宗教であることが多く、クリエイトというワードにしても「クリエイターは神様1人」という背景があります。それに対して、日本においては「クリエイターは自然」なのだと思います。神は自然に宿り、自然によってあらゆるものがインスパイアされる文化だからこそ、どんどん余計なものを削ぎ落とし、職人技を極めれば極めるほど、形や色も素材の本質に戻る。
そういった装飾ではない本質の部分が、海外のミレニアル世代にはとてもピュアで、スピリチュアルな美しいものに見えている。日本企業や日本ブランドというのは、今ほどチャンスがある時代はなかったのではないでしょうか。

──様々な国籍の方々と仕事をする中で感じる、日本独自のクリエイティビティを生み出す日本人ならではの視点の持ち方や発想法はありますか?

中尾 まず言えるのは、日本人はチームワークが得意だということです。西洋人は誰がイニシアティブを取るのかを気にし、あの人がリーダーならばやりたくない、ということが多々あります。しかし、日本人は、チームでどうやって形にするのかというチームプレーを重視します。どうしたらみんなで出し合ったアイデアがベストな形になるのか、結果に向けての方向付けがされています。
実際、西洋と日本ではアウトプットにも違いが出てきます。西洋のものの方が、とがったものができあがる傾向があります。一方、日本のチームワークでできあがったものは、いろいろなことがすごく考え尽くされていて、本当にバランスが良いものです。バランスが取れているということをネガティブに受け取る人もいますが、バランスが取れるというのは実はすごく難しいことだと思います。それは飽きないということにもつながります。つまり物事を短期で見ていないということです。
さらに言えば、そうしたものづくりの発想は、自然に忠実であり、そのプロセスに関わった人すべてに忠実であって、最終的にはお客様に忠実だということです。

借り物ではない、自らの思いに忠実であることが日本ブランド成功の鍵

──では、具体的に日本企業がクリエイティビティを発揮して、グローバル展開するにはどのようにしていけばいいでしょうか?

中尾 嫌われることを恐れず、ブランドとしての明解な主張を持ち、一貫してそれを『見える化』することが全てだと思います。
「誰からも嫌われたくない」、そう思う日本企業は多い。また「ニッチであることは弱み」、そう思う日本企業も決して少なくありません。クライアントのミドルマネジメントの方に「ボリュームが欲しい」と何度も口を酸っぱくして言われたことがあります。しかし、市場がグローバルであればあるほど「インビジブル・マス」になってしまう危険性は高い。機会はむしろ「パワーニッチ」になることにあるのではないかと考えています。実売層やメディアターゲットも重要ですが、購入を超えた、「誰に愛してもらいたいブランドなのか」という、ブランドの核となる、コアファン作りと育成が重要だと思います。グローバルで戦うということは、競合相手が必然的に世界のトッププレイヤーとなります。スケーラビリティはもちろん、マーケティング能力も高く、予算も大きい競合相手達です。そんなグローバル市場でブランドのビジビリティーを上げていくには、そのブランドの主張が差別化されているのはもちろんですが、明確でなければならない。どの商品で、どの都市で、どんなストーリーや体験を通して、そのブランドに出逢ってもらえるか。いかに関係を深めていくのか。この『出逢いのシナリオ』がよりリアルでクリアであればあるほどいい。
私がよくクライアントさんとお話しさせていただくのは、「ブランドの主張とは広告にとどまらず、本来商品そのものを店頭で手に取った時に最も感じるべきであり、パッケージデザイン自体をブランドのメッセージと理解して投資してください。」と言うこと。そうやって“商品がヒーロー”であり続けることで、文化の壁を越えて商品が伝わっていくのだと思います。

──グローバル市場を目指す日本企業に足りないものは何でしょうか?

中尾 いまグローバル市場で戦う企業の大半は様々なガバナンス課題と向き合っています。サステナビリティやダイバーシティ、女性のエンパワーメントなどの課題です。これらの課題がいつ企業にとってクライシスになってもおかしくないような状況にあります。確かに西洋文化に則って作られたルールや原則について、日本企業は一見遅れているように見えるかもしれません。ただ、それは日本には「訴えられる、訴訟になる」という視点で企業を守る文化がなかったからで、より本質的な人と人とのリスペクトや思いやりといった意味では実はすごく進んでいると思っています。今後、日本企業がやるべきことというのは、外資が作ったルールに乗るのではなく、プライドを持って独自の視点、あり方を明快に世界に主張することだと信じています。