政治、行政、大手企業などのスピーチライターを務め、「言葉の潜在的なちから」をテーマに子どもからビジネスマンまで読める著作多数。
明治大学をはじめ様々な教育機関で熱弁をふるう博報堂スピーチライターひきたよしあきが、企業経営における言葉のちからを綴る。

「あなたがこの世を去った時、
あなたが知ってる人たちに、
あなたはどんな人間だったと覚えてほしい?」

元ハワイ大学名誉教授 吉川宗男さんは、
私にむかって微笑みかけてきました。
初夏の尾道の、潮騒の聞こえるホテルです。
星そらを見上げながら私は、自分の墓碑銘に
ついて考えました。

これはハワイ大学で生まれた「Death and Dying」
という学問。日本では「死生学」と訳されています。
「死」をテーマにした学問は、当時は大変珍しく、
200人くらい入る講堂がいつも満員になるほどの
人気だったそうです。

「私が死んだとき、友人は、どんな弔辞を
読むだろう」

ちょうど一年前に腎臓がんから生還した私は、
やけにリアルにこの風景が頭に浮かびます。

風景は浮かぶけれど、
「どんな人間だったと覚えてほしいか」
という問いへの答えは浮かばない。

「いつも笑顔だった」「子どもが好きだった」
「言葉が好きな人だった」

と言葉を連ねても、しっくりくるものが
ありません。

「いかに死ぬかをしれば、いかに生きるか
が見えてくるんですよ」

という吉川先生の言葉を聞いて、
人生の極意を学んだような気になりました。

吉川先生は、西洋と東洋の哲学融合を
教えてこられてきた方。
禅にも大変精通されています。

同じく禅から多くを学んだ
スティーブ・ジョブズが、

「今日が人生最後だとしたら、
今日やることは
本当にやりたいことだろうか」

と問いかけながら生きていたのも、
こうした流れの時代を生きてきた
からでしょう。

私は、スピーチライターです。
多くの企業家の言葉をいっしょに考える
仕事をしています。

仕事が入る度にまず考えるのが、
失礼なこととは知りつつ
「弔辞」です。

この人、あるいはこの会社が、
終焉のときを迎えたとき、
多くの参列者に何と言われたいか。
それを深く見つめていくことで、
その人の目的、
企業の存在意義が見えてくる。
ミッションスティメントが
できあがるのではないでしょうか。

スティーブ・ジョブズは、

「私は宇宙をへこませたい」

と言い、

「われわれは宇宙に衝撃を与えるために
存在しているんだ」

と社員に告げました。

見事な「Death & Dying」メッセージです。
彼は、この言葉の通りに生き切りました。

あなたも考えてみてください。
自分の弔辞、そして墓碑銘を。

それは、今のあなたの生き方と
目的にぴたりと合っているでしょうか。

いかに死ぬかということが、
いかにこれから生きているか決める。

第一回目としては
縁起でもないことを!と思いつつ、
まずは「死生学」から
このコラムをはじめてまいります。