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「モノづくりの民主化」 が商品開発の常識を覆す

2018.05.25

*「博報堂マーケティングディレクター」とは
市場の成熟化と技術革新が交錯する複雑な環境を生き抜くために、これまで以上にマーケティングへの期待が高まっています。
一方で、教科書的なマーケティングの概念では語り尽くせないテーマも増えています。
変化の激しい経営・事業環境と向かい合いながら、マーケティングを進化させて、その新しい可能性、拡張性をリードしていく。
そんな活動をしているのが「博報堂マーケティングディレクター」です。

博報堂マーケティングディレクター9人と、マーケティングの領域の「境界」や「先端」にいる様々な有識者とが、お互いのビジョンと想いをぶつけ合うトークセッション。そこに生まれる化学反応から、マーケティングの新しい可能性を見つけようと試みる本企画。
今回の有識者は、カブクの稲田雅彦氏。カブクの掲げるビジョンは「モノづくりの民主化」だ。カブクでは、3Dプリンターをはじめとするデジタル製造技術を活用して、1個からでもモノが作れる試作・特注品・量産のオンデマンド受託製造サービスや個人のクリエイターでも独自商品の製造・販売ができるプラットフォームなどを提供している。
モノづくりのデジタル化で、日本の製造業は一体どうなるのか? 企業と生活者の関係性はどう変わるのか? それにふさわしいマーケティングのあり方とは? 博報堂マーケティングディレクターと稲田氏で約180分間、熱く語り合った。

モノづくりのデジタル化・民主化がもたらすインパクト

博報堂MDr. 「モノづくりのデジタル化」は日本の製造業復権のキーワードですね。日本の屋台骨を支えてきた製造業ですが、近年は国際競争の中で優位性が失われ、さらに人口減少によって製造業に従事する労働人口も大幅に減少。その中で、製造業の存続が大きく揺らぎ始めています。
われわれの問題意識は、「モノづくりのデジタル化」の流れが製造業だけでなく、企業と生活者の関係性をどう変えていくのか、さらにマーケティングの枠組みをそれにどう対応させていくべきなのか、にあります。
そうした議論の前にまず、製造業におけるデジタル化の本質やそのインパクトについて、最前線で活躍されている稲田さんにお聞きしたいのですが。

稲田 私たちカブクは、2013年の創業当初から「モノづくりの民主化へ」というビジョンを掲げ、単一の企業群が川上から川下までを担う「垂直統合型」の製造業から、さまざまな会社が得意分野を分担しモノづくりをしていく「水平分業型」の製造業のエコシステム化を目指してきました。
近年、IoTやAI等の技術革新を核とした「第四次産業革命」や「インダストリー4.0」といった言葉が注目されていますが、これの本質はまさにこの考え方であり、世界の流れがようやくこうした流れになってきたのかなと思います。
実際、ソフトウエアの分野では、すでに水平分業化、エコシステム化による革新的なサービスが多数生まれています。
一方で、製造業において新しいビジネスモデルがなかなか生まれないのは、第二次産業革命時代(19世紀後半~20世紀前半)から続くモノづくりの構造的な制約があり、「開発コストがかかる」「開発期間が長い」「在庫リスクを抱える」といった大きな制約条件がいまだにボトルネックとして存在しています。
たとえば、優れた製品企画があっても、試作品の金型をつくるだけで数百万円のコストがかかってしまいます。完成品の製造でも採算が取れるロットの制約が出てきます。
IT化による生産性の向上などは進んだものの、こうした本質的な課題は変わっていないのです。
だからこそ今までの製造業は、「バリューチェーン」(価値連鎖:事業活動での各機能について付加価値を分析し、市場での自社の競争優位性を高めていく手法)に沿って競争力の源泉となる機能を自社内に置く垂直統合モデルを構築してきたわけです。

博報堂MDr. そうした従来の垂直統合モデルからモノづくりを解放し、大規模な生産設備や多額の研究開発費がなくても、ベンチャーや個人のクリエイターが独自のモノづくりができることを指して「民主化」と呼ぶわけですね。

稲田 その通りです。製造業での構造変化の要因はいくつかありますが、わかりやすいのは3D CADの無償化と普及、産業用3Dプリンターの急速な普及でしょう。
2014年から樹脂を造形できる産業用3Dプリンターの基本特許が切れ、世界では多数のプレーヤーが参入、日本でもいくつかの工作機械メーカーが参入するなど、一気に市場が拡大しつつあります。
たとえば、当社が自動運転のソフトウェアを手掛ける大学発スタートアップと組み、3Dプリンターを活用した事例として、自動運転のEVを1.5ヶ月の超短期間で設計・開発・製造したプロジェクトがあります。

通常でしたら、試作段階から金型が必要ですし、完了まで2年ぐらいかかります。それを、筐体の設計からデザイン、試作、製造までを当社がワンストップで手がけ、じつに1.5カ月で納品できました。活用する世界最大級の3Dプリンターは、現在、日本にも限られた台数しか活用できないので、完成品の製造段階では複数カ国のプリンターを使用して分散して製造しています。

これだけ短期に納品できたのには、もちろん3Dプリンターの性能の高さもありますが、デジタル化によって設計から製造までという川上から川下までを一気通貫で完結できたことも大きいと思います。その結果、劇的な効率化やスピード化がもたらされたわけです。
現在は、世界中の工作機械、生産設備をネットワーク化し、各国の生産拠点でジャストインタイム(必要なものを、必要な量だけ、必要な時に供給するという考え方)で分散製造することも視野に入れることが可能になりつつあります。
3Dプリンターなどのデジタルモノづくり技術を利用できるプラットフォームを活用すれば、モノづくりの完全なテーラーメード化、マスカスタマイゼーション(顧客の要望に応じてカスタマイズしつつ、それを大量生産するという考え方)も実現可能です。

企業の勝ち筋はどこにある?
生き残りの本質

博報堂MDr. 「モノづくりの民主化」とは素敵な言葉ですが、企業にとっては手放しで喜べるムーブメントではないのではないでしょうか。これまでは、工場や生産設備を持っていることや、「匠の技」で高度な金型がつくれることなどが競争力の源泉でしたが、その優位性が失われることでもありますからね。 ならば、「何」を次の強みにすればいいのか。製造業はそれを見極めなければならない。逆にそれができなければ、その企業は淘汰される時代に、これからはなっていきますよね。

稲田 一部はその通りです。それを考える上で、「スマイルカーブ」のモデルが参考になると思います。

このグラフでは、縦軸に付加価値、横軸にバリューチェーン(事業活動での各機能)を示しています。
これを見ると、商品企画・設計、デザインなどの川上部分と、ブランディング、流通やアフターサービスなどの生活者に直接的な関わりのある川下部分の付加価値が高く、生産・製造を担う川中だけだと付加価値が非常につけにくい。
その結果、グラフの軌跡はニコちゃんマークのようなスマイルカーブを描くことになります。
つまり、アップルのようなファブレスメーカー(製造業でありながら工場を持たず、その機能を外部に委託し、自らは企画・開発に特化している企業)になるか、逆にアパレルのSPAモデル(企画から製造、小売りまで一貫して行う垂直統合モデルでのアパレル企業)のように、川上と川下を取り込んで付加価値を高めていくかのいずれかでないと、競争力が確実に失われるということです。顧客チャネルもすべて垂直統合ができる自動車メーカーやアップルのような企業とは違い、製造だけを担う中小工場などは非常に危うい状況になるわけです。
その意味で、川上や川下に駆け上がっていくこと、戦略的に押さえていくことは、今後、モノづくり企業にとって必須になるでしょう。

博報堂MDr. たしかに稲田さんがおっしゃる通り、川上・川下を押さえていくことは重要だと思います。ただ、おそらくそれだけでは不十分なのではないでしょうか。川上と川下を有機的に結びつけて、顧客の声を独創的な開発につなげるような「フィードバックループ」の流れをつくり、それを機能させていく。そうした仕組みもつくっていかないと、イノベーションは生まれないと思います。そして、そうしたダイナミズムを持たない企業は、いずれ廃れていくのではないでしょうか。

稲田 まさにその通りで、実際、最近のモノづくりのスタートアップ企業のほとんどは、モノづくり自体よりも、フィードバックループを非常に重視しています。
極論すれば、提供する製品・サービスはいわばβ版(初期のテスト版)で、スペックは超ミニマムでいい、と。それよりも、顧客のフィードバックをもとに、川上から川下までPDCA(Plan-Do-Check-Act)を回してソフトウエア・サービス開発を高速にアップデートし、付加価値を高めていく。こうしたユーザー、生活者を巻き込み、フィードバックを受けつつ、高速に製品・サービスを改善していく方法が増えてきているのです。
これはもともとソフトウエアのサービス化と呼ばれるSaaS(Software as a service)型ソフトウエア企業が採ってきたやり方ですが、製造業でも求められる時代になってきているわけです。

博報堂MDr. そうなってくると、「完成品」という概念が存在しなくなるかもしれませんね。市場にモノを出した後で、フィードバックをもとにソフトを常にバージョンアップしていく。つまり、形にしてお客様に手渡して終わりという発想では通用せず、モノづくりはずっと続いていくものになりますね。

稲田 はい。「モノづくりのデジタル化」の本質は、つまり「モノづくりのサービス化」であるとも言えます。

製造業のデジタル化は、生活者に何をもたらすか?

博報堂MDr. これまでお話で、デジタル化が製造業に何をもたらすかは、おおむねわかりました。そこで次に、われわれ博報堂MDr.としては、生活者に何をもたらしていけるのかをぜひ明らかにしていきたいと思います。実際、それは今後のマーケティングのあり方にも関わってくると思います。

先ほど、デジタル化で製品のマスカスタマイゼーションが本格的に可能になるという話がありました。たしかに現状で、生活者がつくり手側の都合による標準品で我慢せざるを得ないというケースはたくさんあります。
こうしたマスカスタマイゼーションは日本でもますます進んでいくと、稲田さんは考えていますか?

稲田 「日本人はピザチェーンで定型メニューしか頼まないが、アメリカ人は必ず自分好みのトッピングをやたらと盛る」なんて話があるように、日本人の場合、海外に比べて自分だけのカスタマイズ品を好む傾向はあまり高くないといえます。なので、生活者がカスタムを行うマスカスタマイゼーションが日本の市場において主流になることはないのではと思います。
その一方、製造業のデジタル化によって、「最少ロットの制約」がなくなることには、大きな需要が隠されていると思います。
たとえば、スマホ向けのアクセサリーは膨大な種類が売られているように見えますが、じつはロットの関係で「iPhoneケースはつくれても、多種多様なラインナップがあるAndroidケースはつくりづらい」といった実態があります。
これ以外にも、生活者側には相応の需要があるのに、製造側の都合で提供できていないモノがまだまだたくさんあります。「最少ロットの制約」がなくなることで、こうした多様な生活者の需要に応えていける可能性があるわけです。

博報堂MDr. なるほど。それと、先ほど、稲田さんが「モノづくりのデジタル化の本質は、サービス化」だとおっしゃいましたが、デジタル化によって、企業と生活者の関係性も変わっていきますよね。
SaaS(Software as a service)型ソフトウエア企業が、提供後もアップデートによって付加価値を高めていくように、ハードウエアにおいても、購入後に提供されるメンテナンスやアフターサービスなどの要素が、選択の際の重要な判断材料になっていく可能性がありますよね。

つまり製造業は今後、モノ自体ではなく、モノも含めてどんなサービスとして付加価値を提供していけるのかが問われてくるのではないでしょうか。
たとえば、先ほどのカスタマイズについても、製品を1つ売ったら終わりではなく、生涯顧客価値(LTV)を踏まえて、その人のライフステージに合わせた製品・サービスを継続的に提供しつづけるという発想や事業もあり得ますね。

いずれにせよ、「モノづくりのデジタル化」は、生活者に選択の判断要素がより深く、多様化していくというメリットをもたらしそうですね。

稲田 その点も含め、「モノづくりのデジタル化」が生活者に何をもたらすのかという議論を、もっと深めていく必要はあります。

博報堂MDr. たとえば先ほどのカスタマイズについても、1つだけ製品を売って終わりではなく、生涯顧客価値(LTV)を踏まえて、その人のライフステージに合わせたカスタマイズ品を継続的に提供しつづけるというサービスもあり得ますね。
顧客の声を集めるだけで付加価値が高まるわけではない。フィードバックループを活用して本質的なニーズを先取りしていく。生活者目線でそれを導く力こそが、これからのマーケティングに求められていくのではないか。お話をお聞きしていて、改めてそう感じました。

デジタル化で急速に拡張する マーケティングの領域

博報堂MDr. 顧客と企業、顧客とモノづくりの関係性がデジタル化で変化していく中で、「マーケティング」の概念も拡張せざるを得ないと思うのですが、では、具体的にどう変わるのか。
古典的なマーケティングの枠組みに4P(プロダクト・プライス・プレイス・プロモーションの4つの要素から分析する手法)があります。しかし現状、マーケティングは「プロモーション」の比率が大きいかのように、捉えられる傾向があります。その一方で「プロダクト」、つまり製造の部分はある程度の時間を必要とするため、他の3つの要素と有機的に結びつけることが難しかった。
しかし、「プロダクト」の部分がデジタル化で大幅に短縮化することで、本来の4P的なマーケティングが実現しやすくなるといえるのではないでしょうか。

たとえば、ファストファッションのZARAでは、2週間ごとに品揃えを替えられるように世界中の街角でスナップ写真を撮っていると言います。
同じことはDCG(耐久消費財)でもできるようになるはずで、自動車にせよ家電にせよ、数年に1回の改良を待たずに、ずっと短いサイクルでマーケティングを回すことが可能になると思います。
これまでFMCG(日用消費財)がマーケティングの中心と捉えられがちでしたが、今後はDCGこそが、もっともマーケティングを必要とする業界になる可能性があります。
これからのマーケティングもこうした変化に対応していく必要があるかもしれないですね。

それと、先ほど「モノそのものではなく、顧客・生活者とのフィードバックループやアップデートの重要性が高まっていく」という話がありました。
そうしたことが前提となれば、製品が顧客の手元に届いた後の反応を見ながら、その後の展開をいかにマネジメントしていくかということも、マーケティングの新しい領域になっていくと考えられます。

稲田 今後のマーケティングを考える上では、現在のスタートアップ企業におけるプロダクトマネージャーの役割が参考になると思います。

大企業におけるプロダクトマネージャーと違って、スタートアップ企業では、カスタマーリレーション/カスタマーサクセス(企業と顧客との関係をよくするための活動)やデータ分析、社内外調整やパートナーシップなど、すべての要素を製品やサービスにつなげ、顧客―顧客(1ユニット)に関連したシングルソースのKPIを追うユニットエコノミクスや顧客のLTVをいかに最大化するかを考えるのが当たり前になっています。
こうした流れから、本来の4Pという視点でのマーケティングの領域はさらに広がっていくと考えられます。

博報堂MDr. そうなると、従来の意味での「マーケティング」ではなく、「ビジネスデザイン」に近いですね。
つまり、どうすれば競合他社に勝てるのか。自社の競争優位をどこでつくるのか。そうしたスタートアップを起こす、事業開発に近い発想でビジネスをデザインしていくことが、今後は求められていく、というわけですね。
ビジネス戦略の下位概念としてのマーケティングではなく、マーケティングが起点となってビジネスモデルを変革していく。そんな視点で、これからのマーケティングの拡張性を考えていきたいと思っています。本日はありがとうございました。

博報堂マーケティングディレクターズ

執行役員
安藤元博

博報堂DYMP
メディアマーケットデザイン局
浮田俊彦

ブランド・イノベーションデザイン局
宮澤正憲

第3プラニング局
北村忠則

第2プラニング局
下川隆吾

第1プラニング局
土屋亮

データドリブンマーケティング局
中村信

第2プラニング局
井手宏臣

第3プラニング局
江藤圭太郎

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