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松嶋啓介の提言。エスタブリッシュメント(大企業)の逆襲には「遊び」が必要だ。(後編)

2018.05.10
スタートアップ・スタジオQUANTUMのメンバーが、各界イノベーターたちとの対話を通して、日本国内のエスタブリッシュメント(大企業)が再起、逆襲するためのヒントを探っていく当連載。
QUANTUMメンバーの川下和彦と松嶋啓介氏の対談(前編)では、イノベーションを起こすために本質を問う思考の大切さと、「遊び」と「制約」というキーワードが浮かび上がってきた。
後編となる今回は、「なぜ大企業の新規事業部はうまくいかないのか?」という話題を皮切りに、エスタブリッシュメントがイノベーションを生み出すための組織づくりについても話が及んでいく。
前編はこちら

どんなエスタブリッシュメントも、 最初はベンチャーだったことを思い出せ

川下 松嶋さんは「世界を変えるのは『バカ』の力である」と説いた『バカたれ。』(主婦と生活社)という対談集にもあるように、「イノベーションを起こしたいなら、周りから変わり者だと言われてもいいから、バカになってやれ」と言い続けています。これは僕も共感するんですが、実際にバカになって行動する人は少ないですよね。特に大企業だと本当に少ない。

松嶋 できない理由は単純で、リスクを犯して失敗したら社内での経歴に傷がついて出世できなくなるからですよ。

川下 そういうみんなリスクを犯したくないと考えている大企業の社長に、もし松嶋さんがなったら、いったいどうしますか?

松嶋 前回「新規事業部を作る会社が増えたけど、日本発のイノベーションはちっとも増えていない」という話をしましたが、社内に特殊部隊を作るっていうのは、みんな失敗しているわけです。そう考えると、見込みがある社員と外部のベンチャー企業を組ませて、別会社にするのがベストだと思います。

硬直化した組織の中で新しいことをやろうとしたら、人の顔色をうかがってしまうじゃないですか。しかもお客様じゃなくて、上司や株主ばかり見てしまう。そうなるのがわかりきっているから、組織の外に出しちゃうのがいいでしょうね。

川下 スタートアップを立ち上げる人って、自分の中にテーマがあって、それを実現するためになりふり構わず“バカ“になってやるからイノベーションを起こせるのだと思うんです。しかし大企業の新規事業部は、どちらかと言うと「やりたいことをやる」よりも「社内で評価される」ことが目的になっている印象があって。上(上司)を見ているけど前(未来)は見ていないというか。

松嶋 「上を見ている」といっても、どこまで見ているのか。せいぜい自分の直接の上司の次の上司くらいまでじゃないでしょうか。上を見るならもっともっと上を見て、創業者の思いまで考えてみればいいのにって思います。大企業って、もともとの経営理念や創業時の考え方といったストーリーに面白いものがいっぱいあるんですよ。でも、そこまで突き詰めて考える人はいないですよね。

川下 それはなぜだと思いますか?

松嶋 単なる「歴史」だと思っているからじゃないですか? よく料理の世界では、「迷ったらオリジン(原点)に還れ」って言いますけど、それは経営においても正しいと思うんです。オリジンには企業が一番大事にしなければならない志が詰まっている。それを今の時代に沿ってアップデートすれば、いろんな新しいものが生まれるはずです。オリジンを見ないで今の社内の体制ばかり気にしていたら、新しいものなんて出てくるはずないですよ。

川下 その「オリジン」というのはキーワードですね。大企業も創業者にはイノベーション精神にあふれた人がいっぱいいるじゃないですか。でも、代替わりするとイノベーションではなく、リノベーションばかりになってしまう。世の中にイノベーションを起こしたときの創業理念まで立ち戻って考えられない。

松嶋 きっと今の大企業で、創業時からいきなり儲けたところなんてないと思うんです。最初は何年も赤字が続いて、少しずつ改善しながら新しいことをやることで「大企業」と言われるほど成長していった。でも実際に大企業になってしまうと、社内に赤字を出している部署があれば株主に指摘されちゃうわけです。

ただ、それは悪いことではなくて、株式市場で資金を調達している会社では当たり前のこと。一方で、新規事業をやろうとしたら赤字になることを覚悟しなきゃならない。だったら、そんな部門を初めから社内に置かないほうがいいよねって話です。

イノベーションを目指す新規事業こそ、 社長がツッコミ役でなく、当事者たれ

川下 結局、新しいことを大きなビジネスにしようとすればするほど、赤字になる時期があるのは避けられない。ただ、それで僕が思うのは、本来は大企業のほうがチャレンジできる環境にあるのではないか。なぜなら新規事業で赤字を出しても、相当とんでもない数字でもない限りクビにはならない。でもベンチャー企業で赤字を出したら潰れるかもしれないわけです。

松嶋 そう考えると、赤字を出すような事業こそ社長が自ら見たほうがいいですよね。それだったら普通は周りの人がとやかく言わないですよ。それを誰かに任せていたら、「社長はどういうつもりなんだ」ってツッコミを入れられるのは仕方ない。

川下 社長が新規事業のツッコミ役ではなくて、当事者になれということですね。

松嶋 どんな優秀な社員よりも社長さんが自分でやったほうが決済も早くて、スタートアップのようなスピード感も持てる。たまに「会社で新規事業をやっています」という人たちに会うことがあって、それぞれ優秀な人なんでしょうけど、やっぱり社長が直接プロジェクトを動かしているところにはスピードでも熱量でも勝てない。だから新規事業こそ社長がやればいいのにって思います。

川下 社長が新規事業をやるとして、そのときトップはどうやってチームのメンバーを選んだらいいと思いますか?

松嶋 会食を重ねるしかないですよね。普通は成績で選ぶはずなんですけど、それは既存事業でうまくやった結果じゃないですか。新規事業に向いている人を選ぶには、成績じゃない「思い」みたいなところで人を見ないといけなくて。定期的にいろんなところに行って食事をして、そこでどんな会話したかってことからでしか、その人の価値観は見えてこないですよ。

川下 確かに会食でざっくばらんに話すと、志もわかるし、その人のポテンシャルもわかる。反対に成績だけでジャッジしていたら、その部分は見えてこない。それはすごくいい話だと思います。でも大企業になると、トップが若い社員まで把握していなくて、そもそも「誰を会食に誘うべきか」がわからないというケースもありますよね。

松嶋 ということは「採用」がものすごく大事ですよね。社長が採用を担当していない会社からは何も生まれないですよ。本気で新規事業をやりたいと思っていたら採用に必ず口を出すはずだし、自分で人材を見極めたいと思うはずです。そこで面白そうな若者を見つけて、あとで自分のチームに入れてしまえばいいんです。そういえば、川下さんも採用の面接でめちゃくちゃなことを言ったんでしょう?

川下 面接で「広告に興味があるのか?」って聞かれて、「ないです」と答えました(苦笑)。そもそも僕は面接に行くまで、博報堂が広告の会社だって知らなかったんです。

松嶋 でも、そういうわけがわからない若者を面白そうだからって採用できるほうがいい会社ですよね(笑)。

川下 僕のことは置いておくとして(笑)、先日、QUANTUMは松嶋さんとパートナー契約を結ばせていただいたことを発表しましたが、反響の中には「意外だ」という声もありました。しかしここまで話してきてわかるように、その本質まで突き詰めて発想する考え方は、料理でイノベーションを起こしていくのと同じように、事業創造においても発揮されると僕らは思っています。

松嶋 料理を作ることはコンセプトを考えるということでもあるのですが、同時にコンセプトを形にするためのロジックもなければならないわけです。そして、そのロジックはどのビジネスにも当てはまるものだと思っています。僕はQUANTUMがやろうとしていることに、料理的アプローチ――コンセプトメイキングのクリエイティブとロジックからの考え方を提案することで、新しく生まれるものがあるのではないかと期待しています。

それは僕にとって何ら特別なことではなく、料理の素材が替わるだけなんですよね。本質やオリジンを見ようっていうのも、新しい料理を生み出すための考え方とまったく変わらないものです。

シェフの松嶋啓介としては、QUANTUMとの共創の中心に「食」を置きたい。今はただがむしゃらに働く時代が終わって、人を大事にしていかないと中長期では成長できない世の中になってきたと企業も気が付き始めています。「食」は「人を良くする」と書き、「人と良くする事」と書いて「食事」となります。僕が「食」と「食事」を通して学んできた経験が、日本の企業の進化に役立てていければと思っています。

川下 僕の周りのがむしゃらに働いている人を見ていると、食が乱れて人が良くなくなっているってすごく思います。明らかに食と人はリンクしている。イノベーションには「破壊」のイメージが強いですが、僕らが松嶋さんと目指すのは「暮らしを豊かにするイノベーション」です。そこから次の時代を作っていければと思います。本日はありがとうございました。

松嶋 啓介

1977年福岡県生まれ。20歳の時に渡仏し、25歳の誕生日にニースに自らの店「Restaurant Kei’s Passion」(現「KEISUKE MATSUSHIMA」)を開店。フランスの『ミシュランガイド 2006』で外国人シェフとして最年少で一つ星を獲得。以降10 年連続で星を獲得している。
2009年、渋谷区神宮前に「Restaurant-I」(現「KEISUKE MATSUSHIMA」)をオープン。2010年11月には『ミシュランガイド東京・横浜・鎌倉2011』にて一つ星を獲得。同年7月には、フランス政府より日本人シェフとして初めて、また最年少で「フランス芸術文化勲章」を授与された。フランスと日本を行き来しながら、国内外の様々なイベントや企画にも参加。近年は、食の伝統の中にある意味や価値を伝える活動にも力を入れている。

川下 和彦

1974年兵庫県生まれ。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。2000年博報堂に入社、マーケティング部門、PR部門でジャンルを超えた企画と実施を担当。2017年よりQUANTUMに兼属、社外のコンテンツホルダーとの幅広いネットワークを生かし、新規事業開発に取り組む。著書に『勤力を鍛えるトレーニング』、『コネ持ち父さん コネなし父さん 仕事で成果を出す人間関係の築き方』(共にディスカヴァー・トゥエンティワン)ほか。座右の銘は、「変人であれ、不良であれ」。

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