スタートアップ・スタジオQUANTUMのメンバーが、各界イノベーターたちとの対話を通して、エスタブリッシュメントが再起、逆襲するためのヒントを探っていく当連載。
第二回目となる今回は、QUANTUMのChief Creative Directorであり、ニュース性の高いコンテンツを開発するプロジェクトチーム「TIDE(タイド)」のチームリーダーでもある川下和彦が、日仏で活躍する料理人・松嶋啓介氏とエスタブリッシュメントがイノベーションを生み出す条件について語り合った。

外の視点にさらされることで、 本質を問う習慣が身につく

川下 「エスタブリッシュメントの逆襲」というテーマで、2回目が僕と松嶋さんという組み合わせに驚いた方もいるかもしれませんが(笑)、先日、QUANTUMがパートナー契約を結ばせていただいたように、松嶋さんの考え方というのは、イノベーションを考えるうえでとても参考になるものだと思っています。まずはその考え方というのを、どうやって身につけていったか。そこをうかがわせてもらえますか?

松嶋 簡単に経歴を話したほうがいいですよね。僕は20歳でフランスに渡り現地のレストランで修行をして、25歳のときにはニースに自分のレストランをオープンしました。これは日本人のフランス料理人としてはかなり異例なことです。

川下 普通はそんなに若くして店を持てない?

松嶋 日本にフレンチレストランはたくさんありますが、そもそも僕くらいの年齢で現地に修行へ行く人が珍しいんです。日本のフランス料理界の常識では、修行のために渡仏するのは20代後半になってからです。日本のフレンチレストランで何年も修行して、「スーシェフ」というシェフの次に偉いポジションになって、ようやく許される。でも、僕はそういう「常識」が嫌でした。

だって、それは「日本で戦うための常識」であって、「世界で戦うための常識」ではないですよね。日本で基礎を身につけてからフランスに行って、修行をして学んで、日本に帰ってきたら本場とは全然違うローカライズされた料理を出す。これが日本のフランス料理界の常識だったから、若くして渡仏した僕みたいな人が珍しいんです。

川下 では、どうして松嶋さんは20歳でフランスに?

松嶋 日本にローカライズされたフランス料理の常識を身につけたくなかったんです。そうすると世界で戦えなくなってしまう。僕が身につけたかったのは、フランス人と対等に戦うための常識でした。だから、できるだけ早くフランスに行きたかったんです。実際、僕がフランスで一緒に修行していたのは、後に三ツ星、二つ星のレストランのシェフになった人たちばかりです。そういう中で若いときからしのぎを削ってきたから、今の自分があります。

この対談のテーマである「エスタブリッシュメント」ということで言うと、あちこちでグローバル社会の到来が叫ばれている中で、日本企業がグローバル人材を育成できているかといえば、全然できてないですよね。でも、それは当然のことでもあって。日本企業の中で「日本で戦うための常識」を身につけてしまった人たちに、世界シェアで考えましょうと言っても難しいだろうな、と外の世界に住んでいる人間としては思っています。

川下 ある外資系企業の社長に、「どうして海外では大企業からもイノベーションが生まれるんですか?」と聞いたことがあります。すると、「外からの視点にさらされるからだ」という答えが返ってきました。

例えば外資系企業で働いていると、「新卒一括採用はなぜあるんだ?」などと聞かれることがあるそうです。しかしその方は、今までは疑ったことすらなかったからその場で答えられなかった。そこで日本の常識には世界の非常識なことがたくさんあると気が付き、いちいち物事の本質までさかのぼって考えるクセが身について、イノベーションを生むことができるようになったそうです。松嶋さんの考え方も、それと同じですよね。

松嶋 まさにその繰り返しですよ。料理の世界って技術の世界だと思っている人が多いんですが、そう考えていると、フランスに修行に行く理由を「本場の技術を身につけること」だと捉えてしまう。でも僕からしたら技術は表層的なもので、本当は向こうの一流シェフが「なぜこの料理を閃いたのか?」ということを学ぶほうが大事なんです。

僕は技術がそんなにあるほうではなかったですが、幸いフランス語が達者だったので、現地で修行中は新しい料理を見ると、「どうしてこれを作ったのか?」とシェフにしつこく聞いていました。そうやって料理のオリジンまで聞いていくと、地元の伝統的な料理を現代流にアレンジして蘇らせたものなんだとか、世界中で修行をして地元に帰ってきたときに、地場の食材を使った料理を作ることが生まれ育った土地に対する恩返しになると思った、というようなことを語ってくれるわけです。

彼らの話からは、実はまったく技術の話題なんか出てこないんですよ。それよりも、もっと本質的なところからクリエイティブな料理は生まれている。その現場を生で見ていたから、こういう考え方が身についたのだと思います。

川下 「技術を学ぶ」というのは「型を学ぶ」ということでもありますよね。松嶋さんは決まりきった型をなぞるよりも、本質まで突き詰める考え方を身につけたことでイノベーティブな料理が作れるようになった。

松嶋 マーケティングで「指標」を探す人は多いですが、料理の世界でも「指標」を探す人は多いんですよ。フランス料理だったらポール・ボキューズとかアラン・デュカスとか。その時代に応じた「指標」となるスターシェフは必ずいるんです。でも、彼らと同じことをやったら後追いになるだけですよね。日本のフランス料理界はそれをやっちゃう。

「指標」に沿ったことをやれば安心感はあるかもしれないけど、その延長線上にイノベーションはない。あるのはコピーだけ。日本人はコピーしたものを最適化することに関して能力が高いですが、ゼロからイチを生むのは得意じゃない。それは教育にも原因があるし、仕事においては本質を常に問い直すような思考をしないことにも原因があるのではないかと思います。

イノベーターたちの共通点は、 「よく遊び、よくインプットする」

川下 最初に扇風機を作った人はイノベーションだけど、そのあとはみんながわかっているニーズに合わせて「改良」しているだけというか。風がずっとあたり続けたら嫌だから首振り機能がついたし、時間が経ったら止まってくれたほうがいいからタイマー機能がついた。ほとんどの大企業が今やっているのは、そういう「改良」なんですよね。

そこで松嶋さんに聞いてみたいことがあります。常に異文化にさらされていると本質を問われて自問自答するクセが身につくとして、日本の、特に大企業にいたら常識を疑う機会すらないものです。そうした環境にある人がイノベーションを起こすには、どうしたらいいと思いますか?

松嶋 大企業は大きくなるために築いてきたものを守らないといけない。だから変えようとする人は組織の論理で批判される。でも、日本の文化は本来「守・破・離」です。守るだけでなく、破壊し、そこから離れることで自分たちの型をどんどん作り替えるということをやってきた。しかし、今の日本の大企業に「守」の部門はあっても、「破」と「離」をやる部門はないですよね。それはつまり、組織に遊びの部分がないってことだと思うんです。

例えばクルマって、ハンドルに遊びがなくてきっちりしすぎていると事故を起こしやすいんですよね。今の日本の大企業は守ることばかりに意識があって、遊びの部分をなくしている。だからイノベーションが生まれない。

それこそ組織に遊びの部分を生み出そうとして、新規事業部などを作る企業は増えてきました。しかし肝心のイノベーションは生まれてこない。これは……。

松嶋 遊んでないんですよね、そういう新規事業をやる人たちが。遊び方を知らないから、「さあ遊べ!」って言われても何をやったらいいかわからないのだと思います。それで思い出したのが、「H.I.S.」って会社がありますよね。今は会長をやられている創業者の澤田秀雄さんが社長に復帰されたとき、ハウステンボスの再建に力を注いでホテル事業を成功させたじゃないですか。それで次は何をするのかと思ったら、「旅に出ます」と言って世界に飛び出した。

今の世界の常識を身につけるために、何歳になっても自分から行動されているわけで、僕にとって澤田さんは遊び方をよく知っている人です。そう考えたときに大企業の偉い人たちに聞きたいのは、「最近、夫婦や恋人と以外で、どれだけ旅をしていますか?」ということです。自分から進んでインプットを増やせない人は、イノベーションなんて起こせるわけがないですよ。

川下 自分ができているかどうかは別にして、イノベーターと呼ばれる人たちの共通点を考えると、みんな遊んでいて、インプットがとにかく多いんですよね。イノベーションには「新結合」っていう言い方もありますが、僕はイノベーションは異なるもの同士の結びつき、つまり編集から生まれると思っています。だからインプットがものすごく重要になる。これって料理もそうですよね。使える食材の種類が増えていくことで、新しいレシピも増えていく。僕は料理とは、究極の編集なんじゃないかと思うときがあります。

松嶋 それに付け加えるなら、単に使える食材を増やしていくだけでなくて、あえて制限をつけることも重要だと思います。というのも、どんな食材でも自由に使っていいと言われたら、料理ってかえって難しいんですよ。何でも作れるために、何を作ったらいいかわからなくなってしまう。でも自分から制限しちゃって、その中に遊びで得た経験を入れると新しいものが生まれる。

フランスの料理人は世界中で学んだ経験をふるさとに還元したいという思いを持って、故郷にアイデンティティを置いた料理を作っている人が多い。そういう人たちが新しい料理を生んでいます。というのも、「ふるさと」って制限なんです。買える食材に制限があるし、できることにも制限がある。その制限の中で「さあ、どうしようか」って集中すると新しいアイデアがどんどん生まれます。

外でいろんな経験をしてきて、それを自分の生まれ故郷の料理に生かす。それを繰り返してきたから、フランスからは次々とイノベーティブな料理が出てくるんです。日本はそうじゃなくて、あれが流行っているこれが流行っているで何でもやってしまう。制限を外してしまうと、実は新しいものって出てこないんです。

川下 イノベーションは制約があるから生まれるということですね。

松嶋 そう思います。だから新規事業部みたいなものを作っても、社内だけでああだこうだやっていたら意味がない。まず外に出て遊んで、いろんなインプットを増やす。やがて会社に戻ってきて、社内の資源をあらためて見直し、その制限の中で何ができるか考えていく。そういう人がたくさん出てくると、「エスタブリッシュメントの逆襲」は始まっていくのかなと思います。

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二人の対談から浮かび上がってきた、イノベーションを起こすために本質を問う思考の大切さと、「遊び」と「制約」という二つのキーワード。エスタブリッシュメントがイノベーションを生み出すためには、こうしたキーワードを捉えた上で、どのような組織を作っていくべきなのか。

後編へつづく

松嶋 啓介

1977年福岡県生まれ。20歳の時に渡仏し、25歳の誕生日にニースに自らの店「Restaurant Kei’s Passion」(現「KEISUKE MATSUSHIMA」)を開店。フランスの『ミシュランガイド 2006』で外国人シェフとして最年少で一つ星を獲得。以降10 年連続で星を獲得している。
2009年、渋谷区神宮前に「Restaurant-I」(現「KEISUKE MATSUSHIMA」)をオープン。2010年11月には『ミシュランガイド東京・横浜・鎌倉2011』にて一つ星を獲得。同年7月には、フランス政府より日本人シェフとして初めて、また最年少で「フランス芸術文化勲章」を授与された。フランスと日本を行き来しながら、国内外の様々なイベントや企画にも参加。近年は、食の伝統の中にある意味や価値を伝える活動にも力を入れている。

川下 和彦

1974年兵庫県生まれ。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。2000年博報堂に入社、マーケティング部門、PR部門でジャンルを超えた企画と実施を担当。2017年よりQUANTUMに兼属、社外のコンテンツホルダーとの幅広いネットワークを生かし、新規事業開発に取り組む。著書に『勤力を鍛えるトレーニング』、『コネ持ち父さん コネなし父さん 仕事で成果を出す人間関係の築き方』(共にディスカヴァー・トゥエンティワン)ほか。座右の銘は、「変人であれ、不良であれ」。