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ありきたりな アイディアから 脱出するには、過去を捨てること―イノベーションの 起点は、 未来の生活者への リサーチ

2018.01.17
「次代に向けてイノベーションを起こしたいが、なかなかうまくいかない」「斬新なアイデアによって、良い商品や事業を生み出したいが、発想に詰まりがち」。こうした課題を解消し、他社にはない存在意義を確立したいとき、“未来生活者発想”が重要なカギとなる。これからの時代に企業に求められる考え方、アイデアを生み出すために不可欠な視点とは何か?博報堂ブランド・イノベーションデザイン局の宮澤正憲局長が語った。

受動的・対処的なやり方では、 大変な思いをしても得られるものが少ない

──テクノロジーの進化が著しい現代、多くの企業が新しい事業やイノベーションを起こす方法について模索しています。試行錯誤してもうまくいかないことは多いものですが、そんなとき、どこから考え直すべきでしょうか。

さまざまなことが課題として認識されている中でも、「アイデアがありきたりになりがち」という悩みを一番よく聞きます。これは、テクノロジーシフトをはじめとし、環境が大きく変化していて「先が読みにくい」ということも影響しているでしょう。AI(人工知能)やIoTなどの進展によって「これまでとは変わっていく」ことについては、大方が合意している。しかし、それが「どうなっていくのか」に関しては、多様な考え方があって捉えにくい。将来が変化することはわかっているけれども、どうしていいのかわからない、わかりづらい──私たちメディア産業の者も含めて、そういう状況にあるのではないでしょうか。

ここで少し視点を変えて、人は未来をどういう風に見る傾向があるかという、「未来観」について考えてみたいと思います。
未来観は大きく「受動的未来観」と「能動的未来観」の2つに分けることができます。受動的未来観というのは、「未来は受け入れるもので、自分たちの力では変えられない」という考え方のことで、たとえば、「テクノロジーの進化にどう対応していくか」という発想をします。一方、「未来はつくり出すもの、努力で変えていける」と考えるのが、能動的未来観です。
さまざまな調査を行うと、世間では受動的未来観の方が支配的だという結果が出ます。実際、私たちのところにもよく「AIが進展したらどうしたらいいのでしょうか」という相談がきますが、この問いは主語が人間であるべきなのに、AIになっていることから、「未来というのは対抗しなくてはならないもの」という印象を受けます。

どうしようもない大きな変化の波があったときに、何か対抗策を打たなければならず、そのためにイノベーションを起こすということはどの業界でもありますし、必要です。このような対応を、我々は「対処的イノベーション」と呼んでいます。たとえば、広告業界では、デジタル化に対処しないと生きていけなくなるので、実際にさまざまな新しいことに取り組んできました。
しかし、これらは真の意味でのイノベーションではありません。対処的イノベーションでは、同じ業界の人が同じことをやるので、先には必ずレッドオーシャン(激戦市場)が待っています。みんな大変な思いをして開発に励んでいるのに、できあがる商品やサービスにあまり大きな差がない。自分たちは頑張ってイノベーションをしたつもりでも、競合の多いマーケットに向かっていってしまっているということです。

こうした対処的なイノベーションというのは、受動的未来観に基づいています。それを前提とした新しいものづくりも必要なのですが、それは必要要件として考えるべきで、本当に新しいものを目指すときには、能動的未来観を前提とすべきです。実行するのは簡単ではありませんが、うまくいけば間違いなくブルーオーシャン(不戦市場)が待っています。「受動的未来観から能動的未来観への切り替え」。これこそが今、企業に最も求められていることではないかと思います。

──なるほど。何かが起きたときに対処するという受動的な考え方ではなく、主語を自分たち、生活者にして考え、行動していくということですね。

「未来を予測する最善の方法は、自らそれをつくり出すことである」というパーソナルコンピューターを生みだしたアラン・ケイの名言がありますが、もう一回ここに立ち戻って、どうやったら未来をつくれるかという視点に転換していくべきです。「未来ってどうなるだろう」と考えるのではなく、「(自分たちは)未来をどうしたいか」ということを考える。このマインドのチェンジには“意志”が重要になってきます。
次に考えるべきなのが、誰の意志かということですが、企業だけではなく、生活者が未来に抱く「こうしたい」という意志を大事にすることが重要だと考えます。未来を予測することは難しいですが、「未来がどうなったらいいか」「どんな未来で暮らしたいか」というイメージは、誰もが持っているからです。
受け身で未来を待つのではなく、能動的に未来を切り開いていくことによって、みんなが良くなる社会と、明るい未来の展望を示すことができるのではないか……というのが、私たちの「未来生活者発想」の根本にある考え方です。「生活者がこうしたい、これが欲しいと考える未来は何だろう」ということを常に考えていかないと、企業側の思いと生活者の意志はなかなか合致しません。

企業にも意志があってしかるべきで、それを反映させることも必要です。しかし、ここで言う企業の意志は、「私たちはこうしたい」ということではなく、その企業にしかできないこと、その企業がやるべきことを意味します。その企業にしかできない「らしさ」を我々は「ブランド」と呼んでいますが、それが非常に重要になってくるのです。

イノベーションを起こすために必要な3つの視点と、 思考の順序とは?

──未来生活者発想とは、具体的にはどのような考え方ですか?

生活者の意志と企業の意志、そしてテクノロジーの進化をしっかり見ていくことを大切にした考え方ですが、ここでポイントとなるのが、生活者の意志というのは「今の意志」ではなく、「未来の意志」を意味するということです。
世界的に有名なマーケティング学者、フィリップ・コトラー教授が、市場を効果的に開拓するための手法として「STP」(Segmentation,Targeting,Positioningの頭文字をとったもの)を提唱していますが、未来生活者発想にあたって、私たちは新しいSTPを考えました。新STPのSは「生活者(Seikatsusha)の未来のニーズ」、Tは「Technology」、Pは「Personality(パーソナリティ)」です。パーソナリティその企業の特性や固有性、他にはない「らしさ」という意味で使っています。未来のものや事業をつくるには、この新STPが従来の「Segmentation」「Targeting」「Positioning」に代わって非常に重要になると考えています。

この新STPでは、考える順番も大事です。まず「生活者が何を欲しているか、何が意志なのか」(S)を考えます。そこに「テクノロジー」(T)を掛け合わせてできそうなことを考え、さらに、「その企業でしかできない固有性」(P)を掛け合わせることで、事業の絞り込みをしていくというのが基本的な流れです。
まず将来の生活を考えて、それを皆で共有した上でバックキャスティング(未来を起点に現在するべきことを考える発想法)し、そこに技術や商品、その企業の「らしさ」を加えていくというのが、基本的な未来生活者発想の考え方になります。

過去の成功事例の中に、イノベーションの種はない

──イノベーションを起こそうとするときに陥りがちな失敗例や、成功するケースに共通することはあるでしょうか?

まず、過去の成功事例から何かを学ぼうとするのはあまり得策ではありません。我々も新しい仕事をするときに、類似の事例で成功したケースを求められることがありますが、過去の事例を学んでも同質化するだけで、イノベーションのヒントになるようことは少ないからです。
これは、分析のためのリサーチについても、同様のことが言えます。リサーチの手法が固定化されると、結果も同じようなものになりがちです。リサーチを行うにしても、革新的な手法が求められます。
天動説が信じられていた時代に、地球が動いているのをガリレオが発見できたのは、彼が望遠鏡を発明したからだと言われています。同じように、見る手段を変えて初めて見方が変わるのであって、だからこそ手段自体を変える必要があるのです。

精緻な計画を立てることも大切ですが、何といっても「意志」の力は偉大です。成功したイノベーションの開発者は強い意志や思いを持っているものです。強い思いがあれば、過去のケースを踏襲することよりも、新しい手法を見つけたいという考えにおのずと至るのではないでしょうか。
生活者の意志を中心に据えつつ、強い思いを持ち続ける。そういったスタンスで臨むことが、イノベーションを実現させるための第一歩となるはずです。

profile

宮澤 正憲
博報堂 ブランド・イノベーションデザイン局長エグゼクティブマーケティングディレクター
東京大学文学部心理学科卒業。株式会社博報堂に入社後、多様な業種の企画立案業務に従事。2001年に米国ノースウエスタン大学ケロッグ経営大学院(MBA)卒業後、ブランド及びイノベーションの企画・コンサルティングを行う次世代型専門組織「博報堂ブランド・イノベーションデザイン」を立ち上げ、経営戦略、新規事業開発、商品開発、空間開発、組織人材開発、地域活性、社会課題解決など多彩なビジネス領域において実務コンサルテーションを行っている。イノベーション支援サービスを提供する株式会社SEEDATA非常勤取締役。主な著書に『東大教養学部「考える力」の教室』『「応援したくなる企業」の時代』など多数。東京大学教養学部教養教育高度化機構 特任教授。

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