博報堂と博報堂DYメディアパートナーズでは、2012年から社員による米づくり体験(以下「農作業体験」と略)を続けています。その背景や目的、農作業体験が社員にもたらしたものなど、発案者の一人である西村治取締役執行役員に話を聞きました。

食事の席の“思いつき”からはじまった農作業体験

はじまりは、食事の席でのちょっとした会話だったんです。戸田社長(当時,現会長)が「最近、社員が頭でっかちで不機嫌になっている気がする」と。「座学だけじゃなくて、もっと外でできる研修はないかな」と言われて、私がとっさに「だったら田植えじゃないですか」と答えたのがはじまりでした。ほとんど反射神経で出た“思いつき”だったんですよ(笑)。「博報堂のフィロソフィーは“生活者発想”であり、地に足を着けて腰をかがめて、目線を下げて、田植えをしたり、稲刈りをしたり、そういう体験が博報堂らしい」ということで、その場で実施することが決まりました。

この会話をしたのが2011年の5月頃で、直前の3月11日に東日本大震災が起こって間もないタイミングでした。社会全体がどこか漠然とした不安感に包まれていました。その一方で、“身近に感じられる、いまの幸せを大切にしよう”という空気もありました。そういう時代だったのです。

その後、ご縁があって、耕作放棄地を田んぼに戻す活動をしているNPOにお世話になり、2012年からいままで7年間続けています。参加人数は昨年ついに1,000人を超えました。

博報堂はチームワークの会社だとあらためて実感する

わたしたちの農作業は開墾、田植え、草取り、稲刈りで、場所は山梨県北杜市増富地区。増富地区は耕作放棄だらけです。耕作放棄地というのは、木も雑草も生え放題で、ここが昔は田んぼだったと説明されなければわからないような荒地なんです。参加者と一緒に東京からバスに乗って向かっていくと、どんどん車窓の風景が変わっていき、現地に到着すると、参加者は全員ぼう然としている状態ですよ(笑)。「ここで農作業をするのか…」って。でも、不思議なことに、農作業がはじまって、お昼を食べて、また農作業をして、温泉に入って、ごはんを食べて乾杯をする。そうしたらもう、参加者たちは朝とはまったく違う良い表情と雰囲気になっています。

農作業に参加するメンバーは、部署も職種も年齢もまったく違う、ふだん仕事でなかなか交わることのない人たちなんです。わたしは当時、人事局長として、タテ・ヨコ・ナナメの関係づくりという言い方をよくしていました。広告の仕事は細分化が進み、かつ、高速化しているので、なかなか一体感が持てる関係づくりがむずかしい。だからこそ、あえて一切の業務から離れ、まったく違うシチュエーションに身を置き、共同作業をすることで湧き上がってくる何かを期待していました。その日はじめて会った人間同士でも、自然と力を合わせて、励まし合って、工夫をして、活き活き作業している。そんな姿を見ると、やはり博報堂はチームワークの会社なんだなと実感しますね。

農作業体験がもたらしたのは、リフレッシュ効果と、視野の広がり

もうひとつ実感するのが、仕事の環境と180度違うところに身を置くというのは、それだけでリフレッシュ効果があるということ。NPOの代表者は、「日頃滞積したストレスが、泥の中に入れた手からアースのように放電される」と表現していました。農作業は生まれてはじめて、という人がほとんどですから、それぞれの中に湧きあがってくる日常では得たこともないよう新鮮な感覚や、感情があるようです。

わたし自身も、最初に開墾作業をしたときはものすごく野生の血が騒いだというか(笑)。使ったこともない鍬を手に、アドレナリンの出る感じを覚えましたし、田植えや稲刈りをしたときには、はじめての経験なのにどこか懐かしい感じがしたり。稲作文化圏に生まれた人間のルーツというか、DNAなんでしょうか。自分の中にあたらしい発見がいろいろありました。

広告の仕事のサイクルはどんどん加速していく一方ですが、この農業体験では、まず開墾して荒れ地を整備し、田植えをして、草取りをして、稲刈りをして、天日干しをして…。育てたお米が自分たちのからだに入るまで1年近くかかりますし、最後の最後まで収穫量や出来栄えがどうなるかわからない。改めて農家の皆さんの大変さを理解し、食品廃棄の問題に目を向けることにもなりますし、限界村落の現状を見ることで、地方と都市の問題についても考えるきっかけになります。参加した社員の意識が少しずつ変わっていく手応えを感じていますね。

大豊作から生まれた米焼酎、海外のお客さまに大好評。

ある年、うれしいことにお米が大豊作の年がありまして。収穫したお米を社員食堂でみんなに振る舞ったり、白米を袋に詰めて取引先への手みやげにしたりしていたのですが、もうそれでも食べきれないほどの大豊作。これを有効利用したいと思って造ったのが米焼酎『博報』なんです。

米焼酎『博報』をおみやげでお渡しすると、「この『博報』というのはなんですか?」と話題になって、社員が育てたお米で造っていると説明すると、「それは面白い」「社員のみなさんに素晴らしい体験の機会をつくってますね」と皆さんがとても興味を持ち、感心してくださいます。海外の方からも反応もいいんです。はじめは漢字で「博報」と書いたラベルだったのですが、外国の方にも米焼酎であることや、社員が育てたお米から出来ていることをわかっていただけるよう、この度全てをリデザインしました。味も評判いいんですよ。ソーダ割りにすると香りが立って、すごくおいしいんです(笑)。

博報堂グループは日本と同じ稲作文化圏であるアジアにもいくつも拠点があります。米を主食にしている国がほとんどですから、各国の拠点でもこの農作業体験を活用してくれたらうれしいですね。「日本でそんなことをやっているなら、自分たちもやってみよう!」という感じで取り入れてもらえて、博報堂グループに農作業ネットワークができたら、おもしろいですよね。

この農作業体験自体、「頭で考えるのではなく、身体を動かして何かを感じ取ろう」ということからスタートしたので、あまり大仰に構えるのではなく、体験した人が「おもしろかったよ、やってみたほうがいいよ」と他の人に伝えるようなかたちで、いつまでも自然に続いていってくれたらなと思っています。

リデザインを担当したのは博報堂ビジネスインキュベーション局アートディレクターの岡室健。米づくりの活動に代表されるやわらかな発想や自由さを、博報堂(はくほうどう)の「は」をモチーフに表現した。

西村 治

株式会社博報堂取締役執行役員
株式会社博報堂DYメディアパートナーズ執行役員
株式会社博報堂DYホールディングス執行役員