「生活圏2050」プロジェクト連載コラム第2回は、「文化芸術が育む都市」の可能性について、京都市の文化芸術創造拠点であるロームシアター京都(京都市・岡崎)でプログラムディレクターとして活躍する橋本裕介さんとの対話・前編です。人口減少社会における新たな生活文化と経済(エコノミー)の創出を構想する「生活圏2050プロジェクト」。プロジェクトリーダーを務める博報堂クリエイティブ・プロデューサーの鷲尾和彦が、既に今各地で始まっている新しい生活圏づくりの取り組みを伝えます。
※後編はこちら

昨年6月、文化芸術振興基本法が一部改正され、新たに「文化芸術基本法」が施行されました。
そこでは、文化芸術をこれからの成熟社会にふさわしい新たな社会モデルを創る基礎として捉え、観光、産業振興、教育、福祉、まちづくりなどの様々な領域で新しい価値創出を実現していこうとする国の基本方針が掲げられています。文化、社会、経済。生活圏の持続性をつくりだすこうした多様な領域がどのように協働しあい、これからの時代に質の高い生活を実現していくことが出来るのか。その時、地域社会のさまざまな人々が出会う公共空間(パブリックスペース)の役割や可能性がとても重要になっていくでしょう。

文化という観点からみれば、パッケージものって価値がなくなっていくんじゃないかな

鷲尾:
一昨年来、橋本さんとは京都市の文化プロジェクトの中で、たびたびご一緒する機会を頂いてきました。今年はチームを組んで「文化庁メディア芸術祭京都展」もご一緒に企画させていただいたり。個人的には、いつも京都の街や文化のことを教えていただいています。

橋本:
いえいえ、こちらこそ。僕の方もいつも刺激をもらってます。

鷲尾:
ロームシアター京都は、岡崎エリアに位置していますが、このエリアには京都市美術館があったり、国立近代美術館があったり、図書館や動物園など様々な文化施設が集積しています。「重要文化的景観」として選定されているところですね。京都大学も歩いてすぐのところにあるし、東山の自然もとても近い。街中との距離もちょうどいい。学生、子ども連れ、観光客、いろんな人たちがゆっくりと時間を過ごすことが出来る大きな「広場」って感じで、僕はとてもこの岡崎が好きなんですよね。

橋本:
ロームシアター京都はもともと京都会館という名前で、1960年に前川國男さんという日本のモダニズム建築の第一人者といわれる建築家が設計した建物です。2016年1月に再整備を完了させ、ロームシアター京都という名前でリニューアルオープンをしました。つい先日からは、京都市美術館も再整備工事がスタートしたところで、リニューアル後はこれまでほとんど取り扱ってこなかった現代アートに対応するスペースも新しくつくることになっています。

※「ロームシアター京都」外観 (撮影:小川重雄)

鷲尾:
「文化庁メディア芸術祭京都展」も、岡崎エリア全体を新しい文化創造の拠点に育てていく大きなチャンスにしたいという動機からでした。東京で行われるメディア芸術祭本体の巡回展ということだけでなく、独自のアート&テクノロジーの切り取り方、ロームシアター京都という舞台芸術の劇場らしい体験の創出を検討したり。それに今回のために、アーティストに新作もつくって頂きました。

橋本:
本来生身の人間たちが行う舞台芸術を扱う施設だから、展覧会をやるなんてチャレンジですよね。でもやるからには、京都らしい「問いかけ」を発信したいと思いました。
ヴィジュアルアートもそうだけど、舞台芸術の分野でも新しいテクノロジーをどう活用するかはひとつの大きなファクターになりつつあります。ただその活用のしかたを考える時に、東京をはじめとする世界の大都市でやっているある種ユニバーサルで、画一的なアプローチだけでいいんだろうかという疑問をずっと個人的にも持っていました。
メディアアートは、新たなテクノロジーが持つ可能性を世の中に指し示すものだと思うんですが、そこで用いられるメディアテクノロジーって、物理的に離れた空間と時間を、限りなくゼロに接近させたいという欲求のもとで発展してきてると思うんですよね。しかもかなり視覚情報に偏ったかたちで。でもそれをやればやるほど、どこか人間の体験や感覚を総体としては損なってしまっているんじゃないかなとも思う。道端に咲いている花を見つけた時、本当は視覚だけではなく、匂い、風がかすかに吹いている触覚などを総動員して、花という存在を知覚しているはずですよね。それで初めて「あ、花だ」って感じるんだと思うんです。
最終的には「ゴースト」という企画コンセプトを選んだのですが、僕たちの問いかけは、この言葉に集約できると思います。「ゴースト(幽霊)」って、人間の想像力が生み出した存在の典型ですよね。そんな人間の想像力を喚起させるメディアのあり方を敢えて考えてみようというのが狙いです。

※「文化庁メディア芸術祭京都展」は今年1月14日から2月4日までロームシアター京都で開催された。(撮影:鷲尾)

鷲尾:
「ゴースト(幽霊)」って、ものすごく京都らしいなあと思うんですよね。京都という街だからこそ可能な本質的な「問いかけ」だと思います。それに、京都の歴史や文化までさっと想起できてしまう。そこがとても重要なところ。

橋本:
京都だから伝統芸能も盛んだし、毎日のように能や狂言が上演されています。能では必ずと言っていいほどメインキャラクターが幽霊なんですよね。もしかしたら演劇というのは人間の身体がメディアで、そこにいろんなものが憑依している、つまり演者が幽霊的なものを召喚しているという状況だとも言えるわけです。劇場って舞台上の俳優や歌手やダンサーの演技を見る場所だと思われているけれど、実はそうじゃない。僕たちは実際にそこに立っている人間を通して、その背後にあるキャラクター像や、神掛かったオーラとか、そういう目に見えないものを見ている。劇場ではいつもそんなことが起こっている。そんな体験がこの街では毎日のように展開されているんです。

鷲尾:
先日、隣の岡崎公園と平安神宮の参道あたりで、子どもたちが鬼ごっこして遊んでいる様子を見かけたんですね。すると、10歳くらいの女の子が「あんたなぁ、そんなことをやってたら、祟られるでえ~。」って友達に言っている。忘れられないシーンです。
例えば、祇園祭を始め、京都のお祭りも実は死者を弔うことから生まれたものですよね。水害、疫病、あるいは永らく続いた戦さで失った人たちの魂を鎮める行為が祭りになり、地域社会の中で継承されていくことで、文化となり、地域の活力となり、次世代を継承していく装置となっていった。伝統芸能や文学もそうだと思うんです。今は目の前には見えないけれど、確かにそこにいるはずの存在を想像するという力。これは京都が育んできた文化そのものじゃないかなって思う。あるいは日本が大切にしてきたセンスが京都という環境には継承されているという言い方も出来る。それが結果的には、生活圏の魅力をつくり、共同体を維持し、あるいは来街者や観光客を招き入れている。そういうことと時間的にも空間的にも繋がった上で、今回の「文化庁メディア芸術祭京都展」があるように思うし、そのことを目指して僕たちはプランニングしてきましたね。

橋本:
その通りですね。とりわけ文化という観点からみれば、やっぱりどこの街でも観られるようなパッケージものって、これからは価値がなくなっていくんじゃないかなと思う。文化庁メディア芸術祭京都展はひとつの文化事業なのだけど、それでも常にそうした視点は持っていたいと思うんです。

※高嶺 格の新作「歓迎されざる者(The Unwelcomed)」が発表された。(撮影:鷲尾)

鷲尾:
今、2020年をマイルストーンに、文化への期待がものすごく高まっているわけですよね。まちづくり、医療、福祉、教育、経済、産業振興、いわゆるイノベーションにも文化力が必要だと。
先日、文化庁のウェブサイトを見ていたら、国内で開催されるアートイベントって年間200件以上もあるって書いてあった。すごい数だなと思うんですが、その街や地域社会が持っている記憶や歴史、文化と結びついて、その価値が再生されていくような、あるいは新しい価値が積み上がっていくような、そんな取り組みが増えたらいいなあって思います。
2021年には文化庁も京都に移転してきますね。その意味では、京都はこうした、文化を軸にして、「文化=社会=経済」を結びつけていくような仕組みづくりに挑戦する期待を背負っているわけですね。

橋本:
僕自身はアートが短期的で経済的なアウトプットを生み出す必要はないと思っています。だからこそ逆に価値があるんだと。そうではない、長期的なアウトカムを生み出すものだと。そしてそれはとてもパブリックな価値だと思うんです。

※和田 永 「時折織成 ― 落下する記録」 (撮影:鷲尾)

後編に続く

橋本裕介(はしもと ゆうすけ)
ロームシアター京都/KYOTO EXPERIMENT プログラムディレクター

1976年、福岡生まれ。京都大学在学中の1997年より演劇活動を開始、2003年橋本制作事務所を設立後、京都芸術センター事業「演劇計画」など、現代演劇、コンテンポラリーダンスの企画・制作を手がける。2010年よりKYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭を企画、プログラムディレクターを務める。2013年2月より舞台芸術制作者オープンネットワーク(ON-PAM)理事長。2014年1月よりロームシアター京都勤務、プログラムディレクター。

鷲尾 和彦(わしお・かずひこ)
博報堂クリエイティブプロデューサー、「生活圏2050」プロジェクトリーダー

戦略プランニング、クリエイティブ・ディレクション、文化事業の領域で、数多くの企業や地方自治体や産業界とのプロジェクトに従事。プリ・アルスエレクトロニカ賞審査員(2014〜2015年)。主な著書に『共感ブランディング』(講談社)、『アルスエレクトロニカの挑戦~なぜオーストリアの地方都市で行われるアートフェスティバルに、世界中から人々が集まるのか』(学芸出版社)等。