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FOR2035 来るソロ社会の展望を語る- vol.1前編 / ゲスト:大阪大学大学院経済学研究科准教授 安田洋祐先生

2017.03.30
日本が世界に先駆けて直面する「独身5割の社会」とはどんな社会なのか?そのとき社会には何が生まれ、いまとはどう変わるのか?本企画は、ソロ活動系男子研究プロジェクトリーダーである荒川和久が専門家を訪ね、20年後のソロ社会で起こりうる課題に対し、解決のヒントを探っていく対談連載です。第1回のゲストは「ゲーム理論」を専門に研究されている経済学者の安田洋祐先生。独身者が増え続ける現代をどうとらえるか、また20年後のソロ社会に備えて何ができるのかなどについて語りました。

既婚も未婚も、男も女も生きづらい!?結婚という経済共同体を考える

荒川:今日はお忙しいところありがとうございます!

安田:こちらこそありがとうございます。ご著書『超ソロ社会 「独身大国・日本」の衝撃』(PHP新書)を拝読しましたがとても面白かったです。僕自身は結婚している身で、これまでソロ世帯という目線で考えることがあまりなかったので新鮮でした。

荒川:安田先生は結婚されて何年目ですか?

安田:いま6年目です。2011年に東日本大震災があって、その後まもなく結婚しました。やはりあの出来事はインパクトが大きかった。当時は「家族」とか「絆」という言葉もたくさん言われていましたよね。

荒川:確かに、あの年は婚姻数も上がったんですよね。でも実際には、ご存知のようにここずっと日本は未婚化・非婚化の流れにある。そして最近は特に、結婚しないソロと家族との分断が激しくなってきている気がしています。
『超ソロ社会~』の前に、『結婚しない男たち 増え続ける未婚男性「ソロ男」のリアル』 (ディスカヴァー携書)という本を出したんですが、結構既婚男性からお叱りも受けました(笑)。いただいたご意見を要約すると「生涯独身を肯定するな。結婚して子どもを育てるという社会的責任を放棄していいのか」というようなことでした。

安田:社会全体の空気として、子育てをしていない=けしからんという意識は漠然とあるでしょうね。子育てはお金もかかるし時間も取られる。そんな大変な責任を自分たちだけが負っているのは納得いかないから、皆が結婚すべきだという理論ですよね。でも一方で、ご著書でも触れられていますが、幸福度みたいなものを見ると結婚している家庭の方がかなり高い。幸せなんだったら文句言うことないじゃん、っていう気もしますが(笑)。この後ほっといてもソロ人口は増えていくのに、そのあたりの幸福感とか自己肯定感とかのギャップが埋まらないままだと、ますますどんな立場でも幸せを感じにくい、生きにくい社会になってしまう。それは問題ですよね。

荒川:そうなんですよね。そうした既婚者の激しいプレッシャーに、特にソロ生活者自身が無意識のうちに追い詰められているんです。結婚しない・できないことに負い目を感じて、自己肯定できなくなっている。

安田:そのあたりの固定観念をご著書の中で糾弾されていますね。男性に限らず、特に女性に対する固定観念の押しつけが日本は強いと僕も感じます。僕が留学していたアメリカでは少なくともそういう雰囲気は感じられなくて、誰もが既婚未婚に関係なく好きなように生きているように見えました。日本では、特に女性に対して「30歳ではこうあるべき」「40歳ではこうあるべき」といったライフステージの押しつけが強く、かつ、同性である女性が女性にそういうプレッシャーをかける傾向がある。おそらく結婚や育児によって男性の比じゃないくらい自分の時間がなくなる辛さがあるから、自己肯定につなげるためなのかもしれません。それも未婚の女性をだいぶ生きにくくしていると思います。

荒川:そうですね。そのせいか、女性に顕著なのは、「相手は誰であれ結婚したい」という考え方です。結婚という状態への依存なんですね。

安田:それは経済的に自立しにくい構造があるからでしょう。男性であれば昔から独身貴族などと言っていましたが…。子どもがほしい場合は年齢の制限もありますし。

荒川:でも、結婚ってそもそもは、「一人口は食えねど、二人口なら食える」というように経済共同体をつくる合理的な作業だったと思うんですよ。それが、いつからか「貧困だと結婚できない」という逆の理屈にすり替わっていたり、「恋愛できない」とか「草食化」とかの問題が取り沙汰されて、なんだか面倒くさくなってしまったような気がします。

安田:家族という形態自体も、その“面倒くささ”を助長させているのかもしれません。諸説ありますが、少なくとも今の核家族のような2世代だけのユニットで暮らすという形はごく最近出てきた話で、人はもともと群れで暮らし、子育ても群れで行っていました。でも現代は祖父母世帯と同居する人も少ないですし、核家族のなかで子育てを完結させなければならない。そこに社会的な通念もあって、女性側にだけ負担が偏ってしまっています。

荒川:本当にそうですね。社会学者のベックやバウマンは、「家族がリスク」となる時代が来ると言っています。核家族の中で、夫婦が夫婦しか頼れなくなったために、妻は子育てに参加しない夫に腹を立て、夫は自分が責められることにストレスを感じる。悪循環ですね。

安田:かつて祖父母世代、あるいはコミュニティで子育てをシェアしていたのが、逃げ場がなくなってしまったんですよね。でも今は、SNSの普及などで、お母さん同士がつながったり、情報発信したりできるようになった。それによって彼女たちが抱えている課題がどんどん可視化されてきて、全体的にはいい方向に向かっているように思います。

荒川:ちょうど先日、ベビーシッターのアウトソーシングを行っている株式会社キッズラインの経沢香保子社長とトークイベントを実施したんですが、やはり育児の外部化が鍵だとおっしゃっていました。かつての祖父母の役割まで自分たちだけでやろうとするのは到底無理がある。だからたとえ3時間だけでも外部化することによって、お母さんたちが自分の時間を確保できるようになるべきだと。

安田:そうですね。たとえば単身の高齢女性で、子どもの面倒を見てもいいと思っている人と、忙しいお母さん方をマッチングするサービスができてもいい。いまはそのためのテクノロジーもノウハウも出てきていますよね。

荒川:「家事や育児は、仕事を犠牲にしてでもやるべき」とか、家族の無償奉仕が尊いという考えにとらわれがちですが、そんな我慢や無理をすることそれ自体がリスクです。外部に発注して有償化すれば、それはそれで経済も回るわけで、そこはこれから考えを転換させていくべきなんじゃないかと思います。

マッチング理論から読み解く個人の最適化の落とし穴

荒川:男女の結婚観の違いをリサーチしていてわかったのは、女性は経済的に豊かになりたいから結婚したいし、男性は経済的に豊かなままでいたいから結婚したくないということ。互いに譲れない「お金」の部分で衝突しているんですよね。一方で男性がよく「結婚はコスパが悪い」と言いますが、ここで言うコストパフォーマンスって、経済的コストだけではなくて、労力、時間、精神的負担などのトータルを見てコストと言っている。結婚に、そうしたコストに見合った幸福感があるかどうかは不確定だから、だったら自分の趣味や興味に時間と金を消費するほうが、確実に幸福でいられるんですよ、と。でも幸せの形は人それぞれなわけだから、それはそれでいいと思うんですけどね。

安田:あくまでも仮説ですが、独身者として幸せに生きた人はこれまでの歴史の中でもたくさんいたのでしょうけど、結局子どもを残さないということは、そのメンタリティーは継承されない。そうするとどうしたって、その時代におけるマイノリティーとして同調圧力を受ける側になってしまうのかもしれません。当たり前の話ですが、「幸せな独身者」という親の姿を見て「自分も独身を貫こう」と思う子どもはいないわけです。独身者にはそもそも子どもがいませんからね…

荒川:おっしゃる通りです。戦後の高度経済成長期も、結婚率が97%でほとんど皆婚だったわけですが、そもそも戦争直後だからとにかく家族をつくらなきゃ、子どもを産まなきゃという特殊な時代だった。本当はしたくない人もいたんじゃないかなと思います。その時期の人口増加のカーブは、ある意味異常値なわけです。

安田:なるほど。ところで、僕の研究テーマの一つがマッチング理論なんですが、例としてわかりやすいのが男女のマッチング、つまり結婚市場なんですね。そこで、お互いの好みに関する情報をうまく使って効率的に男女をマッチングさせていくと、結果的に出来上がるカップルの数が減ってしまう危険性が高い、ということがおぼろげに分かってきたんです。どういうことかというと、たとえば、男性は年収順に、女性は年齢や容姿などを基準に、一番モテる人から一番モテない人まで、序列化できたとしましょう。その上で、1番目同士、2番目同士・・・という形で、モテる男女を上から順番にマッチングさせていく。そうすると、マッチした人たちの満足感は互いに最大化されるんですが、社会全体で相手を見つけられる人の数は一番少なくなってしまうんです。もちろん、現実の人の好みは多様なので、ここでのストーリーのように、誰がモテるのかを一次元で序列化できるとは限りません。ただ、モテる・モテない、という参加者の好みに関する情報が共有、可視化されて結婚市場が効率化していくと、成立するカップルはむしろ減ってしまうかもしれない、という問題点には注意する必要があると思います。

荒川:そうなんですか。それは面白いですね。

安田:不動産売買でも同じで、「高くてもいいから買いたい」という良い買い手と「安くても売りますよ」という良い売り手を順番にマッチさせていくと、全体の取引数は減ってしまう。そうではなくて、「高くてもいいから買いたい」という良い買い手に「高い値段じゃないと売りません」という厳しい売り手をくっつける。同時に、「安い値段じゃないと買わない」という厳しい買い手に「安くても売りますよ」という良い売り手をくっつけていくと、取引総数が増えるということが、経験則で知られているそうです。マッチングの仕方を変えてあげることで、たくさんのペアを誕生させられるということですね。結婚市場でも、個々人が広いプールを見て最適な人を探していくと、自分にとってベストな相手が見つかるかもしれないけど、情報量が増えることによって社会全体でカップルの数は減ってしまう。だからものすごい情報量の中からベストな人を探すのではなくて、探すプールを狭くしてみるとか、情報にノイズがあるという状態の方が、結婚の総数は増やせるかもしれないということです。結婚率97%の時代に行われていたお見合いというのは、そういうものだったんでしょう。

荒川:驚きです。出会いの可能性や情報量が限定されている方が、社会全体としてのマッチング総数は上がるんですね。今後、情報化社会に向かう中で、これはさらに非婚化が進みそうです。

安田:さっきの婚活のマッチングの話でいうと、いろいろと理論やデータから分析ができたとしても、結局のところ当事者である男女が相思相愛にならない限りカップルは生まれないじゃないですか。これは、ゲーム理論とも関係するんですが、現実的には、男女間の戦略的な読み合いも発生するし、ライバルも出てくるかもしれない。人と人との相互作用が必ずあるわけです。世の中の多くの分析手法は、そういった相互関係を捨象して単純化しちゃう議論が多いんですよね。本人の都合、つまり当事者目線にばかり立ってしまって、相手の思惑を考えない。社会という人と人との関係性の中ではじめて生じる、こうした相互作用の問題というのが、ゲーム理論がまさに扱っている問題なんです。

荒川:面白いですね。それは、ソロと家族の分断の問題とも関係しそうです。本にも書きましたが、「人との関係性の中で個人の中の多様性が活性化する」という話とも密接に関係しそうです。ゲーム理論、勉強したくなりました。

後半へ続く

安田洋祐(やすだ・ようすけ)

1980年東京都生まれ。2002年東京大学経済学部卒業。最優秀卒業論文に与えられる大内兵衛賞を受賞し、経済学部卒業生総代となる。2007年プリンストン大学よりPh.D.取得(経済学)。政策研究大学院大学助教授を経て、2014年4月から現職。専門は戦略的な状況を分析するゲーム理論。主な研究テーマは、現実の市場や制度を設計するマーケットデザイン。学術研究の傍らマスメディアを通した一般向けの情報発信や、政府での委員活動にも積極的に取り組んでいる。フジテレビ「とくダネ!」にコメンテーター(隔週・火曜日)として出演中。財務省「理論研修」講師、金融庁「金融審議会」専門委員などを務める。

荒川 和久(あらかわ・かずひさ)

博報堂ソロ活動系男子研究プロジェクトリーダー
早稲田大学法学部卒業。博報堂入社後、自動車・飲料・ビール・食品・化粧品・映画・流通・通販・住宅等幅広い業種の企業プロモーション業務を担当。キャラクター開発やアンテナショップ、レストラン運営も手掛ける。独身生活者研究の第一人者として、テレビ・ラジオ・新聞・雑誌・WEBメディア多数出演。著書に『超ソロ社会-独身大国日本の衝撃』(PHP新書)、『結婚しない男たち-増え続ける未婚男性ソロ男のリアル』(ディスカヴァー携書)など。

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