-所長の経歴を簡単に教えてください。
1959 年生まれで、1982 年に博報堂に入社しました。初任が当時のセールスプロモーション局だったのですが、以来、30年以上 食品、飲料、製造、流通などさまざまな業界でプロモーションの実務と研究に携わってきました。
-あらためて行動デザイン研究所について教えてください。
博報堂行動デザイン研究所は2013年に設立したのですが、2010年頃から社内の有志でマーケティングの目標・結果(購買行動や来店行動など)に近いところから、広告へバックキャスティングする手法はないかと模索し始めたのがきっかけでした。「事業利益を生み出す顧客行動」をゴールとし、人の「行動」に着目した「人を動かすマーケティング」を研究・実践しています。
現在の研究所のメンバーは6名ですが、若手を中心に定期的に入れ替えをしています。統合プラニング局、インタラクティブデザイン局、アクティベーション企画局、MDビジネスインキュベーション局などから受け入れており、さまざまな出自のメンバーに参加してもらうことで、社内の横連携も図れるようにしています。
-本書を執筆した背景を教えてください。
本当はもうちょっと早く出版したかったのですが、世の中に「行動デザイン」を知っていただきたいというのが大きいですね(笑)。
ですので、マーケティングを本格的に学んでいない方、すなわち、マーケティング業界を志す学生さんや新たにマーケティング担当になった方などに読んでいただきたいと思って、「教科書」としました。業界のプロの方々にはちょっと物足りない内容かもしれませんが、マーケティングを本格的に導入していなかった会社や組織の方にもわかりやすいかと思います。
その時々のヒット事例を扱ったマーケティングの本は月日が経つとどうしても鮮度が劣化してしまいます。本書では、あまり授業では教えていなかったり、いままでの関連書籍では触れられていない「行動デザイン」にフォーカスを当てました。定説が持てない今の社会で「そうだったのか」と気づき、応用いただけるようにしたことで、長くお使いいただける「教科書」になったと思います。
-「行動デザイン」はどのように生まれたのですか?
人の行動はリアルです。フィジカルな、物理的な力学に大きく影響を受けているものなのです。
例えば、ある人がバイクに最近乗らなくなったのは、子供と遊ぶ時間を取りたいから、というのは建前で、よく聞いてみると実は、お気に入りのライダースーツが入らなくなったことで、何となくバイクに乗るのが楽しくなくなった。それからマンションの駐輪場の再抽選で奥の方になってしまい、気持出しにくいということが積み重なって、どんどん乗らなくなっていったそうです。そういった自分でも気付かない「行動を支えている支柱」が、物理的な理由によって無くなってしまったのです。
人の生活は一定のように思えても実はゆらぎがあります。そのゆらぎをチャンスとして捉えることが企画のポイントなのです。イメージではなく、リアル。ライダースーツが入らなかったり、バイクがちょっと出しにくいといったリアルな行動の中に障壁があったり、逆にチャンスがあったりするものなのです。こういう視点は、自ら経験してきたリアルなマーケティングから生まれたのだと思います。
-「行動デザイン」するには、どうすればいいですか?
今までのやり方を変えるのというのは、「一人みんなと逆方向に走り出す」ようなもので、勇気がいります。直観的に正しいと思っても今までの会社内のロジックに沿っていなかったり、古典的な教科書に載っていなかったりする新提案だと、上司も決裁しづらいのです。会社の中を通していくにあたって、上司や同僚が賛同できるフレームかどうか。そういう意味で、「前例がある」企画のほうが通りがちです。
-しかし、この本は今までの定説とは真逆のことが書いてあったりします。
今までの脳を真ん中におくモデル。すなわち、脳が司令塔/CPU、人間の体は感覚器(センサー)で、情報を入力して脳に送る。今度は脳が最適な指示を運動器としての体に送る。その出力として行動が生まれるというモデルでした。ゆえに人間は最も経済合理性の高い行動をするといわれていました。しかし、最近そうじゃないのでは、という学説が各方面から提起されています。
脳科学が進んで、脳CPU説というのが崩れてきています。アテンションがあって、インタレストがあり、脳が処理して、アクションするという、いわゆるAIDMAというモデルで人は必ずしも動いていないのではないか、という話です。
会社の周りの人たちに「コイツ、今までの定説とは真逆のこと言っているけど、意外とあるかもね」と思ってもらえるような材料が本書にはあります。ぜひマーケティングを、人を、もっと動かす方向に一歩踏み出す一助としてお役立ていただければ幸いです。
【ブックイベント開催のお知らせ】
1959年生まれ。1982年東京大学文学部卒業後、博報堂に入社。以来、一貫してプロモーションの実務と研究に従事。
2013年より現職。大手ビールメーカー、大手自動車メーカーをはじめ、食品、飲料、化粧品、家電などのブランドマーケティング、商品開発、流通開発などのプロジェクトを手掛ける。
2006年に行われた第53回カンヌ国際広告祭の部門賞(プロモライオン)で審査員を務める。共著に『しあわせの新しいものさし』がある。