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【コラム】安心を積み上げる生活へ ―ヒット商品分析調査に見る消費の行方

2013.07.29

2013年7月29日

著者:博報堂生活総合研究所 上席研究員 夏山明美

今や消費トレンドは話題や関心、好き嫌いだけでは測りきれなくなった。そこで、当研究所では【明日の必要】という尺度を開発。2012年にヒットした商品やサービスなどを80カテゴリーに分類し、【明日の必要】度を調査した。その結果、生活者は「防災」「未病」「エネルギー」を重視していることが分かった。さらに人々の意識は、長期的に日々の暮らしを支えてくれたり、社会課題の解決につながるといった、安心を積み上げるものへと向かっていることも明らかになった。

 1992年のバブル崩壊に始まった日本経済の悪化。その後、2007年のサブプライムローン問題、08年のリーマン・ショックといった世界的打撃も相まって、当初は「失われた10年」と呼ばれていた厳しい状況は「失われた20年」となり、今も経済不安は改善されないままでいる。さらに、少子高齢化や情報漏洩、自然災害、外交問題など、生活全般を脅かす様々なマクロ不安の重圧も人々の心に暗い影を落とす。

■安定した暮らしへのニーズが加速

博報堂生活総合研究所が1992年から隔年で実施している定点観測調査「生活定点」(*1)によると「身の回りに気がかりや不安なことが多い」と感じる人の割合は2012年に51.0%と、1998年の46.4%から5ポイント近く上昇。それに呼応するように「安定した暮らしがほしい」と願う人も増える傾向にあって、12年には45.2%と1992年より17.6ポイントも高まり、過去最高を記録した(図表1)。

暮らしの様々な側面で安定を求め始めている生活者が生みだす消費トレンドは、単に「流行しているから」「好きだから」といった一時的なブームや個人的嗜好では捉えきれなくなっていると思われる。

このような環境変化のなか、生活者の消費に対する意識や欲求はどこに向かうのか。それを明らかにするために、当研究所は【明日の必要】という独自の尺度を開発。2012年にヒットした商品やサービス、コンテンツ、現象など80カテゴリーについて、それぞれ「これからの生活の新しいスタンダード(新基準)になる、生活を進歩させる、未来の必需品/日用品になっていくなど、新しい兆しや期待を感じるかどうか」という【明日の必要】を測る「ヒット商品分析調査」(*)を行った。この調査の分析から見えてきた、これからの消費の行方について解説していこう。

■「防災」「未病」「エネルギー」を重視

まずは、図表2の【明日の必要】ランキングをご覧いただきたい。言うなればこれは「安定した暮らしを求める生活者が、日常生活で小さな安心を積み上げるために、これから必要だと感じているカテゴリー」の番付だ。上位の30カテゴリーに共通する特徴の分析から、生活者が求める安心のテーマとして、以下の3つが重視されていることが分かった。

 一つ目は「防災」。いつ起こるか分からない自然災害、猛暑や厳冬などの気候変動に備えておきたいと願う人々の安心のインフラとして、「普段使いの防災用品」(14位)、「猛暑対策商品」(27位)などに支持が集まった。家具の転倒防止器具、普段から便利に使えて緊急時にも役立つ家電シリーズ、防災グッズのギフト、保温効果の高い肌着などが注目を集めているのが好例だ。また、あちこちで海抜表示の看板を見かけるなど、街の風景も変わってきた。前述の「生活定点」で防災に関する意識の変化を追うと、「事故や災害に備えた生活をしている」「防災袋や非常食を常備している」「地震に備えて家具などを固定している」のいずれも、東日本大震災から2カ月後の11年5月調査時点で前年同期比10ポイント前後上昇(図表3)。震災後1年以上たった12年5月調査時点でも、回答率に大きな変化は見られない。

防災は震災直後や厳しい気候の最中といった非日常や特定の時期だけではなく、生活者が日常的に意識し、日々備えるテーマになり始めている。

二つ目は「未病」。未病とは東洋医学において、健康の範囲内ではあるが、病気に近い身体または心の状態を表す言葉だ。私たちは花粉やウィルス、ハウスダスト、大気汚染といった「未病」環境の中で暮らしている。「生活定点」を見ると、「健康だが不安がある」という人は12年時点で4割を超えている(図表4)。身体を取り巻く様々な刺激から、自分や家族を守る日用品への期待は今後も高まるだろう。ランキングでは「機能性メガネ」(5位)、「食物アレルギー対応商品」(10位)、「抗菌力が高まる洗剤」(13位)、「機能性ヨーグルト」(15位)などの商品が挙がった。

三つ目は「エネルギー」。東日本大震災後のエネルギー不安から、飲食店で仕事や勉強をする、家庭での照明使用を極力抑える、家電や電球を省エネタイプに買い替えるなど、人々の行動が変わり始めた。さらに、商店や学校、公園に太陽光パネルを設置するなど、エネルギーを自ら作り出す動きもみられる。【明日の必要】ランキングでも「進化系LED照明」(1位)、「創エネ・蓄エネ商品」(2位)、「新・ハイブリッドカー」(3位)、「クリーンディーゼル車」(8位)などが支持を集めた。

本物の炎のように光が揺らぐLEDキャンドルや人感センサー付きLED電球など、商品の進化は著しい。エネルギーに配慮する暮らしは一過性で終わらず、恒常的なものとして根付くのではないだろうか。

次にいくつかの商品・サービスについて、回答率を男女・年代別に分析しながら、【明日の必要】意識の背景に潜む人々の欲求や思い、そこから発想できるこれからのマーケティングの視点を紹介していこう。

■電子レンジが調理のインフラに

まず、図表5Aの「電子レンジ調理」を見てほしい。昨今、電子レンジ対応の圧力鍋やレンジで簡単に卵料理を作れる調理器具、スマートフォンで操作できるオーブンレンジなどが続々と登場していることも手伝ってか、全体で16位(71.5%)にランクインしている。男女・年代別でみると、女性は40代の84.5%を筆頭に全年代で8割前後と高く、20~50代の各年代では10位以内に入っている。一方、男性では唯一、10代で10位にランクインしているのが目立つ。

日々の家事に追われているであろう「現役主婦」年代に加え、これから本格的に料理デビューする若年男性層が「電子レンジ調理」を【明日の必要】だと感じている点は非常に興味深い。

電子レンジ調理に着目する理由として、自由回答では「高齢化社会の到来で調理の仕方が変化し、簡単・便利・栄養価の高いレシピなどが出てくる気がする」(58歳男性)、「共働き家庭が増え、家事の時間短縮を求める主婦がますます増えていくと思う」(18歳女性)、「電子レンジ用の圧力鍋も登場し、これからも便利な器具が開発されると期待できる」(35歳女性)といった意見が見られた。

高齢化や共働き世帯の増加など社会全体の長期変化を見据え、電子レンジはガスレンジやIH調理器のように料理作りに不可欠の基本インフラになると、生活者は予想している。こうした期待に応えるべく、皆に役立つ調理道具として電子レンジを見直してみるのはどうだろう。活躍シーンをもっと増やすための機能とは?形とは?置き場とは?レンジに向く新しい鍋や食器とは?レンジ調理に適したレシピや調味料とは?【明日の必要】の視点で電子レンジ調理を発想すれば、家電や住宅、食品などの様々な業界にとって新たなヒントが生まれるのではないだろうか。

■モノやコト、店舗までデリバリー

次に「広がる宅配サービス」を見てみよう(図表5B)。コンビニエンスストアやスーパーマーケット、ファストフード店の宅配サービス拡大の動きを【明日の必要】とする人は73.7%で、10位に入った。注目してほしいのは男性の50代と60代、女性の40~60代と、シニアやプレシニア層の割合が高いことだ。特に60代は男女とも5位内にランクインしている。

「一人暮らしの高齢者が増えるので、きっと必要になる」(65歳女性)というように、外出や重い荷物を持つのが困難な「買い物弱者」が増える高齢化社会において、宅配サービスの需要が伸びると考える人は多い。また、「ネットショップのような形態も増えることで、宅配とつながったサービスは増えるはず」(38歳男性)、「通販やネットで買物をする人も増えており、忙しい人が多くなることを考えると今後も伸びると思う」(65歳女性)など、インターネットの普及と関連づけながら、新たなショッピングスタイルとしての地位を確立するだろうと予想する声も目立つ。

広がる宅配サービスの可能性をさらに発展させるために、食事や日用品など「モノ」の宅配以外に「コト」のデリバリーに発想を広げてみてはどうだろう。最近では外出がおっくうな高齢者や常連客のために、出張サービスを行う理髪店もあるようだ。一例ではあるが、生活を支えるデリバリーを広義に捉えたケースといえるのではないだろうか。

また、宅配を便利だと感じながら、見知らぬ人が家に来ることに抵抗感がある人や、実際に見て触って買い物をしたいという人もいる。こうした人たちの心のハードルを下げるため、モノやコトだけではなく「店舗そのもの」のデリバリーを考えるのはどうか。例えば、岐阜県のある地方銀行では、大型車両を改装した移動店舗で定期的に過疎地の住民の元に出向く試みが成功したという。顧客を待つのではなく、顧客の元に出向く。そんな切り口から、新たなサービスを発想してみてはどうだろう。

■女性にも多い機能重視派

最後に「機能性メガネ」(図表5C)と「機能性ヨーグルト」(図表5D)を男女・年代別に見てみよう。

パソコンのブルーライトのカットや花粉症対策など、利用シーンや目的別に機能を特化させたメガネは全体で5位(79.5%)に入った。女性60代を除くすべての属性で10位以内にランクインし、幅広い層の支持を集めている。近視や老眼といった視力に何らかの問題を抱える従来の利用者とは別に、これまでメガネとは無縁だった人たちをもユーザーとして開拓しそうな勢いを感じるほどだ。

また、昨年、インフルエンザの感染予防につながるとテレビで紹介されて注目を浴びた機能性ヨーグルトは全体で15位(71.6%)。男性が62.9%で23位、女性は80.4%で6位と回答率、順序とも男女で大きな差が出た。特に、女性は60代で回答率が9割近く1位となるなど、40代以上のシニアやプレシニア層で高い支持を得ている。一般に物事を判断したり、何かを選んだりする際に、女性は感性や感覚、男性は理性や機能を重視するイメージがあるが、この調査結果を見る限り、そうとは言い切れないようだ。

おそらく、機能を重視する女性たちには「感性や感覚だけでは自分や家族の健康を管理しきれないし、守れない」といった思いがあるのではないだろうか。

二つの商品カテゴリーに共通するのは、機能を特化させたことで新規ユーザーの発掘や利用機会の拡大、リピータ―確保に結び付けようとしたことだろう。目にいい、身体にいいといった漠然としたメッセージを伝えるだけでなく、より明確かつ具体的に目的や効果、有効成分など訴求した方が、受け手にダイレクトな魅力が伝わりやすい。こうしたアプローチは健康関連だけでなく、他の業種や商品にとっても参考になるはずである。

■求められるのは新しい「安心づくり」

【明日の必要】を詳細に読み解いて気づいたことがある。生活者の視野は、短期的に役立つものや私的な好み・楽しみを満たすものから、長期的に日々の暮らしを支えてくれるものや社会全体の変化に関わるもの、みんなに共通する社会課題を解決するものへと移り始めているということだ。

冒頭でも書いたように、経済だけでなく生活全般に関わる不安が山積する日本。長期的に続くであろう、先の見えない不安に負けないために、日々できるところからコツコツと安心を積み上げ、生活基盤を安定させたい。一人ひとりの小さな努力は、いずれみんなの大きな安心につながるはず……。生活者の心の奥底にあるこうした思いは、これからの消費を動かす芽として見逃せない。これを開花させるために今後のマーケティングに必要なのは、新しい「安心づくり」なのではないだろうか。

(*1)生活定点

調査概要:1992年から隔年で実施している定点観測調査。日ごろの感情、生活行動や消費態度、社会観など、約1500項目の多角的な質問から、生活者の意識と欲求の推移を分析できる。

調査地域:首都圏、阪神圏

調査手法:訪問留置法

調査対象:20歳~69歳の男女 3232名(2012年度・有効回収数)

調査時期:偶数年の5月(臨時調査2011年も5月実施)

(*2)ヒット商品分析調査

調査概要:2012年に生活者が関心を持ったと思われる商品・サービス・コンテンツ・現象を新聞、雑誌、webなどから約500事例を集め、そこからピックアップした事例を80カテゴリーに編集。それぞれについて「これからの生活の新しいスタンダード(新基準)になっていくと感じる」「生活を進歩させると思う」「未来の必需品・日用品になっていくと思う」など、新しい兆しや期待を感じるかどうかを「はい」「いいえ」で回答してもらった。さらに、特に新しい兆しや期待を感じるもの3つについては、その理由を自由回答形式で記入してもらった。

調査地域:首都圏、京阪神圏

調査手法:博報堂Hi-Panel調査(インターネット調査)

調査対象:15歳~69歳の男女1008名(有効回収数)

調査時期:2012年11月

(2013年4月10日発行 日経消費インサイト2013.4 No.1『寄稿ファイル』より転載)

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博報堂生活総合研究所、今年のヒット商品を分析した「【今年のときめき&明日の必要】ランキング」を発表(2012年11月27日)

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