マーケティング発想がクリエイティブに変わるマガジン

IDEO
ティム・ブラウン
に問う。
経営者は、
「デザイン思考」を
取り入れるべきか?

Update

IDEO CEO/代表取締役社長 ティム・ブラウンIDEO
CEO/代表取締役社長ティム・ブラウン
コピーライター/プロダクトデザイナー monom代表 小野 直紀コピーライター/プロダクトデザイナー
monom代表小野 直紀

アメリカのカリフォルニア州に本拠を置く、世界的デザインコンサルティング会社IDEOのCEOティム・ブラウン氏。「デザイン思考の伝道者」とも呼ばれる同氏に、真のデザイン思考とは何か、日本企業はデザイン思考をどう生かすべきか、博報堂monomのチームリーダー小野直紀が切り込んだ。

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「デザインは人間にどう役立つべきか」を
問い続けた

小野 ブラウンさん、あなたがCEOを務めているIDEOは、世界有数のデザインコンサルティング会社として名だたる企業をクライアントに、数々のプロジェクトを成功させてきました。あなた自身は「デザイン思考の伝道者」として知られていますが、まずはじめに、ご自身はどのようにデザイン思考を身に付けたのか教えていただけますか?

ブラウン もうずいぶん前のことになりますが、かれこれ35年前、大学でデザインを学んでいたときに、ある雑誌に記事を書いたことがあります。その記事で私はいくつか問いかけをしました。「デザインはどう変わるべきか?」「デザインは人間にどう役立つべきか?」「デザインはどんな問題に取り組むべきか?」「誰が、どんな風に?」こんな問いです。
1970年代に発表された『Design for the Real World: Human Ecology and Social Change』(『生きのびるためのデザイン』晶文社)の著者であるヴィクター・パパネック氏には刺激されました。開発途上国に住む人々が抱える課題を解決するのに、デザインの視点を活用するというアイデアは、「デザインはどう役立つべきか」の問いに対する一つの答えだと、当時の自分は感銘を受けたのです。その後も、私はキャリアを通じて、ずっと同じ質問を問い続けています。この問いかけを繰り返したことが、今の私をつくりあげたといっても過言ではありません。この問いかけは私だけではなく、IDEOのデザイナーも共有しながら答えを模索し、様々な問題解決にも応用してきました。そして我々は、デザインがリアルな人間の、リアルな問題を解決できるという結論に至りました。デザイン思考という思考法は、その過程でできあがっていったものです。デザイン思考という言葉は誰かが発明したわけではなく、デザイナーのツールと考え方を表現したものなのです。

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革新的なアイデアは
革新的な「問い」から生まれる

小野 なるほど、そうなんですね。ところで、日本でも「デザイン=美しい見た目をつくること」ではなく、「デザイン=課題解決の手段」という考え方がだいぶ浸透してきています。日本では多くの人がデザイン思考を、イノベーションを生むための思考法、もしくはフレームワークだと理解しています。しかし、その思考法を使うためには、解決するべき問題やテーマの存在が不可欠であるにもかかわらず、往々にして解決するべき問題やテーマが見つからないということが起きます。その場合、どこから始めたらいいのでしょうか?

ブラウン デザイン思考に関して、多くの人が誤解しているのですが、デザイン思考とは解決策を探すためだけのものではありません。解決策を探すのと同じレベルで、正しい「問い」を見つけることがデザイン思考の真骨頂です。正しい「問い」を見つけること、それ自体がきわめてハイレベルなクリエイティビティを要するプロセスです。
正しい問いにたどり着くには、好奇心を持つことが重要です。もちろん世の中で起きているすべてのことに好奇心を持つことは不可能です。なので、どの分野に好奇心を持つべきか、それぞれの人が絞り込みを行うことが必要です。

小野 確かに私自身、答えを探すことよりも、問うことのほうが重要だと強く実感させられることがあります。新しいプロジェクトの始まりには、そのプロジェクトのお題を受け、チームメンバーで、どんな問いをたてるとよいかのブレインストーミングをします。そのような場で出される問いは、機能や見た目など製品のアウトプットに近いものから、その製品の存在意義やユーザーの定義まで幅広くあり、こういう問いを繰り返すことでひとつの解にたどり着こうとする姿勢こそがデザイン思考だと感じています。
ただし、正しい問いを見つけるのを難しいと感じることもあります。正しい問いを見つけるためにはどうしたらいいのでしょうか?

ブラウン 優れた問いを効果的に見つける方法は、顧客の視点に立つことです。部屋の中に閉じこもっているのではなく、外へ出て顧客となる人々が何を欲しているのかを理解するべきです。顧客が将来何を必要とするのかを考えることは、良い問いを手に入れる格好の出発点となります。顧客の将来のニーズを満たすためには、どんなテクノロジーが必要になるのか、どんなビジネスが必要とされるのか、様々なアイデアの間を行ったり来たりしながら、常に考え続けるのです。

ブラウン IDEOでは、ある問いを持ったクライアントがくると、その問いがどういうことなのか定義づけをします。そして外へ出て顧客を観察したり、時にはリサーチをします。こういう作業を繰り返していると、当初とは全く異なった問いが生まれます。こうして問いを進化させていくうちに、解決策にたどり着くこともありますし、さらにあたらしい問いを発見することもあります。このように解決策と問いの間を行き来するのが、イノベーションのプロセスには重要なのです。

小野 どのような問いがイノベーティブな解を導きやすいとお考えですか?

ブラウン 多くの例を見てきて言えるのは、問い自体が革新的であればあるほど、答えも革新的になります。反対に、つまらない問いは、つまらない解決策しか生み出しません。多くの企業はデザイン思考を取り入れようとしても、つまらない、誰でも思いつくような問いしか思いつかないので、つまらなくてありきたりな解決策に落ち着くのです。デザイン思考の重要な技術は、革新的な問いを思いつくことにあるのです。

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効率化とクリエイティビティを
共存させる

小野 IDEOには日本企業のクライアントもたくさんいると思います。残念ながら、多くの日本企業は、この20数年の間にかつての輝きを失ってしまいました。ブラウンさんは日本企業が80年代のような輝きを取り戻せるとお考えですか?

ブラウン チャンスはあると思いますが、一つ条件があります。自動車メーカーをはじめ、日本企業の多くが効率を追及し、それにより成功を納めてきました。もちろん競争を勝ち抜くためには効率的であることは間違いなく必要です。しかしこれからの社会では、効率を追及するだけでは十分ではなく、同時にクリエイティビティを身に付ける必要があります。

小野 効率化というのは数字でその効果が測れます。一方、クリエイティビティはその成功の確率を数字で表現するのが難しく、クリエイティブなものにトライすること自体がチャレンジです。日本では失敗を回避する傾向が強く、それがイノベーションを起こしづらくしているという指摘もされています。クリエイティビティを身に付けるとは、チャレンジできる環境をつくるということにつながりますか?

ブラウン そうですね。クリエイティビティという言葉を使うと、モノづくりのことを指していると誤解されがちですが、私はビジネスに関わるすべてのことがらに、クリエイティビティが必要だと考えています。サービスしかり、顧客の体験のデザインしかり、人材の活用法やそれぞれの会社の運営にもクリエイティブである必要があります。実際、IDEOには、社内組織の運営方法を変えるため、デザイン思考を取り入れたいという相談を多くの企業からいただいています。

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日本の伝統企業の強みは
「長期的なコミットメント」

小野 日本の大企業は、変化のスピードが遅いとよく言われます。そういう企業がクリエイティブになるのには、どうしたらいいとお考えでしょうか?

ブラウン 正直に言って、口で言うほど簡単なことではありません。企業体質そのものを変えることになるので、長い時間をかけた取り組みが必要になります。1年では足りず、10年くらいの期間が必要になるでしょう。

小野 10年ですか。それは根気がいりますね。

ブラウン はい。ですが、日本企業はアメリカの会社に比べて、長期間にわたった変革を起こすのに恵まれた環境に置かれていると思います。アメリカでは株主の声が強く、短期間で成果を挙げることが求められるため、時間のかかる変革が行いにくいのですが、日本では事情が異なります。実際、日本には長期的な視野を持った企業が少なくないですし、長期的なコミットメントを実行することも可能でしょう。これは日本企業の強みです。

小野 興味深いご指摘ですね。確かに日本企業の方が、一度やると決めたら長期的に育てていく姿勢はあるのかもしれません。腰が重い日本企業、チャレンジの速度・頻度が低い日本企業というネガティブな面がフォーカスされがちですが、気長さが武器になるというご意見は大変新鮮です。

ブラウン もう一つ重要な要素を挙げておくと、組織のリーダーが強い信念を持つことです。リーダーが本心から変革が必要だと思っていなければ、それを実現することはできません。また、リーダーは、変革が必要だという信念をはっきり表明する必要があります。そのためには、リーダーもクリエイティビティを高めるプロセスに深くかかわるべきです。といっても、リーダー自身がアイデアを出す必要はありませんし、そのアプローチを私は推奨しません。リーダーは「組織のクリエイティビティの向上を支援する役割」を積極的に演じるべきです。

小野 実際、クライアントのイノベーション創出プロジェクトには、うまくいくものもあれば、途中で頓挫してしまうものもあります。頓挫してしまうほとんどのケースで、決定権者が不在でした。リーダー不在のイノベーションの実現はありえないし、権限のある人をいかに巻き込むかがイノベーションの鍵ですね。

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テクノロジーを活かすのは
「デザイン思考」だ

小野 多くの日本企業は技術主導のせいか「既存の技術をどう使うか」という発想になりがちで、「顧客が何を望んでいるか」を理解しようとする姿勢に欠ける傾向があります。このプロセスを逆にすることに、デザイン思考を応用することは可能でしょうか?

ブラウン 過去において技術の進歩が様々な人々の問題を解決してきたのは、まぎれもない事実です。しかし、これからの世の中では、それがだんだんとできにくくなっていきます。人々は次々に生み出される新しい技術に触れれば触れるほど、興味を失い、新しい技術だからといって購入してはくれなくなります。

小野 なるほど。現代社会はものに溢れているので、新しい技術の持つインパクトが薄れてしまっているのですね。

ブラウン 皆さんもご存じのドローンは、しばらくの間、大きな市場になりませんでした。なぜならば、多くの人がドローンを何に使うのがいいのか、理解できなかったからです。しかし、いったん、農業やビデオ制作などに使うと便利だということに気がつくと、一気に市場が拡大しました。
もしデザイン思考を使っていれば、もっと早い段階でドローンの新しい使い道を見つけられていたのではないかと考えます。
技術志向の強い会社でも、デザイン思考を使えば、自社の技術で満足させられる顧客のニーズが何であることを発見することが可能です。場合によっては技術そのものに手を加える必要があるかもしれませんが、技術を真に役立つものに進化させるのは当然のことでしょう。
IDEOにはCoLabという事業部があります。ここでは他社と共同で、ブロックチェーンやAIのような新技術の可能性について、「どういうニーズに応えるべきか」という視点で探ることをやっています。実際に市場に出す前に競合他社がいない状態で研究できるので、低額でたくさんの調査を行うことができます。新しい技術を実際に市場に展開する前に、デザイン思考を応用することは大変優れた結果を出しています。

※IDEOサンフランシスコオフィス(写真提供 IDEO)

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リーダーは自ら行動し
直観力を養え

小野 優れた結果を出すには優秀なリーダーの存在が不可欠だと思いますが、デザイン思考をうまく使えるリーダーとそうでないリーダーの違いは、どんなところにあるとお考えですか?

ブラウン 関与度の違いでしょう。デザイン思考をうまく使っているリーダーは、イノベーションのプロセスにも積極的に関与し、会社が顧客のために何をなすべきか強い関心を持っています。
クリエイティビティはデザイン思考に直結します。先ほど小野さんもおっしゃっていたように、クリエイティビティは漠然としていて、効率などと違い何が正しいのか測る術がありません。そのためリーダーは関与度を深め、正しい問いや解決策を感じ取るための「直観力」をつけなくてはいけません。

小野 直観力は経験により養われるということですね。数字化できないクリエイティビティをジャッジする直観力の重要性はよく理解できます。おそらく、その精度は、どれだけ広く・深く考え抜いたかによるのだと思います。市場や世の中を俯瞰するだけでもだめだし、かといって調査やインタビューで生活者のことを深く知るだけでもだめで、やはり実際に深く関与していかなくては身に付かない能力なんですね。

ブラウン その通りです。さらに言うと、ビジネスリーダーは、「クリエイティブ・コンフィデンス」を持つ必要があります。クリエイティブ・コンフィデンスとは我々の造語で、新しいアイデアを生むクリエイティビティに加え、それらを実行に移す勇気のことを呼んでいます。新しいアイデアを生むのはそれほど難しいことではありません。一方で、それを実行に移すのは時間もリソースも必要ですし、リスクを伴った行為なので、多くの会社が躊躇してしまうのです。
しかし、デザイン思考とは行動までをも含んだプロセスです。行動して顧客やユーザーがアイデアを正しいと考えているかを確認するのは、クリエイティブな組織にとっては欠かせない素養だと思います。

小野 デザイン思考は行動を伴うものなのですね。多くのビジネスパーソンが「クリエイティブ・コンフィデンス」を持てたら、もっとイノベーティブな企業が増えるかもしれません。本日はお忙しい中、ありがとうございました。

IDEO Tokyo 問い合わせ先: tokyo@ideo.com

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対話を終えて(小野直紀)

デザイン思考。いまではよく聞く言葉であるが、その本質はなんなのか。そんな事を考えながら、私はIDEOでの3ヶ月間の研修に臨むことにした。

ティムと対談したのは、私がIDEOでの研修を終える1週間前だった。3ヶ月の短期研修とはいえ、IDEOでの濃密な時間を過ごした後の総仕上げのような気持ちで対談に臨んだ。ティムへは、限りあるインタビュー時間を有意義にするためにも、デザイン思考に関する前提の確認に加え、自分がIDEOでの経験を通じて特に興味をもった質問を追加でなげかけてみた。

一つは、マーケティングとプロダクトデザインの関係についてどう考えているか。ティムの答えはシンプルだった。2つは同じであると。私もその考えに賛成だった。これまでの製品は、売って終わりだった。しかし、サービスはもとよりこれからの製品は、売った後にも成長する。インターネットとつながり、使用者の使い方や要望に寄り添い、機能がアップデートされていく。その時、製品やサービスができた後も、プロダクトデザインは続いていくのである。そして、マーケティングはそれとセットであるべきだ。変化していくことを前提にプロダクトがつくられ、その変化はプロダクトデザインとマーケティングのこれまで以上の強い結びつきによって達成されていくのであろう。

もう一つは、IDEOの10年後はどうなっているか?という質問。これは、IDEOが製品デザインという領域から始まり、サービスデザインや行政や学校の改革など、領域を限定しない様々なイノベーションへとそのドメインを広げてきた経緯があったため、この先にどんな変化・進化があるのかに興味があったからである。ティムの答えは、我々はより複雑な問いに向かっていくというものであった。IDEOにくる相談も、より複雑になってきており、より複合的で複雑な課題の解決など、複雑な課題を解決することで、社会を良くしていくとのこと。

デザイン思考は、単なるフレームワークではなく、社会をより良くするイノベーションのための態度であり、信念である。それがIDEOでの3ヶ月とこの対談を終えて、私が感じたものであった。

ティム・ブラウン
フォーチュン100社の上級役員および取締役会のアドバイザーとして広く活躍。また、世界経済フォーラムに参画し、TED.com等でも講演も行う。
著書「Change by Design」2009年
小野 直紀
博報堂入社以来、広告、空間、デジタルと幅広いクリエイティブ領域を経験する中で、多数のプロダクト開発業務に従事。
2015年に、プロダクト開発に特化したクリエイティブチーム「monom」を設立。
様々な職能をもつメンバーや社外の開発パートナーと共働しながら、プロダクトの企画・開発、クリエイティブディレクション、プロダクトデザインを行う。

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