2017年6月13日(火)にConsulactionセミナーが開催されました。
このページでは、当日の講演内容を要約した、セミナーレポートをお届けします。

日本のビジネスの生産性の低さは、これまでもたびたび指摘されてきました。
今後人口が減り続けていく中で、現行のビジネスモデルで高収益を出し続けることはさらに困難になるとみられています。
その状況を打開する方法が「企業内起業」によるイノベーションです。
この日のセミナーでは、大企業のリーン・スタートアップとオープン・イノベーションを支援してきたQUANTUMのスタッフが、新しいビジネスモデルの事例をご紹介しました。


QUANTUM Chief Strategy Officer / QUANTUM\GLOBAL CEO 井上裕太(写真左)
QUANTUM ビジネスディベロップメントマネージャー / プラニングディレクター 金 学千(写真右)

リーン・スタートアップを実践するスタートアップスタジオ

QUANTUMは、海外の広告会社TBWAと博報堂の合弁会社であるTBWA HAKUHODO内経営企画室の一プロジェクトから生まれた会社です。

企画、プロトタイピング、ユーザー検証、修正といった製品・サービス開発の一連のプロセスを迅速に回し、ビジネスをスピーディに展開する方法論をリーン・スタートアップといいます。
QUANTUMは、その方法論を実践する「スタートアップスタジオ」です。

大手企業だけではなく、ベンチャー企業、大学、研究室などとコラボレーションしながら、連続的にプロダクトを生み出し、新しい事業体を起こし続ける新業態。
それがスタートアップスタジオです。

スタートアップスタジオでとりわけ有名なのは、ニューヨークのbetaworksです。
スタートアップへの投資、スタートアップの買収と再生、新たな事業創造などが同社のビジネスで、ベンチャー企業を育てるだけでなく、しばしばその企業に社員が出向し、事業推進をサポートします。
それによって新規事業のノウハウが自社内に蓄積していくわけです。
QUANTUMには大きく3つの特徴があります。

1つは、さまざまな業種から多種多様な専門家が集まっている点です。
多様な人材によるいわば「クリエイティブダイバーシティ」がQUANTUMの力の源となっています。

2つめは、社内に3Dプリンタやレーザープリンタを備えたファブラボとエンジニアリソースを持っている点です。
それによって、生まれたアイデアをすぐに形にすることができます。
これはすなわちリーン・スタートアップ実践の場が社内にあるということです。

そして3つめとして、新規事業を開発する独自の実践ノウハウをもっている点が挙げられます。

新規事業開発プロセスの全領域をカバー

近年、イノベーションを起こして新しいビジネス領域を開拓していくことが多くの企業の課題となっています。
しかし、会社の中にはたくさんの壁があります。
既存事業での成功体験、硬直化した社内のルール、複雑な人間関係──。
それらの壁を乗り越え、イノベーションを起こすにはどうすればいいのでしょうか。
その一つの方法が「出島」です。「出島」は前述のスタートアップスタジオの一形態と言えるでしょう。
江戸時代、唯一外国人の立ち入りが許されていた長崎の出島のように、会社本体とはまったく違ったルールで活動できる場をつくるということです。
QUANTUMもまた、博報堂DYグループにおける一種の出島です。
組織上の特徴を挙げると、以下のようになります。

1. 本社の経営トップ直轄の別組織である。
2. 決定権の多くは本社ではなく出島のリーダーがもっている。
3. ビジネスプロセス、人事制度、会計システムとルール運用といった社内の仕組みが、新規事業を生み出すために最適化されている。

また、コンセプト開発、ビジネスモデル検討、プロトタイピング、実証実験、ベータローンチ、製品・サービスのローンチという新規事業開発のすべてのプロセスをカバーしているのも大きな特徴といえます。

技術をスピーディに事業化する

それでは、私たちが手掛けてきた具体的な事例をご紹介していきたいと思います。
新規事業を立ち上げるには、その製品やサービスのユーザーとなる生活者との対話が欠かせません。

しかし、従来の大企業の新規事業チームは、ユーザーとの対話よりも、上司との交渉や決済を取るための資料づくりに多くの時間を割く傾向があったように思われます。
必要なのは、早い段階でプロトタイプをつくり、それをユーザーに届けてフィードバックをもらい、それを踏まえて次のプロトタイプをつくるというサイクルをぐるぐる回すことです。
これによって、リアルなユーザーの声に基づいた意思決定が可能になります。

ここでご紹介するのは、歴史ある大手電機メーカーがそのような方法で新規事業開発に取り組んだケースです。

そのメーカーは高度な技術をたくさんもっているのですが、それを事業につなげる道筋がなかなかつくれないという課題がありました。

その技術の1つが「環境発電」です。
これは、人々の日常的な行動の中で生まれるエネルギーを電気に変えていく要素技術です。
私たちは、その技術の内容をヒアリングし、私たちの社内のエンジニア、デザイナー、プロダクトデザイナー、ストラテジスト、コピーライター、映像ディレクター、マーケターなどをチームに加え、アイデアを出し合いました。

その結果、7つのビジネスモデルのアイデアが生まれました。
通常、アイデアの素案が出来たら、次にやることはマーケティングリサーチやサーベイです。

しかし、私たちはまったく別のアプローチを提案しました。
3カ月後にアメリカのテキサス州で開催されることになっていた音楽、映像、デジタルテクノロジーの総合イベント「SXSW(サウスバイサウスウエスト)」にプロダクトを出展するという提案です。

しかし、メーカーとして出展するには社内承認が間に合わず、一年後のイベントへの出展が現実的だということが分かりました。
それでは意味がありません。重要なのはスピードだからです。
そこで私たちは、出展の主体をQUANTUMとすることをご提案して、受け入れていただきました。
いわば、出島的突破方法です。
実作業に充てられるのは、わずか2カ月ほどでした。
その中で私たちとクライアントのチームは、ハードウェア、ソフトウェアのプロトタイプをつくり、ネーミングやロゴ、ムービーやフライヤー作成も行いました。
プロダクトは「押すと発電して通信する」というシンプルなIoTデバイスです。
これをSXSWに出展し、並行してユーザーに使ってもらい、性能や使い勝手を検証しました。
クライアント側でこのプロジェクトを担当したのは、本来BtoBビジネスを手掛けるチームでした。

このリーンなアプローチによって、日常のビジネスからはなかなか得られない生活者に対する想像力が得られるようになったという声をいただきました。
また、職域や領域を超えて迅速に動くという新しい働き方が生まれたのも大きな成果でした。
リーン・スタートアップは、働き方や企業カルチャーにも影響を与える方法論なのです。

その後は、サービスデザイン、ビジネスモデルなどの戦略立案を行い、シリコンバレーのスタートアップと提携して製品開発を行い、さらにQUANTUMが事業会社を北米で設立することで、事業を立ち上げました。
大手メーカーがもっている高度な技術をスピーディに事業化する取り組みにQUANTUMが伴走し、外部のプレーヤーも巻き込むことによって事業を前に推し進めることが出来た。
そんなケースといえます。

リーン・スタートアップを「仕組み化」する

次に、リーン・スタートアップを「仕組み化」した事例をご紹介します。

社内からアイデアを募り、新規事業開発を行う。
その取り組みが一度うまくいったとして、それをさらに続けて、2つめ、3つめの新規事業を生み出すにはどうすればいいのでしょうか。
私たちは、その課題を解決するために、クライアントの社内で起業家を育成するプログラムを企画・運営しました。
社内から「こんな新しい事業を実現させたい」というアイデアを募り、そこから優れたアイデアを選んで育てていくプログラムです。
このプログラムの鍵となったのが、意思決定プロセスのデザインでした。プログラムの実施を社長直轄のプロジェクトとし、事業開発や人事などの関連役員にもそこに加わっていただきました。
つまり、意思決定者をステークホルダーにすることで、決定プロセスをスムーズにしようとしたわけです。
プログラムを進めてみてわかったのは、実にたくさんの起業家精神をもった人が大企業にはいるという事実でした。

例えば、工場で品質管理の仕事をしている女性社員からは、こんなアイデアが出されました。
自分は毎日、父の介護をしているのだけれど、父は食事を上手に咀嚼できないので、おかずを細かくミンチ状にして、とろみ剤を加えて食べさせなければならない。
料理をするのに加えてたいへんな手間がかかるのだけれど、それをレトルトを買って済まそうとするとお金がかかって仕方がない。
料理を簡単に柔らかくして咀嚼しやすくするプロダクトをつくれないか──。
要素技術はすでに社内にありました。
その技術を使ってプロトタイプをつくりました。
発案者の女性は、プロトタイピングの過程で、手作業で食材一つ一つに手法が合うかを試してみる、社外の専門家に会いに行って協力を要請するなど、いろいろな場面で突破力を見せてくれました。
そうして、ついに「料理の見た目をまったく変えずに柔らかくするデバイス」が完成しました。
そのデバイスでつくった料理を食べたお父さまは泣きながら言ってくださいました。
「形ある料理を久しぶりに食べて、本当においしかった」と。

大企業の中でも、想いを持った個人のアイデアと保有技術の組み合わせによって、ユーザーにとっての喫緊の問題を新たなプロダクトで解決することは可能なのです。

社員研修をし、アイデアを募り、社長ほかマネジメントクラスの方々とともにそのアイデアを選考し、事業化に向けてさらにコンセプトをブラッシュアップしていく。
そして、どうやったらユーザーに届くかを考え、そのためにソフトウェアやハードウェアにどのような工夫を凝らさなければならないか、どのようなビジネスモデルをつくればいいかを考える。

そうしてプロトタイプをつくり、ユーザー検証を行い、実証実験をし、事業化計画を立て、ローンチする──。
その一連の流れを仕組み化することで、結果、10の新規事業をSXSWで発表することができたのです。

外部の力を借りて新しいものを生み出す

もう一つ、社外のプレーヤーとのコラボレーションの事例をご紹介します。
これは、某世界的IT企業のOSや関連技術を使ってスマートデバイスをつくるというプロジェクトでした。
すでにあるソフトウェアやソリューションを使い、外部の人たちの力を借りて新しいものを生み出すという取り組みです。
企画を広く募ったところ、200を超える応募がありました。
その中には、プロのプロダクトデザイナーもいれば主婦や学生もいました。
そこから4つのアイデアがプロダクト化されることになりました。
プロダクト化のステップは、主に3つでした。

1. 「集める」
● プロジェクトの企画とプログラム設計
● PRと参加者募集
● アイデアの選考と技術検証

2. 「つくる」
● アイデアのブラッシュアップ
● プロトタイピング・製造
● ユーザーテスト・実証実験

3. 「広げる」
● 製品ストーリーのデザイン
● 展示企画・実施
● 事業開発支援

企画書ではなくプロトタイプを更新していく

最後に、ここ最近のQUANTUMの動きをご紹介して、このセミナーを締めくくらせていただきます。

1つめのニュースは、海外現地法人設立です。
これによって、日本から海外に進出する企業を支援したり、海外の大企業のイノベーション推進の支援に加え、海外のスタートアップの日本市場進出の支援体制も強化されることになります。

2つめのニュースは、台湾と深圳(シンセン)に拠点を置き、オープン・イノベーション・プラットフォームを展開するHWTrek(ハードウェアトレック)社との提携です。
世界中にものづくりのネットワークをもつ同社とのコラボレーションにより、日本企業の新規事業創出において、グローバルレベルでのパートナー選定からビジネスサービス開発および海外企業の日本進出を支援するプログラム「TECHPORT」を開始しました。

3つめが、「TechShop Tokyo」での企業・ビジネス向け、個人向けのワークショップやプログラムの開発・提供です。「TechShop Tokyo」は会員制のDIY工房で、アジア第一号店として2016年4月にアーク森ビルにオープンしました。
この会員になれば、数億円の工作機械を使っていろいろなものをつくることができます。
また、今回提供を開始するワークショップ・プログラムにより、“ものづくり”を起点としたイノベーションの創出を目指します。

4つめが、クラウドソーシング国内最大手のランサーズが提供するスキルシェアリングサービス「pook」のプロトタイプ開発支援です。
このプロトタイプは、企画書もなしで、2時間程度の議論を受けてすぐに開発に着手したものです。
プロトタイプがあると、「考えること」「決めること」「対話すること」が非常にスムーズになります。
企画書をつくって、それを更新していくのではなく、最初からプロトタイプをつくって、それをどんどんブラッシュアップしていく。プロトタイプを真ん中に置いて、論点を洗い出し、経営陣と意思決定をし、ユーザーと対話する。
それによって、物事は非常にスピーディに進んでいくことになります。

そして最後が、人工知能研究のスタジオを立ち上げたというニュースです。
大学と連携してAI研究を進めるだけでなく、クライアントが必要とするAIの開発や提案も行います。
また、ワークショップを開催して、クライアントとともにAIの可能性を考えていきます。

QUANTUMには、新商品開発、用途開発、企業内起業家育成、ベンチャー提携、オープン・イノベーション、モノづくり研修、モノづくりスペース運営など、リーン・スタートアップに関する広範な機能があります。ご興味のある方は、ぜひ一度ご相談ください。

講師プロフィール

※掲載時プロフィールです。

井上裕太(いのうえ ゆうた)

QUANTUM Chief Strategy Officer / QUANTUM\GLOBAL CEO

・マッキンゼーで経営コンサルタントとして日米欧のプロジェクトに従事。
・被災した若者の教育支援を行う財団法人の設立・事業統括を経て独立。フリーランスで企業経営及び新事業創出を支援。
・『WIRED』日本版の北米特派員も兼務。
・文部科学省初の官民協働プロジェクトであるトビタテ!留学JAPAN日本代表プログラムを共同発案し、プロジェクト・オフィサーを務めた。
・スイス・St.Gallen Symposiumにより世界で100人のKnowledge Poolに選出。
・ACC TOKYO CREATIVITY AWARDS クリエイティブイノベーション部門 審査委員。

金学千(きむ はくちょん)

QUANTUM ビジネスディベロップメントマネージャー / プラニングディレクター

・博報堂にてアカウントプラニング職・ストラテジックプラニング職を通じ
様々な広告主のブランディング/マーケティング/コミュニケーション戦略立案を経験。
・ミライニホン東北プロジェクトを通じ復興事業に従事。
・QUANTUMに参画後は、複数のアクセラレータープログラム、リーン・スタートアッププロジェクトをリード。
・プロジェクトの初期段階におけるイノベーション・テーマ策定に重きを置いたワークショップの企画・ファシリテーションをリード。

お問い合わせには、ログインまたは、会員登録(無料)が必要になります。