プロジェクトの成否は、リーダーのファシリテーション能力にかかっているといわれます。しかし、プロジェクトのテーマやメンバーが多様化する中で、的確なファシリテーションを行うことは以前より難しくなっています。タスクと時間を管理する「マネジメント型」ではなく、カリスマリーダーによる「トップダウン型」でもない、メンバーのやる気とクリエイティビティを高め、新しい価値創造へと導く「ファシリテーション型」のリーダーシップはどのように身につければいいのでしょうか──。この6月から8月にかけて、全6回にわたって開催した博報堂マーケティングスクール「ファシリテーション型リーダーシップ講座」では、その考え方や方法論を実践的に学ぶプログラムをご提供しました。その中から、最終回に登壇した博報堂ケトル代表取締役社長の嶋浩一郎の講義の模様をお伝えします。

インサイトがアイデアの判断基準になる

 クライアントの課題はさまざまであり、それを解決する方法もさまざまです。課題解決のアイデアがたくさん出てくる中で、リーダーはどれが最も優れたアイデアかをスピーディに決めていかなければなりません。
リーダーとは、メンバーを「顧客」とする一種のサービス業であり、その一番の業務は「決断すること」です。メンバーの時間と能力を預かり、メンバーから出されたアイデアを短時間で効率よく編集して結果を出すのがリーダーの仕事です。
アイデアの判断基準として考えられるのは、例えば、収益率やフィジビリティ(実現可能性)などです。それらはいわば「計算できること」ですが、それよりも大切なことがあると僕は考えています。それが「インサイト」です。インサイトには「洞察する」「深く探る」といった意味がありますが、僕は「ターゲットの本当の気持ち」、あるいは「欲望」といった意味合いでこの言葉を使っています。僕は20年にわたって企画の仕事に携わってきましたが、広告やマーケティングだけでなく、人事でも経営企画でも、あらゆる企画には必ずターゲットがいます。そして、企画において最も重要なのがターゲットのインサイトなのです。インサイトに対する仮説を持たないリーダーのもとで仕事をすると、物事はなかなか決まりません。

多様な人材が集まるチームをどう率いていくか

 僕の仕事はクリエイティブディレクター(CD)です。野球やサッカーでいえば監督のようなもので、異なる能力を持った人たちを一つのチームとしてまとめ、一つの方向に導く仕事です。以前は、CDの仕事といえば、主にテレビCMや新聞広告をつくることでしたが、この10年ほどで、CDの仕事は驚くほど変わりました。ソーシャルメディア、動画広告、書籍、デジタルサイネージ、トレインチャンネル、イベント、記者会見、口コミ──。考えなくてはならないことは、必ずしも広告だけではなくなりました。
それにともなって、仕事に関わる人たちも非常に多様化しました。広告づくりのプロだけではない、さまざまな領域の専門家と仕事を一緒にやるようになりました。結果、CDは、まったく異なる出自と文化をもったさまざまな人材からなるチームを統括して、広範なアウトプットをつくっていかなければならなくなりました。多様なプロフェッショナルが集まるチームをどうやって効率よく率いていくか。それがCDの新たな課題となりました。
そのような課題に直面する中から、僕が見出したのが、インサイトを判断基準にするという方法論です。

ニュートラル、コアアイデア、インサイト

さて、僕が代表を務める博報堂ケトルでは、仕事をする上で大切にしていることが3つあります。1つめは、「ニュートラル」です。これは、クライアントの課題を解決するために、世の中で一般的とされていることとか、自分たちの過去の成功体験などに縛られたりせず、最良の解決法をニュートラルに考えていこうということです。
大切なことの2つめは、「コアアイデア発想」です。これは、組織内で分業化された視点ではなく、本質的発想で課題の解決を目指すことを意味します。

そして3つめが、先に述べた「インサイト」です。3つの中でも、僕はこれが一番重要なことだと考えています。

企画において最も避けなければならないのは、「あれもやります、これもやります」といろいろなことを盛り込んでしまうことです。優れたアイデアはたくさんあるかもしれません。しかし、リーダーはその中から、クライアントの課題に対して「最も効くツボ」を見極めなければなりません。では、その「ツボ」とは何か。それがインサイトです。

そのアイデアは人々のインサイトをとらえているか。ターゲットの本当の欲望を言い当てているか──。それが、企画のファシリテーターであるリーダーが必ず持たなければならない視点であると僕は思います。リーダーがインサイトをしっかりとらえることができていれば、チームは強くなり、人を動かす施策を生み出すことができます。

インサイトとは「見えない欲望」である

 インサイトということについて、さらに掘り下げていきましょう。

あらためて、インサイトとは何か。繰り返しますが、直訳すれば「洞察」ですが、むしろ「欲望」、それも「見えない欲望」と考えるのがわかりやすいと僕は思います。あらゆるコンテンツは、ターゲットの欲望に応えて初めて意味あるものになります。しかし、欲望をとらえることは簡単ではありません。なぜなら、ターゲット自身がその欲望をわかっているとは限らないからです。だからこそ、「洞察」が必要なのです。僕たちは、「見えない欲望ハンター」にならなければなりません。

ターゲットの欲望を洞察した事例に、グーグルの採用広告があります。「<first 10-disit prime found in consecutive digits of e>.com」という一文だけを地下鉄構内に掲示したのがそれで、訳せば「eの値で、最初に出てくる10桁の素数.com」となります。どちらにしても、私には意味がわかりません(笑)。しかし、これを読んだエンジニアたちは即座にこれは自分に対する挑戦だと理解しました。つまり、その答えは自分が出す!とおもってのです。「.com」がついていることからネットに回答場所があるということもつたわりました。結果、数多くの理系学生がこの問題に挑戦し、最終的に1000人以上がグーグルにエンジニアとして入社することになりました。

この広告をつくった側は、「優秀な理系の学生たちは難問に挑戦したいと思っている」というインサイトに気づいていたのです。しかし、おそらくエンジニアたちは自分にそういう欲望があるとは思ってはいなかったでしょう。その見えない欲望を刺激されて、彼らはこぞって採用試験にチャレンジしたのです。

潜在的な欲望を言い当てられると人は感謝する

 映画『羊たちの沈黙』に出てくるハンニバル・レクター博士は、こんなことをいいます。「欲望というのは自存するものではなく、“それを満たすものが目の前に出現したとき”に発動するものなのである」──。この言葉は、人々の欲望の本質をうまく言い当てています。二つのことを彼はいっていると僕は思います。一つは、「人は不器用であり、自分の欲望を言語化できない」ということ、もう一つは、同時に「人は都合がいいものであり、目の前に欲しいものがあらわれると、“そうそう、これが欲しかったの”と平気でいう」ということです。
博報堂ケトルは、リアル書店「B&B」を経営しています。アマゾンのようなネット書店とリアル書店の違いは何でしょうか。ネット書店で検索できるのは、すでに書名や著者名がわかっている本です。「買おうと思っている」本を買うのがネット書店です。それに対して、いいリアル書店に入ると、人は店の中を歩いているうちに「買うつもりがなかった」けれど、「実は読みたかった」本を買ってしまいます。つまり、水面下にある欲望を刺激するのが、リアル書店の力なのです。
人は、自分がすでに言語化できている欲望を満たしてくれるだけのブランドには、ほとんど感謝しません。しかし、潜在的な欲望を言い当てられると感謝します。「そうそう、どうして私が読みたかった本がわかるの?」というわけです。これは、先回りして、その人の欲望に応えることができれば、人はそれに対してお金を払うということを意味します。
最近、ビッグデータの活用が盛んですが、ビッグデータ活用とは、既知のデータを集めて整理整頓したり、既知の欲望の相関関係を明らかにしたりする方法論です。もちろんその限りでは素晴らしい方法といえますが、ビッグデータは、未知の欲望を顕在化することはできません。結局、隠された欲望をとらえられるのは、人間の洞察力なのです。

なぜ「本屋大賞」は毎年ミリオンセラーを生み出しているのか

僕が「本屋大賞」を企画したのは14年前ですが、それからの14年間、大賞に選ばれた本はすべてミリオンセラーになっています。つまり、「本屋大賞」とは、毎年100万部のベストセラーを生み出す機能している仕組みです。では、なぜそのような仕組みをつくることができたか。これも、インサイトをとらえたから、としか言いようがありません。
僕は以前、博報堂で『広告』という雑誌の編集長を務めていました。その販売部数を伸ばすためにいろいろな書店を回っていたのですが、行く先々でよく耳にしていたのは、「なぜこの作品が直木賞になるのだろう?」という言葉でした。つまり、現在の直木賞に対する不満です。人は本当の欲望を言語化することはなかなかできませんが、不満は言えます。その不満が、実は隠れた欲望を表現していることがあります。「なぜあんな作品が」という文句の裏に「自分には他に売りたい本がある」という欲望があると僕は感じました。僕は、その言葉を何人もの書店員に聞いて、「インサイトをつかんだ!」と思いました。
「直木賞受賞作品以外に売りたい本がある」「じゃあ、本屋さんが売りたい本の賞を新たにつくればいい」──。インサイトさえつかめば、企画の方向性は極めてシンプルです。そうして始まったのが「本屋大賞」というわけです。
企画はひねった方がいいと考えている人が少なくありません。しかし、企画は実はひねる必要などないのです。インサイトさえとらえられていればいい。インサイトを100%抱きしめてあげられればいい。欲望を最大限満たすことのできる企画をつくればいい。そう僕は考えています。「本屋大賞」はそういう企画です。
「本屋大賞」以降、いろいろな「○○大賞」が出てきましたが、それらはほとんど売れ行きにつながっていません。「本屋大賞」だけがベストセラーを生み出すことができている。それはなぜか。インサイトをつかめているからです。
インサイトをつかむこと。欲望を発見すること。それが企画のほとんどすべてであるといっていいのだと僕は思います。

リーダーはインサイトに基づいた決断を

企画の本質が何かを絞り切れているかどうかによって、それが成功するかどうかは大きく変わってきます。本質をつかんでメンバーに示すのがリーダーの役割であり、その本質がものづくりの指針となります。「何をやるか」は決めていても、「どうやるか」という指針をメンバーに提示できていない。そんなケースが少なくないと僕は思います。

また、プロジェクトでは、たくさんのアイデアがメンバーから出てきます。そのアイデアのうち、どれがよくてどれがダメかを決める判断はフェアでなければなりません。その判断基準となるのがインサイトです。リーダーがインサイトをつかんでいるかどうかで、判断には雲泥の差が出るし、そのインサイトに基づいた指示は、最終的なアウトプットにも大きく影響するでしょう。方向性を明確にメンバー全員に説明できて、メンバーたちは自分たちが何をつくるかが明瞭に理解できる。それがインサイトの働きなのです。

「日常の違和感」からインサイトを見つけ出す

最後に、インサイトの見つけ方について考えてみたいと思います。
自分たちが売っている商品やサービスをどれだけ見つめても、インサイトは見えてきません。インサイトとは、人の心の中にあるものだからです。人の心の中は簡単に覗くことはできません。ではどうすればいいのでしょうか。
僕が大切にしているのは、「日常の違和感」からインサイトを見つけることです。例えば「おひとりさま」「草食男子」「歴女」といった比較的新しい言葉があります。そのそれぞれが一つの集団をなし、それまでになかった新しい市場を生み出しました。
しかし、そのような言葉で表される人たちを、僕たちは以前から見たことがあったり、知っていたりしたはずです。例えば、牛丼チェーン店で一人で食事をする女性を見たことはあったかもしれません。しかし、そこにあった違和感のようなものをしっかりつかまえて、そのような人たちに集団としての名称を与えることはできなかったわけです。
自分が違和感を抱いたものを、人々の新しい欲望のあり方として認識できるか。あるいは単なる風景として素通りしてしまうか。そこに大きな違いがあります。日常に潜むちょっとした違和感に対して執着すること。それがインサイトの発見につながると僕は考えています。
SNSのアイコンに幼少の頃の写真を使っている人が多い。ペットをバギーで散歩させている人が多い──。なぜ、その人たちはそういう行動に出るのかを考え、その背後に潜む欲望を想像し、言語化してみること。その訓練の積み重ねが、インサイトを発見する力を磨くのです。

<終>

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嶋 浩一郎
博報堂ケトル代表取締役社長・共同CEO

編集者・クリエイティブディレクター。1993年、博報堂入社。企業PRや情報戦略などの業務に携わる。博報堂の雑誌『広告』の編集長、「本屋大賞」立上げなどの仕事を経て、博報堂ケトルを設立。著書に『嶋浩一郎のアイデアのつくり方』などがある。