2017年5月29日~6月1日、第2回となるアドバタイジングウィーク・アジアが東京・六本木ミッドタウンで開催されました。今回も広告、マーケティング、テクノロジーの各分野で活躍する第一人者が世界中から集結。モバイル・マーケティングや人工知能の未来など、刺激的なトピックについて議論を展開しました。
本セッションでは、バルミューダの寺尾玄社長に、“極上のトーストが焼ける”トースターの誕生秘話、革新的なものづくりを支える想いなどについて博報堂ケトルの嶋浩一郎がうかがいました。(以下敬称略)

革新的な製品も「共感」から生まれる

:博報堂ケトルの嶋です。このセッションでは、バルミューダ株式会社代表取締役の寺尾玄さんをゲストにお招きしました。バルミューダ株式会社は、二重構造の羽根で自然な風を作り出す扇風機や、パンが感動的においしく焼けるトースターなど、きわめて革新的な家電製品を作っているメーカーです。このトースターは僕も愛用していて、これでクロワッサンを焼くと、外はサクサク、中はもちもちというアンビバレントな食感が実現できて、本当にパンがおいしく焼けるんです。
僕が寺尾さんをスゴいと思うのは、これ以上進化しようがないと思われていた家電製品を革新的なアイディアとデザインで進化させて、コモディティ市場にイノベーションを起こしていること。そして、これまでなかった新しい体験をユーザーに提供していることです。今日は、寺尾さんが家電製品をどのように変革したのか、その背景からお話をうかがえればと考えています。さらにいえば、実は寺尾さんは元ミュージシャンだったんですよね。

寺尾:そうですね。実は僕は17歳のとき高校を中退し、1年くらいかけてヨーロッパなどを一人で放浪していました。旅を終えて18歳で帰国したときには自分は何にでもなれると思った。それで20代の間ずっと、憧れていたロック・スターを本気で目指していました。結局は無理でしたが……(笑)。でも「自分の中でたぎるクリエイティビティを何らかの形に変換して人々に伝えたい」という気持ちはその頃からずっとある。さらにそれを人に伝えたときに、「わかる!」「私もそう思う!」と言われたときのあの感覚は、とても素晴らしいものです。すべてのヒット曲やヒット商品は、この共感がなければ生まれません。私の場合、音楽で共感を得ることはできませんでしたが、いまは家電製品という形で、人と共感を分かち合えればと思っています。

:音楽と同じくらい、家電というチャネルで共感を伝えるのも難しいですよね?

寺尾:そうですね。実際、家電メーカーの多くはテクノロジーの話ばかりしていて、人々の共感を得ることは二の次になっている。確かに昔は数字で計れるような便利さが求められていたのでしょうが、必要な家電がほとんどの家庭に行き渡ってしまったいま、スペックで勝負しても無理があります。いま人間が本当に欲しいものは、テクノロジーではなくアートだと思うんですよね。つまり、数字で計れないもの――美しさや、おいしさや、気持ち良さなど――の方が大事だと私は思っているんです。そう考えたこともきっかけになって、これまでにないようなデザインのもの、共感を得られるようなものづくりをしてみたいと思ったわけです。

感動的においしいトーストを作りたい

:大ヒットしたこのトースターは、どうして作ろうと思ったのですか。

寺尾:毎朝トーストを食べていて、トーストはもっと絶対においしく焼けるはずだと思ったからです。
実は一人旅をしていた17歳のとき、身も心もくたくたになってスペインのある街にたどり着いたことがありました。すると近くのパン屋さんからいい匂いがしてくる。とても腹が減っていて、パンを一つ譲ってもらって食べたんですが、なぜか涙があふれて止まらなくなって。あんなにおいしいと感じたパンはなかった。そのとき一つわかったことは、食べ物は食べればなくなるのではなく、体の中に移動し、その人の生きるエネルギーになるということ。それが食べ物の力であり、生きるということなんです。
そこから、「ふだん食べているパンがもう少しおいしく食べられたら、食べた人はもっと元気になるんじゃないか?」と思ったのがトースター開発のきっかけです。

:寺尾さんはエンジニアの方たちに、「おいしいトースト」というきわめて抽象的なイメージをどのように伝えたのでしょうか。

寺尾:最初は「感動的においしいトーストが食べたい」という、ざっくりとした言い方しかできません。そこから、「感動的においしいトースト」に関する数値的な調査が始まります。たとえば「食パン」と、焼いた「トースト」は、色も重量も違ってきます。
食パンを熱していくと、まず50〜60℃でデンプンのアルファ化が起こります。アルファ化でパンは柔らかく、ふっくらしてくる。デンプンはもともと水分を含んでいますが、作りたての状態から時間が経つごとに水分が抜けて硬くなっていく。アルファ化は、その水分を復活させる工程です。この工程は長ければ長いほど良い。また、パンの表面がキツネ色に焼ける現象は「メイラード反応」と呼ばれ、160℃でメイラード反応が始まり、その後220℃で炭化が始まります。メイラード反応が起きると、パン表面の化学物質が数十種類から百数十種類に増え、アーモンドのような香りを出す物質、チョコレートのように甘い物質など多くの物質が生成される。これが、食品を焼いたときにおいしくなる理由です。すなわち、表面はメイラード反応で香ばしくパリッと焼き上がり、内部はアルファ化でみずみずしさと脂分が保たれ、しかも全体が熱々の状態。トーストにしろ、ステーキにしろ、タコ焼きにしろ、これが焼くとおいしくなる原理なのです。

:なるほど、すごい(笑)。寺尾さんの言う「感動的においしいトースト」を、技術者の方が科学的に分析すると、そのように表現できるわけですね。後は、その現象を起こすトースターを作ればいい。

寺尾:しかし原理がわかっても、すぐに実現できるわけではありません。スチームを使うという発想が生まれたのは、偶然の出来事からでした。
トースターを開発中、会社の近所でバーベキュー大会を開くことになりました。当日はものすごい土砂降りでしたが、「それも思い出になるから」と雨天決行。そこで、食パンを炭火で焼いてみたら外側がカリッとして、中はもちもちふわふわでものすごくおいしかった。そこで、「僕らが目指すのはこのトーストだ」という目標ができました。ただ、炭で焼くだけではなかなかあの日のトーストが再現できませんでした。数日後、ある社員が「あの日は土砂降りでしたよね」と気づいたことで、おいしいトーストを焼くにはスチームが必要だと気付いたんです。

:実際、BALMUDA The Toasterでパンを焼くときには、吸水口から5ccの水を入れますよね。

寺尾:その5ccの水は、ボイラー部で加熱されてすべて蒸発し、パンの表面に薄い水の膜を作ります。そこからヒーターの制御が始まります。水は気体より液体のほうがはるかに速く加熱されるため、パンの表面だけ軽く焼き上がった状態をいちはやく作ることができます。その後、通常のトースターのようにパンは加熱されますが、表面はすでに焼き固められているし、庫内が水蒸気で満たされている状態なので、パンの内部から水分が逃げることはありません。そのため、パンの内部に水分とおいしい脂分をたっぷり残したまま、表面がカリッと焼き上がるのです。

五感すべてに訴えてこそ「体験」になる

:バルミューダのモノづくりは、「自分たちで良いと思ったことを、より多くの人に伝えたい」という発想ですね。

寺尾:そのとおりです。私たちは、市場調査やマーケティングなどは行いません。自分たちで良いと思ったモノを作れば、たとえ失敗しても諦めがつきます。しかし、マーケティングなどで他人が良いと思ったモノを作って失敗したら、恨みしか残らない。だったら初めから、自分たちが良いと思うモノを作ったほうがいいでしょう。

:デザイン的にこだわったところはどこですか。

寺尾:デザインはすごく悩みました。それまでの製品では、シャープでシンプルなデザインを目指していましたが、その発想でトースターをデザインするとプリンターにしか見えなくなる(笑)。そこで発想を変えて、「焼き上がったトーストが、どんなところから出てくるとおいしそうに見えるか」から考えてることにしました。最終的に、アニメ映画『魔女の宅急便』で、おばあさんがニシンのパイを焼いていた竈(かまど)のイメージをデザインチームとの間で共有しました。

:なるほど。それから、バルミューダのトースターを使っていて思うのは、タイマーの音やヒーターの光り方が絶妙で、使っていて気持ちいいこと。そこにもこだわりがあるんですよね。

寺尾:ものを「食べる」という行為は、視・聴・嗅・触・味という人の五感すべてを使う行為でもある。それだけに、デザインによっても、タイマーの音やヒーターの光によっても味は変わると思う。だからこそ、五感で感じる品質が最良になるように試行錯誤します。開発時点でトーストは5000枚以上焼きましたね(笑)。

「食事をおいしくするご飯」を目指して

:最新の商品は、BALMUDA The Gohanという炊飯器です。トースターの次はなぜ炊飯器だったのですか。

寺尾:日本人だし、パンの次はお米じゃないの、というのが自然な流れでした。そして開発にあたって目指したのは、「一膳のおいしいご飯」ではなく「一食のおいしいご飯」。つまり、おかずが主体で、それをご飯が引き立てるという意味での、「食事をおいしくするご飯」を目標にしました。
一般的な炊飯器では、お米と水を入れた釜を電気で加熱していきますが、この商品は釜が二重になっていて、内釜にお米と水、外釜に水だけを入れ、外釜だけを加熱。水をすべて水蒸気にして、蒸気の力だけでお米を炊いていきます。お米をできるだけ動かさずに炊くので、お米の持つエネルギーを中に閉じ込めたまま、張りツヤのある、おいしい、しゃっきりとしたご飯が炊き上がります。

:私も試食させていただきましたが、冷えたご飯がおいしいのに驚きました。冷やご飯を卵かけご飯にしても、感動的においしいです。

寺尾:そうなんです。なぜかはわかりませんが、冷やご飯も抜群においしいんです。おかずの持っているおいしい脂分をご飯が吸い込むことなく、一粒一粒にきれいにまとわせて、口の中に入れてくれる。そんな、私が理想とする「おいしいご飯」を実現しました。

人々の一つ一つの体験をより良いものにしていく

:今後、バルミューダでやりたいことは何ですか。

寺尾:私は「共感の最大化」を実現するために、この会社に人生を捧げています。幸い、私たちの「物より体験」というコンセプトが社会に受け入れられ、事業としてうまくいっているので、今年はキッチンの分野で1点発売します。また、空調や環境に関連した商品の開発も進めています。

:本日は素敵なお話をありがとうございました。

寺尾 玄
バルミューダ株式会社 代表取締役

1973年生まれ。17歳で高校を中退、スペイン、イタリア、モロッコなど。地中海沿岸各国を約1年かけて放浪。帰国後、約10年間、音楽活動に携わる。2001年にバンド解散後、ものづくりの道を志し、独学と工場への飛び込みにより、設計や製造を習得。2003年有限会社バルミューダデザイン設立 (2011年4月、バルミューダ株式会社へ社名変更)。2010年に発表した扇風機「GreenFan」で一躍、家電業界の注目を集めた。2015年に発表した「Hello Kitchen!」シリーズ第一弾「BALMUDA The Toaster」が2015年度グッドデザイン賞金賞(経済産業大臣賞)を受賞。2万円超という高価格帯ながら、品切れになるほどのヒット商品となり、バルミューダの名を一気に世間に広めることに。
2017年1月には、シリーズ第3弾となる二重釜の炊飯器「BALMUDA The Gohan」を発売した。
著書「行こう、どこにもなかった方法で」(新潮社)

嶋 浩一郎
博報堂ケトル 代表取締役

1968年東京都生まれ。1993年博報堂入社。コーポレート・コミュニケーション局(現PR戦略局)配属。企業の情報戦略にたずさわり、ネット創世記の企業ホームページを多数制作。2001年朝日新聞社出向。スターバックスコーヒーなどで販売された「SEVEN」編集ディレクター。2002~2004年に博報堂刊『広告』編集長を務める。2004年「本屋大賞」立ち上げに参画。現在NPO本屋大賞実行委員会理事。2006年、既存の手法にとらわれないコミュニケーションを実施する「博報堂ケトル」を設立。2012年、東京下北沢に内沼晋太郎との共同事業として本屋B&Bを開業。主な仕事:資生堂企業広告、三越伊勢丹企業広告、J-WAVE企業広告、カルチャー誌『ケトル』編集長など。編著書に『CHILDLENS』(リトルモア)、『嶋浩一郎のアイデアのつくり方』(ディスカヴァー21)、『企画力』(翔泳社)、『このツイートは覚えておかなくちゃ。』(講談社)、『人が動く ものが売れる編集術 ブランド「メディア」のつくり方』(誠文堂新光社)などがある。