博報堂生活総合研究所の酒井崇匡です。昨年に続いて、今年もSXSWに訪問することができました。私は普段、日本各地、あるいはアジア各国で近い未来に本格化するであろう生活者の価値観変化や新しいライフスタイルを探るため、調査や取材などの研究活動を行っています。生活者の未来と新しいテクノロジーは密接不可分な関係にあるため、SXSWのような場所にも足が向かうわけです。

私がSXSWに特に惹かれるのは、そこに集まる新しい製品やサービス、あるいは様々な事例がシェアされるセッションに、「これからの暮らしはこうなってほしい」という開発者が持つ新しいライフスタイルの仮説がにじみ出ているからです。
とても全体を捉えきれないほど大量の仮説のシャワーを浴びること自体が非常に刺激的なのですが、特に気になったものについては、「本当にそうなるのか?それ、本当に生活者は嬉しいのか?」と敢えて批判的に考えてみることも大事な視点なのではないかと思います。そうすることで、より深くその仮説を理解でき、ひいてはそこからより新しいアイディアを引き出すことにもつながるからです。

トレードショーに出展されていた製品の中で、私が今回、特に気になったのはアメリカと台湾の企業が開発した「Hi, Mirror」という製品です。ディスプレイにもなる鏡面の上にカメラがつけられており、このカメラで顔の写真を撮ると、そこから輝きや透明さ、キメなど、その日のお肌の状態を解析してデータを教えてくれます。データはどんどん蓄積されていくので、これまでに比べて肌質が良くなったのか、悪くなったのかも一目瞭然。そのため、今、使っている化粧品が肌質の改善に効果的なのかどうかが分かるのです。また、シミやシワの位置なども教えてくれるので、局所的なケアにも役立てることができ、ラインナップされている体組成計やポータブル型の肌質計測器とも連携することができます。このプロダクトは今年1月に開催されたエレクトロニクスの祭典、CES2017でもイノベーションアワードを受賞しています。

実際に私も試しに使ってみましたが、これは凄いものが出てきたな、と感じました。ある意味、白雪姫に出てきた魔法の鏡のリアル版のようなデバイスです。これまでにもウェアラブルデバイスを中心に様々な身体データの計測デバイスが登場しており、その解析技術もどんどん進歩してきていますが、ここまで「すぐ役に立つ、使えるデータ」を提供するデバイスはあまりなかったのではないでしょうか。日本でももう間もなく販売が開始されるそうです。


Hi,Mirrorブース。製品上部にあるカメラが肌質を様々な指標で解析してくれる。

ただ一方で、「本当に人は毎日、このデバイスで肌を計測するのだろうか…?」とも思うのです。当然のことながら、肌の調子が良い日もあれば、悪い日もあるわけで。朝、メイクをする前に肌質をチェックして、「今日、あなたのお肌は昨日に比べてイケてません」と診断されたら、その日一日、暗い気持ちで過ごさなくてはいけなくなりそうです。体重以上に、計測に勇気のいるデータなのではないでしょうか。
計測したい時に計測すれば良いのでは?という議論もありますが、そうすると時系列での変化は追いにくくなりますし、計測が習慣化されなければ、体重計が脱衣所の隅にだんだんと追いやられるのと同じように、きっと使われなくなっていくでしょう。

私自身は、自分のデータの可視化が人の生活や価値観に与える変化を専門的に研究しており、『自分のデータは自分で使う マイビッグデータの衝撃』(星海社新書)という本を書いているぐらいですから、このようなデバイスの登場には大賛成ですし、自分も日常的に使ってみたいと強く思います。
一方で、(自分も含めて)一部の最新テクノロジーが大好きな層はデータを楽しむスタンスがあるけれど、生活者の中にはそうではない人達が圧倒的に多く、その人達にとっては、データなんて本来、見たいものでは全くないだろう、とも考えています。

おそらく、個人のデータをセンシングすること、センシングできる領域を拡げていくこと自体に価値がある段階はそろそろ終わろうとしていて、これからはUI、UXの設計で価値の差がつく段階にいよいよ移行していきそうだ。このプロダクトを見て私はそう感じました。

その際に重要なのは、センシングをどう自動化し、どのようなソリューションを紐付けるか、です。これまでのデバイスはユーザーが自発的に計測を行わなくてはいけませんでしたが、これからはユーザーがあえて意識せずとも、鏡を見たり、お風呂やトイレに入ったりという、普段の生活の所作の中でデバイス側が自動で日々のデータを取得し、蓄積していく形になるでしょう。その上でユーザーに提供されるのは、データそのものではなく、デバイス側が導き出したユーザーにとって本当に必要なソリューションであるはずです。考えられるソリューションの提示の仕方は様々で、その時の状態に合ったスキンケアやメイクのやり方といった具体的なものだけではなく、「今日は空を見上げてみよう」とか、「今日は花を買って帰ろう」というような、より情緒的なアドバイスもあり得るでしょう。ちょっとした視点の切り替えが、人の気分や状態を変えることは多いからです。むしろそのような情緒的な示唆を取り込むことで、AIはより人間を助けてくれる存在に進化するかも知れません。

解析されたデータではなく、その先にあるソリューションを重視したデバイスとしては、今回のSXSWでは資生堂の開発したスマートアロマディフューザーBliScentが印象的でした。このプロダクトはユーザーの心理状態を脈波から計測し、それに合わせた香りを自動調合して噴射してくれるというものです。「どんな心理状態か」という解析されたデータは提示せず、その時の気分に合った香り、というソリューションのみを提示する、という点で、新しいユーザーの体験を創り出していると感じました。心理状態の計測には、まだユーザーが自分で専用のアプリを立ち上げる必要があるのですが、これが自動化されればディフューザーのスイッチを押すだけで、最適な香りが噴射されるようになるでしょう。(スイッチを押す必要さえ、なくなるかもしれません。)


心理状態を計測して、香りを調合してくれるBliScent

現在ではオンライン上の私達の行動はかなり可視化されるようになっており、その結果として各種のリコメンドエンジンが発達していますが、これからはオフラインの私達の状態も可視化され、様々なリコメンドの形が製品やサービス側から生まれてくるはずです。これまで、プロダクトは基本的には生活者からの命令や注文、判断を受けて機能を発揮していましたが、これからはそれを待たずに、ユーザーの状態を察して自律的に機能を発揮する領域が拡大していくはずです。ネット上のリコメンドと同様に、それを受け入れるかどうかは私達、個々人によるものの、生活者とプロダクトの間にこれまでにない新しい関係性が生まれ始めていることは確かです。

酒井崇匡(さかい・たかまさ)

2005年博報堂入社。
マーケティングプラナーとして、教育、通信、外食、自動車、エンターテインメントなど諸分野でのブランディング、商品開発、コミュニケーションプラニングに従事。2008年より博報堂教育コミュニケーション推進室に参加。2012年より現職。
テクノロジー、若者、アジア、教育などの領域を軸に、生活者研究と未来予測に取り組んでいる。研究活動を通じて具体的な未来の生活を提案することを心がけている。http://seikatsusoken.jp/about/publication/publisher/100/